急に戦争が遠のいた韓国北朝鮮2018年1月11日 田中 宇
この記事は「北朝鮮の核保有を許容する南北対話」の続きです。 韓国と北朝鮮の代表が2年ぶりに会った1月9-10日の板門店での閣僚級の南北対話は、2日間にわたり、合計12時間近くの話し合いが行われた。会合のもともとの主眼は、平昌五輪への北朝鮮の参加を決めることで、それは予定通りに北の参加が合意された。会合の成果はそれ以外に、南北が偶発的に戦争を始めてしまわないよう、軍事的な対話を開始すると南北で合意したことがある。南北対話の後、韓国の文在寅大統領は、北の金正恩と会う用意があると発表し、南北間の戦争回避や信頼醸成の措置が今後速いテンポで進んでいく可能性が見えてきた。 (Why the Korean 'Crisis' Is Completely Phony : Justin Raimondo) (The Latest: South Korea's Moon willing to meet North's Kim) 今回の南北対話で示されたもう一つの重要事項は、今後も続くこの南北対話の枠組みと、北朝鮮の核ミサイルを廃棄することを目標にした交渉とは別物であることだ。今回の対話で、韓国側が北側に核ミサイルの廃棄を求めたところ、北側は激しく拒否し、北の核ミサイルは(北を潰すと言っている)米国に向けたものであり、韓国や中露に向けたものでない、と返答した。この返答が意味するところは、核ミサイルの問題は米朝交渉でしか話し合うことができない、韓国は北の核ミサイルの標的でなく、関係ないので口を出さないでくれ、ということだ。 (North Korea: "All Our Atomic Bombs And ICBMs Are Aimed At U.S., Not At Southern Brethren, China Or Russia") 韓国側はそれ以上、核ミサイルについて議論せず(しつこく議論したら北は退席しただろう)事実上、北の主張を容認した。韓国側が今回と同じ態度を今後もとるなら、核ミサイル問題は南北対話から切り離される。文在寅は、北の核ミサイル廃棄は最終的な目標(=後回し)だと言っている。核ミサイル問題を話し合わないので、北は喜んで韓国との対話に出てくる。南北間の信頼醸成が進み始めている。 (U.S. hails Korea talks, despite North's rejection of denuclearization) 韓国は、北との対話で、核ミサイル問題を外しつつ、南北間の軍事対話を進めて緊張緩和につなげようとしている。「核ミサイル問題を外したら緊張緩和にならないじゃないか」と思う人がいるだろうが、それは間違いだ。今の北核問題の構造は、米国が北を「悪の枢軸」に指定して政権転覆するぞと脅し、それに対する「抑止力」として北が核武装を進めた。北の方から米国を核先制攻撃する可能性は非常に低い(やったら米国から百倍返しの核攻撃を受けて北が潰れる)。同時に、米国が今のように、北を先制攻撃すると断続的に威嚇している限り、北に核ミサイルの廃棄を求めても、北は応じない。北に核ミサイルを破棄させて問題を解決するシナリオは現実性がない。 (Amid Signs of a Thaw in North Korea, Tensions Bubble Up) 今の韓国にとって最大の脅威は、米国が北を先制攻撃し、北が米に核ミサイルを撃ち返すだけでなく、在韓米軍が駐留する韓国に向けて、北が38度線にずらりと並べた通常兵器で砲撃し、数万人、数十万人のソウル市民が死ぬことだ。もし韓国が安保面で対米従属でなく、米軍が韓国に駐留していないなら、たとえ米朝戦争が起きても、韓国は巻き込まれる度合いが少ない。 (北朝鮮危機のゆくえ) もともと米国(ブッシュ政権)が北朝鮮を「悪の枢軸」に入れて敵視したのは、冷戦終結とともに在韓米軍が駐留を続ける必要がなくなったので、駐留を続けたい米国の軍産複合体と韓国の対米従属派が、新たな脅威を必要としたからだ。