他の記事を読む

IMF世銀を動かすBRICS

2016年4月25日   田中 宇

 4月15-17日、米ワシントンDCで、IMF世銀の春の定例会合(開発委員会など)が開かれた。中国・ロシア・インド・ブラジル・南アフリカといったBRICS諸国の、IMFに対する発言権(議決権)が今年1月に拡大された後の、初めての会合だった。今回の会合を機に、状況が大きく変わったことの一つは、昨年中国が主導して創設したAIIB(アジアインフラ投資銀行)に対し、米国と日本がこれまでの敵対姿勢をやめて、米日が主導する世銀とADB(アジア開発銀行)が、AIIBと協調する協定に調印したことだ。今年1月に正式スタートしたAIIBの最初の事業になるパキスタンや中央アジア諸国の道路整備事業に、ADBも資金提供することになった。 (There's no secret U.S.-China pact, economists say after IMF meeting) (AIIB joins World Bank and ADB on infrastructure projects

 AIIBと世銀ADBが協力して道路網建設に投資するパキスタンや中央アジアは、中国の影響圏である。AIIBの投資事業に、世銀とADBが一緒にやりたいと申し出た結果、協調体制が組まれた感じだ。AIIBは中国主導、ADBは日本人が歴代総裁の組織だ。日本が中国を敵視(嫌悪)していることを考えると、ADBがAIIBに協調を申し入れるのは、日中関係だけを考えると奇異だ。世銀ADBがAIIBと協調したのは、日本が方針を転換したからでなく、日本にとっての「お上」である米国が、中国に対する方針を転換したからだ。 (China's AIIB seeks to pave new Silk Road with first projects

 米政府でIMF世銀を担当するジェイコブ・ルー財務長官は、IMF世銀会合に合わせたタイミングで、IMF世銀の運営に関して中国などBRICSや新興諸国に対するこれまでの排除策をやめて協調に転じることを、論文として書いて発表している。BRICSに国際台頭を許すことを、米国の覇権縮小ととらえず、BRICSに米国流の国際秩序を守らせるための策と書いている点が、目くらまし的で興味深い。 (America and the Global Economy By Jacob J. Lew) (US Treasury Secretary calls for IMF reform

 昨春、中国がAIIBの創設を発表したとき、米国は、それに反対し、欧州諸国や韓国などに対してAIIBに入るなと圧力をかけた。対米従属の裏返しとして中国嫌悪策をとる日本も、中国嫌悪と対米従属を両立できる素敵な策としてAIIBに入らなかった。だがそれから1年後、米国はルー論文で、世界経済運営の分野で、中国を排除・敵視することをやめる方針に転じた。対米従属のみを国是とする日本は、これに抵抗できるはずもなく、中国をライバル視していたADBの総裁(日本の財務官僚)が、自分は昔から中国と協調すべきと考えていたと新聞のインタビューに答える茶番な事態になっている(対米従属は、高級官僚を筆頭に日本人全体の精神を歪め、人間性を低下させている)。 (AIIB works with World Bank, ADB to approve first projects in June) (日本から中国に交代するアジアの盟主) (Japanese head of ADB plays down China-led rival AIIB

 IMFにおけるBRICSの発言権の拡大は、もともとBRICSの側が要求したことでない。08年のリーマン危機(米国の債券バブルの大崩壊)で、米国中心の世界的な金融システムが崩れかけた時、戦後の米国中心の経済体制(ブレトンウッズ体制)の大改定が必要だと米国自身(当時はブッシュ政権)が認め、ブレトンウッズ機関(米経済覇権体制の維持機関)だったIMF(国際通貨基金)と世界銀行におけるBRICSの発言権を拡大することを、米国が了承した。 (「ブレトンウッズ2」の新世界秩序) (「ブレトンウッズ2」の新世界秩序<2>

 それまで、世界経済の運営をめぐる最高位の国際合議体は、有力先進諸国だけで構成するG7サミットだったが、先進諸国だけではリーマン危機後の金融崩壊から世界経済を立て直せず、中国を筆頭にBRICSなど新興諸国の協力が不可欠だと、米政府自身が認識した。それをふまえ、G7など先進諸国とBRICなど新興諸国を合体させたG20サミットが新たに発足し、世界経済の運営をめぐる最高位の合議を、G7でなくG20で行う新体制がリーマン危機後に始まった。G7は対米従属(米英覇権)の組織だったが、BRICSは対米自立型の諸大国で構成されており、G7からG20への中心の移行は、覇権体制の多極化を意味していた。 (G8からG20への交代

 同時に、それまで米国の経済面の世界運営(覇権)の事務局として機能してきたIMF世銀も、G20による経済経済運営の事務局として衣替えすることになっていた。その前提として、米国と、その従属諸国である欧日に集中していたIMFの議決権をBRICS諸国に分け与え、IMFにおけるBRICSの発言力を増大させる「IMF改革」の政策が2010年に決定され、米政府(民主党オバマ政権)も賛成してそれに署名した。だが、共和党が多数派の米議会は、中国やロシアに覇権を分散させるなど冗談でないと、IMF改革の批准を拒否し続けた。米国はIMFで拒否権を持っており、米国が了承しない限り、改革案は実行に移せず、棚上げ状態になった。 (G20は世界政府になる

