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トランプのイラン核協定不承認の意味

2017年10月18日   田中 宇

 10月13日、米トランプ大統領が、イランと米露中英仏独(国連P5+1)が2015年に締結した、イランの核開発を制限する「イラン核協定」(JCPOA)に対して「不承認」を発表した。この協定は、米国(軍産イスラエル)がイランを弱体化させるために90年代からかけてきた「イランは核兵器を開発している」という濡れ衣攻撃をやめさせるため、軍産イスラエル支配に抵抗したオバマ前大統領の尽力で締結された。イランが民生用核開発を制限する見返りに、米欧がイランへの経済制裁を解除する内容だ。 (Trump to rebuke Iran but won't call for sanctions that threaten nuclear deal) (What Trump’s ‘decertification’ will mean

 当時、軍産イスラエルが席巻していた米議会は協定の締結に反対し、議会は、オバマが大統領令で協定を締結することを最終的に容認しつつも、いやがらせとして、3か月ごとにイランが協定違反していないかどうか米政府(大統領)が再精査して議会に報告する条項を入れた。トランプは今回、この3か月ごとの再確認(再承認)に際して「イラン核協定は、承認すべきものではない」と発表し、議会に対し、協定を破棄(離脱)してイランへの経済制裁を再開するよう呼びかけた。 (イランとオバマとプーチンの勝利) (Donald Trump to leave fate of Iran nuclear deal in Congress’s hands

 トランプは、イラン核協定の「不承認」を発表したものの、イランが核協定に「違反した」と発表したのではない。イランは、核協定を順守しており、違反していない。イランはすでに、医療用20%濃縮ウランや、ウラン濃縮用遠心分離機を手放した。定期的にイランの核関連施設を査察している国連の原子力機関(IAEA)や、米政府の関連機関のすべて(国務省、諜報界、国防総省)が、イランの協定順守を認めている。トランプも、イランが協定に違反したとは言っていない。トランプは、イランが40年前のイスラム革命からずっと米国敵視だったこと、ヒズボラなど米国がテロ指定している武装勢力を支援し続けていること、イラン核協定はイランの利得が大きすぎ、米国の出費や損失が大きすぎること、核協定の条項に関係ないことばかりあげつらって「不承認」をした。 (FULL TEXT: Trump's speech decertifying Iran nuclear deal) (Trump Decertifies Iran Deal, Vows New Sanctions

 トランプは、当選前からイランを敵視していた。今回も、とにかくイランが嫌いなんだという感じで、イランに言いがかりをつけて、核協定を破棄したがっている。しかも、自分でイランを経済制裁するのでなく、議会にやらせたがっている。トランプは、大統領令を発することで、核協定の枠組みと関係なく、イランのヒズボラ支援(テロ支援)などを理由に、イランを経済制裁できる。だが、トランプはその方法を(今のところ)とっていない。 (Trump Expected Not to Certify Iran Compliance With Nuclear Pact) (The Iran Deal: Leave Well Enough Alone

 イラン核協定では、大統領が協定を承認しなかった場合、議会が60日以内に、協定を破棄してイランを再制裁するかどうかを決議せねばならない。米議会下院は、12月中旬までに、イラン協定を破棄するかどうか決めねばならない。これは議会にとって難問だ。議会がイラン協定の破棄を決定すると、米国だけが協定を離脱してイランを再制裁し、他の5か国(露中英仏独)はイランとの協定を維持し、イランと貿易し続ける。これは、国際社会で米国が孤立し、独仏が米国を見放して露中に接近することにつながる。米企業だけイランと貿易できず、イラン貿易における米企業のシェアが露中欧の企業に奪われる。経済政治両面で、米国の孤立が進むだけだ。 (It’s up to Congress to keep or kill the Iran nuclear deal. Here’s how lawmakers could do either.) (Trump’s Iran plans pushing EU toward Russia, China: Germany

 経済制裁に効き目がなければイランを軍事攻撃して潰せば良い、という好戦論もあるが、軍事攻撃を成功させるには、その前に何年間もイランを経済制裁して弱体化させねばならない。イラクの場合、89年のクウェート侵攻から14年間も経済制裁され、国連(米国)の命令でミサイルなどの大量破壊兵器を大幅削減された挙句、侵攻されて潰された。対照的に今のイランは、2年前に制裁を解かれ、ロシアからどんどん武器を買って自国を強化している。イランは、イラクの3倍の人口があり、国土も広く、米軍が簡単に倒せる敵でない。露中が台頭してイランを擁護し、欧州が米国に愛想を尽かすなか、米国が国際社会に命じてイランを制裁させるのは無理だ。軍事的な選択肢はない。 (Pentagon Reviews Plans, Seeking Ways to Confront Iran) (The Iran Deal: Leave Well Enough Alone

