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テロと難民でEUを困らせるトルコ

2016年3月29日   田中 宇

 中東ヨルダンのアブドラ国王が、米国の議員団に対し「(ISISなど)テロリストが欧州に行く(テロをする)のは、トルコの政策の一部だ」と述べていたことを、英ガーディアン紙が3月25日に報道した。アブドラは訪米中の1月11日にワシントンDCで米議員団と会い、リビアにこっそり英軍の特殊部隊が千人規模で進軍していることや、イスラエルが自国国境沿いのシリア側にアルカイダ(スンニ派)の支配地域を作らせ、イスラエルの仇敵であるヒズボラ(シーア派)が自国に近づけないようにしてきたこと(この件は1年前に書いた)など、いくつもの興味深い状況を語った。ヨルダン国王が米議員団に話したことは2カ月あまり秘密にされてきたが、何らかの理由により、今回メディアにリークされた。 (SAS deployed in Libya since start of year, says leaked memo) (ISISと米イスラエルのつながり

 今週末、トルコの首相がヨルダンを訪問している。それに先立って暴露された国王のトルコ批判発言について、ヨルダン政府は誤報だと否定している。しかし、国王と会って話を聞いた米議会の有力議員たちは沈黙している。もし誤報なら、マケイン上院議員ら、ヨルダン国王との会合に出席していたおしゃべりな米議員たちが、誤報だと指摘するはずだ。米議員らの沈黙は、国王の発言が事実であることを示している。 (Jordan denies King made accusatory remarks against Turkey

 暴露報道が出たので、アブドラ国王が1月11日に米議員団に何を話したか、議員たちは詳しい内容をメディアに話しやすくなっている。元ガーディアンの別の記者(David Hearst)が書いた記事によると、昨夏にトルコ軍がシリア北部に侵攻して緩衝地帯(飛行禁止区域)を創設しようとしたのをロシアなどが止めたため、それへの報復として、トルコが難民を欧州に送り込む作戦を始めた。アブドラは米議員団に対し、トルコは石油を買ってISISを財政面で支援し続け、シリアだけでなくリビアやソマリアのイスラム過激派武装組織(テロリスト)を支援しており、トルコは世界にとって危険な存在だと国王は述べた。 (Jordan's king accuses Turkey of sending terrorists to Europe

 トルコにいたシリア人などの難民が、ギリシャなどを経由して欧州諸国に流入する今回の難民危機が昨夏に起きた当初から、トルコ当局は善意の被害者や傍観者でなく、難民危機を意図的に引き起こしている感じがしていた。ヨルダン国王の発言は、それを9ヶ月遅れで裏付けた。EUの難民危機は、トルコの仕業もしくは責任だという言い方は、陰謀論でなく事実に近いものになった。シリアを安定化するロシアの策がほぼ成功し、ISISを支援してロシアと敵対してきたトルコが窮地に陥っている今のタイミングで、ヨルダン国王の発言が暴露されるというタイミングにも意味がある。 (クルドの独立、トルコの窮地

 昨夏以来の難民危機は、トルコから欧州への流れだけでなく、リビアなどから地中海を渡ってイタリアなどに来る流れもある。地中海ルートはトルコと関係ないので、この点で難民危機はトルコの仕業(責任)と言えない。しかし、難民危機をトルコだけでなく、トルコも加盟しているNATO(と、その背後にいる米国の軍産複合体)の生き残り戦略としてとらえると、納得できるものになる。そもそもISISは、軍産が創設してトルコが育ててきたテロ組織だ。米軍(軍産、NATO)は、占領下のイラクの監獄にいたイスラム過激派(アルカイダ)たちがISISを創設するよう仕向け、米軍がイラク政府軍にあげたはずの大量の武器がISISに流れるようにして強化した。ISISがシリアに領土を拡張してからは、トルコが国境越しにISIS(やアルカイダ)を支援した。 (わざとイスラム国に負ける米軍) (敵としてイスラム国を作って戦争する米国

 そのまま事態が進むと、ISISとアルカイダ(ヌスラ戦線)はアサドを倒し、シリアはアフガニスタンのように半永久的な国家崩壊状態になっていただろう。ISISやヌスラは、トルコ軍を通じて米軍(NATO)の衛星写真情報を随時閲覧でき、シリア軍の展開を正確に把握していたので負けなかった。米軍侵攻で崩壊したイラクに続き、シリアが崩壊することは、軍産にとって米軍が中東に恒久駐留する必要が増し、米政界での権力保持に役立つ。トルコにとっては、自分たちが育てているISISやヌスラが支配することで、シリアと、イラクのスンニ地域を影響下に入れられる。エルドアンのトルコ与党AKP(公正発展党)はムスリム同胞団の系統の政党で、もしシリアでアサドが追い出され別の政権になるとしたらムスリム同胞団の政権になる可能性が高く、その意味でもトルコはシリアを傘下に入れられる。 (近現代の終わりとトルコの転換

