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北朝鮮制裁・デルタ銀行問題の謎

2007年7月3日  田中 宇

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 6月23日、北朝鮮の政府企業がマカオのデルタ銀行(BDA)の口座に預金していた約2500万ドルの資金が、ロシアの銀行にある北朝鮮系の預金口座に送金された。これによって、今年2月の6者協議の取り決め事項の一つだった北朝鮮の核施設停止の前提としての預金封鎖解除が実現した。(関連記事

 その後、アメリカのヒル国務次官補が、米政府高官として5年ぶりに平壌を訪問したり、IAEAの代表団が寧辺の核施設を査察に入ったりして、事態が進展しそうな流れになっている。韓国は5万トンの原油を北朝鮮に送ると表明し、北朝鮮は原油が届きしだい、寧辺の核施設を停止すると発表した(原油支援も2月の6者協議の決定事項)。(関連記事

 デルタ銀行問題は、不可思議な問題だった。米政府が2005年9月に主張した「デルタ銀行は、北朝鮮のニセ札ビジネスや資金洗浄に協力している」という指摘は、どうやら事実に基づかない濡れ衣だったことが、マカオ当局がアメリカの会計事務所(Ernst & Young)に依頼した銀行検査によって明らかになっている。(関連記事その1その2

▼ニセ札を作ったのは北朝鮮かCIAか

 米当局は、北朝鮮が非常に精巧な「スーパーノート」(supernotes)と呼ばれるドルのニセ札を作って流通させ、このニセ札事業の資金洗浄をデルタ銀行が担当していると主張したが、今年5月、国際ニセ札犯罪の捜査を行っているスイスの警察当局は「スーパーノートは本物のドル紙幣より精巧で、北朝鮮政府が作れるとは考えられない」とする報告書を発表した。(関連記事

 アメリカはスーパーノートについて、北朝鮮犯人説を唱える前は、イラン、シリア、旧東ドイツなどを犯人扱いしており、その時々でアメリカが敵視している相手をニセ札犯だと非難している観がある。ドイツの大手新聞フランクフルター・アルゲマイネは今年1月、スーパーノートを作っているのはアメリカのCIAで、CIAは議会承認を得ずに秘密作戦の資金を作るため、ニセ札を刷って流通させ、それを北朝鮮のせいにした、と指摘する記事を出している。(関連記事その1その2

 デルタ銀行の北朝鮮系の口座に入金されるドル札のほとんどは、以前から、いったん国際大手銀行である香港上海銀行(HSBC、旧イギリス系)のニューヨーク支店に送られ、ニセ札でないことを確認していた。デルタ銀行がニセ札取引に関与した可能性は低い。(関連記事

 デルタ銀行の経営者(創設者、Stanley Au)は「米当局は、当行の口座の持ち主が、ニセ札や麻薬取引の資金洗浄を行ったという証拠を、何も示していない」と主張している。(関連記事

 05年9月にこの事件が始まった当初は、デルタ銀行を管轄するマカオ当局(中国の特別行政区)や、その上部機構である中国政府は、濡れ衣はすぐに晴れると考えたようだが、アメリカはその後1年半も「捜査中」の状態を続けた。しかも、米財務省が今年3月14日に出した最終結論は、疑いを晴らす方向とは正反対に、アメリカのすべての銀行と企業に対し、デルタ銀行との関係を絶つことを命じるものだった。(関連記事

 北朝鮮は、デルタ銀行の預金が凍結された後、濡れ衣を着せられたことに怒り、6者協議への協力を取りやめ、翌06年秋には初の核実験を行ったと宣言し、6者協議はもはや失敗だというところまで事態は悪化した。米財務省が05年9月にデルタ銀行に対する容疑発表(事実上の取引停止命令)を出さなければ、事態はこんなに悪化していなかったはずだ。

