北朝鮮を中韓露に任せるトランプ2018年6月18日 田中 宇この記事は「北朝鮮に甘くなったトランプ」の続きです 6月12日の米朝首脳会談後、北朝鮮の最大の貿易相手国である中国が、中朝国境における物資の輸出入の検問や規制を緩和している。核兵器開発を世界から批判される北朝鮮は、国連で経済制裁され、人道にかかわる物資以外の輸出入を規制されている。北を追い詰めたくない中国は昨年まで、経済制裁を部分的に無視し、中朝国境を行き来するトラックの検問や、港湾において北朝鮮との間を行き来する船舶の査を、あまりやっていなかった。だが昨年、対北制裁の厳格化を宣言したトランプの米国から圧力を受け、中国は、国境や港湾における北との貿易品を乗せたトラックや船舶に対する検問を強化していた。 米国の軍産系のRFA(自由アジア放送)によると、米朝首脳会談後、国境における中国側の検問が大幅にゆるくなった。検問で国連制裁対象の製品が見つかると、以前なら1日留め置かれた後に罰金を払わされていたが、会談後は罰金を払えばすぐ通行できるようになった(以前から中国側は、輸出入禁止=製品没収でなく、罰金徴収=金儲けしかやっていなかったということだ)。検問自体が散発的になっている。中国から布などの原料を北に輸出し、低賃金な北の縫製工場でそれを衣類に仕立て、中国に再輸出し、中国経由で日本などにも輸出する「加工貿易」が従来の中朝貿易の主力だったが、昨年の検問強化でそれが不振に陥っていた。中国の検問緩和により、今後、この加工貿易が復活する。中国との貿易は、北の貿易全体の9割を占める。検問緩和が、北の経済の窮地を救う流れになりそうだ。 (China Relaxes Customs Inspections on Border With North Korea, Despite Sanctions Assurances) (RFAは軍産のプロパガンダ機関であり、上記の報道も中国敵視の目的で事実の歪曲捏造誇張が入っている可能性がある。今のところ、この件を報じているのはRFAだけで、他のマスコミは報じていない。だが、中国が北への経済制裁を緩和したいと思っていることは確かで、トランプが北に甘い態度を取り始めた首脳会談後の今のタイミングで中朝国境の貿易検問を緩和したのは不自然でない) (US issues list of 47 demands to North Korea) 米国は表向き、まだ世界が北を経済制裁する体制を続けると言っている。だが、北側によるとトランプは首脳会談で制裁解除を約束したというし、中国やロシアは北制裁を早く緩和したがっている。北の問題を中韓露に任せたいと思っているトランプは、中国が国境検問の緩和により北制裁を事実上やめていくことに、実のところ反対していないのでないかと私は勘ぐっている。 (North Korea Says Trump Intends to Lift Sanctions Against Regime) もともと中国は、経済制裁で北を追い詰めるのは得策でないと考えてきた。「主体思想」の北は、外国からの圧力に屈する従属姿勢を毛嫌いする。米国だけでなく、中国の圧力にも抵抗する。中国は昨年春から夏にかけて、トランプにけしかけられて対北経済制裁を強化したが、それは意固地になった北が核ミサイル実験を繰り返すことにつながり、中朝関係を悪化させただけで失敗した。 北は、対米卑屈な日本と正反対な、頑固な国体だ。中国が北に中国型の市場経済体制を浸透させようとしたところ、北の前独裁者だった金正日は了承したのに、息子の金正恩は中国の隠然介入を警戒し、13年末、中国と懇ろだった経済担当高官の張成沢を残虐に処刑してしまった。中国は、金正恩政権になってからの北を持て余してきた。トランプ発案の経済制裁強化も失敗した。 (北朝鮮・張成沢の処刑をめぐる考察) 中国は、昨年夏以降、北への強硬姿勢を強めるトランプと一線を画し、ロシアや韓国と連携し、柔軟な「ダブル凍結」の路線に転換した。ダブル凍結は、北がCVIDの核廃絶を完了するまで経済制裁を継続するという強硬路線と異なり、北が核ミサイル開発を棚上げしたら、米韓は合同軍事演習を棚上げし、北が核廃棄の進行に合わせて経済制裁を解除していく融和路線だ。ダブル凍結は、もともと米オバマ政権下で「ペリー案」として考案されたが、オバマ政権は軍産に阻止されてこれを具現化できず、トランプ政権の時代になって中国(中韓露)がこれを引き継いだ。