理不尽な敵視策で覇権放棄を狙うトランプ2017年7月4日 田中 宇多極型の国際社会を象徴するG20サミットが、7月7日からドイツで開かれる。それを前に米トランプ政権は、米国に代わってG20の主導役をやれそうな中国とドイツに対し、保護主義的な貿易紛争やその他の理不尽な敵対策を吹っかけて怒らせる策略を強めている。トランプの理不尽策は、他の諸大国を怒らせ、呆れさせて、世界のまとめ役を米国に頼めないから自分たちがやるしかないと考えるように仕向け、米国が覇権を放棄して世界を多極化へといざなう覇権放棄策だ。 (EU-US Trade Conflict Threatens to Escalate ahead of G-20) (Trump steel tariff, trade war with China, Germany, Canada) トランプは6月30日、ドイツや中国、日本、カナダなどが米国に輸出する鉄鋼に関し、安すぎる価格設定になので米国の製鉄業に不当に打撃を与えているとして、最高20%の制裁関税をかける方針を表明した。世界を相手に貿易戦争を始めるこの保護主義な政策に、経済閣僚の大半が反対したが、トランプは反対を押し切って決定した。トランプが、金融界出身の経済閣僚たちの集団的な主張を却下したのは、これが初めてだ。トランプは、政敵(軍産マスコミ)が仕掛けたロシアゲートなどのスキャンダルを乗り越え始めているため、もともとやりたかったことをやり出している。貿易戦争策の立案には、トランプ革命の立役者である軍産敵視のスティーブ・バノンの影がちらついている。 (Trump overrules cabinet, plots global trade war) (Trump "Oerrules" Cabinet, Prepares To Unleash Global Trade War) トランプは、米国に雇用拡大と経済成長をもたらすために保護主義な貿易戦争をやると言っているが、実のところ保護主義をやっても米国の雇用増や成長に結びつきにくい。米国はブッシュ政権時代の02年に、今回と似たような鉄鋼輸入関税の引き上げをやったが、その結果、米国で売られる鉄鋼の価格が急騰し、建設業界などでコスト増からの事業停止が相次ぎ、雇用と経済に悪影響が出てしまった。WTOがこの高関税策を違法とみなす決定をしたこともあり、米政府はその後、この政策をやめている。 (Donald Trump reportedly considering starting global trade war, despite Cabinet's concerns) 製造業の工場を米国に引き戻すトランプの政策も、たしかに工場を新興諸国から米国に引き戻す効果をあげているものの、米国に新設される工場の多くは高度にロボット化されており、米国民の雇用増にあまりつながっていない。トランプの保護主義政策は、米国民や米経済のためというより、中国やドイツから日本までの諸国を怒らせ、失望させて、世界が米国に頼らないように仕向ける覇権放棄策と考えられる。 (Factories May Be Coming Back To The U.S., But The Jobs Aren't: McKinsey) トランプはすでに、5月下旬のイタリアでのG7のサミットに出席した際、地球温暖化や難民支援、自由貿易などに関し、他の諸国と大きく異なる姿勢を表明し、あらかじめ用意されていた共同声明を大幅に縮小させ、欧州勢を主導するドイツのメルケル首相を激怒させた。これ以来、メルケルやドイツの他の閣僚たちはトランプの米国を批判する傾向を一気に強めた。独仏同盟を推進するフランスの新任のマクロン大統領も、トランプ批判を多発している。米議会が可決した新たなロシア制裁が、ロシアと天然ガスパイプラインを共同建設しているドイツやフランスなどの企業を制裁し、ロシアでなく米国からガスを買うことを強要する内容になっていることも、独仏を怒らせている。G20サミットは、こうしたEUと米国の食い違い・対立をさらに深める。 (揺れる米欧同盟とロシア敵視) (Washington and Berlin on a Collision Course) G20サミットは、リーマン倒産後の08年秋、米国覇権の原動力である債券金融システム(ドルと米国債の金融覇権システム)がリーマン危機で崩れているのを見て、フランスとロシアが米国に発案して始まった、多極型の新世界秩序である。