トランプワールドの1年2018年1月19日 田中 宇1月20日で、トランプが米大統領になってから1年が経つ。世界にとって、トランプの最大の特徴は「覇権放棄」だ。第2次大戦後に米国が覇権国になって以来、覇権放棄につながる独自・異例・非常識・破壊的な動きを、就任直後から多方面かつ全速力でやり続けた大統領はトランプだけだ。米国以外の世界の側は、トランプのやり方に怒ったり衝撃を受けたりしつつも、米国抜きの世界体制に順応したり、新たな世界秩序を自分たちで作らざるを得ない状態に追いやられている。世界は、前代未聞・奇怪なトランプワールドでの最初の1年間を過ごした。次の1年も、同じ方向だろう。 (覇権放棄を加速するトランプ) (理不尽な敵視策で覇権放棄を狙うトランプ) トランプが1年前の大統領就任後まずやったのは、TPPの貿易交渉からの離脱と、NAFTAの再交渉決定といった、国際経済・貿易の分野だった。国際政治や安全保障の分野は、米国の中枢を牛耳ってきた軍産複合体からの強い抵抗があってトランプは苦戦しているが、経済分野にはそれがなく、すんなりと覇権放棄が進んでいる。TPPは、日豪主導のTPP11に衣替えし、米国抜きの海洋アジア(アジア太平洋)貿易圏が作られようとしている。先日の豪州首相の訪日で、3月にTPP11を調印する目標が発表された。調印に賛成していないのは、米国とのNAFTA再交渉を抱えるカナダだけだ。NAFTA再交渉の期限が3月なので、それが終わりしだいカナダもTPP11に調印できると予測し、日豪がTPP11の3月調印を目標にしている。 (Australia, Japan committed to signing Asia-Pacific trade pact by March: Turnbull) (Canada increasingly convinced Trump will pull out of NAFTA) カナダ政府は、トランプがNAFTAを脱退する可能性が増していると分析している。3月までに脱退宣言しそうだという見方と、7月のメキシコ大統領選後にもう一度再交渉をやってから脱退するとの見方の2つがあるが、どちらにしてもトランプは今年NAFTAを脱退しそうだ。NAFTAは事実上崩壊する(メキシコとカナダは残るが無意味)。カナダとメキシコはTPP11に依存する度合いが高くなる。NAFTAの崩壊は、米国の覇権放棄の動きを象徴している。他方、TPP11は、米国の覇権放棄を受けて他の諸国がやむなく対米自立した影響圏(TPP11の場合は海洋アジア圏)を作って世界を多極化していく流れを象徴している。 (Trump says he’s open to extending NAFTA deadline, Canada calls it ‘sensible’) (NAFTAを潰して加墨を日本主導のTPP11に押しやるトランプ) TPP11対しては、英国も加盟を検討している。アジア太平洋の自由貿易圏であるTPP11に、大西洋の国である英国が加盟したがるのは奇異だが、英国は、きたるべき多極型の新世界秩序において、すべての「極」と協調関係を結び、多極型の世界運営における顧問のような役割を果たすことをめざしている。 (Why Britain should be allowed to join the TPP) 米国以前の覇権国として、近代の外交や諜報、報道(人々に悟られずにやるプロパガンダ)、基軸通貨体制などを発明した英国は、覇権運営のプロとして、今後の多極型世界でも黒幕をやりたい。英国は、中国が2015年に地域覇権的な国際金融機関であるAIIBを作ることを決めた時にも、米国の批判を無視していち早く参加している。中国圏のとなりにできるかもしれない海洋アジア圏(日豪亜+加墨?)の先駆的な多国間経済体制としてTPP11が生まれるのに合わせ、英国がそこにも参加しようとするのは納得できる。英国がTPP11に参加したがるのも、トランプワールドならではの現象だ。 (Could the UK Join the TPP?) (日本から中国に交代するアジアの盟主) ▼エルサレム首都宣言もイラン核協定不承認も覇権放棄策 国際政治分野で、この1年にトランプが引き起こした大きな動きは、主に中東と北朝鮮で起きている。