 トランプは、イランの軍部(革命防衛隊)を「テロ組織」に指定した。対抗して、革命防衛隊は、シリアの米軍を標的にするかもしれないと言い出した。国防総省がイランとの戦争について検討し始めたと報じられている。だが、これらは米イラン相互の「脅し」以上のものでない。トランプはいずれ、本気でイランと戦争する姿勢をとりそうだ。だが、そうするとイランの隣国トルコが米NATOから離反してイランの肩を持つ傾向を強めるし、ロシアが新型兵器をどんどんイランに売るだろう。欧州も戦争に反対し、米国は孤立する。今にも米イラン戦争が始まりそうな様相になるかもしれないが、実際の戦争にはならない。同じ構図は、北朝鮮との間にも言える。 (Trump designates Iran Revolutionary Guard Corps as a terrorist group, calls for more sanctions

 米議会は、米国自身を孤立させるだけに終わるイラン再制裁を可決したくない。ならば反対に、議会がイラン核協定の維持を決定した場合はどうか。トランプが協定を承認せず、議会に協定の破棄を求めたのに、議会が協定を破棄せず維持する場合、それは米国がイランを敵視しなくなり台頭を容認することを意味する。米議会が「欧州などを説得して国際社会の全体でイランを再制裁する。説得に時間をかける」という時間稼ぎ・未決の引き伸ばし戦略をとった場合も、イランは許されたことになり台頭する。 (Trump Vows to End Iran Deal Himself if Congress Won’t Act) (Iran nuclear deal: Russia says Trump's actions are 'doomed to fail'

▼イラン台頭で解体していく米イスラエルの中東支配。ロシアが漁夫の利

 イランの台頭を何よりも嫌うイスラエル右派のロビー団体(AIPACなど)は、イランを再制裁しろと、米議会に大きな圧力をかける。トランプは就任以来、イランを仮想敵として、サウジアラビアなどアラブ諸国とイスラエルを連携させる策をやってきたが、米議会がイランを制裁せず台頭を容認するとなると、アラブ諸国が米国に期待できなくなり、イラン敵視をやめてイランと和解し、むしろイランとアラブでイスラエルを敵視する戦略の方に流れてしまう。すでにパレスチナでは最近、アラブに支援されてきた西岸のファタハと、イランに支援されてきたガザのハマスが、サウジの傀儡国であるエジプトの仲裁で和解し、10年ぶりにパレスチナで挙国一致の政権ができる流れになっている。パレスチナ内部が和解すると、和平を進めないイスラエルへの圧力が強まる。 (Susan Rice fires back at AIPAC over Iran deal) (Palestinian unity deal “lebanizes” Gaza and fuels its dispute with Israel

 米議会がトランプのけしかけに応えず、イラン制裁を再開しないと、中東全域で、イランとその後ろ盾であるロシアの影響力が強まり、米イスラエルやサウジなどアラブ諸国の内部分裂がひどくなる。すでに先日、サウジの国王が、現役国王として史上初めてロシアを訪問し、石油から武器までの幅広い協定を結んだ。サウジは、内戦後のシリアが露イランの影響圏になることを容認した。今後、ロシアがサウジとイランの和解を仲裁することがありうる。 (Palestinian Authority, Hamas Reach Reconciliation Deal After 10-Year Feud) (Is Russia Trying to Take America's Role in the Middle East?

 産油国であるロシアは、同じく産油国のサウジやイランと、消費国である中国などを誘い、石油の輸出入を決済する通貨を、ドルから人民元・ルーブルなどに替えていくことをすすめている。米国に制裁された産油国ベネズエラはすでに、石油輸出の完全非ドル化(主に人民元化)を行なっている。米議会がイランの台頭を容認すると、こうしたプーチンの非ドル化の動きに拍車がかかり、備蓄通貨としてのドルの地位が低下して米国債が売れなくなり、米国の金融バブル崩壊が近くなる。 (DOLLAR BLOW: China Launches New ‘Yuan-Ruble’ Payment Mechanism) (Global Powers Take Next Step to Dethrone U.S. and the Dollar

 米議会は、イランを制裁した場合は米欧同盟に亀裂を入れ、イランを制裁しない場合は中東での影響力を低下させる。どちらにしても米国の覇権縮小になる。トランプのイラン敵視策は、トランプ自身がイランを嫌っているからやっているのではない。トランプは覇権放棄屋として、議会や軍産に、自滅的な覇権放棄の策をやらせている。トランプにはめられた議会は、トランプに対し、ボーイングがイラン航空に旅客機を売ろうとしているのをやめさせるべきだと提言している。トランプはボーイングの経営陣と親しいので、イラン航空に旅客機を売るなと言いにくい。それを利用して、議会がトランプに仕返ししている。 (Republican Congressman Urges Trump to Block Boeing's Deal With Iran Air

