他の記事を読む

ドル崩壊とBRIC

2009年6月11日   田中 宇

 ドルの崩壊感が強まってきた。米国財務省は650億ドルの米国債を発行する予定だが、それが売れ残るとの懸念からドルが下がり、米国債金利が上昇(国債価格が下落)した。すでに上昇傾向にある長期債金利だけでなく、長期債より安全と思われてきた2年ものなど短期債の金利も上がっている。また、マスコミの説明では景気に回復感が強まったため(私の見方ではドルの信用失墜を止めるため)連銀が利上げするとの見方が広がり、利回りの上昇に拍車をかけている。 (Yields set to rise after $65bn US Treasury sales) (Shorter-term T-notes' yield soars on fears of Federal Reserve rate hike

 権威ある金融紙ウォールストリート・ジャーナルにも「米国は財政赤字の急増と通貨の過剰供給によって、70年代よりはるかにひどいインフレと金利高騰が、4−5年以内に起きる」とする論評が掲載された。 (Get Ready for Inflation and Higher Interest Rates

 それによると、米国では、社会保障や年金、メディケア(高齢者など向けの政府運営健康保険)などの分野で、予算収入の裏づけがない支出(いずれ顕在化する赤字)が急拡大し、総額100兆ドル以上になっている。米国のGDP(14兆ドル)の7倍もあって返済不能な巨額さであり、いずれ米国は財政破綻する。また、連銀によるドル発行(M1)は年率15%で増えている。連銀はドル発行量を減らすべきだが、ドルの過剰発行は経済を下支えする「金あまり」状態を維持しているのも事実で、2000年に連銀がドル発行量を減らした時には、米経済は不景気になった。連銀が市中からドルを吸収するには、交換に手持ちの米国債を放出する必要があるが、それをやると財務省が苦労して米国債を売っている努力を阻害する。財政とドル破綻を防止することは難しい。

「100兆ドルの赤字」は、巨額すぎて想像の範囲を超えているが、米国の専門家は以前から同種の警告を発している。私は06年8月に、この潜在赤字について「アメリカは破産する?」という記事を書いたが、当時いわれていた額は66兆ドルだった。その後3年間で潜在赤字は1・5倍に増えた。米連銀(ダラス連銀総裁)のリチャード・フィッシャーは、潜在赤字の規模を「99兆ドル以上」と言っている。中国がドル破綻を懸念するのも、この潜在赤字が一因だ。 (アメリカは破産する?) (China warns Federal Reserve over 'printing money'

 私はここ数年、米欧の分析者たちの論評を読みつつ考えて「ドル崩壊」が起きると予測してきた。ドル崩壊が起きるとしたら、米国債の売れ行きが落ちて金利が高騰し、いくら刷っても価値が落ちないはずのドルが過剰発行になってインフレやコモディティの上昇が起きるだろうと考えてきた。すでに現状は、この「ドル崩壊」の状況が見えてきている。ドル崩壊は、すでに始まっている。ゴールドマンサックスが顧客にドル崩壊を予測する見方を伝え、ドル売りユーロ買いを推奨したとの報道も入ってきた。 (Goldman Sachs declares US dollar downing and calls customers to withdraw from it

▼ユーラシアの真ん中でドル終焉を議論する

 そんな中、6月15−16日、ユーラシア大陸の真ん中、ロシア・西シベリアのエカテリンブルグで、ドルの将来を話し合うサミットが開かれる。参加者には、ドルの発行者である米国は含まれていない。ロシア、中国、ブラジル、インドというBRICの4カ国によるサミットである。BRICは、2008年5月にも同じエカテリンブルグで会議を開いたが、この時は外相会談だった。今回はそれより格上の首脳級が集まる、初めての「BRICサミット」である。そして、そこで話し合われる主要な議題の一つが「ドルに代わる基軸通貨体制をどうするか」ということだ。 (イラン救援に乗り出す非米同盟

 BRICが、ドルに代わる基軸通貨体制についてどう考えているかは、すでにBRICの行動に表れている。中国、ロシア、ブラジルは、手持ちの外貨準備のドルや米国債の一部を売って、IMF発行のSDR(特別引き出し権)建ての債券(利回りは米国債に準じる)を買うことを決めている。中国は600億ドル分、ブラジルとロシアは各100億ドル分を買うと表明した。これは、ドルの代わりにSDRを国際基軸通貨にする動きである。 (Russia, Brazil Plan to Buy $20 Billion IMF Bonds