中東では、昨年12月にエルサレムをイスラエルの首都と認めると宣言したことが、トランプが引き起こした最大の覇権放棄だ。戦後すぐイスラエルが建国して以来、国際社会における米国の覇権国としての役割の一つが、イスラエルとパレスチナという2つの国を共存させる中東和平を仲裁し「2国式」の解決策を実現していくことだった。イスラエルの要求だけ認めてパレスチナの要求を無視したトランプのエルサレム宣言は、覇権国の役割放棄である。 (トランプのエルサレム宣言の意図) トランプはパレスチナ側(自治政府、PA)が拒否せざるを得ない和平条件の全放棄を求め、PAが米国の要求を拒否すると、PAやUNRWA(国連の支援機関)などパレスチナに対する米国からの支援金の削減を検討・開始している。米国は、PAに味方する近隣のヨルダンやエジプトに対しても支援金を減額していく可能性がある。PA、ヨルダン、エジプトの3か国は、ろくな産業がなく、米国からの支援金がないと財政難がひどくなり、政情が不安定になる。この3か国はイスラエルに隣接しており、3か国の情勢悪化は、イスラエルにとって危険事態だ。 (US freezes aid for Palestinian refugees: Report) これまでの米国は覇権運営の一環として、永遠に成就しないと知りつつ中東和平の仲裁役をやり、イスラエルと周辺3か国に援助金を出し続け、地域を安定させてきた。トランプは、こうした構造を放棄・破壊し始めている。トランプは、イスラエル(ネタニヤフ)の言いなりになりつつ、イスラエルが困る状態を作り出している。今後、米国の影響力と経済力が低下していくと、イスラエルや周辺3か国は、米国以外の頼る先を見つける必要が出てくる。中露とEUの協調体制が、代わりの頼る先としてありうるが、その場合、イスラエルが譲歩せざるを得ず、2国式が復活する。それが何年先になるのかわからない。 (中東和平の終わり。長期化する絶望) 中東では、イラン核協定の不承認・脱退構想も、トランプの覇権放棄策だ。オバマ前大統領が2015年に実現したこの協定は、イランが民生用の原子力開発を縮小する見返りに、国際社会がイランへの経済制裁をやめるものだ。イスラエルとその配下の米政界の右派は、イランに甘すぎる協定だと言って反対していた(イランは核兵器開発しておらず濡れ衣)。その流れでトランプも、再交渉か離脱かのどちらかだと言い続けている。 (Trump’s Iran Gamble) しかし締結後、協定への反対は、米政界でしだいに弱まっている(濡れ衣をやめたのではない)。米国が協定を離脱して再びイランを制裁しても、国際社会の他の諸国は離脱せず、イランは米国以外の諸国と経済関係を持つことで、十分やっていける。米国だけ離脱すると、米国が孤立してイランの台頭が続く結果になる。再交渉は米国以外、誰も賛成していない。米議会は、もうイラン協定をこのまま続けた方が良いと考えるようになっているが、トランプは態度を変えず、議会が再交渉の案を出さないなら次のタイミングで協定を離脱すると言っている(大統領が3か月ごとに協定を見直す制度になっている)。トランプのイラン核協定の離脱話は、米国の孤立とイランの台頭を加速させる覇権放棄策となっている。 (トランプのイラン核協定不承認の意味) (トランプの新・悪の枢軸) そのほかトランプは、パキスタンがアフガニスタンのタリバンをこっそり支援していることを理由に、パキスタンを非難し支援金を削減し、パキスタンが中国との関係を強化せざるを得ない状況を加速している。米国がパキスタンを中国の傘下に押しやる傾向は以前からのものだが、そうした地政学的な「隠然移転策」は、そろそろ完成の域に入っている。米軍にとってパキスタンはアフガニスタン占領の唯一の補給陸路で、パキスタンが米国の傘下から完全に出ると、米国のアフガン占領も続けられなくなる。 (Trump Turns on Pakistan) ▼ハワイの誤発報は北との対立を解消すべきとの世論扇動の意図? トランプは中東で、軍産複合体の世界支配策だった「テロ戦争」を本気で終わらせる策もやっている。テロ戦争は、米国の軍事諜報界が、アルカイダやISISといったイスラムのテロ組織を育成・支援する一方で、テロと戦う名目で世界に軍事駐留したり政治介入したりする、911以来の覇権戦略だ。テロ戦争を終わらせることは、覇権戦略の放棄であり、トランプならではの、軍産成敗・覇権放棄の策だ。