昨年9月、ロシアのプーチンが、核問題に全く触れずに、北の経済開発を中韓露日が支援する「プーチン提案」を打ち出したが、それはダブル凍結案と表裏一体の関係で出されている。 (北朝鮮に核保有を許す米中) (プーチンが北朝鮮問題を解決する) 中国が対北強硬路線についてこれなくなった後の昨秋、トランプは先制攻撃や米朝核戦争の恐怖をばらまきつつ強硬路線を突っ走った。金正恩は昨年11月まで核ミサイル開発を続けて強硬だったが、今年元旦の演説で韓国平昌五輪への参加を表明して以来、融和的な姿勢に転換し、3月には核廃絶すると宣言し、トランプに米朝首脳会談を申し入れた。 (米朝会談の謎解き) 正恩の意図が、米国の北敵視終了と自国の核廃絶を本気でバーターするつもりなのか、核兵器の一部を隠し持つつもりなのか、核弾頭のミサイル搭載がうまくいかないので諦めて核兵器を完成させたふりをしつつ廃棄して米の敵視終了へと誘導したい策略なのか、いずれであるかはわからない。だが、トランプは首脳会談の提案に喜んで乗ってきてシンガポール会談が実現し、トランプは北敵視を一気にやめて、北に対してかなり融和的な姿勢に豹変した。 (朝鮮戦争が終わる) ▼軍産を出し抜いて米朝の敵対構造を破壊したトランプ 6月12日の米朝会談は、共同声明に北の非核化の具体的な方法が全く盛り込まれず、北が新たな譲歩を明文化する必要が全くなかった半面、トランプは米韓軍事演習の中止する対北譲歩を発表した。北が昨秋からすでに行なっている核ミサイル開発の凍結と合わせ、中韓露が求めてきたダブル凍結案に、トランプの米国が乗ったことになる。トランプは「隠れ中韓露支持」(=隠れ多極主義者)である。これがシンガポール会談の本質の一つだ。(韓国では先日の統一地方選挙で与党が圧勝し、北と融和する文在寅大統領の立場が強化された。これもトランプの策の結実だ) (South Koreans Reject Pro-War Old Guard as Moon’s Peace Party Wins Big in Local Elections) 会談の本質のもう一つは、トランプが金正恩との個人的な親密さ・つながりと、定期的な連絡体制を構築したことだ。前回の記事に書いたが、トランプは、金正恩を誘って「北の経済発展を実現する義兄弟・運命共同体の関係」を作った。トランプは正恩に、米大統領府の自分の直通電話番号を教え、定期的に2人が電話会談する体制を作った。1回目の米朝首脳の電話会談が6月17日に行われたはずだ。トランプは正恩を、安倍晋三と同格ぐらいの「仲間」に引っ張りあげた(日本は、北に対する優位を大幅に失った)。 (Trump Gave Kim Direct Phone Number, Will Call Sunday) 米国上層部に昔から巣食ってきた軍産複合体は、北朝鮮やロシアとの和解の試み、NATOや在韓・在日米軍の撤収といったトランプの隠れ多極主義戦略を妨害してきた。トランプは今年2月以来、共和党のヌネス議員(下院諜報委員長)らの協力を得て、自分にかけられたロシアゲートの濡れ衣を破り始めて軍産への反撃に出た。同時に、ティラーソンやマクマスターといった軍産に近い側近たちを、表向き過激派だが実は隠れ多極主義者でトランプの言うことを良く聞くボルトンやポンペオと差し替えて「軍産外し」を行った。加えて今回の米朝会談で、正恩と直接電話できる連絡ルートを作ったことで、トランプは今後、軍産の妨害を受けずに北朝鮮との関係を進めていける。 (ロシアゲートで軍産に反撃するトランプ共和党) (好戦策のふりした覇権放棄戦略) 前回の記事に書いたが、トランプが首脳会談で正恩に提案したことの本質は、会談中に上映され、記者会見で公開された4分間のビデオ作品が象徴している。「戦争姿勢をやめて北朝鮮を経済発展させよう」という提案だ。それは、昨年9月の「プーチン提案」と同じ趣旨だ。米朝首脳間に直接の連絡ルートがない場合、首脳会談でいったん信頼関係・義兄弟のちぎりが結ばれても、その後、連絡役の米国の軍産が北を誤解させて怒らせるような微妙な歪曲伝達をやり、いったんできた米朝首脳の関係を破壊する。だがトランプが正恩との直接の連絡ルートを作ったため、2人の信頼関係は続き、トランプはやりたいようにやり続けられる。 (United States - North Korea Singapore Summit Video) (北朝鮮に甘くなったトランプ) トランプがやりたいことは、北の面倒を見る役目を中韓露に任せることだ。