2018年秋の世界情勢を展望する2018年8月22日 田中 宇米国のトランプ政権は就任から1年半がすぎ、しだいに戦略の中心である覇権放棄策についての手口が見えてきた。トランプの戦略については、これまで何本も記事を書いてきた。彼の手口をひとことで言うと「米国の覇権運営を手がけてきた軍産複合体や金融界(軍産エスタブ)の戦略に6-7割まで(もしくは見かけ上)沿って動くが、最後のところで戦略を過激に稚拙にやって失敗したり、戦略をねじ曲げたりして、米国の覇権を衰退させ、覇権の多極化を誘発する」という感じだ。 (軍産の世界支配を壊すトランプ) (トランプワールドの1年) トランプは、中露やイランなど新興市場に対する経済制裁・貿易戦争を過激に展開し、新興市場を非ドル化・米経済覇権体制からの脱却に追いやっている。北朝鮮を思い切り敵視した後に米朝首脳会談で敵視を放棄し、中露や韓国が米国を軽視して北を支援する新状況を作った。ドイツやカナダに貿易戦争をふっかけ、米同盟体制を自壊している。などなど、トランプの目標が「覇権放棄・多極化」であることが見えてくると、彼の動きのダイナミズムが理解できる。 (軍産複合体を歴史から解析する) (理不尽な敵視策で覇権放棄を狙うトランプ) トランプと軍産エスタブの戦いは継続中で、まだトランプは決勝していない。だが、トランプは表向き軍産エスタブの戦略に沿っているので、軍産がトランプを面と向かって潰すのは困難だ。軍産に正面から立ち向かって殺されたケネディから60年。軍産と戦う米上層部の勢力(彼ら自身、エスタブの一部)の戦い方はかなり洗練されている。ニクソンは弾劾され、クリントンもやばかったが、トランプはたぶん弾劾されない。トランプが強いので、トランプが軍産に勝ち続ける方向での予測が可能になっている。この線に沿って、今秋の国際政治経済を展望してみる。まずは米覇権にとって最重要な金融分野から。 ▼米国の金融覇権体制を壊しながらバブルの延命が続く 米国の金融バブルは異様に膨張しており、それを指摘する分析が、オルトメディアのあちかこちから出ている。だが最近の私の予測では、今年はまだ決定的なバブル崩壊にならない。トランプの戦略は、金融システムの構造的な健全性を積極的に破壊しながら、大統領を2期8年やるために短期的なバブルの延命を実現することだ。金融の健全性を重視するとバブル崩壊が早まるが、トランプは逆に、金融の不健全を拡大して自分の任期が終わるころに金融崩壊(米金融覇権の瓦解)させようとしている。システムを潰すつもりなら、何年かの金融バブルの維持は可能だ。米金融界とトランプは、短期的なバブルの延命で合意しており、この点で対立がない。 (米国の破綻は不可避) 長期策について、トランプは金融界の規制緩和を拡大して腐敗を扇動し、金融界がシステムの健全性を軽視するよう誘導している。トランプは、これまで4半期ごとだった米上場企業の決算期を、半年ごとに変更する(昔に戻す)ことを画策し始め、米財界を喜ばせている。この策は、企業経営の公開度を引き下げ、企業の腐敗やバブル膨張を増長させ、短期的な米金融の好調と、長期的な不健全性の増大につながる。世界的に企業の自社株買いが新株発行よりも多額になり、株価の下落を食い止めている。株価上昇は景気と関係ない。 (Global equity market shrinks as buybacks surge) (Trump Calls For End To Quarterly Earnings Reporting) トランプと米金融界にとって、米金融の延命策として、日銀がQE(大造幣、超緩和、ゼロ金利策)を維持することが重要だ。欧州中銀は対米自立の一環としてQEをやめていくが、日本は引き続き対米従属だ。トランプは、日銀QEの継続を条件に、安倍晋三を支持している。QEは、最終的に日本の金融財政を破綻させるため、日本国内の金融界や財界はQEに反対している。だが安倍は、トランプの支持が政権維持の要諦であるため、国内の反対を無視してQEを続けている。9月の自民党総裁選挙に際し、安倍の対抗馬として出馬した石破茂は、金融界や財界から頼まれ、日銀のQEをやめていく方針を持っている。だが、米国の傀儡国である日本において、現時点で、QEに反対する者が首相になることはない。安倍が総裁選に勝って続投する。 (最期までQEを続ける日本) (Might a post-Abe Bank of Japan go rogue? ) 米金融の延命策の一つとして、新興市場諸国の危機が引き続き演出され、新興市場からから米国への資金逃避が続く。トランプは、米財界の共和党支持を保つため、11月初旬の中間選挙まで、中国やEUと交渉して貿易戦争を緩和するそぶりを続けるが、その後は再び貿易戦争がひどくなる。トランプが世界を相手に貿易戦争を続け、新興市場から資金が逃避して危機になるほど、米国に対する世界からの信頼が低下し、世界各国が中国と経済協力を強めたがる。この傾向は中国にとって好都合なので、中国政府はトランプや米金融界の動きに対抗しない。新興市場がへこまされている間に多極化への準備が進む。 (ドル覇権を壊すトランプの経済制裁と貿易戦争) ▼北の核廃棄が進まないのはトランプの意図的な戦略 東アジアの国際政治の分野では、9月に北朝鮮と周辺諸国との和解が進みそうだ。9月には、日朝首脳会談、中朝首脳会談、南北首脳会談が立て続けに行われる可能性がある。9月9日に中国の習近平が平壌を訪問する計画があるとされるほか、9月11-13日にロシアのプーチンが主催してウラジオストクで開かれる東方経済フォーラムに北の金正恩と日本の安倍首相の両方が出席し、初の日朝首脳会談が行われる可能性がある。同時期に、韓国の文在寅大統領が平壌を訪問して南北会談する構想も報じられている。 (Xi Jinping Looks Set to Visit Kim Jong-un) (Korean Leaders Agree to New September Summit in Pyongyang) 日朝和解は在日米軍の存在基盤を揺るがす。対米従属の構図を使って隠然独裁を維持してきた日本の官僚機構は北との和解に反対だが、トランプは安倍に北と和解しろと勧めているので、安倍は目立たないように北との和解を進めようとしている。今年じゅうに日朝が和解していく可能性は、意外と高い。 (Japan desires to talk with North Korea: Kono to Pompeo) 米朝が6月の史上初の首脳会談で決めた北の核廃棄はその後、北が核実験場を壊しているものの、核兵器の廃棄にめどが立っていない。だが、周辺国の日本や中国、韓国、ロシアは、北の核廃棄の進展に関係なく、北との関係改善を進めようとしている。こうした流れを起こすこと自体が、トランプが米朝首脳会談を挙行した理由だったと考えられる。マスコミは、北の核廃棄が進まないことをトランプの「失策」と報じるが、実のところ、それは失策でなく意図的な戦略だ。 (北朝鮮を中韓露に任せるトランプ) トランプは、米国が持っていた朝鮮半島の覇権を中国に渡したいが、北の核開発を理由に米国が北を敵視している限り、中国は北を自国の覇権下に入れたがらず、対米従属の韓国も北と和解できない。米国の軍産は、北が核保有している可能性が少しでもある限り北を許さない。米国が許さない限り、北は核の開発や保有をやめない。これが従来の行き詰まりだった。トランプはこの難題を解く策として、北の金正恩と首脳会談してあいまいな条件で首脳間の和解を実現した。条件があいまいなので、当然ながら具体的な北の核廃棄が進まないが、トランプはこの状態のまま、今後できるだけ長く米朝首脳間の和解を維持する。 (意外にしぶとい米朝和解) 中露と韓国は、以前から、北が核保有を誇示しないなら、北が核を隠し持つことを黙認しつつ、北と周辺諸国との和解を進めたいと考えてきた。米朝首脳間の和解状態が続く限り、これまで米朝の対立が原因で進まなかった、中国が北を経済覇権下に入れる動きや、北と韓国が和解する動きが進められるようになる。それが、6月の米朝首脳会談後の、中国や韓国による急速な対北融和策の背景だ。9月の中朝や南北の首脳会談も、その延長線上にある。 (プーチンが北朝鮮問題を解決する) 日本はもともと、米国の軍産と同様、北が核廃絶しないまま米朝が和解することに反対していた。だが、安倍の従属先であるトランプが軍産を無視して金正恩と個人的に和解してしまい、それを受けて中露や韓国などが北との和解をどんどん進め、それをトランプが黙認する事態が続くなか、日本だけが北を敵視しても、それは北を困らせることにならず、日本が孤立して負け組に入り、北が日本を馬鹿にすることになる。仕方がないので、日本も北と和解せざるを得なくなっている。 