(トランプは目くらまし的に、軍事費を増やしたり核兵器を開発したりして軍産の味方っぽく振る舞う一方で、実質的に軍産を弱める策をやっている) トランプは、シリアでISアルカイダと戦うクルド軍を支援するとともに、露イランの軍勢がISカイダを退治するのも支持した。シリアのISカイダがほぼ退治された今、トルコ軍とアサド軍(シリア政府軍)がクルドを挟み撃ちにして再び弱体化しようとしているが、米国は「用済み」となったクルドを見殺しにしている。シリア内戦をロシアに軍事駐留を頼んで解決する策も米国が手がけた(隠れ)多極化戦略だが、これをやったのはトランプでなく前任のオバマだ。トランプはそれを継承した。 (Turkey Notifies NATO Of Imminent Massive Invasion Of Syria To Fight Kurds) サウジアラビアのワッハーブなイスラム教はアルカイダの生みの親だが、サウジの権力者となったMbS皇太子は、トランプにそそのかされ、過激思想のイスラム聖職者を降格し取り締まり、テロリスト育成の温床を壊している。その他、トランプにけしかけられたMbSの国際戦略は次々に自滅的に失敗しており、親米なサウジの影響力が低下し、反米なイランの影響力が増大している。これも昨年加速したトランプワールドの覇権放棄・多極化の流れだ。 (サウジアラビアの自滅) 北朝鮮に関しては、最近の記事にも書いたが、トランプは、韓国が米国の反対を押し切って米韓軍事演習を中止するように仕向けている。平昌五輪への北朝鮮参加の準備が進み、せっかく醸成された南北の平和友好の関係を壊したくないと、韓国全体が考えはじめている。このまま五輪で盛り上がった後、3月になって、五輪も終わったし北敵視の軍事演習をやるぞと予定どおり米国が言い出す。文在寅ら韓国政府が、軍事演習の中止に踏み切るかどうかが見ものだ。 (急に戦争が遠のいた韓国北朝鮮) (北朝鮮の核保有を容認する南北対話) 米国のハワイでは先日、北朝鮮からのミサイルがまもなく着弾するとの間違った警告が、わざとらしく38分間も撤回・訂正されずに流され続け、ハワイの人々を恐怖のどん底に陥れた。この未必の故意的な誤発報は、ハワイの人々を、北朝鮮との戦争などまっぴらだという気持ちにさせた。ハワイ選出の上院議員が米政府に対し、今すぐ前提条件なしに北朝鮮との交渉を開始し、北のミサイルがハワイに飛んでこないようにしてくれと要求している。韓国でも米国でも、北との軍事対立を解消すべきだと考える傾向が扇動されている。(日本でも北ミサイル発射の誤報が流されたが、人々がきちんと考えられなくなっている日本では「効果」が薄かった)。 (Rep. Gabbard: US Needs Immediate North Korea Talks After Hawaii False Alarm ) (How One Employee "Pushed The Wrong Button" And Unleashed Doomsday Panic Across Hawaii) トランプはこの1年、TPPやNAFTAといった経済分野から、中東和平、イラン敵視、テロ戦争、北朝鮮といった多くの分野で、従来の米国覇権の世界体制を崩す覇権放棄策を展開し、かなりの成果をあげてきた。いずれの分野の動きもまだ道半ばだ。今年もトランプは、米国覇権に慣れきった全世界の軽信者たちの眉をひそめさせる驚きの覇権放棄策を矢継ぎ早に出し続ける。覇権転換が進むトランプワールドが展開している。 (Tillerson Breaks With White House, Rejects Freeze Of Military Exercises Near North Korea) マスコミはトランプに対する中傷を続けているが、共和党支持者の多くが依然としてトランプを支持している。民主党から強力な候補が出てきそうもないので、トランプが大統領を2期8年やる可能性が高い。あと7年たつころ、米覇権は不可逆的にかなり衰退し、多極型の世界体制が今よりもっと明確化しているだろう。なお、トランプがなぜ覇権放棄や多極化をやりたがるのかについては、これまで何回か分析したので今回は書かない。 (トランプ政権の本質) (世界帝国から多極化へ)
田中宇の国際ニュース解説・メインページへ |