▼イラク大量破壊兵器の大失態をイランで繰り返そうとしたトランプ

 今の事態になる前にトランプは、米諜報界をけしかけて、かつて米国がウソの開戦事由(大量破壊兵器保有)を使ってイラクに侵攻して占領にも失敗して国際的な威信(覇権)を低下させたように、イランに対する濡れ衣に基づく戦争や制裁をやらせようとしていた。トランプは、米議会を巻き込む前に、諜報界を巻き込もうとした。 (諜報戦争の闇

 今回より3か月前、今年7月に、トランプはイラン核協定を「承認」したが、このときトランプは、事前に諜報界に対し、イランが核協定に違反している事例を探して持って来いと命じている。だが、諜報界は何も出してこなかった。そのためトランプは諜報界のメンバーで自分の言うことを聞く何人か(スティーブ・バノンと親しい勢力)に、ウソや誇張をつないで話を作ることで、イランの核協定違反の事例をでっち上げさせようとした。 (トランプの苦戦) (Inside the McMaster-Bannon War

 トランプは、大失敗した「イラク方式」を、イランに対してもやろうとした。これは、マクマスター安保担当補佐官ら、政権上層部の軍産系の勢力に見つかって途中で阻止され、この事件を機に、トランプに対する軍産の圧力が強まり、バノン系のプリーバスが首席補佐官をクビになり、後任に軍産からジョン・ケリーが首席補佐官として送り込まれ、ほどなくバノンも首席戦略官を辞めさせられた。諜報界を巻き込めなかったので、トランプはウソの証拠を出してイランの協定違反を責めることができなくなり、代わりにもっと関連性の低い話をいくつも並べる今回のやり方になった。 (バノン辞任と米国内紛の激化) (McMaster Fires Iran Hawk From NSC

 トランプの「イラク方式」がうまく進んでいたら、7月中旬のイラン協定の前回承認日に、トランプは、イランが協定違反したという、諜報界が捏造したウソの話を根拠として、イラン協定の不承認を発表していただろう。しかし、軍産は反トランプなので、諜報界の主流派もマスコミも議会も、トランプの濡れ衣戦略に協力したがらず、IAEAも以前は米国の傀儡だったのに今は露中の傀儡と化しているので協力せず、ウソの捏造が暴露されていき、米諜報界が性懲りもなく「イラク方式」を繰り返したことが世界的にばれて、米国の国際信用(覇権)が低下していただろう。 (The Underlying Reasons For Turkey's Disengagement From The US

 トランプ政権は、イランの台頭につながる隠れ多極主義的な今回のイラン敵視策をやる直前に、イランの隣国であるトルコとの関係を、意図的に悪化させている。10月6日、トルコの警察がイスタンブールの米大使館のトルコ人要員をスパイ容疑で逮捕し、その報復として米政府がトルコ人に対するビザ発給を制限し、トルコ政府も再報復として米国人に対するビザ発給を制限し、米トルコ関係が急に悪化した。この喧嘩はトルコから始めたように報じられているが、それ以前に米国側からの諜報的な挑発が行われていた可能性がある。 (US Suspends All Non-Immigrant Visa Services In Turkey

 トルコは最近、クルド問題や、内戦後のシリアでの権益の確保のため、イランに接近している。最近は、貿易にドルを使いたくない(使えない)イランのために、トルコとイランの貿易の決済を、相互の通貨建てで行う非ドル化も始めている。そのような中で、米国がトルコに諜報的な意地悪をして関係を悪化させると、トルコはイラン敵視の米国に気兼ねする必要がなくなり、ますますイランとの結託を強め、こんご米国がイランを再制裁しても、その分のイランの貿易をトルコが喜んで埋める展開になる。 (Iran, Turkey sign deal to trade in own currencies

 米国では911(軍産による権力乗っ取り)以来、できるだけ好戦的にふるまうのが、政界上層部の軍産エスタブや、対米従属な同盟諸国政府の人々の姿勢になっている。だがトランプは、軍産エスタブがついてこれないぐらい過激に粗野にして好戦的にふるまい、軍産エスタブや同盟諸国が、逆に「平和的解決」「軍事でなく外交で」などと言い出す事態を作っている。トランプが今の過激策を続けるほど、同盟諸国が米国から離れていき、米国の孤立が進み、軍産エスタブによる支配が崩れていく流れになっている。これはトランプの意図的な世界多極化戦略である。 (世界帝国から多極化へ



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