中東和平の終わり。長期化する絶望2017年12月14日 田中 宇今回の記事は当初「パレスチナの再出発」という、もう少し希望が盛り込まれた題名だった。12月6日の米国トランプ大統領の「エルサレム首都宣言」を受け、パレスチナ国家の予定地のうち、ヨルダン川西岸と東エルサレムについては、今後しばらく事態好転の見通しがないものの、残りのガザについては、パレスチナの2大政党であるファタハとハマスが和解し、統治が安定に向かいそうなので、先にガザが解決されるという意味で「再出発」と考えた。 (パレスチナの再出発(未完成放棄原稿)) トランプの宣言によって、米イスラエルに対する世界からの非難が強まっている。米国は中東支配をやめていく方向で、イスラエルは取り残されていく。イスラエルの北側ではシリアを影響圏に入れたイランやヒズボラが軍事的にイスラエルへの威嚇を強めている。それらに圧され、イスラエルは譲歩せざるを得なくなるのでないかというのが、当初の分析だった。 だが、どうも事態はそんなに甘くないようだと気づいたのは、最初の原稿を半分書いた後に見つけた「サウジアラビアは西岸をイスラエルに譲渡しようとしていたのか?」という記事を読んだからだった。それによると、サウジの権力者ムハンマド・サルマン皇太子(MbS)が、11月6日にパレスチナ自治政府のアッバース大統領(ファタハ議長)をリヤドに呼びつけ「中東和平は終わった」と宣言し「今後は別の計画(B計画)が始まる。それは、ガザだけでパレスチナ国家を構成することだ。ガザだけで国家を作った後、西岸や東エルサレムの帰属について、イスラエルと交渉したければ、すればよい」と言い渡した。 (Did Saudi Arabia Just Try To Give the West Bank to Israel?) MbSがアッバースに言い渡したことは、イスラエルが以前からやりたがっていたことそのものだった。ガザだけでパレスチナ国家を創設させ、西岸とエルサレムについてはイスラエルによる併合を世界に黙認させるのが、イスラエルの希望だった。西岸と東エルサレムには200万人のパレスチナ人が住んでいるが、彼らに徹底的な嫌がらせを何十年も続け、何らかの方法でヨルダンなど周辺のアラブ国家に追い出すと、イスラエルによる西岸エルサレム占領が完成する。 (イスラエルのパレスチナ解体計画) アッバースがリヤドに呼びつけられる数日前、米国からリヤドにトランプの名代として娘婿のクシュナー顧問(シオニスト)が訪問し、中東和平についてMbSと突っ込んだ打ち合わせをしている。MbSは、イランと対抗するために、これまで敵だったイスラエルと早く組みたがっていた。サウジがイスラエルと組むには、何らかの中東和平の達成が必要だ。イスラエルは、クシュナーを通じて、MbSに、ガザだけで建国して中東和平の達成とする案を了承させたと考えられる。トランプがエルサレムをイスラエルの首都と宣言したことは、このB計画の一環として理解できる。 (サウジアラビアの自滅) ファタハとハマスが和解してガザの統治が安定化することを、私は、今後の中東和平の再出発後の最初の一歩と考えたが、B計画に基づくなら、ガザでの建国は最初の一歩でなく最後の一歩だ。それ以上の和平策は存在せず、あとは西岸とエルサレムのパレスチナ人が、何らかの方法でイスラエルによって追放されていく長く絶望的な過程があるだけだ。MbSはアッバースに、西岸を手放す見返りとして100億ドルを出すと提案した。パレスチナ自治政府にあげるのでなく、アッバース個人にあげるのでも良いと言ったと報じられている。これはつまり贈賄だ。アッバースはこれに乗らなかった。 MbSがアッバースに提案したB計画は「ガザだけでパレスチナ国家を建設する」案としてでなく「西岸のA、B地区とガザだけでパレスチナ国家を建設する」案として報じられ、私も前回の記事でそのように書いた。80年代末以降の中東和平の合意で、西岸は、A、B、Cの3種類の地区に分けられている。A地区はパレスチナ人が密集して住む都市の街区、B地区はその周辺の準市街地、C地区は残りの農村や砂漠の地域だ。