▼国務省と財務省の矛盾

 不可思議なのは、アメリカ政府内で、財務省がデルタ銀行問題で北朝鮮を怒らせ、6者協議を頓挫させ続けたのとまさに同時期に、国務省ではヒル次官補が、何とかして6者協議を再び進展させようと動き回り、今年1月にはベルリンで米朝の直接交渉までやって、6者協議を復活させたことである。米政府内ではこの1年半、6者協議に対し、財務省が潰す作戦を展開した一方、国務省が何とか復活させる作戦を展開していた。

 デルタ銀行問題が始まった2005年9月には、9月19日に閉会した6者協議で、ヒル国務次官補が、中国に主導させて共同声明として「北京宣言」をまとめた。声明は「北朝鮮は核兵器開発施設を廃棄する。アメリカは北朝鮮を攻撃しない。アメリカと日本は北朝鮮と関係を正常化する」といった内容で、アメリカが北朝鮮に融和的な態度をとっていることを示すものだった。(関連記事

 米財務省によるデルタ銀行への制裁が始まったのは、これより数日前の9月15日である。この日、財務省は「デルタ銀行は、北朝鮮による不正な資金洗浄に手を貸している。マカオ当局による管理も不十分である」として、米のテロ対策法(愛国法)に基づき、デルタ銀行に対する捜査を行っており、捜査の結果、犯罪性が確定した場合、米企業のデルタ銀行との取引を禁止することになると発表した。(関連記事

 米財務省の指摘に驚いたデルタ銀行では05年9月28日、経営陣が総退陣し、代わりに監督官庁であるマカオ当局の役人たちに経営陣に就任してもらい、当局の管理下で是正すべき点を直し、疑いを晴らしていこうとした。銀行として自主的に、北朝鮮政府企業が持つ52の口座のすべてを、とりあえず凍結した(口座凍結は米当局の命令ではなく、デルタ銀行が独自に行った)。

 しかし米財務省は、デルタ銀行への制裁の姿勢を変えなかった。財務省は、デルタ銀行の利益の多くは、北朝鮮のニセ札ビジネスなどの不正行為に加担して得られていると主張したが、デルタ銀行側は、北朝鮮の口座関連で得られる収益は全体の3%以下だと、以前から発表していた。(関連記事

▼デルタ銀行問題に関与したくなかった中国

 マカオ当局を傘下におさめる中国政府は、デルタ銀行に対する米財務省の指摘が濡れ衣だと知っていたはずだが、問題に直接関与せず「これは自治を持つマカオの内政問題だ」という態度をとった。米財務省がデルタ銀行を犯人扱いする表明の直前に「米財務省は、デルタ銀行だけでなく、中国銀行(外国為替分野に強い中国の銀行)に対しても、北朝鮮の資金洗浄に加担したという疑いを持っている」という報道が流れた。(関連記事

 中国銀行は、中国の4大銀行の一つで、ニューヨーク市場への株式上場を準備中だった。中国政府は、濡れ衣が中国銀行に及ぶのを恐れたはずだ(奇妙なことに、上場を準備した主幹事証券会社は、ポールソン財務長官の出身企業であるゴールドマン・サックスだった)。

 アメリカは「濡れ衣の言いがかりをつけて攻撃する」というやり方を、イラク(大量破壊兵器問題)やイラン(核開発問題)に対しても行っている。911でサウジアラビアを犯人扱いしたのも濡れ衣だった。アメリカの濡れ衣攻撃作戦は、911以前からのことで、リビア政府の諜報機関が犯人とされた1988年のパンナム機爆破墜落事件も、実はリビアは無実で、アメリカが仕組んでリビアを犯人扱いしたことが分かってきている。(アメリカはリビアに対する敵視をやめたので、今では代わりの犯人としてイランの名前が挙がっている。構図的に、スーパーノート問題と似ている)(関連記事

