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テロ戦争のずさんさの裏にあるもの

2004年9月14日   田中 宇

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 911事件から3年が過ぎたが、あの事件をめぐる謎はほとんど解けないままになっている。事件をめぐる謎の一つは、いまだに犯人像がよく分からないことである。

 事件の実行犯とされた19人は全員が、4機のハイジャック機の衝突や墜落とともに死亡したとされるが、事件後、911に関与したアルカイダのメンバーとされる実行犯以外の容疑者として、アメリカで4人、ドイツで2人のアラブ系の男たちが逮捕され、起訴された。ところがその後、これらの全員の裁判で、検察側であるアメリカ当局は、これらの男たちが911のテロ計画に関与したことを立証することができず、無罪になったり、別件の微罪で終わったりするケースが相次いでいる。

 最近話題になったのは、アメリカのデトロイトでアルカイダの休眠組織に加わっていたとされる、ファルーク・アリハイムード(Farouk Ali-Haimoud)らアルジェリア系とモロッコ系の男たち3人に対する裁判である。9月2日、デトロイトの連邦地方裁判所は、3人に対する訴えを棄却し、3人は無罪となった。棄却の理由は、検察側の司法省が捜査段階で多くの誇張やでっち上げを行っていたことを認めたためだった。(関連記事

▼テロの下見?、実は観光旅行

 3人は911事件から6日後の2001年9月17日、FBIが全米で行った容疑者探しの中で逮捕されたが、3人は最初からFBIの捜査リストに載っていたわけではない。他の容疑者を探して家宅捜索に入ったデトロイトの家に、その容疑者ではなく3人が住んでいたため、FBIはこいつらも怪しいと考えて3人を逮捕した。

 裁判で検察側は、3人が休眠中のアルカイダ組織のメンバーで、いずれテロを行おうと準備をしていたと主張した。3人の部屋から見つかったビデオテープにニューヨークやディズニーランド、ラスベガスなどの観光地が映っていたことから、3人はこれらの観光地を標的にテロを行おうとして下見し、ビデオを撮ったと検察側は法廷で主張した。だが、ビデオを撮ったのは3人ではなく、その友人のアルジェリア系の学生で、夏休みなどにニューヨークやディズニーランドに観光旅行したときに撮ったテープが3人の家に置きっ放しになっていただけだとこの学生は証言した。

 ビデオはどうみても観光地を撮っただけのもので、捜査を担当したFBIの中からも、テロの下見を行ったという証拠にはならないという反論が出た。検察内部でも同様に、ワシントンの司法省本部はビデオの証拠としての妥当性を疑ったが、裁判を担当するデトロイトの担当検事は譲らなかった。(関連記事

 この裁判では、検察側が重視した証人がいた。ヨセフ・ミムサ(Youssef Hmimssa)というモロッコ系の男で、彼はアリハイムードら容疑者3人から一緒にテロをやろうと誘われたと法廷で証言した。だが、ミムサはクレジットカード詐欺など10件の犯罪で有罪を宣告されている人物で、これらの罪について再審請求する権利の見返りとして、テロ組織に誘われたという証言を行うという司法取引に応じた経緯が、その後明らかになった。ミムサは当初、3人のことを知らないと話していたが、3人に対する裁判が始まった後の2002年6月、証言を変えて司法取引に応じた。(関連記事

 3人の容疑者は今年6月、大陪審の評決で有罪と認定され、ブッシュ政権はこの有罪を「テロ戦争における重要な勝利だ」と宣伝した。当時すでに、アメリカで行われていたもう1件の911テロ容疑の裁判(ザカリアス・ムサウイ被告)では、検察側が容疑を裏づける証拠を出すことができず、裁判を維持することが難しくなっており、米当局がテロリストを有罪にできる裁判は、アリハイムードら3人のケースだけになっていた。(関連記事

 だがその後、司法省のワシントン本部は、デトロイトの検察支部の担当検事が証拠のでっちあげをやっていた疑惑を強めた。裁判所は陪審の有罪評決を受け、3人の被告に対する刑の重さを確定する過程に入っていたが、今年8月になって、司法省はデトロイトの裁判官に対し、アリハイムードら3人の裁判を棄却するように要請し、3人のテロ容疑は無罪になった(別件のテロと関係ない文書偽造容疑で裁き直される)。

▼ドイツでも裁判取り下げ

 アメリカ司法省は、アリハイムードら3人に対する訴えを棄却してほしいと裁判所に要請したのとほぼ同時期の先月上旬、ドイツで行われている同種の裁判についても、被告を無罪にして裁判を終わらせてしまう方向の新情報をドイツ側に提示している。