ユダヤ人入植地のほとんどはC地区に作られている。パレスチナ人のほとんどはA、B地区に住んでいるが、C地区がないと、パレスチナ国家は西岸の各都市を結ぶ交通路を持つことができず、国家として機能しない。A、B地区だけでの建国は不可能であり「ガザだけ」と「ガザと西岸A、Bのみ」は、事実上、同じものだ。 (トランプのエルサレム首都宣言の意図) (Map of Areas A, B, C, Palestinian cities, and Al Aqaba) ▼イスラム諸国のイスラエル非難は口だけ・・・?? トルコのエルドアン大統領の呼びかけで、世界のイスラム諸国が集まるOIC(イスラム諸国機構)が12月13日にトルコで緊急会議を開き、米イスラエルに対する非難決議と、トランプの宣言に対抗して東エルサレムをパレスチナ国家の首都として宣言する決議を採択した。これだけ見ると、米イスラエルへの非難や圧力が強まっている感じだ。 (Islamic countries declare East Jerusalem capital of occupied Palestine) だがOICは、イスラエルに対する経済制裁を決議できなかった。西岸やエルサレムはイスラエル軍によって軍事占領されており、イスラム諸国が宣言だけいくら叫んでも、現実は何も変わらない。トルコでは最近、経済が悪化し、エルドアンへの批判がくすぶり出していた。OICの決議は、エルドアンが自分の人気を取り戻すための策になっているにすぎない。 (Turkey At Risk Of Hyperinflation As CPI Soars To 14-Year High) アラブやイスラム諸国の街頭では、米イスラエルを非難するデモや集会が行われている。だが、この騒動は1か月、2か月後も続いているだろうか。「アラブやイスラムの奴らは、長いものに巻かれろ主義だ。その時だけ激怒して騒ぐけど、現実が何も変わらないと、あきらめて冷めてしまう。中東和平は何十年も前からこの構図だ」と、ユダヤ人が嘲笑している。ユダヤは賢く、アラブは間抜け。それがイスラエル建国以来の現実だ。 米国は衰退している。他の大国群である欧州や露中は、米国に比べ、イスラエルに対して冷ややかだ。巨大な米国の金融バブルがそのうち崩壊し、その時に米国の覇権も崩れ出す。イスラエルのこれまでの強みは米国を牛耳れることだったが、米国が単独覇権国でなくなると、イスラエルは弱体化しかねない・・・、と考えるのも甘い感じがする。米国が経済崩壊して貧富格差が今よりさらにひどくなっても、イスラエルに牛耳られる米政界は、貧しい自国民に分配する財政金を削ってイスラエルを経済軍事支援し続けるだろう。イスラエルは人口が800万人しかいない。米国がかなり衰退しても、イスラエルは米国だけ牛耳っていれば自国の強さを維持できる。 前述のようにアラブ人は間抜けだが、イラン(ペルシャ人)はもっと賢い。イランは、シリア内戦でアサド政権を支援し続けて勝ち、今やイスラエルが占領するゴラン高原のイスラエル・シリア国境のすぐ近くに基地を作っている。イスラエルの北方の仇敵といえばレバノンのヒズボラだが、ヒズボラもイランに支援され、シリア内戦で戦闘経験を積んで強くなった。イランやヒズボラは、シリアに恒久駐留していくロシア空軍に支援されている。イスラエル空軍は、シリアとレバノンを領空侵犯して空爆することのリスクが、前よりはるかに上がっている。 (An Emboldened Iran Has Begun to Seek out the Geopolitical Spotlight) イランはISを退治した結果、イラク経由でシリアやレバノンのイスラエル国境近くまで、陸路で軍事物資を運び込めるようになった。最近、イランの軍幹部(革命防衛隊)が対イスラエル国境沿いをこれみよがしに視察しにきている。イスラエルにとって大きな脅威が出現している。 (Qassem Soleimani sends minion on odyssey from Iraq to the Lebanese-Israeli border) イスラエルとイランヒズボラとの本格戦争は、ロシア軍が傍観してくれたとしても互角であり、開戦は双方にとってリスクが大きすぎる。こんご何年間か、イスラエルとイランヒズボラは、国境をはさんで対峙し続けるだろう。イランは、ガザのハマスの武装も支援しており、イスラエルを南北から包囲している。しかし、イランの方から開戦することはない。イランは、イスラエルを包囲して軍事圧力をかけることで、国際政治的な利得を得ようとしている。この件が、今後どんな展開をするか、まだ見えてこない。 (Revolutionary Guard Commander Says Iran Will Support Palestinian Forces In Fight Against Israel) 世界がイスラエルを非難する最大の点は、パレスチナ人の土地を奪って建設されてきた西岸の入植地拡大である。イスラエルに対する国際非難が強まるなか、イスラエル政界で、入植地の縮小を呼びかける左派の主張が強まると思いきや、そうでなく全く逆だ。イスラエルでは最近、人気拡大の中道政党「イエシュ・アティド(未来党)」や、労働党といった、中道左派政党の党首が、相次いで、エルサレムの分割や、ゴラン高原のシリア返還に強く反対する「右傾化」の表明を発している。 (Lapid: World must recognize Israeli sovereignty over Golan, united Jerusalem as capital) (Some on Israeli Left Slant Right Amid Changing Political Map) イスラエルは建国から今まで、国際的に四面楚歌の状態が続いてきたので、自国への国際的な非難が強まると、世界に対して譲歩するのでなく、逆に、国内がナショナリズムの方向に団結して世界を逆非難する傾向が強まる。入植地を拡大してきた今のリクード主導のネタニヤフの極右連立政権が崩れ、入植地を抑制する中道系の連立政権になる可能性は低くなる傾向だ。ただ今後長い目で見ると、イランとの対峙が長期化するにつれ、現実的な対応をする政権が出てくる可能性はある。このあたりも、まだ見えてこない。ネタニヤフは8年間も政権を維持している。 (Labor hopeful says Israel should 'kick out' Palestinians in future war) ▼潰されそうで潰れないヨルダン王政 米国に(未分割の)エルサレムを首都として認めてもらい、パレスチナ人はガザが安定してとりあえず現状を受け入れ、イスラム世界は口だけしかイスラエル非難を展開せず、イランの脅威は強まったが対峙状態で安定し、イスラエル内政も極右が強いまま入植地拡大が続く。そんな「中東和平以後」の事態が今後続くとして、イスラエルが次にやりたいのは、西岸の200万人のパレスチナ人(と、イスラエル国籍のアラブ系=パレスチナ人150万人)を、何とかしてヨルダンに追い出すことだ。 (トランプの中東和平) 西岸に隣接するヨルダン川東岸のヨルダン王国に、西岸を併合させてパレスチナ問題の「最終解決」とする案を、イスラエルは昔から持っていた。だが、すでにヨルダンの人口の半分以上がパレスチナ人で、これ以上パレスチナ人を受け入れて国籍を付与すると、民主化運動が起きて選挙で王政が転覆され、イスラエル敵視のパレスチナ人組織ハマス(ムスリム同胞団)に政府を乗っ取られてしまう。この展開は、ヨルダン王室とイスラエルの両方が望んでいない。 (中東問題「最終解決」の深奥) ヨルダンは、米国からの圧力を受けて90年代に民主化を進めたところ、反米反イスラエル反王政の同胞団が議会で強くなり、王政は治安維持法を強化して同胞団を非合法化し、何とか権力を維持した。一連の教訓的な出来事の後、王政と同胞団の両方が賢くなり、同胞団が王政打倒の目標を放棄し、アラブ統一を掲げるイスラム主義も放棄する見返りに、王政は同胞団に政治活動の再開を許し、今に至っている。