 中国人民元を国際化する動きも本格化している。中国第2の大手銀行である中国建設銀行は、人民元建ての債券を初めて国際的に売る計画を立てている。また建設銀行の郭樹清会長は、米政府に対し、中国に米国債を買ってほしいなら、上海と香港で人民元建ての米国債を発行してはどうかと提案している。 (Bank may offer renminbi trade credit) (Top China banker calls for U.S. sales of yuan bonds

 倒産した米自動車メーカーGMは、米国ではひどい売れ行き不振だが、中国では販売が前年比75%もの急増で、中国に頼って経営再建する傾向だ(同時にGMは、中国で生産した自動車2万台を米国に逆輸出して売ろうとしており、自社は中国で儲けるが米国民の雇用確保は軽視している)。 (GM's China sales set to step up a gear

 投資家のジョージ・ソロスは「中国は、多くの専門家が思っているよりはやい速度で、世界における影響力を拡大している。中国は銀行界も、世界から隔離されてきただけに金融危機の被害が少ない」と指摘している。中国が世界経済を牽引する傾向が強まり、同時にドルが崩壊感を強める中で、ドルの代わりにIMFのSDRを使う計画について話し合う初のBRICサミットが開かれようとしている。SDRは主要通貨のバスケットであり、基軸通貨の多極化である。 (China influence to grow faster than most expect: Soros

 もともと中露は、米英主導のIMFを好んでいなかった。冷戦時代、IMFは西側の国際通貨体制を維持強化する機関であり、左翼系の途上国政権を経済支援する中ソと対立構造にあった。冷戦後も、中国はアフリカや中南米などに独自の経済援助する見返りに地下資源の利権を獲得してきており、米英中心主義のIMFと一線を画していた。それが今回、中露などBRICがIMFをテコ入れするということは、すでにIMFが米欧の支配下からBRICの支配下に移りつつあることを意味している。IMFは2010年までに米欧優位の意志決定方式を改めることになっている。 (China discovers value in the IMF

▼多極化と世界各国

 私は昨年秋、9月に米政府がリーマンブラザーズを倒産に追い込んで金融危機を一気に激化させてから、11月にBRIC中心のG20サミットをワシントンDCで開くまでの過程を見て、これは米国が自国の経済覇権(ドル)を自滅させ、世界の覇権構造を多極化していく流れだと改めて感じて「世界がドルを棄てた日」(光文社)という本を書いた。

 その後、今日まで、世界がドルを棄てた感じは大して顕在化していないが、ドル自体の脆弱性は強まっている。顕在化しないのは、ドルの延命策が効いているからだ。FT紙は「中国のドル売却はドルを崩壊させる。中国はドルの罠にはまり、売りたくても売れない」と書いたが、米国の分析者の間からは「ドルの生殺与奪を握るのは中国なのに、いまだに米政府に主導権があるかのように書くFTのプロパガンダは滑稽だ。3月から米経済が好転期に入ったというのも誇張だ」とする批判が出ている。 (China Is Now in Firm Control of U.S. Debt Markets

 昨今のドル崩壊感の高まりと、BRICサミットによるSDRを使った基軸通貨の多極化計画の推進からは、今夏、米経済覇権の終焉劇の第2幕が起きるのではないかという感じがする。昨年末、今夏のドル崩壊を予測した欧州のシンクタンク「LEAP/E2020」は最近、BRICサミットに注目しているとのメールを購読者宛てに送ってきた。また、中国政府はBRICサミットについて「ドルを潰すことを話し合うのではない」と言っている。BRICがドルを潰すのではなく、米国がドルを自滅させているので、BRICはその後のことを話し合っている。 (09年夏までにドル崩壊??) (No one talking about dumping dollar: China minister

 米国の覇権を崩壊させつつある金融危機や世界不況は、BRICの側をも痛ませている。特にロシアは、欧米からの投資が流出して金融危機となっており、今年の経済成長は0−1%台と低迷が予測される。しかし、今後ドル崩壊の反動で原油価格が上昇すると、原油とガスの収入に頼っているロシア経済は復活する。 (Russian economic landscape grim