 911事件の実行犯の主犯格とされるモハマド・アッタは事件前にアメリカに渡航するまで、ドイツのハンブルグに住んでいた。そのためドイツには、テロの準備段階では参加したが実行犯にはならなかったアルカイダのメンバーがいるはずだということになった。FBIなど米当局が与えた情報をもとにドイツ当局が捜査した結果、ムニール・エルモサデクとアブデルガニ・ムゾウディという2人のモロッコ人青年が逮捕され、裁判にかけられた。

 被告弁護側は、2人のモロッコ人はテロの計画とは関係ないと主張し、テロを計画したアルカイダの幹部のうち、米当局に拘束されている連中に聞けば、2人が計画とは関係ないという証言が得られるはずだとして、ラムジ・ビンアルシビら米当局が拘束中の何人かのアルカイダ幹部を証人として申請した。だがアメリカ側は、ビンアルシビらを法廷に出すと、テロ対策上危険な発言を行うかもしれないとして拒否した。

 米側は、当局が書き取った尋問記録なら提出できると言ったが、ハンブルグの裁判所側は、それだと信頼性が低下するとして断り、代案として、証人を法廷に出すことが難しいならビデオ回線を使って証言させるのでも良いと再提案したが、これは米側が断った。ハンブルグの裁判所は、米側が証人を出せない以上、2人の被告に対する訴えは根拠が薄いものになるとして、2人は有罪にしにくいと判断し、昨年末と今春に相次いで釈放した。

 すでにこの時点で裁判は終わりかけていたが、8月11日、アメリカ司法省は突然ハンブルグの裁判所に対し、ビンアルシビら3人のアルカイダ幹部の尋問記録をファクスで送ってきた。そこには、3人のアルカイダ幹部が、ハンブルグで起訴中の2人のモロッコ人たちは911のテロ計画とは関係ないと言っている証言が記載されていた。これによって、モロッコ人2人は911に関与したテロリストであるという米当局の主張は崩壊し、2人が無罪になる可能性がさらに高まった。(関連記事

▼あまりにずさんなテロ警報

 ワシントンの司法省から、デトロイトとハンブルグの裁判所に相次いで送られた文書は、911の犯人像を明らかにするはずだった裁判を、次々と冤罪的に終わらせる方向に動かしている。これは米当局にとって、あきらかに自滅的な行為である。911事件から3年が経ち、もうやらせ的な裁判を続ける必要がなくなったのか?。

 そんなはずはない。11月に大統領選挙を控え、ブッシュ政権はテロ戦争を成功させているというイメージを作る必要があるのに、米当局はそれとは逆の動きをしている。すでに、ニューヨーク市民の49%が、ブッシュ政権の高官たちは911にテロ事件が起きると知りながら、わざと防がなかったと考えている。(関連記事

 これと同じ種類の動きとして、米当局が911以降、たびたび米国内で発令しているテロ警報(オレンジ色警報)には根拠が乏しいものが目立つ、という問題がある。米政府はテロ警報の危険度を高い順に赤、オレンジ、黄色、青、緑と5段階に分けており、これまで最悪の赤(公共機関の閉鎖などの対策がとられる)は発されたことがないが、2番目のオレンジは何回も発令されている。だが発令から何日か経った後、実は警報の根拠となる情報が曖昧だったり間違っていた、といったニュースが新聞に載ることが繰り返されている。

 8月1日にニューヨークなど3都市に発令されたオレンジ警報は、根拠となった情報が911以前に得られたもので、そんな古い情報に基づいてなぜ今警報が発令されるのか根拠が薄いとマスコミなどで批判された。ちょうど大統領選挙へのケリー候補の擁立を決めた民主党大会が開かれた時期で、ブッシュ陣営が民主党大会から国民の目をそらしてケリーの人気上昇を防ぐためにテロ警報を発したのではないか、などという憶測を呼んだ。(関連記事

 5月末に発令されたオレンジ警報は、司法省のアシュクロフト長官が、他の関連官庁に相談せずに勝手に発令したもので、テロ捜査などをめぐる自らに対する批判をそらすため、司法長官が根拠なくテロ警報を発したのではないか、と指摘された。(関連記事

 昨年クリスマス直前に発令されたオレンジ警報は、フランスなどからアメリカに飛んでくる旅客機がハイジャックされる恐れがあるとして発令され、パリでアメリカ行きの飛行機に乗り込もうとする数人の乗客がテロリスト容疑をかけられた。だが、容疑者たちはテロとは関係ない子供や老人で、仏政府はアメリカの間違いを指摘した。米政府はそれを聞こうとせず、しばらく警報を解除しなかったが、1週間ほどたってから、間違いだったことを認めた。

 このような粗悪なテロ警報の発令が目立つため、欧州などの諜報関係者の中には、ブッシュ政権は人々の恐怖心をわざと掻き立て、それをブッシュ大統領の再選など政治的な目的に使おうとしているのではないか、と疑う人が出てきている。(関連記事

