パレスチナの再出発(未完成放棄原稿)2017年12月14日 田中 宇12月6日にトランプ大統領が、エルサレムをイスラエルの首都と認めると宣言した。米国は、中東和平の公平な仲裁役を続ける姿勢を事実上放棄した。パレスチナなどアラブ諸国、欧米リベラル派の多くの人々が、トランプの宣言を聞いて「絶望」「失望」した。しかし、この絶望・失望に関して「悪いこと」でなく「良いこと」だと考える見方がある。 (トランプのエルサレム首都宣言の意図) 米国はかなり前から、イスラエルとパレスチナを公平に仲介する中東和平の仲裁者のふりをして、実のところイスラエル側に偏った立場であり、パレスチナの要求を全く容れず、和平交渉が失敗すると全部パレスチナのせいにするやり方を続けてきた。米国は、92年のオスロ合意で公正な仲裁者を宣言したが、イスラエルは米政界を恫喝して牛耳っており、90年代末には中東和平におけるイスラエルの傀儡と化していた。 それでも、アラブや欧米リベラル派は、わずかな期待を大事に抱え、米国がいずれ公平な仲裁者に戻るのでないかと考え、繰り返し何度も騙されてきた。イスラエル右派メディアは、騙され続ける人々を嘲笑する本質暴露の記事を時々出すのに、アラブやリベラルはそれに憤慨してみせるばかりで、本質を把握したがらなかった。(従来は米国の覇権力が圧倒的で、米国以外に期待できる仲裁者がおらず、世界が騙しの構図に早めに気づいても何もできなかったともいえるが) (私自身も、騙され系の分析を垂れ流してきた一人だ。私の場合、騙されの原因は、自分がリベラルだからではなく、イラク侵攻後、今に至ってしだいに大きくなる米国の隠れ多極主義的な傾向を早めに感じ始めたため、米国が中東和平を実現し、中東支配の泥沼から足を洗おうとするだろうと考えたからだった。世界的な米軍産独裁の体制を壊すために多極化が必要になったが、軍産は騙しの構図を作って中東和平が実現できない状況を作り、米国が中東から足抜けできないようにしてきた。この構図をぶち壊すため大統領になったのがトランプだ) (よみがえる中東和平) そんな自己欺瞞的な騙されの構図を打破してくれたのが、トランプの今回のエルサレム首都宣言だ。エルサレムを東西分割してイスラエルとパレスチナ両方の首都にするという中東和平の目標が達成されていないのに、イスラエルの首都は(未分割の)エルサレムだと宣言したトランプは、究極の「イスラエルべったり」の姿勢を言明した。先にイスラエルに満額回答してしまったことで、トランプは米国を、今後イスラエルに何らかの対価を提示して譲歩を求めることができない状態に追い込んだ。トランプは、世界が米国に中東和平の仲裁を期待できないようにした。パレスチナ系米国人の評論家の一人は「トランプよ(騙されの構図を破壊してくれて)ありがとう」と書いている。 (Thank you President Trump, you have finally ended US double-speak on Middle East 'peace') 米イスラエルが作った中東和平の騙しの構図は、90年代末から約20年続いてきた。世界は20年を無駄にした。パレスチナ人はその間イスラエルによって、空爆され(ガザ)、土地を奪われ(西岸)、不当逮捕・投獄され、経済制裁を受け、行動の自由の大幅制限されて、ひどい目に遭い続けてきた。そのひどい構図は、ヨルダン川西岸やエルサレムにおいては、今後も変わらない。だが、ガザでは、トランプが欺瞞の構図を破壊したおかげで、希望が持てる展開が始まっている。この10年、パレスチナ内部で対立し続けてきた2大派閥が和解を実現しそうになっている。 パレスチナでは07年以来、西岸をファタハ(世俗派、元左翼)、ガザをハマス(イスラム主義、ムスリム同胞団)という2大政党が分割統治して敵対する状態が続いてきた。パレスチナ自治政府(PA)の大統領は任期が5年で、現職のファタハのアッバスはすでに任期が切れているが、米イスラエルの傀儡色が強く、選挙をすると反米反イスラエルなハマスが勝ってしまうので、米国はPAの選挙を延期していた。