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世界経済のリセットを準備する

2019年3月19日   田中 宇

私の国際情勢分析の近年の中心課題は、戦後の世界体制である米国(英米)の単独覇権体制を米国自身が壊し、米国だけでなく中国やロシア、BRICSなどの諸大国が並び立つ多極型の世界体制に転換していく多極化の過程を見極めることだ。今の世界が、このような覇権転換の最中にあると考えている分析者は、日本にも外国にもほとんどいない。私自身は、国際政治経済に関する多くの英文情報を読んでいく中で、断片をつなぎ合わせ、911からリーマン危機後までの10年ほどかけて覇権転換や多極化の見立てに到達し、その後トランプ登場や中央銀行によるQEの進展(バブルの異様な膨張策)などを見て、さらに確信を持つようになった。 (田中宇史観:世界帝国から多極化へ) (多極型世界の始まり

そんな中で最近、私と似た見立てをしている分析者が米国にいることに気づいた。alt-market.com を主宰するブランドン・スミス(Brandon Smith)で、私が毎日見ている金融分析サイト「ゼロヘッジ」に、記事がよく転載されている。 (Brandon Smith: The Fed Is A Suicide Bomber With A Deeper Agenda

スミスは、覇権を運営する米国などの「グローバリスト」たち(スミスによると中国共産党もその一味)が、ドルや米国債を頂点とした米国中心の既存の金融システムを自滅させ、同時に中国など新興諸国を台頭させて、世界的な経済体制のリセットを起こし、今よりもっと中央集権的な新しい世界体制(新世界秩序)を作ろうとしている、と見立てている。 (The Fall Of America Signals The Rise Of The New World Order) (Will Globalists Sacrifice The Dollar To Get Their 'New World Order'?

米国の経済覇権の根幹にある債券金融システムが崩れた08年のリーマン危機後、世界的な意思決定の最高機関が、それまでの米英中心のG7から、もっと多極型のG20に取って代わり、IMF世銀、BIS(国際決済銀行)などの国際金融体制を監督運営する世界機関もG20の傘下に入った。ドルに代わる国際基軸通貨としてIMFのSDRが言及されている。その一方で、米連銀(FRB)などの中央銀行群が、通貨を過剰発行して債券を買い支えるQEによって金融バブルを膨張させ、リーマン危機で潰れかけた債券金融システムを延命させている。これらは報じられている事実だ。 (G8からG20への交代) (IMF世銀を動かすBRICS) (金融覇権をめぐる攻防

スミスはこれらの点を根拠に、以下のような分析をしている。リーマン危機の構造が今に至るまで続いており、FRBなど中銀群がバブルを膨張させてシステムを延命させているが、FRBは今後の適当な時に巨大なバブル崩壊を引き起こして米国覇権を自滅させる(世界経済をリセットする)つもりであり、その後のもっと中央集権的な世界システムをIMFやBISがグローバリストの代理機関として準備している。この分析は、私と共通している。 (金融を破綻させ世界システムを入れ替える) (米金融界が米国をつぶす

スミスによると、1930年代の世界恐慌やリーマン危機などのバブル崩壊は意図的に誘発されたものであり、元凶となった金融バブルの膨張時から、危機誘発のために意図的に膨張が看過されていたという。リーマン後のQEも、今後の大崩落を準備するための意図的なバブル膨張だと。たしかに、リーマン危機の元凶となったサブプライム危機の前に「サブプライム債券はバブルだから危ないよ」と指摘されていたのに見事に無視され、リーマン後のQEも「出口がない危険な政策だ」と警告されていたのに見事に無視されている。大崩落は、起きるか起きないかの問題でなく、いつ起きるかという問題だ。意図的な危機誘導の説を、私も支持する。 (出口なきQEで金融破綻に向かう日米) (金融危機の再燃

スミスはまた、中国が自国のバブルを早めに崩壊させることで、きたるべき大崩落に対する予防的な準備をしていると見ている。この点も私は同意する。スミスと私が違う点は、スミスが中国(中共)も米国グローバリストの一味であり、私などが多極化と呼んでいるものは多極化でなく、グローバリストによる世界支配・中央集権の強化であると言っていることだ。たしかに、既存の米国覇権の根幹に位置するドルや債券金融システムは、オフショア市場やタックスヘイブン、デリバティブなど、誰も管理できない野放図な領域がかなりあり、ドルシステムが崩壊してリセットが起こり、G20やIMFなどがたくらむ新たな経済システムになると、野放図な領域が塞がれ、そのぶん機関的な管理が強まる。その意味では、多極化でなく中央集権化だといえる。 (タックスヘイブンを使った世界支配とその終焉) (Globalists Are Now Openly Demanding New World Order Centralization 2016) (China Has Been Preparing For A Trade War For Over A Decade

しかし私の見立てでは、ドルと債券のシステムに野放図で管理されていない領域が残されていることには理由がある。そこに米英の諜報界が巣食い、70年代にニクソンショック(金本位制の崩壊)でいったん崩れた米国の覇権を80-90年代の債券金融化で立て直し、米国のライバルになりそうな新興市場諸国をアジア通貨危機など金融兵器の発動によって潰し、米国の覇権維持に寄与してきた。ドルと債券のシステムが従来のように野放図に管理されている限り、ドルに依存している世界は、米国の言いなりにならざるを得ない。新興市場は米国に阻止され、なかなか発展できなくなる。これでは資本家としてうれしくない。 (Brandon Smith: Trump Is A Pied Piper For The New World Order Agenda

