非米化する中東2022年4月6日 田中 宇ウクライナ戦争で世界が米国側と非米側(ロシア側)に決定的に分離し始めたのと同期して、中東では米国覇権の低下に拍車がかかり、中東全体が非米側に入っていく流れが起きている。これまで最も顕著に米国側の諸国だったサウジアラビアやUAEは最近、米英首脳からの電話や訪問を露骨に歓迎しなくなり、サウジの権力者MbS皇太子はバイデン米大統領からの電話をとらなくなった。その一方でサウジUAEはロシアや中国への接近を強め、米国から兵器を買うのをやめて中露から買うようにしたり、ドルでなく人民元で中国に石油ガスを売る傾向を強めたり、習近平との首脳会談をやりたがったり、米欧の銀行から口座閉鎖の経済制裁を受けたロシアのプーチン傘下の金持ちたちにドバイに銀行口座を開かせたりしている。 (Saudis, UAE Refuse To Take Biden's Calls To Discuss Ukraine Situation, Talk To Putin Instead) (China Buys 700K Barrels of Iranian Oil Every Day, Violating US Sanctions) サウジが輸出する石油の4分の1以上が中国向けだ。サウジは以前から非公式に人民元建てで中国に石油を売っていたと考えられるが、最近のドル覇権の低下を受け、人民元建ての石油販売を公式化している。インドからトルコまでの中東・西アジアで、ロシアを経済制裁して明確に米国側にとどまっている国は一つもない。 (シリアをロシアに任せる米国) (イスラエルがロシアに頼る?) 以前は米国が唯一の後ろ盾だったイスラエルも、シリア内戦の解決をオバマがプーチンに任せた2015年ぐらいからロシアに接近し、今やイスラエルの安全にとって最も大事な国は米国でなく、シリア、イラン、レバノン、エジプトににらみを効かせられるロシアになっている。だからイスラエルのベネット首相はウクライナ戦争が始まるとすぐ、プーチンのために、ウクライナのゼレンスキー大統領を説得して対露降参させようとした(ゼレンスキーはユダヤ系。ウクライナはトップがユダヤ人なのに部下はネオナチの反ユダヤ)。 (Tensions Rise Between Ukraine & Israel After Zelensky Reportedly Told "Surrender") (How Ukraine’s Jewish president Zelensky made peace with neo-Nazi paramilitaries on front lines of war with Russia) ウクライナ戦争を受けた非米側の結束強化の恩恵を、中東で最も大きく受けている国はイランだ。米国側がロシアを強烈に経済制裁した結果、世界で最も米国側から制裁されている国はイランからロシアに交代した。ロシアは米国側に依存しない国際経済システム(金・資源本位制や非米諸国通貨建て決済)の構築を急いでおり、この非米国際システムはいずれ米国側の覇権システムよりも繁栄するようになる(前回記事に書いた)。この新システムはロシアだけでなくイランのためにも存在している。新システムはイランに対し、これまで米国側から受けていた経済制裁が全て解除されたのと同じ効果をもたらす。 (ドルを否定し、金・資源本位制になるロシア) (Biden Admin's Nuclear Deal: "This Isn't Obama's Iran Deal. It's Much, Much Worse.") 親米的な諸国は、これから米国側の覇権低下や金融崩壊によって被害を被るが、イランはずっと前から米国側の経済システムから完全排除されていたので米国側の崩壊によって失うものがない。イランは、非米側システムの拡充によって利益が増えるだけだ。ロシアはイランに対して、一緒に米国の制裁を迂回する非米システムを作っていこうと提案している。中国は以前から、国連制裁を無視してイランから日産70万バレルの石油をこっそり輸入していたが、最近は大っぴらに輸入するようになっている。もともと国連制裁の根拠である「イランの核兵器開発」は米国が捏造した濡れ衣であり、イラン制裁はインチキで、従う必要がないものだ。 (Russia says will work with Iran to bypass sanctions as US slaps new round on Tehran) (China Buys 700K Barrels of Iranian Oil Every Day, Violating US Sanctions) 露中は、これまで米国覇権が強かったとき、米国が国連を巻き込んでイランに核兵器開発の濡れ衣をかけて経済制裁するのを容認し、露中もイラン制裁に反対しなかった。だが最近、米国は覇権が低下するとともに露中など非米側への不当な敵視を強めており、米国は弱体化し正義でもなくなった。露中は、米国に話を合わせる必要がなくなり、自分たちが正しいと思うことを堂々とやり出し、米国側の非難を無視できるようになった。露中は、イランが米国側(イスラエルなど)からの軍事攻撃に独自に対抗できる軍事力・自衛力をつけられるよう、イランに対する兵器輸出を加速している。イランは安保的にも、ウクライナ戦争で加速した世界非米化の恩恵を大きく受けている。 ("A Total Disaster": Why The Iran Nuclear Deal Will Spark An Even Greater Geopolitical Crisis) (米国からロシア側に流れゆく中東覇権) 表向き、中東で米国覇権が低下している具体的な動きは少ない。しかし、たとえば3月14日にイランの革命防衛隊がイラクのクルド地域にあったイスラエル諜報機関(モサド)の基地をミサイル攻撃して破壊したのに米国が何も反撃せず黙認したことなどを見ると、実質的に米国覇権が大幅低下していると感じられる(革命防衛隊は国軍より強いイランの軍隊で、イランの権力に握る宗教保守派・聖職者集団の軍事部門)。イラクのクルド人自治政府はサダム・フセインの時代から、イラクの中央政府やイランに対抗するため、自分たちの地域にモサドや米CIAがやってきて基地を作り、イランの反政府勢力などがそこを拠点に活動することを許していた。イランはそれを知っていたが、米国が強かった時代は手が出せなかった。 (IRGC: Destructive response awaits enemy’s slightest mistake, act of adventurism) (Turning point in Iran-Israel war: Guards’ drone fleet destroyed, threaten direct reaction for every Israeli strike) しかし今年2月、米国がウクライナから完全撤退してその直後にロシアがウクライナを軍事的に米国から回収したことは、米国が軍事的に世界から撤退していることを示した。米国がイラン核協定に再参加してイランへの圧力を弱めようとしていることや、昨年9月に米国がアフガニスタンから完全撤退したことも米覇権の衰退を象徴していた。2月末のウクライナ開戦で、米国側から完全排除されたロシアが非米諸国の雄となってイランを守ってくれる流れが強まったのを受け、イランは今回初めてイラクのモサド基地を空爆して破壊した。これは、米国に守られてきたイスラエルが弱くなり、米国に敵視されてきたイランが強くなって力関係が逆転する画期的な瞬間だった。 (Turning point in Iran-Israel war: Guards’ drone fleet destroyed, threaten direct reaction for every Israeli strike) バイデン政権の米国は、バイデンが副大統領だったオバマ政権が締結したものの次のトランプが脱退したイラン核協定に再参加しようとしている。米国が核協定に再参加してイランへの制裁を解除すると、それはイランの強化につながるので、イランの宿敵であるイスラエルは米国の再参加に反対してきた。しかし米国は再参加に固執し、再参加に伴ってイランが要求してきた革命防衛隊のテロ組織指定の解除も実施しようとしている。革命防衛隊がイラクのモサド基地を空爆・破壊した後も、バイデンは革命防衛隊へのテロ組織指定を解除したいと考える姿勢を変えていない。まだ米政界を牛耳る力をある程度持っているイスラエルは、米政界に対して「イランの革命防衛隊へのテロ組織指定を解除するな」と強い圧力をかけ、バイデンはこの件で身動きがとれなくなった。 (Iran Deal Impasse Caused Almost Solely by US Refusal to Remove IRGC From Terrorist List) イランは「革命防衛隊のテロ組織指定を解除しないなら米国と和解できない」と言っており、核協定の交渉は土壇場で頓挫している。