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金融大崩壊か不正QTか

2022年4月10日  田中 宇 

4月5日、米連銀(FRB)のブレイナード理事(副議長)が講演で「インフレが(平常値上限の2%をはるかに越えて)ひどすぎるので、連銀はバランスシート(勘定)を圧縮するQT策(量的引き締め策)を早ければ5月から速いペースで進め、利上げも続けていくだろう」と述べた。これまで金融緩和を好んできたブレイナードが急速な金融引き締めを希望したことは、連銀上層部がいよいよQTを開始しそうなことをうかがわせた。 (Fed's balance sheet runoff will be rapid, Brainard says

翌4月6日には、3月中旬に行われた連銀の政策会議(FOMC)の議事録が公開され、連銀が早ければ5月からQTを開始し、米国債とMBS(不動産担保債券)を毎月950億ドル、年間1.1兆ドルずつ手放して勘定を圧縮していく計画が明らかになった。連銀はこのQTを3年間やり、今の9兆ドルの資産総額を6兆ドルぐらいまで減らす予定だと、金融界では考えられている。 (FOMC minutes unveil balance sheet plans) (FOMC Preview: Full Details Of Balance Sheet Runoff And The Coming 50bps Rate Hike

連銀は2017-19年にもQTをやったが、その時は手放した債券が最高で月額500億ドル、総額6500億ドルで、しかも手放す額をゆっくり増やしていった。今回は手放す額が前回の2倍近くで、しかもQT開始から3か月後に950億ドルの月額に達する。連銀は今回、大規模なQTを急いで進めることで、インフレをできるだけ早く沈静化しようとしているのだ、とマスコミが解説している。前回は連銀の資産総額も、今の半分の4.5兆ドルしかなかった。 (Fed prepares to slash size of swollen balance sheet by $95bn a month) (Explainer: The Fed's 'QT' plan: Then and now

米連銀のQT開始計画について金融分析者のピーター・シフは「こんな急速で巨額なQTをやったら、株や債券の相場が暴落し、金融緩和に支えられてきた実体経済も今よりひどい不況になる。だから連銀はQTを予定通りやりきることができず、金融崩壊を止めるためにQTの予定を途中で放棄せざるを得なくなる」と言っている。前回2017年からのQTは、2018年末の株価暴落を引き起こした。連銀は、株価が暴落したので途中でQTをやめてQEを再開せざるを得なかった。連銀は今回、前回の2倍の速さでQTを急増する計画だが、これは前回よりひどい株価暴落を引き起こすことが必至だ、とシフは言っている。 (Why Won't The Fed Be Able To Shrink Its Balance Sheet?) (David Stockman On The Coming Stock Market 'Crash Of Biblical Proportions'

米国の巨大な金融バブルは2008年のリーマン危機以来、連銀がドルを過剰発行して債券を買い支えるQE(量的緩和策)をやり、金融界が連銀に買ってもらった債券の代金で株などを買ってバブルを維持するかたちで延命してきた。QEは米国の金融バブルを支える唯一最大の要因だった。しかし今回、連銀はQEを3月10日にやめている。連銀の資産総額はこの1か月で増減があったものの、最新の4月6日時点は8兆9871億ドルで、1か月前の3月9時点の8兆9601億ドルからあまり増えておらず、連銀がQEをやめていることが見て取れる。(後述する不正なQTの原理で、秘密の償却と抱き合わせてこっそりQEを続けている可能性はある) (Factors Affecting Reserve Balances) (Minutes of the Federal Open Market Committee, March 15-16, 2022

この1か月間で米国株は上昇傾向で、金融バブルの象徴であるハイテク株のナスダック指数は一時、好調と不調の境目である14000を越えて好調になっていた(その後下がっている)。QEをやめてから株価が下がるまで数週間から数か月以上のタイムラグがありうる(以前のQEで貯め込まれた資金で株が買われうる)ので、QEをやめた直後に株価が上がっても、それで「QEだけが株価の上昇要因ではない」といえるわけでない。連銀が予定通り5月からQTを大規模に開始すると、今秋から来年あたりのどこかの時点で株や債券の暴落が起こりうる。 ('Recession shock coming,' major US bank warns

QTを大胆に進めて金融市場の資金を連銀が吸収しても、それでインフレがおさまるわけでない。連銀のブレイナードやマスコミは、QTがインフレ対策になると言っているが、それは間違いだ。いま米国など世界で起きているインフレの原因は、通貨の過剰発行でなく、流通システムの各所にボトルネックが生じているためと、ロシアなど資源諸国が米国側に石油ガスなどを売れなく(売らなく)なっているためだ。これらの供給側の要因でのインフレは、連銀がQTや利上げによって通貨の発行を抑える需要側の対策をやってもおさまらない。連銀のパウエル議長は以前、そのことを指摘していた。しかし今回ブレイナード副議長は、インフレを抑えるために急いでQTや利上げをやらねばならないと言っている。 (ルーブル化で資源国をドル離れに誘導するプーチン