(ヨルダンの最大野党であるイスラム行動戦線はムスリム同胞団=ハマス系の組織で、もしシリアが、トルコの肝いりで、アサド政権から同胞団の政権に替わったら、次はヨルダン王政を転覆して同胞団の政権に替えようとする動きになる。米英の傀儡国であるヨルダンの国王は、米国がアサド政権を倒そうとする動きには反対しなかったが、トルコに対する警戒感は強い。ヨルダン国王のトルコ非難の背景には、そうした事情もありそうだ)

 米軍が破壊したイラクのうち、南半分のシーア派地域はイランの傘下だが、残りのスンニとクルドの領域はトルコの影響圏に入ることになる。14年6月、ISISが台頭してイラクのスンニ派の大都市モスルを陥落させたとき、モスルを守っていたイラク政府軍は、戦わないで現場解散した。イラク政府軍はイランの影響下にあるので、当時のイランは、イラクの北半分がISISやトルコの傘下に入ることを了承していたと考えられる。 (イラク混乱はイランの覇権策?

 しかし昨年、シリア国民の助っ人としてロシアが入ってきたことで、軍産トルコに育てられたテロ組織がアサドを倒す流れは終わった。NATOがISISなどに衛星写真を渡しているのに対抗し、ロシアは昨夏から、アサドのシリア政府軍に露軍の衛星写真の随時閲覧を許した。露軍の顧問団がアサド軍の技能を向上させ、ISISやヌスラに勝てるようにした。イランも軍事顧問や民兵団を派遣してアサドをテコ入れし、露イランがシリアを守る態勢ができた。

 この展開を看過し、露イランに守られたアサドが、米トルコに支援されたISISヌスラを倒すと、イラクからシリア、レバノンまでの「中東の逆三日月地域」が米国の覇権下から離れ、露イランの傘下に転じてしまう。ロシアの台頭は、ウクライナ問題(軍産の濡れ衣的なロシア敵視策)がロシア好みに解決していき、欧州が対米従属の一環としてのロシア敵視をやめて、欧露が接近し、NATOの内部崩壊と、欧州の軍事統合、米軍産を欧州から追い出す動きが進む。トルコは、シリアやイラクに対する影響力を失い、クルド人が国家創設に動き、トルコも内部崩壊に直面する。 (米欧がロシア敵視をやめない理由

 このような悪夢の展開を防ぐため、軍産とトルコは、昨夏にロシアがイランと共にシリアへの介入を強めたのに対し、反撃として難民危機を誘発した。難民キャンプなどで難民の世話をするトルコ当局やNGOの中には、諜報機関のエージェントが入っており、彼らが難民に「キャンプが閉鎖される」とか「欧州に行くなら今だ」といった情報を流すことで、中東から欧州への大量の難民流入を引き起こせる。難民の中にはISISやアルカイダの戦士(テロリスト)も混じり、以前から欧州にいるテロ組織と合流し、軍産の都合がいい時にテロを発動できる。 (ロシアに野望をくじかれたトルコ

 大規模なテロは、政府や人々が軍部や治安部門に依存する傾向を強め、軍産を有利にする。米国の911テロ事件が好例だ。軍産の子飼いのテロリストがテロをやり、軍産が優勢になって子飼いのテロリストを増やすのが、軍産にとっての好循環(他の人々にとっては悪循環)だ。今年に入り、ロシアがシリアをうまく安定化し、国際社会でのロシアの地位が上がっている。放置すると、EUとロシアが接近していきかねない。そうした軍産にとっての危機を阻止し、EUをNATO依存・対米従属・反ロシアの側に押しとどめておくために、EUの本部があるブリュッセルで先日ISISによるテロが起きたことは好都合だった。 (911事件関係の記事