米国は当時、リーマン危機で金融覇権が揺らいでいたが、まだ圧倒的な単独覇権国であり、G20の中でダントツの主導役だった。しかし、それから現在までの9年間で、中国とロシアが対米自立した地域覇権国としてかなり台頭し、主導役の多極化が進んでいる。 (G20は世界政府になる) さらにトランプ政権になって米国が、自由貿易や地球温暖化対策を放棄したため、国際社会の中で、米国に代わってこれらの議題を主導する国が必要だということになり、中国やドイツ(EU)に期待がかかっている。中国とドイツは経済大国であり、自由貿易体制を守るべきだと主張し、地球温暖化問題でも人為説を信奉し、対策が必要だと言っている。ロシアは、経済大国でないし、地球温暖化対策に消極的なので、主導役として期待されていない。日本は(時代遅れな)G7を重視しているためG20に冷淡で、G20サミットもまだ日本で開かれておらず、世界からの期待値が低い。 (Germany Criticizes Trump, Erdogan Ahead of G-20 Meeting) (G8からG20への交代) このように国際社会が中国やドイツに主導役を期待する中で、トランプは中国やドイツに対してここぞとばかりに理不尽な敵視策による嫌がらせをやり、中国やドイツが米国に愛想を尽かし、主導役を引き受けるように仕向けている。 (アメリカが中国を覇権国に仕立てる) (“The Discord Is Obious" - Merkel Slams Trump Ahead Of G-20) ▼敵視と協調を行ったり来たりして中国に覇権を取らせていく米国 米国にとって、ドイツは一応まだNATOや「自由主義陣営」の同盟国であるが、中国はそうでなく、どちらかというと敵性国だ。米国は以前から中国を敵視しているが、中国は70年代の米中正常化以来、最近まで、米国を敵視する気がなく、むしろ米国と協調して経済発展したいと考えてきた。中国が、自国を米国と肩を並べる強国であると明確に考えるようになったのは、習近平政権になってからだ。 (習近平の覇権戦略) 余談になるが、先代の胡錦涛が作った標語は「和諧社会(調和のある社会)」で、国内的・国際的な協調を重視したが、習近平が作った標語は「中華民族の偉大さを復興する中国の夢の実現」で、中国が漢唐や明清の時代のように世界的な強国へと国際的に復興することをめざしている。中国の新幹線の列車の名前も「和諧号」から「復興号」に変わった。(中国が「復興」すると、日本は「遣唐使」か「鎖国」を選ばされる) (中国新動車組改名:不再「和諧」、開始「復興」) 米国が中国を敵視しつつ覇権を放棄しても、それだけで米国が放棄した覇権を中国に拾わせることはできない。米国からの敵視に対し、米国に対抗するのでなく、「ご無理ごもっとも」と言って対立を回避する方が得策な時が従来は多かったからだ(日本はいつも後者で、米国の隠れ多極主義者たちからすると期待はずれ。戦前の強気はどこに行った?、という失望。彼らは、日本の戦後の官僚独裁機構が、自国民を延々と自己去勢し続けてきたことを見落としている)。第二次大戦後の世界において、覇権は奪い合うものでなく、押し付け合うものだ。 (行き詰まる覇権のババ抜き) (米国覇権が崩れ、多極型の世界体制ができる) 米国が中国に覇権を拾わせるためには、中国に対する協調策と敵対策の間を行ったり来たりする(混在させる)こと(コンゲージメント策)を続け、対中協調策の時期には「世界経済の発展や、北朝鮮など東アジアの政治安定には中国の力が必要なんだ」と持ち上げて中国に自信をつけさせ、その後で敵対策に転換することが必要だった。この四半世紀、米国は、対中政策の行ったり来たりを続ける一方で、イラク戦争やリーマン倒産で自国の覇権力を自滅させ、自信をつけた中国が習近平になって自国をユーラシアの覇権国として位置づける「復興」を掲げるところまで持っていった。米国が、中国を押し上げている。 (Trump Hands the Chinese a Gift: The Chance for Global Leadership) (米国の運命を握らされる中国) (米中関係をどう見るか) 米国の覇権放棄策は、ブッシュ政権以来、緩急があったが、ずっと続けられている。