米連銀の人々は金融と通貨のプロである。QTを大胆にやってもインフレを抑止できないことを知っているはずだ。それなのに頓珍漢なことを意図的に言っている。おそらく連銀は、米政界から「インフレを抑えるために大胆なQTと利上げをやれ」と強く加圧され、愚策と知りつつQTをやらされている。このままQTが予定通り開始・継続されると、いずれ金融崩壊が起きる。(ブレイナードは間もなく連銀副議長になるところで、議会に吟味されている。インフレ対策としてQTと利上げをやれと加圧する議会を喜ばせるため、連銀内で大胆なQTをやる音頭をとっている可能性がある) (ドルはプーチンに潰されたことになる

連銀がQTを正直にやらず、連銀の勘定から債券を外して償却するだけで資金を市場から引き揚げない不正なQTをやるのなら、表向きQTが予定通りに行われてもバブルが維持され、金融崩壊が起きない。QTを正直にやる場合、満期が来た債券を買い替えずに現金化して(もしくは満期前の債券を市場で売って現金化して)市場から資金を吸い上げていく。市場の資金が減り、バブル崩壊に近づく。これと対照的に不正なQTだと、連銀が持っている債券(MBSや米国債)の発行者(民間金融機関もしくは米政府)と密通し、債券の存在自体を密かに消して(償却して)しまう。連銀は密かに債権を放棄し、債券発行者は密かに債務を帳消しにされる。資金は市場に残り、バブルが維持される。帳消しにする額を多めにすると、新たなQEを密かにやることさえできる。連銀の勘定がどんどん縮小しているのに株価が上がる「奇跡」が起きる。不正なQTが行われると、金融崩壊は起きない。 (How The West Was Lost: A Faltering World Reserve Currency

こうした不正なQTは、債券を発行した金融機関の債務を帳消しにして不当に儲けさせるので不正である。だから公開の状態ではやれず、密かにやらねばならない(欧州では、最終的な金融危機を回避するために、QEで中央銀行ECBが抱え込んだ債権を償却すべきだという徳政令的な主張が金融関係者から出ていたが、実行されていない)。米議会が今後連銀にQTの詳細を問い合わせて回答させると、債権を放棄したことがバレてしまう。もし連銀が不正なQTをやるなら、あらかじめ議会の2大政党と談合し、議会が連銀にQTの詳細を問い合わせて精査することがないようにしておかねばならない。マスコミもQTの詳細を精査しかねないが、最近のマスコミは当局筋の言いなりなので、精査するなと言っておけば精査しない。不正の存在は秘密にしておける。

連銀が正直にQTをやっていくと、今秋から来年ぐらいにかけて大きな金融危機が起きる。そうでなく、連銀が不正なQTをやるなら、金融危機は起きず、株価はあまり下がらない。両者の中間のような、正直にQTをやって金融危機が起きたら連銀がQTをやめてQEを再開するシナリオもあり得る。どのシナリオになっても、インフレは抑えられず、今後さらに悪化する。 (Will U.S. Sanctions Be 'Suicide of the Dollar?' Spanish Newspaper Asks

連銀がこれから正直にQTをやって金融崩壊が起きると、1オンス2000ドル以下に幽閉されてきた金相場が高騰する。金相場の高騰は、金地金に連動する体制を取り始めているロシアのルーブルを強化する。プーチンが習近平ら他の非米諸国を誘ってやろうとしている非米側の金資源本位制が成功していく。米国側は金融危機によって劇的に覇権崩壊し、インフレ、資源不足によって経済が悪化し続け、覇権対立は非米側の勝ち、米国側の負けになる。 (The Global Rush To Own Gold Has Only Just Begun) (ドルを否定し、金・資源本位制になるロシア

連銀がこれから不正なQTをやっていくと、米国側の金融バブルは維持され、金相場の幽閉も続く。ロシアなど非米側に資源を牛耳られ、米国側はインフレと資源不足がひどくなるが、米国側が金融的に延命するので覇権崩壊がゆっくりしか進まず、非米側と米国側の対立は決着がつかないまま長引く。中国があまりロシア側につかないと、非米側が結束できず、ロシアが米国側に潰されて負ける可能性もある。連銀にどんなQTをやらせるのかは、米上層部で隠れ多極主義者と単独覇権主義者の暗闘がどうなっているかによって変わってくるのかもしれない。 (ロシアは中国と結束して延命し、米欧はQE終了で金融破綻) (Escobar: Meet The New, Resource-Based Global Reserve Currency



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