(IMFの決議方法は1カ国1票でなく、GDPや市場開放度に応じて各国にそれぞれ異なった議決権を配分している。米国が世界最大の約17%の議決権を持ち、日本は6%を持っている。重要事項の決議には85%以上の賛成が必要なので、米国が反対すると可決できない。IMFでは米国だけが、こうした拒否権を持っている) (BRICS gets greater say in IMF

 リーマン危機後、米当局は、崩壊(凍結)状態の金融界に公金(国債発行で作った資金)を投入(社債買い支え)し、それが上限に達すると、次は中央銀行(連銀)が造幣で作った資金を投入するQE(量的緩和策)を開始した。QEを3年ほど続けて不健全な事態になったので、連銀自身は14年秋にQEをやめて、代わりに日欧にQEを肩代わり的にやらせた。日欧は、QEを限界までやった後、マイナス金利策まで導入し、米中心の金融システムを延命させている。この間、現在に至るまで、米国中心の金融界は連続的な資金供給によって延命し続けているが、自らの市場原理(民間の需要)で回る状態に蘇生したわけでなく、いずれ米欧日の中央銀行がQEを縮小せざるを得なくなると、金融危機が再発する運命にある。 (米国と心中したい日本のQE拡大) (QEの限界で再出するドル崩壊予測

 米欧日の中央銀行は、リーマン危機後の金融延命策で信用力を出しきっており、次にリーマンの再発的な金融危機が起きた時、それを救済する余力が残っていない。米連銀は、その余力を蘇生させようと、危機の際に利下げできる余地を作るべく、昨年から利上げ傾向に入ったが、一度わずかな利上げをした後、世界不況のあおりを受け、これ以上利上げできない事態に陥っている。次にリーマン的な金融危機が再発したら、中央銀行が危機を沈静化させる手段を持たないので、消防自動車がいない状態で火事がどんどん広がるのと同様、リーマンよりもっとひどい危機になる。 (QEやめたらバブル大崩壊) (利上げできなくなる米連銀

 このように先進諸国の金融システムが不健全な悪循環を続けるのを横目で見ながら、BRICS諸国は、いずれ再発するであろう米国発の巨大な金融危機に自分たちが巻き込まれないようにする必要があった。IMFでのBRICSの発言権が予定通り拡大されていたら、IMFの意思決定を通じて米欧日の中央銀行群に不健全なQEなど超緩和策を早めにやめさせることができたかもしれないが、IMFでの発言権拡大は米議会によって阻止されていた。仕方がないのでBRICSは、自分たちだけでIMF世銀の代替組織を作った。IMFの代替としてBRICSの緊急用基金が作られ、世銀の代替として新開発銀行が作られた。世銀傘下のADBの代替として、AIIBが作られた。 (BRICS moves to establish bank institute, rating agency

 これらのBRICSの代替機関が軌道に乗り出す直前の昨年末、米議会が、IMFにおけるBRICSの発言権を拡大する法案(国際協定)を、突然に批准した。米政府の予算法案の中に紛れ込ませる形にして、目立たないように可決した。BRICSが自前の機関を作ってIMF世銀の枠の外に完全に出て行ってしまうと、BRICSはIMF世銀に資金を出さなくなり、米国の覇権運営機関であるIMF世銀自体が困窮するので、米議会はやむを得ず譲歩して批准したのだと考えられる。 (Developing countries seek to bypass stalled IMF and World Bank reform, risking US veto

 米議会が批准したのでIMF改革が実現することになり、IMFは今年1月、調印から8年を経てようやく増資と、BRICS諸国の議決権の増大を実施した。中国の議決権は、3・8%から6%に上がった。BRICS5カ国合計での議決権は14・7%になった。IMFは重要事項の決議に85%以上が必要で、15%以上の議決権を持つと、米国と並ぶ拒否権発動可能な勢力になるが、BRICSはこれに0・3%足りない。これは、米国だけが拒否権を持つ既存の状態を守るための措置とも言えるが、多くの場面で、BRICS以外の新興諸国もBRICSの件に賛成で、0・3%の穴はすぐに埋められるので、事実上BRICSはIMFにおいて米国と並ぶ拒否権を持ったことになる。 (Upcoming IMF Quota Reforms Allow BRICS to Veto Decisions - Lavrov) (The IMF will have new-and-improved governance this month

 BRICSはIMFでさらなる「改革」を求めている。IMFにおける各国の議決権は従来、その国のGDPと、市場開放度や経済の多様性などの組み合わせて算出してきたが、この基準は対米従属の欧州や日本に甘めに出る半面、BRICSを含む新興諸国に厳しくなっている。BRICSは、こうしたIMFの議決権の歪曲的な決定方法を変更し、新興諸国に不利のないGDPを中心とした算出方法に変えることを求めている。この要求が通ると、BRICSなど新興諸国の議決権がさらに増えることになる。 (BRICS join forces on IMF quota formula reform) (China, India, Russia call for more reforms at IMF