 しかし、人々の恐怖心を煽るのが目的ならば、1週間たって根拠が間違いだったとばれるような警報を発令することは、むしろ人々に政府に対する猜疑心を抱かせてしまう。米当局が無能なのですぐばれるウソしかつけないのだ、と考える人もいるかもしれないが、それぞれのテロ警報の出し方を詳細にみると、フランス政府がすぐに間違いを指摘しているのに、それを押し切って警報を発令するなど、無能と考えるよりも、わざとばれるようにウソ警報を出していると考えたくなる。

▼テロ戦争を永遠化するために捜査を潰す

 テロ戦争に対する米政府の対処のしかたを見ていると、テロ戦争をなるべく長く続けたいという意図が感じられる。「アメリカの言うことを聞かなければ、悪の帝国ソ連の味方とみなす」といった善悪二元論でアメリカが世界に対する支配を40年間続けたのが「冷戦」だったと考えることができるが、911後のテロ戦争は「ソ連」を「アルカイダ」に変えただけの構造になっている。

 ソ連は40年間で疲弊し、アメリカの敵であることをやめた後に崩壊したが、アルカイダは実態が不明なうえ、テロは大して金をかけずに実行できるため、テロ組織をアメリカの諜報機関などが裏から少し支援してやれば、アルカイダは長期にわたって「世界的な強敵」として存在し続けることができる。

 最近、パキスタン政府が熱心にアルカイダの検挙を行っている。パキスタン当局に逮捕された後、寝返ってパキスタン当局に協力するスパイとしてアルカイダの内部に戻り、内部情報をパキスタン当局に伝えてくる転向スパイも得ることができた。だが、米当局は8月初め、転向スパイをやっている人物の名前をニューヨークタイムスにリークしてしまった。このケースなどは、アルカイダを永遠の存在にしたいと考える米当局内の誰かが、本気でアルカイダを退治しようとするパキスタン政府を妨害する目的で、転向スパイの名前をばらしてしまったのだと考えられる。(関連記事

▼永遠のテロ戦争はとりやめか?

 911後しばらくたって、私はテロ戦争の本質とは上記のようなものではないかと考えるようになったのだが、その後の米当局のあまりにずさんなやり方を見ていると、米政府はもっとスマートに「永遠のテロ戦争」を演出できるはずなのに、なぜわざと失敗してばれるような事態に陥るのか、という新たな疑問が湧いてきた。

 そこから導き出される私の新たな仮説は「911事件の直後は、アメリカの上層部は全体として、永遠のテロ戦争を遂行する方向で暗黙の合意が成立していたのだが、その後、このテロ戦争状態を利用してネオコンがイラク戦争という予定外のプロジェクトを開始し、侵攻を実現した上、余勢をかってイランやシリアまで政権転覆しようと動いているため、これ以上テロ戦争を続けるとネオコンにアメリカを潰されてしまうという懸念を強める勢力がアメリカ上層部に広がり、テロ戦争の欺瞞をわざと米国民の目にさらして終結させようとする密かな努力がなされているのではないか」というものである。

 911の当日の展開を見ると、幾重にもわたって防空体制が機能しなかったことが分かるが、これは米当局の中の誰かが意図的に防空体制を混乱させることに成功した結果起きたことだと思える。これは重大な犯罪行為なので、ふつうなら「誰が防空体制を混乱させたか」ということが追及されるべきなのだが、超党派の911調査委員会などもその点はまったく触れていない。これを問題にしているのは権力の外にいる人々だけである。アメリカの上層部全体で、911事件のおかしな点には目をつぶるという暗黙の合意があると感じられる。

 上層部が談合していると感じられる911事件に比べ、イラク侵攻はクーデター的な出来事である。侵攻が実現する前に、アメリカ上層部の中でかなりの抵抗があった。湾岸戦争以来のイラクとの関係を詳しく知っているパパブッシュやベーカー元国務長官らは、イラク侵攻に反対を表明したし、パウエル国務長官やマイヤーズ統合参謀本部長らは、ウォルフォウィッツ国防副長官らネオコンと鋭く対立したことが分かっている。

 米政界の右派勢力の人々の大半は、イラク侵攻の開始前、侵攻に賛成する意思を表明しているが、その後、イラク占領の泥沼化が長期化すると分かったため、今春ぐらいに「ネオコンに騙されていた」と表明する右派論客が相次いだ。こうした展開からは、米政界の中に、それまで規定路線としてきた世界戦略を変更した方が良いと考える勢力がいると感じられる。(イラク占領が泥沼化しそうなのは開戦前後から分かっていたことなので「ネオコンに騙された」という言い方には疑問もあるが)

 アメリカ上層部における権力闘争は、敵を欺くためなのか、誰と誰の戦いなのかも分からないような状態の中で展開されているため、仮説以上の断言ができないのだが、911を機に長いテロ戦争を展開するという秘められた戦略が、秘められた状態のまま変更されようとしているようにも感じられる。



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