 アメリカがこのようなやり方をしている限り、アメリカに敵視されたくない中国にとっては、デルタ銀行問題にできるだけ首を突っ込まない方が得策だった。

 中国は表向き、事態を静観しつつも、米財務省に非公式に「早く濡れ衣を晴らしてくれ」と要求し続けたようだが、財務省はなかなか捜査を終結せず、引き延ばした。捜査開始から1年近く経った昨年7月になっても「北朝鮮口座の金がどこから振り込まれてきたか調べるため、無数の手書きの伝票を押収し、判読するのに時間がかかっている」などと釈明していた。(関連記事

▼誰も送金を引き受けず、最後はプーチンに頼る

 事態が再び動き出したのは昨年10月、北朝鮮が核実験を実施したと発表してからのことである。北の核実験宣言とともに、6者協議を早く進めねばならないという気運が中国・韓国やアメリカの中に広がり、翌11月に6者協議が開かれた。だが北朝鮮側は、アメリカがデルタ銀行に対する制裁を解除し、それを受けてデルタ銀行が北の口座凍結を解除するまで核廃棄は行わないと述べ、交渉は進展しなかった。(関連記事

(口座凍結を決めたのはデルタ銀行を監督するマカオ当局や中国政府であるのに、北朝鮮が中国ではなくアメリカに文句を言っているのは、北朝鮮が中国の立場を理解し、中国と協調していることを意味している)

 行き詰まりを打開するため、ヒル国務次官補は今年1月、北朝鮮の金桂冠(キム・ケガン)外務副大臣とドイツで異例の2者対談を行い、そこでの合意をもとに、2月13日の6者協議再開にこぎつけた。アメリカがデルタ銀行の問題を30日以内に解決した後、北朝鮮は寧辺の核施設(原子炉と核燃料工場)を停止・封印し、その見返りに原油を受け取ることが決まった。(関連記事

 6者協議からちょうど30日後の3月14日、米財務省はデルタ銀行に対し、北朝鮮政府企業が保有する口座の凍結を解除しても良いとする決定を下した。だが同時に、デルタ銀行自体に対しては「調査の結果、北朝鮮の資金洗浄に協力したと判明した」として、アメリカの全企業に対し、デルタ銀行との取引を停止することを命じる決定を発表した。デルタ銀行、マカオ当局、中国政府は、米政府の決定に反発したが、無視された。(関連記事

 北朝鮮の口座凍結は解除されたものの、口座の資金は北朝鮮側に届かなかった。米側は当初、北朝鮮政府が中国銀行に持っている口座に、デルタ銀行から北の資金を送金させようとした。しかしすでに書いたように、中国政府は05年にこの問題が起きた当初から、中国銀行に火の粉が降りかかることを恐れており、送金を受け付けなかった。(関連記事

 北朝鮮政府は、口座から現金で引き下ろすことは許されたが、引き下ろさなかった。北朝鮮側は、アメリカが宥和的なのを見て、この際アメリカにもう一歩譲歩させ、アメリカ(欧米)の銀行に北朝鮮の口座を作ることを許可させて、そこに資金を移そうと画策したようだ。アメリカの銀行に口座を持てば、何かと便利である。(関連記事

 米側でも国務省が、米大手銀行のワコビア銀行(Wachovia Bank)に、デルタ銀行からの資金を受け付けてくれと持ち掛けた。だが米政府全体として合意が得られなかったのか、この話も立ち消えになった。米国務省は、イタリアやシンガポールなどの銀行にも送金受け入れを要請したが、断られた。アメリカのテロ対策法は、米政府が恣意的な運用をすることで、世界的に悪名が高い。この法律に基づいて行われた制裁に抵触する、デルタ銀行からの資金受け入れを引き受ける銀行は見つからなかった。(関連記事

 結局、最終的には、このところ国際政治力を拡大しているロシアのプーチン大統領がアメリカを助けることに同意し、北朝鮮の資金は、凍結解除から3カ月後の6月23日に、ロシア極東にある民間銀行の北朝鮮政府企業の口座に入金された。(関連記事

▼ライスとチェイニーの対立の表れ?