 原油再高騰は中東経済も復活させ、ドルが崩壊するほど、サウジアラビア主導のGCC通貨統合とその後のドル離脱が現実味を帯び、原油や石油製品の売買決済にはドルではなくGCC統合通貨が使われるようになる。第二次大戦前、米国がサウジ王家との関係を強化し、中東の石油を英国のポンドではなく米ドルで決済するようになった時、世界の基軸通貨は事実上ポンドからドルに切り替わり、その後のドル覇権の確立(ブレトンウッズ体制)につながった。同様に、中東の石油決済がドルからGCC通貨建てに替わることは、サウジを中心とするGCC(もしくはアラブ諸国。いずれそこにイランも入る)が一つの覇権地域となっていくことを意味している。 (US dollar as Reserve currency about to be dumped?

 BRICは多極的だが、そこにGCC、すでに統合しているEU、中国中心の東アジアのASEAN+3、そして何年か後に経済復活してNAFTA的な北米統合の道を歩みそうな米国などもいずれ加わって、多極化された世界が立ち上がりそうだ。日本は、中国中心の東アジア経済圏に入る。

 エカテリンブルグでは、BRICサミットと同時に、上海協力機構の年次総会も開かれる。中露と中央アジア諸国が加盟し、印パ・アフガン・イランという南アジア諸国もオブザーバー参加している上海協力機構は、米英中心主義のユーラシア包囲網に対抗するかたちの組織だ。BRICの台頭は上海機構の台頭をも意味し、ユーラシアでの海洋パワー(米英欧日)と大陸パワー(中露イラン)の地政学的な対立の中で、大陸側が200年ぶりに強くなっている。 (Chinese President to Attend SCO, BRIC Meetings, Visit Three Nations

 BRICの中でも、インドはまだ米英覇権を見捨てることに二の足を踏んでいる。インド軍は、中国国境の山岳地帯の駐留兵士をを増強し、新たな軍用飛行場を作っている。パキスタンとの「イスラム対ヒンドゥ」の対立構図を抱えるインドは、米英の「テロ戦争(イスラム世界との恒久対立策)」に便乗したい傾向がある。しかし、先日エジプトでオバマ大統領がイスラム世界に向けて「米国はイスラムの味方です」と呼びかける演説を放ったことは「テロ戦争」の終わりを意味するともいえる。インドは世界的な覇権体制の転換の中で自らの足場を定められず、揺れている。 (India to Increase Troops Along China Border

 インドは最近、パキスタンとの和解を再び模索している。独立時に英国が仕掛けた恒久分断策である印パ対立の解消は非常に難しく、今までに何回も失敗しているが、英国の財政瓦解とともに呪いが解けるように対立が解消できるかもしれない。印パ対立が解消されれば、南アジアは安定し、もっと経済発展できる。印パが対立を解消できるとしたら、英国の息がかかった米国による仲裁ではなく、パキスタンを援助している中国や、ロシアの仲裁によるものになるだろう。その意味でも、インドにとってBRICは重要だ。 (India opens way to Pakistan talks

 覇権の多極化にとって重要なもう一つの点は、中国をはじめとするBRICや発展途上国の内需拡大である。新興諸国の内需によって世界経済が回るようになると、これまで世界最大の消費地を演じてきた米国の役割を肩代わりできる。 (China's choices - It is in Beijing's interests to help Tim Geithner

 米英の経済専門家は「世界経済の発展には、米中間の経済不均衡の是正が不可欠だ」と指摘しているが、これは「中国の内需拡大によって、中国が製造して米国が消費する従来構造を肩代わりできれば、米経済が崩壊しても世界経済の成長は続く」という意味で、ドル崩壊を織り込んだ表現である。 (U.S. dollar 'seriously overvalued': study

 世界経済の消費牽引役が米国から中国などBRICに転換すると、貿易立国である日本にとって最重要の国も、米国から中国・ロシアに転換していく。少なくとも米中が同等に重要な国になる。しかし、今の日本人は大間抜けだ。日本と同様に多額のドルを持つ黒字国のドイツや中国の高官が、さかんにドルの危機に言及して警告を発しているのに、日本の政治家や学者、マスコミからは、ドルの危機を指摘する声がほとんど挙がってこない。対米従属のプロパガンダに席巻されてしまっている。悲しいことに、日本はまたもや万事休すになってから「無条件降伏」することになりそうだ。



この記事を音声化したものがこちらから聞けます



田中宇の国際ニュース解説・メインページへ