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アメリカの敗戦

2005年1月5日   田中 宇

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 アメリカのイラク占領が混迷を深めている。米軍は昨年11月、イラク中部のスンニ派の町ファルージャがイラクのゲリラ組織の大拠点となっていると主張し、ファルージャに総攻撃をかけた。ブッシュ政権は、ファルージャのゲリラさえ掃討すれば、イラクの他の地域のゲリラ組織を制圧することも比較的容易になり、今月30日に予定されているイラクの新政権を決める国民議会選挙をスムーズに行えるようになると主張していた。米国内だけでなく、日本の外交専門家たちも「米軍がファルージャを制圧すればイラクは安定する」と予測していた。

 ところが、11月8日から約2週間続いたファルージャのゲリラ掃討作戦は、大失敗に終わった。掃討作戦のことが開始前に大々的に報じられたため、ゲリラは事前に市外に逃げてしまい、米軍は町を制圧したもののもぬけの殻で、その後でゲリラが市内に再潜入し、制圧したはずの市内の70%の地域で、ゲリラが米軍に対して攻撃を仕掛ける事態に逆戻りした。米軍は引くに引けなくなり、戦闘が終わったはずのファルージャに延々と釘付けにされ、ゲリラと戦い続けねばならなくなった。(関連記事その1その2

 バグダッドの西60キロにあるファルージャは、スンニ派イスラム教徒の伝統を重視する町であり、この町の人々は外からの征服者に対する反抗心がさかんである。古くは1920年にイギリスがオスマントルコ帝国を崩壊させてイラクを初めて占領したとき、この町で英軍司令官が殺害され、反乱鎮圧に乗り出した英軍とファルージャの武装市民との間で戦闘になり、市民1万人、英軍千人が死亡している。2003年4月上旬の米軍占領開始直後の4月下旬にも、ファルージャでいち早く米軍と市民との衝突が起こり、米軍の発砲で市民15人が死んだ。(関連記事

 反抗心は強くても、ファルージャのゲリラは武力の装備面では米軍に比べ、はるかに劣っている。にもかかわらず米軍のファルージャ掃討作戦が失敗したのは、米側が過度に稚拙な情勢分析と作戦内容を展開したことが原因だ。ゲリラに逃げられると分かっていて掃討作戦を開始したことがその一つだが、ほかにもいろいある。

 たとえば、米側は自分たちの敵が何者であるかという分析と判断からして間違えていた。米当局は、ファルージャのゲリラの中心は「ヨルダン人のアブムサブ・ザルカウィに率いられたアルカイダの外国人テロリストたち」であると発表していたが、実際に掃討作戦で米軍が拘束したゲリラ約千人のうち外国人はわずか15人で、残りはイラク人だった。(関連記事

「掃討作戦は失敗した」と報じられるようになった後、米当局はようやく「ファルージャのゲリラの中心は(アルカイダではなく)旧フセイン政権時代の治安部隊の要員たちである」と認めた。(関連記事

▼ザルカウィという幻影

 そもそも、米当局が「イラクのゲリラの中心人物」「今やビンラディンより重要なアルカイダの幹部」と主張し、日本人を含む外国人を次々に誘拐して首をはねたとされるザルカウィという人物は、実はすでに生存していないか、生存していたとしてもゲリラの中心人物ではない可能性が高い。ブッシュ政権は、イラクのゲリラはアルカイダの一味であり、イラクの占領は「テロ戦争」の一環であると主張するために、本当は関係のないザルカウィを引っ張り出してきたのだと思われる。(関連記事

 ザルカウィは、1992年にヨルダン王室を倒す運動をして7年の刑を受けたイスラム過激派で、刑期を終えた後の1999年に再びヨルダンでホテルを爆破したテロに関与し、アフガニスタンに逃亡した。2001年末の米軍のアフガン侵攻を受けて逃げ、イラン経由で北イラクのクルド人地域に入ったとされ、北イラクでアンサル・アルイスラムというアルカイダ系のイスラム過激派組織を指導しながら、同時にフセイン政権に接近し、米軍の侵攻後はイラク中部のスンニ派地域に入って反米ゲリラを率いていると報じられている。(関連記事

