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アルカイダは諜報機関の作りもの

2005年8月18日   田中 宇

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 トルコ南部の地中海岸の港町アンタルヤは、地中海を航行するクルーザーが多く寄港する観光地である。最近、この町の港の近くの家で火事が発生し、警察が火事の原因を調べてみると、家の中から750キログラムもの爆弾が見つかった。(関連記事

 この事件でトルコ当局は、ルアイ・サクラ(Lu'ai Sakra)というシリア人の男を逮捕し、尋問した。するとサクラは、自分はアルカイダの幹部で、アンタルヤに入港するイスラエル人のクルーザーに爆弾を積んだ小船を突っ込ませて爆破テロを行う計画だったと自白した。そればかりでなく、昨年11月にトルコのイスタンブールでイギリス系銀行やユダヤ教の礼拝所が爆破された同時多発テロ事件に関与したほか、911事件にも実行犯たちにパスポートを用意するなど関与したことも明らかにした。

 サクラは「アルカイダで5番目に重要な人物」として報じられたが、彼はトルコの警察当局をもっと驚かせる別の話も明かした。それは、彼がこれまでにアメリカのCIAに2度拘束され、その際、エージェント(情報提供者、攪乱係、敵として働く人など)としてCIAのために働かないかと持ち掛けられて了承し、多額の活動資金ももらっていたという話だった。

 この件を報じたトルコの大手紙「ザマン」によると、CIAは2000年にトルコの諜報機関(MIT)に対し、サクラを捕まえてくれと連絡したが、MITも捕まえたサクラに対し、エージェントになるよう要請し、再び自由の身にしてやった。このほかサクラは、母国シリアの諜報機関(ムハバラート)からも、エージェントになれと要請され、アメリカ、トルコ、シリアという3つの国の諜報機関に情報を流す「三重スパイ」として機能していた。(関連記事

 トルコ警察の担当者は、アルカイダの幹部を尋問するのが初めてだったので面食らったが、当局の内部で情報をすりあわせてみると、アルカイダの幹部がアメリカなどの諜報機関のエージェントでもあるという話は、よくあることだと分かった。

 トルコのテロ専門家はザマン紙に対し「アルカイダという名前の組織は存在しない。アルカイダとは、テロ戦争を永続できる状況を作ることを目的としてCIAなどの諜報機関が行っている作戦の名前である」「テロ戦争の目的は、常に低強度の危機が持続している状態を作ることで(アメリカが世界から頼られる)単独覇権体制を維持することにある」と述べている。

▼イスラエルは被害者?それとも一味?

 サクラは、お祈りをせず、飲酒を好む男で「アルカイダは敬虔なイスラム教徒の集まり。極端な信仰に走った結果、テロリストになる」という、これまでの「常識」を否定する存在である。(911実行犯のリーダーだったモハマド・アッタも、飲酒や買春が好きだった)(関連記事

 サクラはイスラエル人を狙ったテロを起こすつもりだったのに、これに対するイスラエル当局の反応は奇妙だった。サクラの自白を元にトルコ警察が捜査を拡大しようとしたまさにその時期に、イスラエル当局は「トルコがアンタルヤの事件でテロ捜査を行っている」とマスコミに情報を流した。これによって、まだ捕まっていない容疑者たちは逃げて捜査が妨害され、トルコはイスラエルに抗議した。(関連記事

 サクラがCIAのエージェントであるなら、イスラエルの諜報機関もその恩恵を受けている可能性が大きい。そう考えると、まるでトルコの捜査によってサクラらの組織が潰れては困ると思っているかのようなタイミングで、イスラエルが捜査情報を漏洩したのは納得できる。

 サクラは起訴され、法廷に出入りする際に報道陣の近くを通る機会があったが、そのときサクラは「爆弾はたくさんある。俺の仲間たちがイスラエルの船を爆破するだろう」と、アラビア語訛りのトルコ語で叫んだ。

 このような発言は、仲間たちを捜査の危険にさらしてしまうので、爆破テロの成功を第一に考えているはずのリーダーとしては奇妙な行為である。こうした行動からはサクラが、爆破テロの成功そのものよりも、テロの恐怖をなるべく多くの人々に植え付け、イスラム教徒とその他の人々が憎み合う状況を作るというプロパガンダ作戦の方を重視していることがうかがえる。