イランは、ウクライナ開戦によってロシアや中国からの支援の後ろ盾が劇的に強まった。イランは、もう米国と和解できなくてもかまわなくなり、核協定の交渉で強気を崩さなくなった。米国は中東での自国の軍事負担を軽減したいのでイラン核協定に再参加したいが、それもイスラエルは不満だ。米国はイスラエルに「米国はイランと核協定するが、イスラエルがそれに縛られる必要はない。イスラエルは勝手にイランに戦争を仕掛けて潰せばよい」と言っているが、イスラエルが米国の後ろ盾なしにイランに戦争を仕掛けたら、現時点ですでに勝てない。これから時間がたつほど、イランは露中からの軍事支援が増し、イスラエルに負けなくなる。 (Iran Says Nuclear Negotiations Effectively Over, Blames US for Impasse) (US says Israel free to act against Iran) 米国の後ろ盾が弱くなったイスラエルは、同じく米国の後ろ盾が弱まっているアラブ側の諸国に接近し、イスラエルとアラブが以前の敵対を解消して結束し、イランへの対抗力をつける策を採り始めている。イスラエルとアラブが和解するには本来パレスチナ問題の解決が必要だ。イスラエルは西岸での入植地を拡大し続けており、パレスチナ問題は全く解決していない。そのため、アラブの盟主であるサウジはイスラエルと和解できない。サウジは弟分であるUAEを代理にして、UAEがイスラエルとの和解に動いている。UAEのほか、同じくサウジの子分であるバーレーン、以前からイスラエルの傀儡であるエジプト、最近イスラエルと親しくなったモロッコというアラブ4カ国の外相がイスラエルのネゲブ砂漠に集まり、初めてのイスラエル・アラブ会合(ネゲブサミット)が3月27日に開かれた。 (Disappointed With US, Israel & Neighbours Taking Security Matters Into Their Own Hands, Analyst Says) イスラエルとアラブが和解・結束して仇敵イランへの対抗力をつける構想は、もともとトランプ前大統領が考えてイスラエルとUAE(サウジの代理)を仲裁して2020年夏に合意した「アブラハム協定」からの流れだ。トランプ時代よりさらに覇権が弱まった今のバイデンの米国は、イスラエルがアラブと和解して米国がいなくてもイランへの対抗力を強めてくれることを歓迎し、ブリンケン国務長官をネゲブサミットに派遣した。ブリンケンは「イラン核協定の復活はイスラエルやアラブにとっても良いことだ」と説得しようとしたが、ほとんど聞いてもらえなかった。 (Did the historic “Negev Summit” offer a fig leaf for US Iran policy? Saudi Arabia stayed away) (Israeli, Arab summit seeks 'new regional architecture' against Iran) イスラエルとアラブのサミットは画期的だったが、パレスチナ問題が未解決なままなのでアラブ側には反感が強く「パレスチナ問題よりもイランの脅威に対抗することの方が重要だ」というイスラエルの言い分は弱かった。イスラエル内部でもアラブとの和解をいやがる動きが強く、イスラエル諜報界は配下のテロリスト(ISIS)を動かしてサミット直前にネゲブ砂漠でテロをやらせたし、入植者が牛耳るイスラエル住宅省はサミット前にネゲブ砂漠でアラブ系の遊牧民を強制立ち退きさせて5つのユダヤ人入植地を新設するいやがらせをした。イランは「ネゲブサミットでアラブはパレスチナ人を見捨てた。イランはパレスチナ人を見捨てない。パレスチナ問題を解決できるのはイランだけだ」とぶち上げた。中東でのイランの正統性がまた上昇した。パレスチナでは今やファタハもハマスも親イランだ(カネはサウジが出しているが)。 (Blinken Meets ‘Abraham Accords’ Partners in Negev as Israel Authorizes Five New Settlements There) (Fingers pointed at Israel’s security agencies for failing to prevent terrorist attacks @BenCaspit) サウジアラビアは、一方で弟分のUAEを通じて間接的にイスラエルと和解しつつ、他方でイラクなどが仲裁するイランとの和解交渉も断続的に続けている。