トランプは、自分の代で覇権放棄策を完成させるべく、中国に対する姿勢の行ったり来たりのテンポを速めている。トランプは、昨年の選挙中から就任直後まで、貿易面を中心に中国敵視を掲げる傾向があった。昨年12月には台湾の蔡英文大統領(総統)と電話会談し、70年代以来の一つの中国の原則を無視し、中国を怒らせた。だがトランプは、4月に習近平をフロリダに呼んで首脳会談をやった後、姿勢を大転換し、米中協調で北朝鮮問題を解決する方針を掲げ、一つの中国の原則も守ると言明した。 (見えてきたトランプの対中国戦略) (中国に北朝鮮核を抑止させるトランプの好戦策) しかし、それも3か月しか続けず、6月末になってトランプは、再び中国敵視へと急転換した。トランプは、中国が北朝鮮に核兵器開発をやめさせてくれると思って期待してきたが全然進まず、堪忍袋の緒が切れたとツイートし始めた。大統領側近からは、中国に頼れない以上、北朝鮮を先制攻撃する策に戻るしかない、といった見方がリークされた。6月29日には、米財務省が、中国の丹東銀行に対し、北朝鮮の資金洗浄に協力しているとして、米国(ドル)の金融システムから締め出す制裁を科すと発表した。 (Trump shifts from prooking to engaging to pressuring China) (U.S. to Sanction Chinese Bank Oer North Korea Financing) (US reising military options for North Korea: Report) 米政府は、同様の制裁を07年から、中国領であるマカオのデルタ銀行に対して行なっている。この制裁をされた銀行は、ドル建ての決済ができなくなってしまい、国際取引に大きな障害が出る。米政府が、デルタ銀行と取引がある中国の4大銀行も制裁する可能性があると脅したため、中国側は米国の恣意的なやり方に対抗する長期策としてドル建てでなく人民元建ての国際取引を増やす国家戦略に拍車をかけた。このように、中国の銀行をドル決済から締め出す米国の策は、米国自身にとって、ドルシステムへの依存を低下させてしまう点で諸刃の剣だ。丹東銀行はデルタ銀行と同様、小さな銀行だが、制裁は金融システムが絡んだ話であり、中国のドル離れの加速など、大きな動きに発展しかねない。実際の締め出しまで2か月かかるので、この間に中国が米国に反論的な脅しをかけることが必至だ。それを受けてトランプが姿勢を再び転換するかもしれない。 (China lashes out at US as Trump-Xi honeymoon ends) (北朝鮮制裁・デルタ銀行問題の謎) トランプ政権は、丹東銀行への制裁を発表したのと同じ6月29日に、台湾への14億ドル分の武器売却を発表した。台湾への武器売却は、70年代に、米国が一つの中国の原則を容認すると同時に決めた政策で、米国の歴代政権がやってきたことだが、タイミング的に中国を怒らせるものになっている。6月28日には、米議会上院の軍事委員会が、米海軍に対し、台湾の港に寄港することを、約40年ぶりに許可する法改定を可決した。これらの同期性を見ると、丹東銀行への制裁も、北朝鮮への制裁というより中国への制裁であることがわかる。トランプは、G20サミットを控えた6月末から、中国敵視へと急転換した。 (Outraged China urges US to stop Taiwan arms sales) (Senate Panel Votes to Allow Nay to Call at Taiwanese Ports) (Kyle Bass Warns Of "Tectonic Shift" In US-China Relationship) トランプ政権が中国に対して協調から敵対に急転換した6月末は、ちょうど韓国から文在寅新大統領が米国を訪問しに来ていた時期だった。文在寅はトランプに会う前、北朝鮮を敵視するトランプと対立しても、北の問題を融和的に解決するのが良いと主張すると言っていたが、実際にトランプと会った後、文は、北に対するトランプの戦略を支持すると言い出した。