 この経緯を見ると、米国務省は、6者協議を進展させるため、北朝鮮の資金を受け入れてくれる銀行を必死で探していたことがうかがえる。しかし同時に、もし米財務省が「デルタ銀行からの北の資金の送金を受け入れても、今回は制裁の対象にしない」という念書を、受け入れ銀行に発行すると約束していたら、送金問題は3カ月もかからず、すぐに解決したはずだ。

(最終的にロシアは米財務省から、北の資金を受け入れても制裁しないという確約を、おそらく文書で受けた上で、送金を受け入れている。土壇場で、確約の伝達形式をめぐり、米ロ間で議論があったと報じられている)(関連記事

 国務省と財務省の態度の矛盾を考えると、米政府の内部に、北朝鮮問題をめぐって、国務省を拠点とする穏健派(現実派)と、財務省を拠点とする強硬派があり、対立しているという仮説が成り立つ。アメリカには「現実派のライス国務長官と、強硬派のチェイニー副大統領が対立しており、しだいにチェイニーが弱くなり、政権内で外されている」と分析する人もいる。この図式を当てはめると、ライスが国務省、チェイニーが財務省を動かし、対北朝鮮戦略で対立してきたが、最後はライスが勝ってデルタ銀行問題は解決した、と解説できる。(関連記事

 しかし私自身は、この分析に懐疑的である。北朝鮮問題に対するブッシュ政権の姿勢は、2003年初めに6者協議の構想が浮上して以来、一貫している。「アメリカは北朝鮮を攻撃しないが、米朝直接交渉もしない。北朝鮮核問題の解決は、中国に下請けさせる。中国を中心とする多国間で解決する」という姿勢である。6者協議は03年夏の初回から、すべて北京で開かれている。もし、当初は「北朝鮮に言いがかりをつけて軍事攻撃する」という強硬派が強かったのが、途中から「北朝鮮の問題は外交で解決する」という現実派が強くなったのなら、ブッシュ政権の姿勢が一貫しているのはおかしい。

「中国に6者協議をやらせて失敗したところで、米軍が北を空爆するつもりだったが、イラクなど他地域が軍事的泥沼に陥った結果、それができなくった」といった分析もあり得る。だが、現実を見ると、中国が北朝鮮を持て余すたびに、ヒル国務次官補は、譲歩的な姿勢を見せたり(05年9月)、北朝鮮と目立たぬよう直接交渉したり(07年1月、6月)して、中国が交渉を進展できる状況を作ってやっている。

 欧米中心の国際社会での活動歴がまだ短く、外交技能が熟達していない中国が、国際政治という「自転車」を乗りこなせるよう、アメリカは、「補助輪」の役割を果たしてやっているかのようである。6者協議を失敗させるつもりだったのなら、アメリカが中国を助けるはずがない。

▼中国を責任ある大国にするための補助輪?

 アメリカが「補助輪」の役割を果たしているという分析は、デルタ銀行問題にもあてはまる。アメリカは、05年9月の6者協議で大譲歩した後、デルタ銀行問題が出てきて6者協議が座礁する中で、同年11月にヒル次官補が「中国が責任を持ってこの問題を解決してくれることを望む」と表明するなど、中国が交渉の中心であるという姿勢を繰り返し打ち出している。(関連記事その1その2

 デルタ銀行問題によって、補助輪が効かないようにしたうえで「いつまでも補助輪に頼るな」と言っているかのようである。この時期、中国側は、胡錦涛主席が北朝鮮を訪問するなど、北朝鮮に対する影響力の拡大を試みている。(関連記事

 中国に対するアメリカの外交戦略は「責任ある大国(responsible stakeholder)になってもらうこと」である。この方針は、06年初めに中国担当の国務副長官だったゼーリック(最近、世銀総裁になった)が「責任ある大国」という言葉を中国に関して使い始めて以来のことだが、これは、中国が「補助輪」なしで、国際政治の世界で独自に指導力を発揮する状態にすることを示している。

 私は、アメリカが濡れ衣的・無責任なデルタ銀行問題を起こしたのは、それによって中国がアメリカに頼らず、独自の外交技能で北朝鮮核問題を解決し、東アジア地域の中心的な大国として振る舞えるようにするためだったのではないかと考えている。