 ところが、マスコミに流れているこうした経歴のうち、2001年末より後の消息は不明確なものばかりだ。CIAや国防総省が新聞に流したザルカウィに関する具体的な情報も、すべて匿名の関係者によるもので信憑性が薄い。

 北イラクでは1991年の湾岸戦争後、英米軍による「飛行禁止区域」の政策のおかげで、イラク領内にありながらフセイン政権は統治できず、クルド人がアメリカやイスラエルの協力を受けながら自治を行っていた。米当局が北イラクにあったアンサル・アルイスラムの組織を潰そうと思えば、いつでもできたはずだが、それはなされなかった。米当局は、アンサル・アルイスラムを、反フセイン政権のテロ組織として使おうとしていたからだった。ザルカウィがアンサル・アルイスラムを指導していたのなら、フセインに使われるのではなく、アメリカに使われるテロリストだったはずである。(関連記事

▼バース党の地下化を無視したツケ

 ファルージャの反米ゲリラの中心はザルカウィではなく、フセイン政権時代の軍や秘密警察の関係者やその支持者である。彼らはスンニ派イスラム教徒だが、イスラム過激派ではない。フセインのバース党は、近代化には宗教からの離脱が必要と考える社会主義的な色彩を持つ組織で、宗教による政治を嫌い、イスラム過激派とはむしろ対立関係にあった。

 2003年3−4月に米軍が侵攻してきたとき、フセイン政権は徹底抗戦しなかった。代わりに戦車や既存の組織を放棄し、地下化してゲリラとなる道を選んだ。フセイン政権は、米軍が侵攻してくる何年も前から、侵攻が実行されたら地下化する戦略を選んでおり、秘密警察の要員らに、比較的手に入りやすい火薬を使って即席爆弾を作る技能など、ゲリラ戦のやり方を教えていた。(関連記事

 以前の記事「罠にはまったアメリカ」に書いたように、米当局はイラクに入った国連査察団の報告などを通じてそのことを知っていたが、全く無視した。米軍がバグダッドを占領した後、イラク政府の役所や電話局、発電所などが次々と暴徒に略奪され、破壊炎上したが、これも統治に必要な行政情報や経済インフラを破壊することで、アメリカによる統治を困難にするフセイン政権による組織的な動きだった可能性が高い。(関連記事

 ところがこの略奪に対しても、国防総省は「敵軍兵士との戦闘以外の行為は行わない」という理由をつけ、米軍の戦車を役所の門の脇に置いて警告を発するだけで略奪は防げたにもかかわらず、傍観する態度に徹した。

 その後も米当局は「ゲリラは大した勢力ではない」「ゲリラは(地下化したバース党ではなく)アルカイダの外国人テロリスト部隊である」といった見当違いの分析を発表し続けた。2003年5月には、CPAのブレマー長官がバース党員(党員数40万人)を公職追放するとともにイラクの警察と軍を解散した。(関連記事

 イラクの治安維持と国家再建に必要不可欠な技術を持った彼らを追放したことは、1940年代のアメリカが日本の官僚組織をそっくり残して成功したのとは正反対の失策だった。そして、この政策の結果、アメリカの占領政策に失望してゲリラ組織に合流するバース党関係者が急増したと考えられる。米当局が事の重大さに気づいたのは、その後ゲリラの即席爆弾によって次々と米軍の車両が爆破され、戦死者の増加が止まらなくなった最近になってからのことだった。

▼やっぱりわざと負けている?