ヨルダン王政は、同胞団を取り込んで延命している。 (Reinvention of Jordan’s Muslim Brotherhood involves women and Christians) 王政が延命している限り、ヨルダンは、西岸とガザに東エルサレムを首都とするパレスチナ国家を作り、在ヨルダンを含むすべての在外パレスチナ人(難民)がパレスチナ国家に戻ることを目指す既存の「2国式和平」を強く主張し続ける。ヨルダン在住のパレスチナ人が増えなければ、ヨルダン王政は、パレスチナ人(同胞団=ハマス)に政権を乗っ取られずにすむからだ。半面、ヨルダンにパレスチナ人を追い出したいイスラエルは内心、ヨルダン王政の延命を歓迎していない(表向き、ヨルダンはイスラエルの数少ないアラブの友好国だが)。 イスラエルとしては、王政の延命もいやだが、イスラエル敵視の同胞団が国王を追い出して政権を奪取するのもいやだ。この矛盾を解く妙案としてイスラエルのメディアが9月に報じた策略は、米軍傘下のヨルダンの軍部に、王政を転覆するクーデターをやらせて軍事政権を作らせ、パレスチナ人の傀儡大統領を据えてパレスチナ国家を名乗り、すべてのパレスチナ人に旅券と国籍を与えるシナリオだ。軍政化したヨルダンにパレスチナ国家を名乗らせ、すべてのパレスチナ人に国籍を付与することで、イスラエルはすべてのパレスチナ人と国内アラブ系をヨルダンに強制移住させる口実を得る。ヨルダン軍は、ヨルダン国王よりも米軍の言うことを聞くので、米国の軍産が動けばヨルダン軍にクーデターをさせられるという。 (Change in Jordan, Easy, Cheap and Good for Everyone) この策略のまずい点は、ヨルダン軍をそんなに簡単に動かせるものか怪しいというだけでなく、ヨルダン王室を、従来のサウジ・イスラエルの側から、敵であるイラン・カタールの側に押しやってしまうことだ。同胞団を支援する最大の勢力はカタールであり、それがゆえにカタールはMbSのサウジから6月に敵視され、それ以来、カタールはイランに擦り寄り、中東は、イラン+カタール+同胞団vsサウジ+イスラエルの図式になっている。この図式の中で、パレスチナ人やヨルダン王政は、2国式を捨てたサウジ側から離れ、イラン側に押しやられている。 (カタールを制裁する馬鹿なサウジ) イスラエルに乗せられて2国式を放棄したサウジのMbS皇太子は、ヨルダン国王にも2国式を放棄せよと命じて難色を示され、サウジからヨルダンへの経済援助を切るぞと脅した。サウジやイスラエルから潰すぞと脅されているヨルダン国王は、(表向き)穏健化した同胞団と仲直りしたことを生かし、内外のパレスチナ人や同胞団に支持されて生き延びる新たな道に入っている。同胞団の背後にいるカタールはイランの傘下に入りつつあり、ここでもイランが台頭している。中東政治は複雑で、わかりやすく書けずに恐縮だが、全体として、サウジと米国が2国式を放棄した絶望感の中で、サウジに代わってイランがパレスチナ問題やイスラエルとの対峙を引き受け始めた観がある。 最後に、冒頭に書いた、ファタハとハマスのガザにおける和解の話を説明せねばと思ったのだが、延々と複雑な話を読まされた挙句、また別の複雑な話は、もうたくさんだろう。中東政治は、ひとつひとつのコマを書くたびに延々と歴史的経緯を説明せねばならず、私自身、書いていて嫌気がさす。事態が好転しそうに見えたのは「賢い」ユダヤ人(=マスゴミ)などが発する幻影だったのだと、あとになって気づく。今回も、冒頭に書いたように、明るい話でなく暗い話なのだと途中で気づいて書き直している。ガザにおけるファタハとハマスの和解は、最初に書きかけた「パレスチナの再出発」の中で説明しており、その書きかけの記事もウェブサイトにアップしておくので、興味がある方は、そちらを読んでいただきたい。 (パレスチナの再出発(未完成放棄原稿))
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