 BRICSの発言権が増しても、IMFが米欧日の中央銀行群にQEやマイナス金利といった超緩和策をやめさせることはできない。やめるにはもう遅すぎるからだ。超緩和策を縮小したら、株や債券の市場に流入する資金が急減し、相場が大幅下落するとともに、企業倒産が増え、すでに起きている実体的な不況に拍車がかかる。 (Japan's Keynesian Death Spiral - How Central Planners Crippled An Economy

 欧州中央銀行は先日、QEの対象を国債だけでなく社債にも拡大した。欧州企業の社債だけでなく、欧州に現地法人がある米国法人の米国本社発行の社債も買い支える方針で、米国の債券市場を欧州中銀が救済する仕掛けになっている。日銀は、マイナス金利を初めて3カ月しか経っていないが、すでに世界のマイナス金利の債権債務の6割が日本で、2年前からマイナス金利をやっている欧州が4割という事態になっている。いずれの現象も、QEやマイナス金利策が拡大する一方であることを示している。拡大し続けないと金融システムの延命を保持できない。しだいに強い麻薬を欲するようになる麻薬中毒者と同じだ。永久に拡大することは不可能で、いずれ限界に達し、その時点で金融が再崩壊する。 (Draghi Just Unleashed "QE For The Entire World"... And May Have Bailed Out US Shale) (Japan, Not Germany, Leads World in Negative-Yield Bonds: Chart

 欧日の中央銀行は1年から1年半おきに、超緩和策の拡大や、新たな緩和策の導入をやっている。1発の「麻薬」の効力が12-18カ月ということだ。あと何回、拡大や新策をやれる余地があるのか。あと1-2回だとすると大危機の発生まで1-3年、あと2-3回だとすると2-5年ということになる。「BRICSは昨年以来、中国を筆頭にどこも経済難で、IMFの主導権を握っても大したことができない」という解説が出回っているが、BRICSは実体経済が沈滞している一方、米欧日は実体経済の何十倍もの金額的な規模がある金融システムの危機に向かっている。米日は金融危機を隠蔽しつつ実体経済の成長率も歪曲しており、全体的な危険は、BRICSより米欧日の方が大きい。実体経済の沈滞はいずれ回復するが、金融システムの大崩壊は不可逆的だ。 (Global Power Shift Winners, losers, and strategies in the new world economic order) (What is left of the rise of the South?

 BRICSの発言力が強まる今後のIMFは、大危機の発生を止められないものの、大危機が起きて米国中心の金融と通貨のシステム(ドルと米国債の基軸性)が再崩壊した後の国際金融システムを再構築していくことはできる。リーマン危機の直後、G20がG7に取って代わり、IMF世銀がG20の多極型経済覇権体制の運営事務局になることが決まった当時、ドルに代わる基軸通貨体制としてIMFのSDR(特別引き出し権)を使う案が出された。「ドル基軸が崩壊するはずがない」と考える人々は「SDRなど使い物にならない」と一蹴していたが、今後ドル基軸の崩壊感が強まると、SDRを使うしかないという話になる。 (ドル崩壊とBRIC) (China SDR announcement enshrines move away from its dollar focus

 中国は、BRICSを代表する形で、ドルが基軸性を失った場合に備え、SDRのシステム強化をやっている。SDRを構成するのは従来、ドル、ユーロ、円、ポンドの4通貨だったが、今年10月から人民元が加わることが決まっている。中国政府は今春、自国の外貨準備高をドル建てだけでなくSDR建てでも発表していくことを決めるとともに、SDR建ての債券を中国国内で発行していくことにした。SDRの利用は、積極利用役の中国ですら始まったばかりだが、ドル基軸の崩壊までまだ何年か時間があるなら、その間に実用化に向けた準備ができる。 (China says SDR measure to reduce valuation changes in FX reserves) (China looking at ways to issue SDR bonds: Central bank head) (China's obsession with IMF's accounting unit and forging new global financial order reaches new heights

 中国はこのほか、ドル基軸に代わる価値の備蓄体制として金地金の利用も推進している。今回の記事は、前回の記事の続きとして、そこを書くつもりだったが、調べていくうちに、IMFにおけるBRICSの発言権の拡大について先に書かねばならないことがわかり、何度も書き直しているうちに4-5日がたってしまった。この続きはあらためて書くことにする。このところ毎回、書き上げるまで日数がかかり、しかも十分な結論まで至らず尻切れで書き散らかす感じになっており、読者に対して申し訳ないが、世界情勢の流れが全体的に見えにくくなっており、報じられない事象も増える中、しばらくはこの状況が続くかもしれない。 (The IMF's Special Drawing Rights, the RMB and gold) (China Embraces Gold In Advance Of Post-Dollar Era



田中宇の国際ニュース解説・メインページへ