トランプは当初、中国をけしかければそれができると考えたが、すでに書いたように、正恩は中国からの介入をも嫌がり、中国の圧力に対して核ミサイルの開発加速で応えただけだった。米国から敵視されている限り、北は中韓露の和解策にも乗ってこない。北の面倒を見る役目を中韓露に任せるには、その前に米国が北敵視をやめる必要があった。だが米国は、北を永久に敵視して在韓在日米軍の恒久駐留をめざす軍産が強く、正攻法で北敵視をやめることができない。オバマはここで北との和解をあきらめた。 (Biggest obstacle to Trump dealing with North Korea is his political foes at home) だが、オバマを超えて多極化を進めたいトランプは、ここで奇抜な策を考えた。トランプは、北への敵視を極限まで強め、本物の米朝戦争をやろうとしているように演技した。軍産は、恒久的な北敵視・日韓への米軍駐留を望んでいるだけで、こぜり合いを超える本物の大戦争などしたくない。トランプの戦争を止めるため、軍産の方が北敵視の緩和をトランプに求めるようになった。今年3月に金正恩がトランプに首脳会談を提案すると、トランプは、北敵視を緩和したい軍産の求めに応じるとの口実で、こんどは一転して、北と首脳会談して和解しようとする策を突っ走り出した。首脳会談直前には「会談で(在韓米軍の撤退につながる)朝鮮戦争の終結を宣言するかも」などと言い出した。 (The Surreal Summit in Singapore) CIAの北朝鮮専門家であるブルース・クリングナー(Bruce Klingner)は首脳会談後「合意文書に新味がなくて失望したが、それでも、朝鮮戦争の終結や在韓米軍の撤退が合意文書に盛り込まれるよりは、ずっとマシな結果になった」という趣旨の発言をしている。トランプが首脳会談の前に「米朝会談で朝鮮戦争の終結を宣言する文書に署名する可能性が大いにある」という表明を放ったのは、実際にトランプが朝鮮戦争の終結を宣言するつもりだったからでなく、軍産をビビらせて「代わりに何をしてもいいから、それだけはやめてくれ」「合意文書にCVIDなど厳しい具体策を載せなくていいから、朝鮮戦争の終結も載せるな」と言わせるための交渉材料だった。 (Critics say US-North Korea summit deal leaves Kim the winner) 同様に、米政府のタカ派の朝鮮専門家であるビクター・チャも「米朝首脳の合意文書は中身がないが、トランプが北と核戦争を起こすことに比べたら、中身のない合意文書の方がはるかにマシだ」と言っている。トランプは、軍産路線の行きすぎである「米朝核戦争」と、軍産が敵視する覇権放棄・隠れ多極主義的な「在韓米軍撤退」という両極端の間を行ったり来たりして、政敵である軍産をビビらせた末に、米朝首脳会談を決行し、金正恩と個人的な親密関係を確立した。トランプは軍産を出し抜いて米朝間の敵対構造を破壊し、米朝和解の政変を成功させた。トランプは、オバマがやれなかったことを自分がやったと、繰り返し自慢している。この自慢は一理ある。 (Trump Meets Kim, Averting Threat of Nuclear War—and US Pundits Are Furious) 米議会の軍産系勢力は、トランプの大統領府が北朝鮮との間で決めたことを隠さず全て議会に報告することを義務づける法案を検討している。これに対抗するため、トランプは、北との間で決めたことを議会や軍産に知られぬよう、できるだけ金正恩との首脳間の口約束にとどめておく隠然策をとっているようだ。今後も、米国の対北戦略の基本方針が不明確なまま放置される事態が続きそうだ。曖昧な状態で、世界的な北朝鮮敵視策が解除されていくだろう。 (Optimism) 米朝首脳会談は、日本を外交的に窮地に陥れている。それについては改めて書く。また、本記事の前に、6月13日に途中まで記事を書いたが、書いているうちに分析が変化し、書き直しの必要を感じてボツにした。何かの参考になるかもしれないので、途中まで書いた6月13日の記事も以下にリンクしておく。 (米朝ダブル凍結を実現したトランプ)
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