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米露の国際経済システム間の長い対決になる

2022年4月15日  田中 宇 

2月末のロシアのウクライナ侵攻で始まったロシア(非米側)と米国側の過激な対決・対立構造が、これから何年も続くという指摘が、世界のあちこちから出ている。ウクライナのゼレンスキー大統領の顧問で心理戦などを担当するオレクシー・アレストビッチは、米国側の経済制裁によってロシアが破綻して潰れるまで戦争が続くので、最長で2035年まで戦争が続きうると予測している。米軍の統合参謀本部長(Mark Milley)は先日、ウクライナの戦争が「10年までは続かないとしても、何年かは続くだろう。だから東欧に拠点となる新たな米軍基地を作った方が良い」と米議会下院で証言した。 (Zelensky adviser: Ukraine war can last till 2035, best option is for Russia to be broken) (Top U.S. military officer: Ukraine conflict will likely last years

トルコのエルドアン大統領の広報官(Ibrahim Kalin)は、ウクライナの紛争によって世界は新たな冷戦時代に入っており、その影響がこれから何十年も続きそうな状況になっていると言っている。英国の地政学の権威(Niall Ferguson)も似たようなことを言っている。 (We are in a new Cold War - Turkey) (Niall Ferguson: Seven Worst-Case Scenarios From The War In Ukraine

ロシアのラブロフ外相は最近、ウクライナでの軍事作戦によって米国の覇権体制を終わらせるのが目標だと宣言している。これと正反対に米国のサリバン大統領補佐官は、ロシアを弱体化するのが米国の目標だと言っている。米国とロシアは直接軍事的に交戦しているわけでなく、ウクライナでの戦闘だけでは米国もロシアも潰れない。相互に相手を潰すと言っている果たし合いの主戦場は軍事でなく、経済制裁やドル利用回避、金資源本位制への移行の成功など、米国側とロシア・非米側が経済政策を使って相互に相手方の国際経済システムを破壊しようとする経済対決である。この手の対決は簡単に終わらず、決着がつくまでには何年、長ければ何十年もかかる。 (Russia seeks to end US-dominated world order - Lavrov) (現物側が金融側を下克上する

サリバン米補佐官が掲げる「ロシアの弱体化」という米国の目標は、ウクライナのアレストビッチ顧問が言っている「経済制裁でロシアが潰れるまで戦争が続く」という予測と同じものだ。最長で2035年まで戦争が続く、という予測はトンデモと言い切れない。ウクライナでの戦闘は、すでにロシア軍がキエフ周辺から東部に撤退して下火になっている。ウクライナでの戦闘は終わるが米露対決は続く、というシナリオもありうる。しかし、ウクライナの大統領顧問が2035年までの戦争を覚悟しているのだから、ウクライナでの戦闘がずっと終き、それを火種に米露の経済対決がずっと続く可能性の方が高い。 (The Total War to Cancel Russia) (世界を多極化したプーチン

NATOは最近、ウクライナ戦争の第2段階が間もなく始まると言っている。今回の戦争で世界的な影響力が急拡大したNATOは、この戦争をできるだけ長引かせたいだろう(WHOがコロナを終わらせるための政策として称してコロナを長期化させるPCRやワクチンの義務化とか都市閉鎖とかをやっていたのと同じ手口)。ウクライナ軍はNATO諸国が送ってきた兵器ですでにロシア領内への越境攻撃を開始しており、ロシアからの反撃を誘発して第2段階を始めるつもりかもしれない。ウクライナ極右のアゾフ大隊などを建て直し、ウクライナ東部の露軍をゲリラ戦に引きずり込むといった策略もありうる。 (Second Stage Of War In Ukraine Will Be More Bloody And Widespread - NATO) (Russia Alleges More Cross-Border Attacks, Threatens Strikes On "Decision-Making Centers"

米国側とロシア・非米側の、世界的な覇権構造を賭けた経済対決がこれから延々と続く可能性が高い。それを踏まえると、これまで曖昧だった最重要の事項について明確な予測ができるようになる。それは最近の記事「金融大崩壊か不正QTか」などに書いた、米連銀のQTについてだ。連銀がこれからやると言っているQTは本物でなく、債券を手放すふりをして秘密裏に償却してしまう不正QTである可能性が高まった。連銀がQTを本気で進めたら米国側は1年以内ぐらいに金融バブル崩壊し、ドル基軸など米国の経済覇権が自滅的に消失してしまう。米国側は、ロシア非米側と長期的な経済対決をやる前にQTで自滅してしまう。それはダメだ。(QTって何?、という人は以前の記事を読んでください) (金融大崩壊か不正QTか) (金融大崩壊か、裏QEへの移行か

