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コロナ第2波で金融危機の再燃へ

2020年7月24日   田中 宇

秋にかけて米国発の世界的な金融危機が再発しそうだという見方が、金融界のいくつもの方面から出ている。コロナ危機が米国に波及した今年3月に金融崩壊が起きた後、米連銀(FRB)がQEを再開・急拡大して金融商品を買い支え、それから株も債券も反騰し、3か月かけて崩壊前の水準まで戻ってきている。 (Stock Market Crash 2020: Welcome To The End Game) (BofA Admits This Is A Massive Tech Bubble; Reveals How It Will End) (Nomura Warns Of Imminent "Inflection" Point In Stocks AMID 'Easiest' Financial Conditions Since Pre-COVID Collapse

最近では連銀も毎週のQEの買い支え額を減らし、支えなしで自律的にバブル膨張していく状態になってきた(中銀群がQEの代わりに別の裏金を用意して買い支えているのかもしれないが)。 (Fed's Balance Sheet Posts Biggest Weekly Drop In Over 11 Years) (中央銀行群はいつまでもつか

その一方で最近コロナの「第2波」の扇動によって都市閉鎖や自粛が再発動され、世界の実体経済が再び悪化する感じになっている。5-6月に回復基調になった米経済は、6月末から再び止まっている。各国とも4-6月に政府財政を出動させて経済をテコ入れした策が弾切れになり、第2波の経済停止と重なって不況が再燃しそうだ。これまでは蓄えを使って何とか持ちこたえてきた失業中の人々や縮小営業中の企業が、蓄えを使い果たした状態で今後の再不況に突入すると、もう持ちこたえられず、極貧層への転落や企業倒産に追い込まれる。追加の大量失業と大量倒産があり得る。この不況再燃を受けるかたちで金融危機が再燃すると予測されている。金融取引が少ない8月は持ちこたえ、9-10月に再暴落するかもしれない。 (‘This Is Not a Normal Recession’: Banks Ready for Wave of Coronavirus Defaults) (Most PPP recipients expect to run out of money by August, study finds

金融相場が暴落しても、米連銀など米日欧の中銀群がQEを再び増額して買い支えれば反騰する。実体経済が世界的に悪化するなかでの株価の反騰はQEによる粉飾だが、マスコミは「コロナのワクチンが早くできそうなので株価が反騰した」などと歪曲報道にいそしむだろう。だがコロナ危機の長期化により実体経済の側の余力が減り続け、その分をQEの資金で補わねばならないので、相場のテコ入れに必要なQEの総額は増えていく。 (US Covid-19 surge could trigger a double-dip recession) (Citi expects stocks to go sideways for a year, suggests defensives

QEの総額が増えるほど、中銀群が抱える不良資産が増え、ドルの信用低下につながる。3月以降、投資家の多くが、金融相場は実体経済の良し悪しと関係なく中銀群のQEで動いている不健全な状態だと知っている。コロナ危機後、市場の需給を使って儲けてきたヘッジファンドは全く儲からなくなってどんどん潰れている。マスコミ的には多様な投資家が市場に参加しているように装われているが、実際はQEとその関連の資金しか市場にいない硬直した状態に近づいている。もう「市場」と呼べない状態だ。暴落とQEによる反騰を繰り返すほど、QEの負担が増えていく。 (Hedge Funds Really Can Blame Fed for Wrecking Their Strategies) (The economic recovery looks poised to stall as coronavirus cases surge

今後コロナ恐慌の長期化で世界的に高水準の企業倒産が続き、倒産が社債と株式の損失を急増させる。債券や株の相場を維持しようと思ったら、それらの損失をQEで穴埋めし続けねばならない。コロナの影響で世界的にテレワークが増え、飲食店や小売店も潰れてオフィス需要が減っている。個人の失業で家賃滞納やローン返済も急増している。米国では5000万人が失業し、賃貸入居者の30%にあたる2800万人が家賃を滞納している。不動産債権は商業地も住宅も半分程度が債券化されている。コロナ不況の長期化とともに不動産担保債券の焦げつきが増えているが、その穴埋めはQEだけが頼りだ。 ("Tsunami" Of Evictions Could Make 28 Million Americans Homeless This Summer Alone) (Bad Days Are Coming For Us With A Real Crash: Stock Market Bubble, Credit Bubble & Zombie Companies

石油ガスの価格下落で、米国のシェール石油ガス産業が丸ごと経営難に陥っているが、米シェール業界はジャンク債を大量発行して採掘の費用を捻出してきた。シェール産業の経営難で、これらの債券がデフォルト寸前の状態だ。この窮地を救えるのも連銀のQE資金しかない。米国など各国政府はコロナ危機の景気対策で赤字国債を巨額に発行しているが、その買い支えもQE資金が頼りだ。株と債券を合わせた世界市場は200兆ドル近いが、そこに開いたすべての穴はQEで埋めるしかない。秋冬にかけて米国発の金融危機が再燃し、中銀群のQE再拡大で穴埋めする事態が予測される。 (Top Shale Boss Warns US Production Won't Revisit 2019 Levels "In My Lifetime") (Why US Shale Is Too Important To Fail) (まだ続くシェール石油のねずみ講

コロナ恐慌は1年で終わらず3年ぐらい続きそうだという見方を米欧日の財界人の多くが持っている。今年を乗りこえても来年、再来年と悪い状態が続く。その間、金融と財政を支えるちからはQEだけだ(ちからというより詐欺の手法だが)。金融が崩壊するとQEを増額して小康状態に戻るが、しばらくするとまた金融が崩壊してQEを再増額する繰り返しになる。 (Economy Won't Recover Until At Best 2023) (The Fed Is Trapped In QE As Interest Rates Can't Rise Ever Again