イスラエルとの和解が見かけ倒しなのと対照的に、イランとの和解は実質的な影響がものすごく大きい。サウジはまだイランと和解していないのに、すでにイランは傘下のイエメンのシーア派勢力であるフーシ派を動かし、2015年からフーシ派とサウジの間で続いてきたイエメン戦争の停戦を実現している。イエメン停戦の話には表向きイランが出てこないし、停戦自体ラマダンに合わせた短期的なものとして始まっている(最初は3月30日から3日間、その後4月1日に延長してこれから2ヶ月)。しかし今後、この停戦は(断続的に?)ずっと続く可能性が高い。 (Saudi Arabia announces Yemen ceasefire) (Yemen’s future may be affected by Iran talks) もともとイエメン戦争は、米国がイエメンから突然総撤退することでサウジを戦争に陥れて始めさせたもので、サウジが軍事を米国に依存している限り停戦できなかった。イランは表向きフーシ派を支援していないことになっており、米政府も「フーシ派はイランとほとんど関係ない」という姿勢をとっており、サウジがイランと和解してイエメン戦争を終わりにする道筋は絶たれていた。しかし今、米国の中東覇権が低下してサウジが米国と疎遠になり、サウジが軍事的に米国に牛耳られてイエメン戦争を終わらせられない状況が解消された。同時に、サウジが水面下でイランと交渉し続けてイラン傘下のフーシ派とサウジが和解してイエメン戦争を終わらせることも可能になった。米国がいない方が中東は安定する。非米化は中東を平和にしていく。 (Hope as Yemen Ceasefire Begins, First Fuel Ship Arrives as Hodeidah Port) (米国に相談せずイエメンを空爆したサウジ) これまでの中東の不安定さのほとんどは、米国(米英)が中東支配を恒久化するために意図的に設置したものだった。かつてすべてがオスマントルコ帝国の配下にあったアラブ地域が、いくつもの国家に分裂して相互に対立する傾向になったのも、英国が(フランスを誘って)中東を分割した結果だった。パレスチナ問題も、英国が、中東の分割支配と、放置するとイスラム側と結託して米英覇権体制に楯突きかねなかったイスラエルを弱体化しておくために作ったものだった。アルカイダやISISは、米諜報界が中東の混乱を永続化してアラブ産油諸国がずっと米国に従属せざるを得ないようにするために育てたものだ。シリア内戦も米国が開始した。 (イスラエルとロスチャイルドの百年戦争) (アルカイダは諜報機関の作りもの) いずれの問題も今後、米国が中東から出て行くとともに、残された中東諸国が米英に扇動されていた相互の対立を解消して話し合いを進め、少しずつ解決されていく。パレスチナ問題も、イスラエルが米国の後ろ盾を失って弱くなるほど、入植地や占領地の撤退に応じざるを得なくなり、土地の交換と相互の譲歩などもやって、最終的には何らかの2国式で解決していくしかない。かつてのオルメルト案を焼き直したトランプ案などは、パレスチナ問題のかなり現実的な解決策となっている(理想主義から非常に遠いが)。あの案は、2024年にトランプが大統領に返り咲くと再び出てくるかもしれない。トランプは、ロシアとの劇的な和解もやるかもしれない。そのころには米国の覇権が今よりさらに低下しており、米露和解は多極型世界の公式化になる。 (よみがえる中東和平) (Biden got 255,000 ‘excess’ votes in fraud-tainted swing states in 2020, study finds) その他、最近の中東では、シリアがアラブ諸国に再び受け入れられてアサド大統領がUAEを訪問したり、トルコ当局(検察)がサウジと和解するために2018年のサウジ当局によるカショギ殺害の刑事裁判を途中で放棄したりといった、中東の非米化にともなう中東諸国間の和解があちこちで起きている。 (Khashoggi killing: Turkey prosecutor asks to halt trial of Saudis) (US 'Troubled' UAE Hosted Assad in a Bid to 'Legitimise' Damascus, Warns Allies Against Normalisation)
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