米国側がロシア側と長期の経済対決を展開するには、その前提として、連銀がQTを本気でなく不正にやり、米国側の金融バブルが延命していることが必要だ。私はこれまで、米連銀がこれからやるQTが本物なのか不正なのか判断できず迷っていたが、今回米露の経済対決が長く続くことが確定的になるとともに、連銀の今後のQTは不正なものになると考えるに至った。QTは不正なので資金は金融市場に残り、米国側の株や債券は下落傾向が続くとしても暴落しない。 (米連銀がQEやめないので実体経済が破綻してるのに株が上がる) (金融大崩壊への道

それとも、連銀のQTは本物であり、米国側の金融バブルは1年以内ぐらいに崩壊し、米国側とロシア側の経済対決は長期化せず、米国側のQTによる自滅によってあっけなくロシア側の勝ちになり、早々と多極化が進み、長期戦を予測している米国側の権威筋が「外れ」になって敗北する、という一枚下の隠れたシナリオがあるのか??。また曖昧に戻ってしまった。深く考えていくときりがない。もし米国側がすぐにコケず、米露(米国側と非米側)の経済対決が長い戦いとしてこれから具現化していくなら、その前提として、QTは本物(債券の償還と売却)でなく不正(債券の秘密償却)でなければならない、とは言える。 (ドルを否定し、金・資源本位制になるロシア

米連銀が4月14日に発表した13日時点の資産総額は9兆0150億ドルで、1週間前より279億ドル増えた。連銀資産は横ばいから増加に転じており、連銀は3月初旬にやめたはずのQEをこっそり続けていることになる。来週はまた減るのかもしれない。そうなると横ばいになるが、こうした増減の繰り返しは、増加した時がこっそりQEをした時であり、減少した時はこっそり償却(不正QT)した時である疑いがある。多額の不正QT(秘密の償却)をすれば、差額分で秘密のQEをやれる。不正QTの金額を増やしていくと、連銀資産が横ばいから減少に転じ、QTを進めているかのような見せかけを作れる。連銀がこういう不正をやっている具体的な証拠はなく、これは私の想像だ。しかし、本気でQTをやったら1年以内ぐらいに金融バブル崩壊を引き起こす可能性が高いのだから、連銀が何か不正をやっているのでないかと疑うのはまっとうだ。 (The Fed - Factors Affecting Reserve Balances

米国側とロシア・非米側が長期的に過激な対立を続けるという見通しが、しだいに世の中に定着していく。これを見て「世界は第三次世界大戦に向かっているんだ」と言う人もいる。今はまだロシアとウクライナの戦争であり、米国はウクライナを支援しているだけで参戦していないが、いずれ米露が直接交戦するようになり、核戦争も含めた世界大戦になる、という予測だ。私は、この手の予測を間違いだと考えている。米国とロシアは今後もずっと直接の交戦をせず、延々と続くウクライナ戦争を火種として米露(米国側と非米側)が相互に相手方の国際経済システムを破壊しようとする経済対決を延々と続けるだけだ。 (Settlement in Ukraine Is Not Appeasement

米露の経済対決が軍事戦争(大国間の戦争=世界大戦、核戦争)に発展する予定はない。この戦争の発案・推進者(米諜報界の隠れ多極主義勢力)は、世界大戦や核戦争など、何千万人以上の規模の人が死ぬ事態を回避しつつ覇権構造を転換しようとしている。米国側の隠れ多極主義者と連携してウクライナ戦争を起こしたプーチンのロシア軍が、6週間の戦争で2000人ほどのウクライナ市民しか死なせていないことが一つの象徴だ。「大戦代替」の事態は起きるが「大戦」そのものは起きない(少なくてもシナリオとして)。 (ロシアが負けそうだと勘違いして自滅する米欧) (多極化の目的は世界の安定化と経済成長