米国では、2023年ごろに公的年金や社会保障が相次いで破綻・資金難に陥っていく。年金をもらう側の団塊の世代の人数が多く、年金掛け金を出す側の若手の人々の失業・掛け金支払不能も多いからだ。破綻はずっと前から予測されていたが、事態はコロナでさらに悪化している。破綻する既存の制度に替わり、UBIやMMTといった新たなバラマキ制度をやるとしても、その原資も赤字国債をQEで買い支えてもらうしかない。いずれコロナ危機が終わっても、リーマン前の強欲で創造性あふれる「健全」な金融システムは戻らない。「市場」は死んだままだ。QEの海原が続くだけだ。 (Stagflation Is Paradise For Gold And Silver) (FOMC Minutes Suggest Fed Will Keep Buying Bonds "For Many Years") (アメリカは破産する?

QEの海原も、永遠に続くわけではない。QEはドルの基軸通貨性に依存しているが、中国が非米諸国を率いてドルの基軸性を潰す策を開始している。トランプの米国は、中国との経済関係を断絶する策を全力で展開しており、世界経済は米国側と中国側に分裂していく。日本など多くの国が、米中両側と取引を続けるが、米国側とはドルで取引し、中国側とは自国通貨や人民元、金地金、もしくはそれらを加重平均した新体制などで取引する。世界経済は、ドル側と非ドル側に分裂していく。非ドル側は、中国やロシア、イランが米国に敵視され続けるので「反ドル」の傾向を強めている。QEの行き詰まりは、需給からの経済的でなく、政治的・地政学的にやってくる。 (Deutsche Bank's Top Credit Strategist : "I Am A Gold Bug; Fiat Money Is A Passing Fad In The History Of Money") (ドル崩壊への準備を強める中国

反ドル側の備蓄価値の象徴は今のところ人民元でなく金地金だ。人民元はまだ為替がドルを意識した準ペッグ状態のままなので非ドル反ドルの象徴になれない。中国人は、長期的な覇権の話より、日々の輸出の儲けを優先し、政治的に反ドルのくせに元高ドル安にせず、経済的には従来の基準値だった1ドル=7元を超えて元安ドル高にすることを好んでいる。以前は元安ドル高にすると米国から非難されたが、もう中国が何をやってもトランプは中国を敵視するばかりなので、非難など無視して元安ドル高にして貿易黒字を増やすことにした。 (世界経済を米中に2分し中国側を勝たせる) (コロナ時代の中国の6つの国際戦略

金地金は備蓄資産として重視されている。地金は以前から備蓄対象としてドルや債券の究極のライバルとみなされ、ドル側(米英金融界)は先物を使って金相場の上昇を抑止してきた。地金は、ドルのライバルとみなされてきた点が非米側から評価され、非ドル側がドルに対抗する際の象徴とされている。中国は上海に金市場を作り、人民元と金地金の連携を強め、中国人に金地金保有を奨励している。中国は米国を敵視していない。米国が中国を敵視しているだけだ。地金はドルを敵視していない。ドルが地金を敵視しているだけだ。ドル側は、自分たちが無茶苦茶なバブル膨張を続けて放置すると地金に人気が移りかねないので地金を抑圧敵視している。 (金本位制の基軸通貨をめざす中国) (人民元、金地金と多極化) (金相場の引き下げ役を代行する中国

ドル側の無茶苦茶なバブル膨張の究極の段階がQEだ。だから米連銀がQE(隠れQE。レポ介入)を再開した昨秋以降、金相場が上昇した。ドル側からの相場抑止策を乗り越えて上昇した。今年2-3月、コロナ危機とともに株価が暴落すると、米連銀がQEの急拡大を決めた。金相場がさらに高騰するかに見えたが、ドル側はQE資金で金先物を大量に売り放ち、金相場を暴落させた。これは金先物を買っていた投資家たちを潰すための、金先物売り側・ドル側の策略だったようだ。その後は現在までこの引き下げ策が再発されず、金相場は上昇を続け、史上最高値の1オンス1923ドルに近づいている。 (中央銀行の弾切れ) (ずっと世界恐慌、いずれドル安、インフレ、金高騰、金融破綻

今後、秋冬にかけて実体経済の悪化から米国中心の金融危機が再燃し、米連銀がQEを再拡大せねばならなくなると、金相場が史上最高値を更新して上昇し続けるかもしれない。だがその際に警戒せねばならないのは、今年3月に起きた、ドル側がQE資金で金先物を売り放って金相場を短期間だけV字型に暴落させる策略が再発され得ることだ。1オンス1600ドル台までV字暴落するかもと言う人もいる。それを過ぎれば金相場は2000ドルを超えて上昇するだろう。 (How High Can Gold Go in 2020?) (Soaring Inflation To Send Gold To $5000 "Doomsday" Fund Predicts

トランプ政権は金本位論者のジュディ・シェルトンを米連銀の理事に就けることに成功した。シェルトンの就任を渋ってきた米議会上院が先日ようやく了承した。ドル側の総本山である米連銀の理事会に、非ドル側の味方である金本位論者のシェルトンが入ってくる。連銀内でどんな議論が展開されるのか見ものだ。 (Trump Fed Nominees Shelton, Waller Confirmed by Senate Committee) (「ドル後」の金本位制を意識し始めた米国と世界



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