 テロ戦争を永続させるために、当局がテロを誘発させるという作戦は、アメリカ国防総省も行っている。国防総省は2002年、テロ組織に対して故意にテロ活動を誘発させるような作戦を行う「先制作戦グループ」(Proactive, Preemptive Operations Group)というのを省内に作った。作戦は、テロを扇動することで、休眠状態のテロ組織を活動させ、取り締まりを容易にするためと説明されたが、実際には、テロが増えただけで、取り締まりは容易になっていない。イラクでゲリラ活動が活発化したのは、このグループの作戦である可能性がある。(関連記事

▼真相を隠していた「911真相究明委員会」

 トルコ当局がアルカイダ幹部のサクラを逮捕した、というニュースは世界中のマスコミで紹介されたが、サクラがCIAなどのエージェントだったという話は、トルコのザマン紙しか報じていない。このため「常識」を重んじる人々は「そんな、トルコの新聞記事なんか信用できない」という話で片づけるかもしれない。

 しかし、世界各地での出来事を見ると「アメリカは被害者で、イスラム過激派が加害者だ」という「常識」はもはや間違いであり「アメリカ当局の中に、テロを煽っている者たちがいるのではないか」という疑念を抱くことの方が正当であるような状況になっている。

 アメリカでは、議会の別働隊として作られた「911事件の真相究明委員会」が、重要な事実を知りながら隠していたことが最近発覚している。米陸軍の諜報部門では、911事件の1年前から、のちに911の主犯格となるモハマド・アッタに注目し、彼を中心とするアルカイダのニューヨーク支部を検挙すべきだという意見が出されていた。だが、ブッシュ政権の上層部は、この意見を却下し、その結果911事件が起きてしまった。実行犯のうち3人は「ニューヨーク支部」のメンバーとして、陸軍諜報部からマークされている人物だった。(関連記事

 米議会の911真相究明委員会は、こうした経緯を陸軍の担当者から聞いて知っていた。だが、昨年発表された真相究明の最終報告書には、この事実は全く盛り込まれず、最終報告書の結論は「911事件の発生を予知する情報は曖昧なものばかりで、事件の発生を阻止することは不可能だった」というものになっていた。(関連記事

 陸軍諜報部がモハマド・アッタを検挙したがったのに上から拒否されたことを報告書に盛り込んでいたら、報告書を「阻止は不可能だった」という結論にすることはできなかっただろう。「真相究明委員会」では、結論が先に決まっていて、それに合わない事実が無視された可能性が大きい。

 アメリカでは最近「オサマ・ビンラディンをわざと逃がした」という爆弾証言も出てきた。2001年12月のアフガン戦争末期、米軍はタリバンとアルカイダの軍勢をアフガニスタン東部の町トラボラに追い詰めた。トラボラの戦いに参加したCIA職員のゲーリー・バーンツェンによると、米側は、追い詰めた数百人の敵陣営の中にオサマ・ビンラディンがいることを知っていた。だが、米軍はトラボラの周辺をきちんと包囲せず、ビンラディンと側近たちがトラボラから脱出することを許してしまった。(関連記事

 アフガン戦争では、トラボラと並ぶ包囲戦だったクンドゥズ(クンドゥーズ)の戦いでも、米当局は、パキスタン政府から要請を受けたという口実を作り、タリバンやアルカイダの幹部たちが包囲網から逃げ出すことを許している。(関連記事

▼ロンドンテロの黒幕も諜報機関のエージェント?

 イギリスでは、7月7日と21日に相次いで起きた同時多発テロ事件が、当初は「2つともアルカイダの犯行」と発表されていたのに、その後「アルカイダの指示を受けて行われたものではない」というものに変わっている。(関連記事

 ロンドンの2つのテロ事件の後、英当局はハルーン・ラシード・アスワット(Haroon Rashid Aswat)というイギリス国籍者を拘束し、アスワットはアルカイダの幹部で、テロ事件の黒幕であると発表していた。

 だがその後、旧ユーゴスラビアのコソボで1998−99年に紛争が起きたとき、アメリカ、イギリス、ドイツの諜報機関がコソボのアルバニア人(敬虔ではないがイスラム教徒が多い)をテコ入れするためにイスラム過激派をコソボに送り込んだ際、アスワットもその中にいて、諜報機関から支援されていたことが明らかになった。アスワットも、諜報機関のエージェントだったのである。この件が明らかになった後、英当局は「ロンドンのテロ事件はアルカイダとは関係なさそうだ」と言い直している。(関連記事