米国側と非米側が世界を二分して相互に相手方を全否定する今後の対決を「新冷戦」と呼ぶ向きもある。私自身、今の対決構造に対して新冷戦という言葉を使ってきた。しかし、これからの対決は、1950-80年代の米ソ冷戦と趣旨や構造が異なっている。米ソ冷戦は、2度の大戦後の世界体制として米国側(多極主義)が、国連P5(安保理常任理事国)に象徴される多極型の安定した均衡体制を作ったのに対し、英国側(米英覇権主義)がそれを破壊してP5を米英仏(西側)vsソ中(東側)の恒久対立の構図に転換するために引き起こされた。冷戦は「果たし合い」でなく「恒久対立」だった。冷戦は欧州において、英国が、仇敵であるドイツを恒久的に東西分割して弱体化させておくための策略でもあった。冷戦を発案した英国とその傀儡勢力は、冷戦構造をできるだけ長引かせるのが目標だった。東側の方が経済が弱かったので、西側はその気になれば経済的に東側を潰せたが、それは行われず、西側は東側の体制を潰しにかかるふりをして温存した。冷戦を終わらせたのは、米国の隠れ多極主義的なニクソンやレーガンだった。 (世界多極化:ニクソン戦略の完成) (ニクソン、レーガン、そしてトランプ

恒久対立を目的とした米ソ冷戦と対照的に、今回始まった米国側と非米側の経済対決は、非米側が米国側の国際経済体制を破壊し上書きするための果たし合いである。今回の米国側は、以前の西側と同様、英国が黒幕的に主導している。非米側は、以前の東側とだいたい重複している(今回はかつての非同盟諸国も非米側)。冷戦と今回の対決は、役者の重複という点で似ている。しかし、今回の対決を起こしたのは、非米側をこっそり応援する隠れ多極の側であり、前回の冷戦を起こした英国側は対決に引きずり込まれている。前回と今回は攻守が逆転している。今回の対決は隠れ多極の側にとって、冷戦のリベンジ(復讐)である。また、予定通り非米側が勝つとは限らない。2度の大戦も、英国覇権を潰すために行われたが、結果は2回とも英国の勝利(辛勝)になっている。英国の諜報力はいまだにかなりのものだ。 (覇権の起源:ユダヤ・ネットワーク

今始まっている経済対決は、米ソ冷戦と同じ構造も持っている。それは、英国(NATO)がドイツを弱体化している点だ。ドイツ(EU)はロシアのガスがないと生きていけないのに、ガスの輸入を停止しろと強要されている。ドイツは本来、米英に従属するよりも、ロシアと組んだ方が強くなれる。ロシアの資源とドイツの技術力を組み合わせれば、米英や中国に負けない経済大国になる。しかし、ドイツは戦争に負けたので永久に米英の傀儡にされ、冷戦で国土を二分され、今回の経済対決でもガスを止めて経済を自滅させろと加圧され、散々な目にあっている。せっかく隠れ多極主義のレーガンが独仏をくっつけてEUを作らせて強化しようとしたのに、戦後洗脳されて間抜けになったドイツ人は対米従属をやめられず、結局今回また英国側にいじめられている。自業自得と言える。今回の対決の結果、米国側が破綻して非米側が台頭すると、ドイツはようやく米国側に阻止されずにロシアとくっつけるかもしれない。独露イスラエル・イラン・サウジの非米同盟とか。あり得なくない。 (ロシアの中東覇権を好むイスラエル

もう一つ考えるべきことは、今回の対決が中国の台湾侵攻に飛び火するかどうかだ。米国が一線を越えて台湾を支援して中国を挑発して台湾侵攻させるシナリオがあるのかどうか。最近、米国の議員らが次々と台湾を訪問したりして、そちらへの動きが感じられる。とはいえ中国は、台湾で挑発してくる米国に対して、軍事的にでなく経済的に仕返しするのが効率的だ。米国が台湾で中国を挑発するのは、中国をできるだけ早く米国側から経済的に縁切りさせ、今回の対決で非米側を勝たせる隠れ多極主義の策略であるとも思える。中国が軍事的に台湾に侵攻するとしたら、それは今回の対決で非米側が勝ち、米国が覇権を喪失して軍事的にアジアから撤退していった後のことだ。そもそも、台湾の唯一の後ろ盾である米国が覇権を喪失してアジアから撤退したら、台湾は中国に楯突かなくなり、中国と政治交渉したがるので、中国は台湾に軍事侵攻する必要がなくなる。台湾は戦争にならない。 (China ‘Resolutely Opposes’ Now-Canceled Trip by US House Speaker Pelosi to Taiwan, FM Says

米国側と非米側の対決が非米側の勝ちになるのかどうか、それも分析していかねばならないが、長くなるのでそれは改めて書くことにする。 ("Nice Narrative" But No: Why One Strategist Thinks Zoltan Pozsar's "Bretton Woods 3" Is Never Going To Happen



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