先進諸国に経済発展の余地が少なくなったので、わざわざ冷戦を終わらせて新興市場諸国を発展へと解放したのに、冷戦をつかさどってきた諜報界(軍産複合体)が野放図な金融システムに入り込み、新興市場を潰す通貨危機を引き起こして対抗してきた。新興市場を投機で潰したジョージソロスは、資本家だが帝国の側だ。金融システムの野放図さをふさぐために、ドルや債券システムをいったんリセットする大崩落の必要性が、ここで出てくる。スミスは、米国の最上層部(グローバリスト??)を一枚岩と見立てているようだが、私はそう見ない。一枚岩とみなすと説明がつかないことが多い。たとえば米英の覇権運営の上層部には大昔から、中国を封じ込めたり分割弱体化したいと考える勢力と、中国を強化台頭発展させたいと考える勢力の両方がいた。私が言うところの「帝国(軍産)と資本の相克」が覇権中枢に昔からあった。 (資本の論理と帝国の論理

きたるべき世界経済のリセット後の世界は中央集権的だが、それは米英諜報界(軍産)を無力化するための集権化(ドルの野放図さをふさぐこと)だ。中国は、胡錦涛までのトウ小平時代に、天安門事件で軍産に経済制裁された教訓から、軍産主導の覇権運営に楯突かなかったが、習近平になってからは、軍産の衰退・米国覇権の凋落・世界経済のリセットを見越して、米国の言うことを聞かず、独自の地域覇権(一帯一路など)を強化している。中国は、既存の覇権勢力のうち「資本」の側(中国と仲が良いキッシンジャーがその代理人の一人)と親密だが「帝国・軍産」とは相容れない。 (The New World Order Will Begin With Germany And China) (金融バブルと闘う習近平

スミスは指摘していないが、世界経済のリセット後に顕在化する新世界秩序は、1945年に作られた国連安保理の5大国(P5)制度の焼き直しだ。新世界秩序とは、国連の改革(というより70年ぶりの正常化)でもある。ロックフェラー家(資本の主導役)が寄贈した国連本部にP5が置かれたが、その後、英国と軍産が引き起こした冷戦によってP5は分裂無力化させられた。ニクソン、レーガン、リーマン危機、トランプによって冷戦構造と軍産と英国が無力化され、P5の体制はG20という外輪を得て蘇生しようとしている。国連系の機関であるIMF世銀やBISがその経済面の事務局であるのは当然だ。リセットは正常化である。とんでもない現象ではない。 (多極化の本質を考える) (ニクソン、レーガン、そしてトランプ

今回、スミスの分析を何本か読み、私にとって目からウロコだった点の一つは「(違法)移民の自由化」の意味についてだ。経済発展を維持するためには、旺盛に消費できる中産階級の国民が国内に増やすことが必要で、貧困層が中産階級になっていく時に大きな経済成長を実現できる。そして、手っ取り早くこの経済成長を実現する策の一つが、貧しいが勤労意欲の高い移民をたくさん受け入れ、彼らが定住して中産階級になっていくことを容認することだ。米国の経済発展は昔から移民流入によって形成されており、米政府がメキシコからの違法移民流入を黙認してきたのも同様の理由だ。欧州への移民(難民)流入や、最近の日本での移民受け入れ開始も、同様の理由からだ。 (The Global Economic Reset Begins With An Engineered Crash

レーガンの米国が90年代に冷戦を終わらせ、新興市場諸国の発展に道を開いた。これは、米欧日など先進諸国が成熟化して経済発展が鈍化してきたからだ。軍産・帝国の側としては、中国など新興市場が発展台頭し、覇権の一部が中国などに移転していくと、米国の単独覇権が崩れるので阻止したい。そのための対抗策として、違法移民や難民を米国や欧州がどんどん受け入れるように仕向け、貧しい移民が米欧に定住して中産階級になっていくやり方で経済成長を底上げすることが90年代から始まった。移民受け入れは、多極化への対抗策だった。 (仕組まれた欧州難民危機

となれば、多極化を推進したい側、たとえばトランプがやっている移民排斥・米墨国境の壁の建設や、欧州でさかんになったポピュリストによる移民排斥運動も、これで説明がつく。トランプらは移民の流入を抑止し、先進諸国の中産階級増殖をやめさせ、新興市場の側への覇権移転を促進し、軍産の延命を食い止める。軍産・帝国の代理人たるソロスが移民受け入れを叫ぶのも理解できる。

スミスの分析を読み、ほかにもいろいろ自分なりの分析を触発されたが、話が多岐にわたるので、このあたりでいったん切る。スミスと私の最大の共通点は、きたるべき金融大崩落によって米国やドルの覇権が消失し、世界経済の体制がリセットされるという予測と、これが覇権運営の上層部によって意図的に起こされているという見立てだ。スミスは、今年リセットが起きそうだと書いている。私は、リセットの時期に関するそこまでの確信がない。日銀と欧州中銀がまだQEを続けるようなので、トランプの再選までバブルが持ちこたえるかもしれないと考えている。



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