 アメリカの政策決定者に関わる人々の中には、古くは戦後の日本やドイツの国家再建、最近ではボスニア、コソボ、アフガニスタンなどで国家を再建ないし創設する行為にたずさわった国家作りのプロが多い。しかもイラクの政権転覆は「中東を強制的に民主化する」という大構想に基づいて行われたアメリカの能動的な動きだったはずである。間違った分析や決定がこれほど多発し、しかも間違いと分かった後も政策が長いこと変更されないことが多いのは、何とも不可解である。「アメリカ人は傲慢だからいつも失敗する」といったよく聞く分析も、納得できるものではない。

 米軍は、これまでに2回ファルージャに侵攻し、いずれも奇妙な失敗の仕方をしている。1回目の昨年4月には、ファルージャ市民に米軍下請企業の米国人傭兵が殺された報復として総攻撃をかけろとホワイトハウスから命じられ、現場の海兵隊司令官は報復攻撃は良くないと反論しつつも攻撃を開始した。市街をかなり制圧したところで、ホワイトハウスは一転して今度は司令官に撤退を命じた。そして戦闘の代わりに、その日まで敵として戦っていたゲリラ勢力を正規のイラク軍として認め、彼らにファルージャの治安を任せるよう命じた。(関連記事

 ホワイトハウスは、戦争を途中までやった後、敵に対して大幅譲歩して撤退するというおかしな行動をした。衛星テレビのアルジャジーラなどで連日ファルージャの情勢を見ていたイラクなど中東の人々は「ファルージャのゲリラはアメリカに勝った」「米軍は実は弱いのだ」と考え、ファルージャのゲリラはアラブ諸国で英雄視されて内外からの支援が増え、米軍に対して撤退を要求する声が強くなった。(関連記事

 こうした例を見ると、米中枢には、自国の戦争を重過失によって失敗させる「未必の故意」の意思を持った勢力がいるのではないかと、いつもながら思われてくる。ベトナム戦争のときも、勝てたはずの戦争を泥沼化するに至った過度な失策がいくつもあった。911のテロ事件のときも、なぜか米本土の防空体制はその日だけ機能不全に陥り、戦闘機の緊急出動が大幅に遅れている。(関連記事

▼諜報力も米軍よりゲリラが上手

 イラクのゲリラ組織は、フセイン元大統領が米軍に拘束された後も下火にならず、今では15万人のイラク駐留米軍よりも多い20万人がゲリラ活動に参加していると、イラク暫定政府の諜報機関が分析している。

 フセイン政権は戦争前からゲリラ戦の準備をしていたことや、占領政策の失敗によってイラク人の大半が反米になってゲリラ支持者が増えたことなどから考えて、ゲリラ勢力はかなりの力を持っていると思われる。彼らはまだ全力を出し切っておらず、米軍の限界を試すように、少しずつテロや戦闘を拡大していくと予測される。(関連記事

 昨年11月8日にファルージャ総攻撃が始まった4日後には、イラク北部のスンニ派の多い町モスルに、ゲリラ活動が飛び火した。モスル市内のいくつか警察署や政党事務所などがゲリラによって攻撃され、モスルで働く警察官の75%以上が職場放棄して辞めてしまった。

 モスル市警の本部長自身、ゲリラに対して積極的に派出所を明け渡す行為をおこなった。本部長はその後、この行為を発見した地元のクルド人民兵に拘束されている。イラク人の治安部隊がパトロール中にゲリラに襲撃されて殺される事件も増えた。(モスルは人口200万人で、スンニ派が100万人、クルド人が50万人、残りはトルコ系など)(関連記事

 モスルはこれまで比較的安定しており、米軍は兵力不足を補うため、イラク人の警察官や治安維持部隊を養成していたが、その努力は水の泡となり、再び米軍自身が町をパトロールしなければならなくなった。米軍が頼みの綱とするイラクの警察や治安部隊は、ゲリラがちょっと騒ぐだけで雲散霧消してしまう心もとない存在であることが、日に日に明らかになっている。ゲリラが強いと見るや、警官や治安部隊を辞めてゲリラ側に鞍替えする者も多く、ゲリラの戦闘能力は上がっていると指摘されている。(関連記事