だが07年にブッシュ政権の米政府が「中東民主化」の一環と称してPAに選挙をやらせ、案の定ハマスが議会の過半数を制してしまうと、米国はアッバスをけしかけて内戦を起こさせ、反撃したハマスがガザを占領してファタハを追い出し、ガザがハマス、西岸がファタハに分裂する状態を作り出した。パレスチナの内部が分裂している限り、まともな和平交渉ができず、イスラエルの西岸占領が正当化される仕掛けだった。 (ハマスを勝たせたアメリカの「故意の失策」) 次のオバマ政権は中東和平にほとんど手をつけなかったが、トランプ就任後、今年4月からエジプトが、ファタハとハマスの和解を仲裁し始めた。地中海に面した長方形のガザは、北と東がイスラエル、南がエジプトに隣接している。イスラエルは以前から、ガザの面倒をエジプトに見させることでパレスチナ問題の半分を解決しようとしてきたが、ガザを統治するハマスがムスリム同胞団で、エジプトの今のシシの軍事政権は同胞団の政権をクーデターで倒して作られただけに、ハマスを敵視し、イスラエルと一緒になってガザを封鎖してきた。 (In Palestinian Power Struggle, Hamas Moderates Talk on Israel) ハマスは今年5月、ムスリム同胞団との決別や、穏健な組織になることを盛り込んだ新要綱を発表した。シシ政権のエジプトはハマスと和解し、ハマスとファタハを仲裁する動きを本格化した。ファタハは、アッバスなどアラファトの流れをくむ旧左翼の老人権力層と、もっと若いパレスチナ生まれ育ちの若手幹部層が対立しており、権力層の汚職・腐敗もひどいが、ハマスは比較的一枚岩の組織で、腐敗も少ないので、パレスチナ民衆の受けがよく、次に選挙にすればハマスが与党になる可能性が高い。ハマスは、それを見据えた上で穏健化を表明し、エジプトや国際社会から認められることを目指した。ハマスは、ガザの統治権をいったんファタハのPA(パレスチナ自治政府)に移譲することにも同意した。交渉の末、10月にハマスとファタハの和解が成立し、11月1日にはガザの国境管理権がハマスからファタハ(PA)に移譲された。 12月1日には、人口180万人のガザの統治権の全体がハマスからファタハ(PA)に移管されるはずだったが、ハマスが雇用してきたガザの公務員4万人をそのままPAが雇い続けることを拒否したのと、PAがハマスの武装解除を求めたため交渉が頓挫している。それらの2点が間もなく解決すれば、ハマスとファタハが10年ぶりに和解し、来年(18年)末までにPAの議会と大統領の選挙が行われることになる。 これまでPAに資金援助してきたのは主に米国とサウジアラビアだが、サウジは近年米国に擦り寄る状態で、米国はイスラエルの言いなりだ。そのため、PA(政府)とファタハ(与党)の権力を握るアッバスは、米イスラエルの傀儡として機能してきた。米イスラエルはPAとファタハを傀儡化しつつ、ハマスを敵視して封じ込めて弱体化する戦略だった。そのためアッバスは、エジプトが仲裁するハマスとの和解策に乗りつつ、最後のところで和解を頓挫・先送りさせてきた。従来のままなら、最後の2点が合意できず今後また何年も和解が成就しない事態があり得た。 だが、トランプのエルサレム宣言以降、ファタハ内の若手幹部の突き上げが激しくなり、アッバスは米国に立ち向かう姿勢をとらざるを得なくなっている。年内にペンス副大統領がパレスチナなどを訪問する予定で、トランプの宣言直後まで、アッバスはペンスと会う予定だった。だが、12月6日のトランプの宣言後、ファタハ内部で「ペンスを歓迎するな」「ペンスと会うな」という突き上げが強まり、アッバスは12月11日、ペンスと会わないと宣言した。 ・・・ここまで・・・
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