今後、北と周辺諸国との和解が進むと、来年にかけて朝鮮半島の軍事対立がなくなり、米朝が正式な終戦・和平協定を結ばなくても、韓国にとって在韓米軍が要らなくなる。北が核廃絶を進めないので、軍産配下の米議会は北との和平条約に反対し続けるが、その反対を迂回して、トランプは、やりたかった在韓米軍の撤退を実現できる。米共和党系のシンクタンクは、沖縄駐留の海兵隊が撤退した方が日米にとって安全が増すと言い出している。 (Why America Should Pull Out of Okinawa) ▼ロシアゲートの濡れ衣を暴露する流れ 次に米国。11月初旬の米連邦議会の中間選挙は、プロパガンダの面で、16年の大統領選挙と似ている。民主党支持でトランプ敵視の権威ある米マスコミは、16年も今回も「70%ぐらいの確率で民主党が勝ちそうだ」との予測を発している。だが権威ある米マスコミ群は、間抜けなことに同じ過ちを繰り返そうとしている。貧富格差の増大によって中産階級から貧困層に転落した有権者の中にトランプの共和党を支持する人々が増え、16年はトランプの勝ちになった。今回の中間選挙も、私の予測では、議会の上下院とも引き続き共和党が多数派を維持する。 (Nate Silver At It Again; Predicts 75% Chance Dems Retake House) トランプは、メキシコからの違法移民の流入を止めているが、これによって米国は人手不足がひどくなり、今まで失業が多かった黒人などが就職できるようになって、黒人の有権者の間でのトランプの支持率が19%から36%へと倍増している。また民主党内では、軍産エスタブの上層部と、軍産エスタブを嫌う左翼の市民運動で構成される草の根との対立が激しくなっている。内紛で団結できない分、民主党は不利になっている。 (African-American support of Trump at 36%, almost double from last year – poll) 米政界では来年にかけて、ロシアゲートの濡れ衣を共和党トランプ側が晴らし、軍産民主党側に反撃する動きになりそうな観もある。この分野では従来、共和党の米議会下院の諜報委員長であるデビン・ヌネス議員が活躍してきた。ヌネスは今年初め、トランプ陣営がロシアのスパイであるとFBIが疑う根拠となった「スティール報告書」が、あいまいな根拠に基づいたもので、しかも米民主党が資金を出して英諜報機関MI6に作らせたものである実態を暴露している。米国の選挙に介入していた外国勢は、ロシアでなく英国だった(その件と、今春から英国で起きている「スクリパリ事件」「ノビチョク」の話は、諜報界の暗闘を構成する事件として多分つながっている)。 (ロシアゲートで軍産に反撃するトランプ共和党) (英国の超お粗末な神経ガス攻撃ロシア犯人説) 最近はヌネスに加え、ランド・ポール上院議員が「トランプの別働隊」として活躍し始めている。ランドポールは、ずっと前から軍産やドルの覇権主義を批判・分析してきたリバタリアンのロン・ポール元下院議員の息子で、16年の大統領選挙に出馬し、がんばってイスラエルに擦り寄ったが、予備選挙でトランプに負けた。最近は、トランプの覇権放棄・隠れ多極主義に賛同しているらしく、ロシアを訪問して議員団どうしの交流を進め、その後はウィキリークスのジュリアン・アサンジに不逮捕特権を与えて米議会で証言させようとしている。 (Rand Paul’s Comeback) (Rand Paul Against The World) ウィキリークスは、ロシアゲートの一部である「DNCメールリーク事件」に絡んでいる。DNCとは、米民主党本部のことだ。16年6-7月の選挙期間中にDNCのサーバーから民主党上層部の人々の間でやり取りしたメールの束が盗み出され、ウィキリークスなどを通じて公開・暴露された(DNC上層部がヒラリー・クリントンを勝たせるため、左翼の大統領候補だったバーニー・サンダースを不正なやり方で追い落としたりしたことが発覚)。DNCのサーバーに不正侵入してメールの束を盗み出したのはロシアの諜報機関であり、プーチン自身が犯行を命じたと、まことしやかに米マスコミが報じた。 (トランプと諜報機関の戦い) だが、ロシアが犯人だという確たる根拠はどこにもない。むしろ、DNC内部の人間、とくに事件発覚直後に殺されたDNC要員だったセス・リッチが、メールの束を盗みだしてウィキリークスなどに送ったとの見方のほうが信憑性がある。