トランプの戦略のうち「中国に期待できない以上、北を先制攻撃することも辞さない」といった今の姿勢は、文の融和的な姿勢と矛盾する。だが、トランプの戦略の根幹が覇権の多極化であるなら、それは米国抜き・中国主導の朝鮮半島の安定や、在韓米軍の撤退につながり、文が目指しているところと一致する。トランプの戦略に納得した文在寅が、今後北との関係でどう動き出すかが注目される。 (South Korea Leader Reerses Stance, Now Backs Trump Against North Korea) (South Korea, US should offer concessions to North: South Korean president) ▼世界の主導役になることをグロテスクと言いつつ、そろそろとそちらに向かうドイツ 米国はブッシュ政権以来、過激・傲慢で理不尽・頓珍漢な姿勢を続け、世界が米国に愛想を尽かすように仕向ける隠れ多極主義的な裏技をやっている。だが、世界の方は、米国が単独覇権国として世界の面倒を見てくれていた従来の国際秩序に安住したがる傾向が強く、米国の理不尽さや傲慢に見てみぬふりをしたがり、なかなか米国に愛想を尽かさなかった。だが、オバマの時代に米国からシリア内戦の解決を押し付けられて成功し、シリア周辺の中東の覇権を米国からもらい受けたロシアが、まず米国から自立した地域覇権勢力として能動的に機能し始めた。 (米国に愛想をつかせない世界) その後、スマートが好きで頓珍漢になり切れなかったオバマの任期が終わり、無鉄砲なトランプが大統領になるとともに、過激・傲慢で理不尽・頓珍漢な米国の姿勢がぐんと強まり、中国とドイツが米国に愛想を尽かす傾向を急増させている。これまで米国が頓珍漢を強めると、必ず英国が出てきて話をうまくまとめ、世界の対米従属を維持してきたが、その英国も昨夏のEU離脱決定後、国際影響力が激減し、トランプの頓珍漢を抑止しなくなっている。 (EU統合の再加速、英国の離脱戦略の大敗) 中国とドイツを比べると、先進諸国からの受けはドイツの方が良い。中国は民主主義国でなく、権威主義的な一党独裁体制で、制度や戦略の面でも不透明感が強いので、民主や透明性を重んじる先進諸国から不信感を持たれている。だが、世界の諸国は先進国だけでない。発展途上諸国は、自分たちも民主や透明性の面で先進諸国から批判(を口実にした支配)されることが多いだけに、中国に対する不信感が少ない。 ドイツの問題は、第二次大戦の敗戦国、旧敵国だという点だ(対照的に、中国は戦勝国であり、それがゆえに覇権を容認された国連安保理常任理事国だ)。ドイツは敗戦後、二度と覇権を希求しないことを誓い続けている。ドイツが世界での主導性つまり覇権を拡大することに対し、ドイツ人自身が「ナチスの再来と思われそうだ」と懸念し、二の足を踏んでいる。メルケル首相は、自国が米国に代わるリベラル世界秩序の主導役になることについて「グロテスクだ」と言って反対(謙遜?)している。グロテスクというのは、ナチスを思わせるという意味だろう。 (Merkel’s Method, at Home and Abroad) (Merkel, Trump, Xi and the contest for global leadership) とはいえ、今のドイツはEUに国権を移譲した存在だ。ドイツはEUの主導役だが、EUは意思決定が多国間の合議制だ。冷戦が終わって東西ドイツを再統合する際に、再統合で強くなるドイツが、戦前のように他の欧州諸国を蹂躙して台頭することがないよう、ドイツを多国間の枠組みに入れてしまうために作られたのがEUだ。EUというフィルターがかけられているので、ドイツはEUとして覇権拡大が許されるようになった。ドイツはこの点が、今後も覇権を希求しにくい日本と異なる。(そもそも日本の官僚独裁機構と、それに洗脳・自己去勢された国民は、永遠の対米従属が最大の願望であり、覇権など全くほしくないものだろう。だが、このままだと米国の覇権縮小とともに日本の国力も大幅に低下する。それが官僚と国民の総意なら、それでもよい) (欧州の対米従属の行方)
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