米朝ダブル凍結を実現したトランプ2018年6月13日 田中 宇6月12日のシンガポールでの米朝首脳会談は、何だったのか。私は昨日から、それに関する自問自答を続けている。私だけでなく、米国の共和党上院議員で上院外交委員長のボブ・コーカー(Bob Corker)も「昨夜(の米朝会談で)何が起きた(何が成し遂げられた)のかすら、私にはさだかでない」と言っている。米朝は合意文に署名したが、その内容は過去のいくつかの米朝合意の切り貼りともいうべきもので新味がなく、北の核廃絶に関する日程も定義(CVIDの適用)も盛り込まれていない。その一方でトランプは「人権侵害だらけの独裁者」金正恩を何度も称賛し、何の見返りもないまま米韓軍事演習を中止することを表明し、在韓米軍の撤退もいずれやりたいんだとまで言った。トランプは何がやりたいんだ?、と米議員らが思うのは当然だ。 (GOP Lawmakers in Wait-and-See Mode After Trump-Kim Summit) 私自身の「トランプは米朝会談で何がやりたかったのかわからない」という疑問は、トランプ自身が事前にさかんに「朝鮮戦争の終結を宣言するかもしれない」「北朝鮮は本気で核廃絶するつもりなんだ」「皆が驚くようなすごい合意文書に署名する」と言っておきながら、実際に出てきた合意文書は、過去のものと大して変わらず、朝鮮戦争の話も全く出ておらず、北の核廃絶の具体策も示されなかったことに起因している。軍産の観点から見ても、隠れ多極主義の観点から見ても、米朝首脳会談は理解不能だ。というか、表向き示されている構図とは別の本質が、あの首脳会談にありそうだ。 トランプは、5時間ほど続いた米朝首脳会談から記者会見までを、一貫して主導していた(だからシンガポールでやったのだ)。彼は、やりたいようにやったはずだ。最初の2人きりの会談のあと、金正恩は、トランプの子分のように振る舞っていた。正恩は、2人きりの会談の後の閣僚も交えた会合の冒頭で「(トランプ)大統領と一緒に巨大な事業を進めていくことを決心した」と述べている。この「巨大な事業」が何であるか、あとで分析するが、この正恩の宣言は「アニキ、オレはアニキについていくことを決心しました」という風に聞こえた。トランプは、北朝鮮の「生き神様」の兄貴分になった。それなのに、トランプ兄貴は、正恩弟分に「核廃絶はこうやってやれ。それを合意文に書くぞ。いいな」と指導することをやらなかった。トランプが正恩を誘って一緒にやろうと言った「巨大な事業」とは、核ミサイルの廃絶でなく、何か別のことなのだ。私はそう感じだ。 トランプが米朝首脳会談で実現したかったことの一つは、金正恩と義兄弟的な関係を結ぶことだったのだろう。それには、2人きりの会合が必要だった。板門店でやると、最初から最後まで韓国の文在寅大統領が横にいることになる。これだと2人の関係強化にならない。平壌でやると金正恩に主導されてトランプが兄貴になれない。中国だと習近平が終始ついてくる。欧州だと、遠すぎて北朝鮮側が行けない。世界中から多くのマスコミを集め、トランプと金正恩が義兄弟になったことを世界に知らせ、金正恩と北朝鮮が国際政治の表舞台で受け入れられるように仕組む必要もあった。それでシンガポールが選ばれたのだろう。しかし、トランプは正恩と義兄弟になって何がしたいのか。 CIAの北朝鮮専門家であるブルース・クリングナー(Bruce Klingner)は、軍産的な立場から、私の疑問に答える発言をしている。彼は「今回の米朝首脳の合意文書は新味がなくて失望したが、それでも、朝鮮戦争の終結や在韓米軍の撤退が合意文書に盛り込まれるよりは、ずっとマシな結果になった」という趣旨の発言をしている。逆の見方をすると、トランプが首脳会談の前に「米朝会談で朝鮮戦争の終結を宣言する文書に署名する可能性が大いにある」という表明を放ったのは、実際にトランプが朝鮮戦争の終結を宣言するつもりだったからでなく、今後の選挙協力が必要な共和党議員団のタカ派など米上層部内の軍産勢力をビビらせて「代わりに何をしてもいいから、それだけはやめてくれ」「合意文書にCVIDを載せなくていいから、朝鮮戦争の終結も載せるな」と言わせるための交渉材料だった。 (Critics say US-North Korea summit deal leaves Kim the winner) 同様に、米政府のタカ派の朝鮮専門家であるビクター・チャも「米朝首脳の合意文書は中身がないが、トランプが北と核戦争を起こすことに比べたら、中身のない合意文書の方がはるかにマシだ」と言っている。トランプは、軍産路線の行きすぎである「米朝核戦争」と、軍産が敵視する覇権放棄・隠れ多極主義的な「在韓米軍撤退」という両極端の間を行ったり来たりして政敵である軍産をビビらせた末に、米朝首脳会談の実施と、CVIDも核廃絶日程も載っていない合意文書の締結にこぎつけた。 軍産をビビらすための目くらましを取り除いた上で、トランプが米朝会談で何をしたかったのかを考えてみる。首脳会談の全体で、新たに決まったことが何かを見ると、一つは、記者会見でトランプが言った「米韓軍事演習の中止・実施凍結」だ。トランプは記者会見で、北朝鮮が核ミサイルの開発や試射を昨秋からやめていることも評価した。トランプが米大統領である限り、再び北を敵視することはなさそうだという感じも、義兄弟のちぎりのような今回の首脳会談で初めて出てきた。半面、北側が新たに約束したことは、核廃絶をいずれ進めていくことを合意文書に載せることに同意したことぐらいだ。 これらを全体としてみると、かつてオバマ政権時代に米民主党系の北朝鮮専門家たちが「ペリー案」として提案したが実現せず、その後、中国が引き継いで提案している「ダブル凍結」の米朝和平案とほぼ同じになる。「北朝鮮が核ミサイルの開発を凍結する見返りに、米国が米韓軍事演習の実施を凍結し、北朝鮮敵視をひかえる。これを第一段階として、米朝と韓国北朝鮮が緊張緩和・信頼醸成・和解していき、最終的に北が核兵器を放棄し、米国は在韓米軍を撤退する」というのがダブル凍結のシナリオだ。 (The Trump-Kim summit agreement is exactly what China has been pushing for) (北朝鮮に核保有を許す米中) ロシアのプーチン大統領は昨年9月、ダブル凍結案に沿うかたちで、北朝鮮の周辺諸国(5+1)が、北を通る鉄道やパイプラインの建設に協力する経済開発案を提案し、韓国、中国、ロシア、日本などがこれに賛成している。5+1とは、極東地域内の北南中露日の5か国と、域外の米国である。プーチンの案は表向き、北が嫌がる核問題に全く触れておらず、経済発展の話だけになっているが、裏側に、中国が米国から引き継いだダブル凍結案があり、北がダブル凍結に乗る見返りとして、韓国中露日が北の経済開発に協力するシナリオになっている。 (プーチンが北朝鮮問題を解決する) トランプ政権は当時、北朝鮮敵視を全面に出し「北核問題を外交的に解決するのは不可能」「北を先制攻撃するしかない」と言っていた。だがその後、北が昨年11月から核ミサイル実験を自主的に凍結し、今年の元旦には平昌五輪への参加を表明し、3月に米国との首脳会談を提案するなかで、トランプは北敵視をやめて米朝首脳会談に乗る方向に転換し、目くらましを発しつつ6月12日の首脳会談が行われてみると、そこにはダブル凍結案に乗ったと全く言わずに乗っているトランプの姿があった。トランプは、軍産や日本を騙しつつ、中露や韓国が好むダブル凍結案に乗って動き出したと考えられる。 ダブル凍結案と並行しているのは、核ミサイルの開発を凍結した北の経済発展を韓国や中露が支援する策だ。韓国の文在寅は、4月末に金正恩と会談した際、北の経済開発に韓国が協力する具体案をいくつか提案した。その延長で・・・・(ここまで。未完。状況の変化を受け、ボツにした) この記事を書き直したものが「北朝鮮に甘くなったトランプ」と「北朝鮮を中韓露に任せるトランプ」になった。
田中宇の国際ニュース解説・メインページへ |