 イラクでも、テロリストの活動の物語が米当局によって描かれている感がある。イラクでは、反米的なゲリラやテロ活動の大半が、ヨルダン人のアルカイダ幹部とされるアブ・ムサブ・ザルカウィの手によるものとされている。「アルカイダの中心人物は、ビンラディンからザルカウィに移った」という報道も出た。(関連記事

 だが、ザルカウィがテロ活動の犯人であることを示す明確な根拠がない。出所の曖昧な犯行声明や映像が出回っているだけだ。米当局は、何でもザルカウィが犯人だと主張することで、彼をアルカイダの中心として象徴的な存在に仕立て上げ、テロ戦争の永続化を図っているように見える。(関連記事

▼実体が見えてこない奇妙な存在

 私にとっては、アルカイダという組織に実体がないという感覚は、かなり以前から存在していた。私は1996年ごろから国際情勢を毎日ウォッチしているが、911後は「アルカイダとはどういう組織なのか」を分析することが関心の一つになった。ところがアルカイダという組織は、毎日たくさんの記事を読みこなして詳しく調べ続けても、実体がぜんぜん見えてこない奇妙な存在だった。

 オサマ・ビンラディンの名前は1980年代から知られていたが、「アルカイダ」という組織名は、911事件とともに聞かれるようになったものだ。それ以前には「ムジャヘディン(聖戦士)」「アフガン帰り」などと呼ばれていた。1998年のケニア・タンザニアの米大使館同時爆破テロあたりから、実体が見えにくくなり、代わりにアメリカやイスラエルの諜報機関の影が見え隠れするようになった。

 2000年ごろからアメリカのマスコミでは「何十年も続くテロリストとの戦い」を予測する特集記事が目につくようになり、私は「米政府は、テロ対策を口実に世界支配を強化したいのではないか」と疑った。この「永遠のテロ戦争」は、911を境に一気に現実化した。

 911後、アメリカを中心とする世界のマスコミには、毎週のように新しいアルカイダ関係者の名前が登場し、米などの当局が「尋問している」「行方を追っている」と報じられたが、人脈図が広がるだけで、どのような戦略や仕掛けでテロが行われているのか、全く見えてこなかった。

 しかも、事態の流れを詳細に追うと、むしろ見えてくるのは、米当局がテロの発生を防ぎたがっていないと思わせる事態だった。以前の記事に書いたように、911は当日の防空体制があまりにお粗末だった。911事件後、アメリカではイスラム教徒を中心に千人以上が当局に逮捕尋問されたが、結局誰一人として有罪になっていない。911の共犯者としてアメリカとドイツで公判中だった3人の被告のうち2人は無罪、もう一人は裁判が途中で止まったままである。(関連記事

▼アルカイダは詐欺話

 私は国際情勢を詳細に解説していくことを仕事としているが、私にとってアルカイダは、詳細に見ていくと焦点がぼやけ、実体が曖昧になってしまう存在だ。まるで、詐欺師の「儲け話」のようである。漫然と聞いているだけの人は、なるほどと納得するが、詳細に理解しようと話を詰めていくと、あやふやになってしまう。

 詐欺師は、自分の儲け話に納得せず疑う人を「理解が足りない」と言って責めて脅すが、ブッシュ政権も、米当局の話を鵜呑みにしない人を「陰謀論者」「テロリストの味方」と言って責めた。私は、ブッシュ政権の方を疑うようになった。

 ブッシュ政権はその後、イラクが大量破壊兵器を持っておらず、米英などの諜報機関の中にはそれを指摘する人も多かったにもかかわらず、情報を歪曲し、イラクが大量破壊兵器を持っていることにして、イラク戦争を開始した。イラク侵攻後、こうした経緯が明らかになるにつれ、ブッシュ政権がマスコミ操作を駆使した詐欺師的な騙しの手法で戦争ビジネスを展開していることは、ますます確実性を帯びた。

 こうしてみると、トルコの専門家が言うところの「アルカイダという組織は存在しない」「アルカイダとは、テロ戦争を永続させるために諜報機関が行っている作戦の名前である」という見方は、無根拠な話ではなく、しごく正当な分析であると感じられる。

「政治の道具としてのテロ戦争」に続く】



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