 ロシアは昨年夏からシリア政府軍をテコ入れしたが、当初は軍事顧問団の派遣と情報提供だけで、それだけでもシリア政府軍は優勢になり、シリア北部のクルド軍勢力と連携し、トルコがISISやヌスラを支援する補給路が絶たれそうになった。それを阻止するため、トルコが北シリアに軍事侵攻しようとしたため、それを阻止する目的で、ロシアは昨秋、空軍機の編隊をシリアに駐留し、トルコ国境とISISやヌスらの支配地域をつなぐ補給路に対する空爆を開始した。阻止されたトルコは(おそらくNATOや米軍産の了承のもと)反撃として昨年11月、補給路を空爆していたロシアの空軍機を撃墜した。 (露呈したトルコのテロ支援) (トルコの露軍機撃墜の背景

 しかしトルコがやれたのは、象徴的なこの一発だけだった。トルコが地上軍をシリアに本格的に派兵してISISやヌスラへの補給路を守ることはできなかった。露軍の空爆支援を受けたシリアのクルド軍(YPG)や政府軍が、北部の対トルコ国境地帯をISISやヌスラから奪還する動きが続き、トルコがテロリストを支援する補給路が次々に絶たれた。今年2月末には、YPGがトルコ国境の町タルアブヤドを奪還し、トルコとISISをつなぐ最後の補給路が途切れた。 (Russia after Turkey-Syria border closure over arms flow

 ロシアは、タルアブヤドの奪還とほぼ同時に、国連を巻き込んでシリアで停戦を開始した。ISISの弱体化を目前に、ISISに見切りをつけて露アサド側に投降する反政府武装勢力を増やそうとする目論見だった。停戦や和平交渉を進展させるため、プーチン大統領は3月中旬、シリアに駐留するロシア軍の主力部隊を撤退すると発表した。撤退したのは、必要なら数時間でシリアに戻れる空軍機の編隊だけで、高性能の迎撃ミサイルs400や戦車部隊、ヘリ部隊、軍事顧問団などは残っており、米軍は「あれは撤退じゃない」と言っている(ひそかにプーチンを応援するオバマの大統領府は「露軍は予定通り撤退している」と言っている)。 (Pentagon Contradicts White House on Russia's Syria Pullout) (中東を多極化するロシア

 昨夏以来、ロシアとトルコの戦いは、軍事だけでなく善悪のイメージ戦略や宣伝(プロパガンダ)の分野でも熾烈だ。トルコが属する軍産やNATOは、長いロシア敵視プロパガンダの歴史を持ち、米欧日の軽信的な人々を「悪いのは全てロシアだ」と思わせている。その点でトルコは有利で、出発点は「トルコ=善、ロシア=悪」だった。昨夏の難民危機をトルコのせいにする人は少なかった。

 しかしその後、昨年11月のトルコ軍機による露軍機撃墜が、トルコでなくシリアの領空で行われていたと判明したあたりから、トルコの善玉性が崩れ出した。ロシアは、宣伝面でトルコへの反撃を一気に強めた。ISISがイラクやシリアで占領した油田から採油した石油をトルコが政府ぐるみで買ってISISに資金援助し、それをNATOが黙認していることや、ISISやヌスラがシリア国境近くのトルコ領内で軍事訓練を受けていることなどが次々と暴露された。 (露呈したトルコのテロ支援) (ISIS, oil & Turkey: What RT found in Syrian town liberated from jihadists by Kurds

 最近では、ロシアのテレビ局が、ISISから町を奪還したクルド軍に案内され、ISISが事務所として使っていた場所で、ISISがトルコに石油を売ったり、トルコ側から越境してくるテロ志願兵を受け入れたりした際に残した記録文書の束を次々に見つけ、トルコとISISのつながりを暴露するドキュメンタリー番組を放映した。それによると、ISISは2月末にタルアブヤドを奪われ、直接トルコとつながる道路を失ったが、友軍であるヌスラ戦線はもっと西の地域で、まだトルコにつながる道路を支配しており、ISISはその地域に事務所を置き、ヌスラの地域を経由してトルコに石油を売り、テロ志願者を受け入れている。 (Russian Documentary Shows ISIS Documents of Turkey's Assistance) (Turkey `protects & supplies' Al-Nusra camps at its border - Syria's YPG to RT

 これまでのトルコのやり方からして、このロシア勢の報道は事実だろう。米欧マスコミは、軍産の傘下なのでこうした事実を報じず「ジャーナリズム」の機能を失い、対照的にロシアのメディアが「ジャーナリズム」の活動をやって、トルコやNATOの悪事を暴露するようになっている。昨夏までの冷戦構造的な「トルコ(NATO、軍産、米欧)=善、ロシア=悪」の構図は、ロシアの半年間のシリア軍事支援を経て、今や逆の「ロシア=善、トルコ=悪」に転換している。善悪観のプロパガンダ戦争でも、ロシアが優勢になっている。今回ヨルダン国王の発言が報じられ、トルコが意図的に難民危機やテロをを引き起こしていることが暴露されたことは「トルコ=悪」の構図に拍車をかけ、ロシアを有利にするものとなっている。 (Illegal oil traffic across Syrian-Turkish border continues - Lavrov) (`Extensive Movement of Jihadists at Syria-Turkey Border' Aided by Ankara