▼急台頭する中国に不安な日本人

 ブッシュ政権がデルタ銀行問題を起こした理由はどうあれ、今の現実を見ると、中国は北朝鮮に対する手綱を完全に握り、韓国やロシアとの協調関係も確立され、北朝鮮核問題は中国中心で解決されていく道筋ができあがっている。中国は「責任ある大国」になりつつある。アメリカは、要所要所で6者協議を推進する重要な助っ人として機能し、日本は拉致問題にこだわって孤立している。

 中国は、03年以降のわずか4年間に、国際社会で、日本よりずっと大きな影響力や政治的信任を獲得した。このような急速な台頭の裏には、アメリカの目立たない補助輪役があった。

 中国の急拡大は、隣国である日本の人々に大きな不安を抱かせており、その結果、日本では最近、マスコミの扇動もあって、各種の理由をつけて中国を毛嫌いする人が多い。つい数年前まで、日本にとって中国は見下せる存在だったことを考えれば、日本人が急台頭する中国を見てヒステリックになるのは仕方がないのだが、アメリカが中国の台頭を後押ししていることについては、ほとんどの人が気づいていない。

 中国は1980年代以来の20年間で、社会主義から資本主義に転換した。中国政府は、資本主義国家経済の運営経験が少ないにもかかわらず、金融政策などについて大きな失策もなく、高度経済成長を続けている。これを「奇跡」と言う人もいるが、後ろでゴールドマンサックスやロックフェラーといったアメリカの経済専門家(資本家)集団がアドバイスしていると考えれば、納得がいく。

▼国際政治で静かに協調する米中

 最近ではアメリカは、北朝鮮だけでなく、ミャンマーの問題に関しても、中国中心の解決方法を模索している。6月28日、アメリカの国務副次官補と、ミャンマーの外務大臣が、北京で異例の直接交渉を行い、人権問題などについて話し合った。(関連記事

 これは表向き、米とミャンマーの2国間協議のように見えるが、裏では北朝鮮6者協議と同様、中国がお膳立てをしている。米ミャンマー会談の3週間前、ミャンマーの首相代行が北京を訪問し、中国政府に対し、ミャンマーの内政状態などについて説明している。ミャンマーをめぐる交渉がどう展開するか、今後の推移を見ないと確定的なことは分からないが、北朝鮮6者協議と同様、中国が中心となり、アメリカやASEAN、インド、日本など周辺諸国の代表も集まって、問題解決への交渉が始まる可能性もある。(関連記事

 クリントン政権で国務次官補や国連大使をつとめた民主党系のリチャード・ホルブルックは、6月末に発表した論文で「アメリカと中国は、外交面での静かな協調関係を達成している」と分析し、その3つの具体例として、北朝鮮6者協議、ミャンマーをめぐる協議、そして北アフリカ・スーダン南部のダルフル問題をめぐる中国の積極姿勢を挙げ、「アメリカと中国は、急速に、世界で最も重要な2国間関係になりつつある」とぶち上げている。(関連記事

 私から見るとこれらの動きは、中国がいよいよ補助輪を外し、アメリカと並んで、国際政治という名の自転車を乗り回すようになっているということだ。6月30日には、バチカンのカトリック教会(ローマ教皇)も、これまでの台湾との外交関係を絶ち、中国との関係を結ぶ用意があると表明した。(関連記事

 最近、アメリカは中国に対してだけでなく、イランに対しても、これまでの敵対から一転して、イラクやアフガニスタン、パレスチナなどの問題解決に協力してもらう存在として見なすかもしれない、という転換点に近づいている観がある。アメリカはイランにも、核兵器開発という濡れ衣を着せてきたが、それは実は、こっそりイランの国際政治力を強化するためだったのかもしれない。世界は、多極化に向けた大転換点にさしかかっているようにも見える。この件については、改めて分析したい。(関連記事



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