DNCのメールの束をウィキリークスに送ってきたのは誰なのか。米議会は、それをアサンジに尋ねようとしている。ランドポールらが画策しているアサンジの議会証言が実現すると、ロシアゲートの濡れ衣性を暴露する転機になるかもしれない。 (Internet Buzzing After Julian Assange's Mother Implicates Seth Rich In DNC Leak) (Murder of Seth Rich - From Wikipedia) アサンジは現在、米英などの当局による逮捕を逃れるため、ロンドンのエクアドル大使館に逃げ込んだまま6年間住んでいるが、米議会証言の見返りに不逮捕特権を得てアサンジが自由の身になると、それは機能停止していたウィキリークスの復活になり、諜報界の暗闘(軍産vsトランプとか)に再びウィキリークスの匿名暴露システムが活用されるようになるかもしれない。アサンジが、ランドポールらトランプの別働隊によって不逮捕特権を付与されるなら、トランプ陣営はアサンジの恩人になり、アサンジもトランプの別働隊の中に入るかもしれない。 (Paul suggests granting Assange immunity in exchange for congressional testimony: Report) (WikiLeaks says the Senate Intel Committee wants Assange to testify on Russia interference) ランドポールは、2024年の大統領選に出てトランプの後継大統領を目指すつもりかもしれない。米国が覇権を放棄して小さな政府に戻り、米国が世界支配をやめて世界各国の自立をうながすことは、米国の伝統思想であるリバタリアンの基本に米国が戻ることだ。トランプの後にポールが大統領になると、軍産の敗北が決定する。 (Rand Paul And The New GOP) これを書いている間に、トランプの側近(選対本部長)だったポール・マナフォートが、米地裁の陪審で有罪評決を受けた。米マスコミは「トランプに打撃」と報じているが、有罪になったのはマナフォートがトランプに協力する前の2010年代の初めに、トランプと無関係なロビー活動(外国政府が米政界に食い込めるようにする活動)で得た収入を申告しなかった、などという案件であり、トランプ陣営がロシアのスパイだったというロシアゲートの疑いとは何も関係ない。この評決はむしろ、ロシアゲートが濡れ衣であることを示したにすぎない。それなのにマスコミは、トランプの罪が確定したかのように喧伝している。マスコミの歪曲報道は、トランプと軍産の諜報界の暗闘の一部である。 (Paul Manafort Convicted of Eight Counts of Fraud) 今秋はこのほか、欧州で、トランプ別働隊の一人であるスティーブ・バノンが、欧州の対米従属的なエスタブ勢力に対抗する右翼ポピュリストの全欧的な連携を強める運動も続く。来年の欧州議会選挙で勢力を拡大し、ポピュリスト連合にEUを乗っ取らせて欧州を対米自立させようとしている。 (Bannon Sets Up For EU Showdown With George Soros) 中東では、撤退傾向の米国に頼れなくなっているイスラエルが、ガザのハマスがエジプト(とその背後のロシア)の仲裁を受けて停戦和解したり、財政的な余裕がなくなってユダヤ人優先の権利制度を強化(ドルーズやアラブ外し)している動きがある。今秋は、シリアの国家再建の動きも強まる。米軍はシリアから出て行く。トランプが濡れ衣に基づくイラン制裁を再強化し、米国による制裁を破ってイランと貿易し続けた方が「正しい」という国際政治のあり方も顕在化していく。これらは今回書ききれなかったので、あらためて詳述していく。 (Gaza cease-fire, prisoner swap and seaport: Details of Israel-Hamas deal emerge) (Pompeo names high-level Syria team as Trump looks for the exit)
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