 トルコが引き起こした難民危機はEUを標的にしたものだが、EU自身はトルコが属する軍産やNATOの傘下から出られず、トルコを正面から非難することもできず、不甲斐ない状態になっている。難民危機の発生後、EUはトルコと交渉し、トルコに支援金を出したりトルコ人にノービザのEU入域を許すなどの好条件と引き換えに、EUにいる難民をトルコに強制送還して戻す協定を最近結んだ。EUは当初、トルコに30億ユーロの支援金を出すと提案したが、トルコはそれを2倍の60億ユーロに引き上げることをEUに飲ませるなど、やり放題だ。トルコ政府は、テロはEU自身のせいだと発言し、言いたい放題だ。トルコは、EUに意図的に難民を送り込み、テロまで誘発する一方で、EUを脅して巨額のカネをせびり取っている。まるで犯罪組織の暴力団と同じだが、EUはトルコを非難せず、脅しに簡単に屈してカネを出している。最近はブリュッセルのEU本部のすぐ近くで自爆テロまで起こされ、EUはやられっ放しの状態だ。 (Turkey blackmailing EU over refugee crisis, Czech president says) (Turkey says Brussels attacker deported in 2015, Belgium ignored warning) (Turkish Leader Says Democracy Is Officially Dead In Turkey

 EUが無力な市民なら「被害者」といえるが、EUは経済規模がトルコよりはるかに大きな超国家組織で、うまくやればトルコの悪事を阻止する方法がいくらでもある。トルコにやられてしまうEUの方が悪い。EUがトルコにやられっ放しなのは、EUが戦後の対米従属から自立する意欲が薄く、米軍産やNATOの言いなりなので、軍産NATOと結託して国際悪事を続けるトルコに対抗できないからだ。対米従属で軍産依存を続ける限り、イスラム過激派のテロをきちんと取り締まれない。すでに書いたように、イスラム過激派にテロをやらせているのは軍産(NATO)の生き残り策だからだ。 (Turkey's Erdogan Suggests Belgium's Double Standard on Terror to Blame for Brussels Attacks

 今回ヨルダン国王の発言が報じられたことは、このような不甲斐ないEUに活を入れて支援する効果がある。EUでは、英仏などの議員が、トルコがテロを支援している件をもっと問題にすべきだと言い始めている。最近はイスラエル軍の上層部でさえ、トルコを危険視し始めている。トルコが軍産(NATO)と結託し、EUの軍産からの自立を阻止する戦略として、難民流入やテロを誘発していることは、今やEU側がその気になれば簡単に事実として確定できることになっている。あとはEU上層部のやる気だけだ。 (Top Israeli general: As long as Erdogan is in power, Israel will face problems

 戦後、軍産に最も無茶苦茶にされてきたのは米国自身だ。米国の世界戦略はもともと多極型を志向していたのに、軍産によって冷戦型や単独覇権型にねじ曲げられたまま何十年もすごしている。米中枢には、世界戦略を多極型志向に戻そうとする勢力がいる。オバマや、次期大統領の可能性が高まるトランプは、その勢力の一員だ。ヨルダン国王の発言をリークして報じさせ、EUをトルコや軍産の悪事に気づきやすい状態に押し出しているのは、EUの対米自立を希望する米国の多極型志向の勢力でないかと私は考えている。 (ISIS Turkey has `serious questions' to answer

 軍産からの自立は容易でない。先進諸国の人々の善悪観を何十年も歪曲してきた彼らは、自立を試みる政治家をスキャンダルなどで無力化できる。日本は戦後ずっと軍産の傘下にいるが、ほとんどの人がそれに気づいてすらいない。軍産(とその傘下の官僚機構)の日本支配は完璧だ。欧州は日本より試行錯誤しているが、軍産からの自立はなかなか進まない。メルケルに期待してきたが、間違いだったかもしれない。しかし今回、欧州は、軍産に依存していると、難民危機だけでなくテロまで多発され、無意味なロシア制裁で欧州経済が悪化するなど、大惨事に見舞われ続けることを自覚しつつある。楽観できないとは思いつつも、欧州が軍産から自立していく日が近いのでないかと感じられる。



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