 12月21日には、モスルを守備する米軍基地内の食堂で兵士らの食事中に爆発があり、22人が死んだ。この事件は、米軍に協力するイラク人治安部隊にスパイとして紛れ込んでいたゲリラ兵士が起こした自爆攻撃であるとされた。米軍兵士とって最も気の休まる場所であるはずの基地の食堂で起きた爆破攻撃は、イラク占領の失敗を物語る象徴的な事件となった。

 この事件により、ゲリラのスパイが米軍施設に入り込み、米軍の情報が筒抜けになっている懸念も高まった。ザルカウィの情報ばかりを追ってきた米側は、すでに情報収集の面でもゲリラ側より劣っており、このことはイラク側の諜報関係者も懸念している。(関連記事

▼増派か撤退か

 こうした一連の事件の後、アメリカのマスコミなどでは「米軍はイラク人の信頼を完全に失っており、占領は失敗した。国力の消耗を防ぐため、早く米軍を撤退させるべきだ」という主張と「米軍が撤退したらイラクは内戦になる。イラク人治安部隊に頼れなくなった分、米軍を増派するしかない」という主張が入り乱れた。(関連記事

 ニューヨークタイムスは、モスルの爆破攻撃の翌日の第一面に、戦争の続行を全面的に支持する記事を掲載した。この記事は、各地の米国民の意見を集めたという体裁をとりつつ「もはや撤退はあり得ない」「厭戦気分を象徴するような世論調査の結果自体が、敵を利することになっている」と主張している。同紙はファルージャ攻撃が始まった昨年11月8日には「イラク駐留米軍を4万人増派すべきだ」という主張を載せている

 半面、増派せず撤退すべきだという意見は、反戦系の言論人のほか、アメリカの国力をこれ以上無駄に消耗させない方が良いと考える保守系の言論人からも出ている。保守系勢力からは、昨年4月に米軍が最初のファルージャ侵攻に失敗したころから「早くイラクから撤退した方が良い」という主張が出ていた。(関連記事

 増派か撤退か、主張は分かれたが、ブッシュ大統領は昨年12月20日の記者会見で、1月のイラクの選挙の前後にイラク駐留米軍の兵力を増強し、2005年中はそれを維持するという方針を発表し、イラク占領の長期化を示唆した。ブッシュは、自らの人気を落とす撤退を選ばず、増派の方向を選択したのだった。今後、アメリカは徴兵制に移行するかもしれない。(関連記事

▼アメリカはもう勝てない

 しかし、米軍が増派を実施しても、その分ゲリラの攻撃が激化し、戦闘が長引くだけで、アメリカのイラク占領が成功に向かうわけではない。イラク占領の成功には、イラク人が米軍を支持するようになることが必要だが、増派はそれとは逆の作用しかもたらさない。(関連記事

 撤退派が主張するように、アメリカはすでにイラク人から徹底的に嫌われており、もはやイラク人に好かれることは無理で、そのためこの戦争はもうアメリカの勝ちで終わることはない。アメリカの敗北はすでに決定的で、負けを認めるのが早いか遅いかという問題が残っているだけである。負けを認めるのがあとになるほど、アメリカは国力を無駄に消耗し、世界の覇権国としての地位を失う傾向が強まる。(関連記事

 こう考えると、世界最強の覇権国であるアメリカに従属することが最良の国家戦略とされる日本にとっては、アメリカにイラクからの早期撤退を勧め、ブッシュがアメリカの国力を無駄遣いするのを防ぐ必要がある。自衛隊の派兵延長を支持する親米派の論客より、小泉政権を嫌う反戦運動家の方が日本の国益に沿った主張をしているという、皮肉な事態になっている。日本は、イラク撤退を主張するパット・ブキャナンあたりの保守派や、アメリカの反戦運動家に、こっそり資金提供するぐらいのことをした方が良いともいえる。



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