在韓(と在日)米軍は、米国(と対米従属の西側同盟諸国=日韓)が中国ソ連と対立していた冷戦構造下で、米軍が中ソに近いところに前方展開しているのが米国(と西側)にとって有利だったからだ。冷戦後、日韓(や欧州)への米軍駐留は、本末転倒が激しくなり、米国は日韓欧への米軍駐留と政治支配を続けるために、露中や北朝鮮への濡れ衣的な敵視を扇動している(戦後、冷戦構造を作ったのは英米なので、もとから本末転倒だった)。 (世界のデザインをめぐる200年の暗闘) 本末転倒や濡れ衣だらけでも、それが露中や北だけに向けられたものであるなら、韓国も日本も対米従属の継続でかまわなかったが、トランプになって米国は、北を先制攻撃するとさかんに言い始め、特に韓国にとって、対米従属を続ける場合の国家的リスクが急に大きくなった。昨年5月に大統領に就任した文在寅の目標は当初から、対米自立して在韓米軍に撤収してもらい、米国が北を敵視し続けても韓国が巻き込まれないようにしつつ、南北の対立を緩和して連邦制などによる南北和解、朝鮮半島の安定を目指すことだったと考えられる。 (北朝鮮危機の解決のカギは韓国に) 文在寅は今のところ、まだ対米従属の国是を維持し、米韓が同盟しつつ北に対峙するかたちをとっている。対米従属の建前を維持しているのは、そうしないと米国側(軍産)が嫌がらせとして南北間の緊張関係をわざと高め、朝鮮戦争を再発しかねないからだろう。すでに韓国にとって最大の脅威を与える国は、北朝鮮でなく米国になっている。 (There Will Not Be a War with North Korea in 2018 (Unless America Starts One)) 北朝鮮を平昌五輪に招待する案件は、文在寅にとって、北との緊張を緩和して在韓米軍を不要にして対米自立していくシナリオを目立たないように進めるための格好の隠れ蓑になっている。南北が政治的に対立している限り、韓国政府は、在韓米軍に出て行ってもらえない。韓国の対米自立には、北との緊張緩和が必須だ。五輪参加をめぐる対話の開始によって、南北間の緊張緩和が一気に進んでいる。 (米朝核戦争の恐怖を煽るトランプ) 南北対話の開始に同期して、トランプが、それまで「北と対話してもムダだ」と言っていたのをやめて「条件さえ満たせば、自分も金正恩と対話したい」と言い出した。だが、トランプが言う「条件」とは「先に北が核ミサイルを廃棄すると宣言すること」だ。北がその条件を飲むはずがない。トランプは米国務省に、南北対話を歓迎する声明を出させている。トランプは、南北対話を推進させたがっている。トランプ(米政府)自身は、今後もずっと北と対話しないだろう。 (Trump says he'd be open to talking to North Korean leader) 米政府は、平昌五輪(パラリンピック)が3月中旬に終わった後の4月末から、米韓軍事演習をやると言っている。文在寅はおそらく、これから全速力で南北対話を進め、五輪の前か後のタイミングで文在寅自身の平壌訪問までやろうと画策し、南北の信頼関係を十分に醸成した後、3月末ぐらいまでの時期に「せっかく作った南北の良い関係を壊したくないので、今年の米韓軍事演習を中止したい」と言い出すのでないか。何らかの理由で南北関係が好転していかない場合、軍事演習の中止は言い出されず、文在寅の策略は失敗したことになる。 文在寅が米国との軍事演習を中止すると言えば、演習は行われないが、トランプは「それなら米国が単独で北朝鮮を先制攻撃する」と言い出すかもしれない。文在寅は、以前から「韓国の了承なしに米国が北を先制攻撃することは許されない」と繰り返し言っており、その主張が繰り返される。トランプが「それなら在韓米軍を撤退する」と言い出すかどうか。中国が、米国の対北先制攻撃を止めるための脅し文句をトランプに言うかもしれない。どのような展開になるかわからないが、南北関係が順調に好転していくと、3-4月にこの手の騒動が起きるだろう。
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