米国の政権転覆策の終わり2015年11月11日 田中 宇欧州オーストリアのウィーンに20カ国ほどの外相が集まって繰り返し開く会議で、シリア内戦の終結や、その後の中東の安定化を模索することになった。10月30日に開かれた1回目の会議には、米露中英仏の国連P5(安保理常任理事国)のほか、イラン、イラク、トルコ、サウジアラビア、カタール、レバノンなどシリア内戦に関与してきた中東諸国と、EU、ドイツ、イタリア、国連が参加した。 (Syria peace talks in Vienna - Wikipedia) 注目は、この会議にイランが参加したことだ。イランは参加しただけでなく、内戦終結後のシリアが半年間の暫定政権を経て選挙を行うという将来の日程を提案し、大筋で認められた。イランやロシアは、半年後の選挙にアサド大統領も出馬して良いという姿勢だが、米サウジはそれに反対している。その点はまだ対立しているが、その他の大筋は、米国もイラン案に反対していない。米国は、今春までイランを仇敵とみなしていたが、いまやイランがシリアの解決策を主導することを容認している。 (Syria opposition, rebel dismiss Iran idea for transition) イランが和平会議に招待され、日程案を提出して事態を主導できるようになったのは、ロシアのおかげだ。9月末以来、シリアに軍事進出して成功しているロシアが、和平会議へのイランの参加を強く求めた。イラン自身も、地上軍(民兵団)をシリアに出し、露軍の空爆支援を受けながら、シリア政府軍を援護してISISなどテロ組織と戦っている。ロシアは、イランが地上軍を出しているので、自国がシリアに地上軍を出して1980年代にアフガニスタンを占領して失敗したような泥沼に陥らずにすんでいる。その意味でイランは、和平会議に参加して主導する資格が十分ある。シリアにおいて、ロシアとイランは同盟している。 (Syria at a Crossroads) (シリア内戦を仲裁する露イラン) 露イランがシリアでテロリストを退治して内戦を終結に向かわせているため、米国は、シリア和平における露イランの主導権を認めざるを得なくなっている。10月30日の会議の共同声明には、内戦終結後のシリアの政権をシリア人自身が選挙で決めていき、外国勢が介入しないことが盛り込まれた。米サウジは、内戦後の選挙にアサドが出馬することに反対しているが、国連のバンキムン事務総長は、そうした米国の態度を内政干渉だと非難した。露イランは、アサドの出馬を認めるべきだと言っている。国連は、米国でなく、露イランの肩を持っいている。 (Ban Ki-Moon Condemns The American Stand On Syria, Endorses Putin's) フランスのフィガロ誌がシリアで行った世論調査によると「外国勢がアサドを辞めさせることをどう思うか」という質問に対し、反対が72%、賛成が28%だった。民主主義を重視する米国の建前から見ても、米国がアサドを辞めさせることは不可能になっている。 (Le Figaro poll: Over 70% want Syria's Assad to remain in power) ウィーンでのシリア和平会議は次回、11月14日に行われる。次回の会議では、シリアの反政府諸勢力のうち、どれがテロ組織で、どれが正当なものかを決める予定だ。正当な反政府組織が選定されたら、さらにその次の会議で、アサド政権と、正当な反政府諸勢力が招待され、シリアの当事者たちも参加するかたちで、内戦終結に向けた交渉が開始される構想になっている。11年の内戦開始以来、米国はアサド政権をシリアの正当な勢力として認めてこなかったが、今回の会議では、すでにアサドが正当な勢力として認められている。 (Invitation List Looms as Test for Syria Talks) (Russian FM: Negotiators Must Decide Which Syrian Rebels Are Legitimate) ロシアはすでに、国連と連絡をとりつつ、シリア反政府諸勢力のうち正当な勢力や指導者をみつくろってモスクワに呼び、アサド政権の代表者との話し合いを仲介している。モスクワに呼ばれた反政府の人々は、亡命シリア人勢力であるシリア国民会議(SNC)の現在と以前の指導者たちと、ムスリム同胞団、キリスト教徒などの諸派で、いずれも現在のシリア内戦の中で武装勢力を持っていない。武装勢力を持っている反政府派のうち、正当とみなされそうなのはクルド人(YPG)だけで、彼らはモスクワの交渉に来ていないようだが、彼らが内戦後のシリアで自治区を持つことはすでにアサド政権も認めており(ロシアが仲裁した)、あらためて交渉に来る必要がないのだろう。 (Russia Set To Host "Negotiations" Between Assad, Syrian Opposition As Iran Hardens Stance) (クルドの独立、トルコの窮地) モスクワに呼ばれたシリア反政府の勢力(というか人士たち)は、ISIS(イスラム国)やアルヌスラ戦線(アルカイダ)といったテロ組織をシリアから追い出す戦いにあまり貢献していない。内戦後、彼らはシリアに戻り、選挙に立候補するだろうが、有権者の支持をどれだけ集められるか心もとない。選挙でのアサドの優勢が予測される。 (Exclusive: Russia to propose Syrians launch 18-month reform process - document) シリア反政府勢力のうち誰が正当か、すでにロシアが決めて、着々と動いている。正当な組織として選ばれなかった勢力は「テロ組織」とみなされ、露イランと正当な諸勢力によって引き続き攻撃され、潰される。テロ組織とみなされそうな中には、米国が公式に支援してきたアルカイダ系の武装勢力が含まれている。米国は、アサド政権を倒す目的で、アルカイダ系の勢力を「穏健派」といつわり、多くの場合、組織名も発表しないで正式に支援してきた(このほかISISをこっそり支援してきた)。だが今、米国が支援してきたアルカイダ系の勢力は、ロシア主導の采配で「テロ組織」に分類され、シリア露イランの軍勢に退治される一方、アサド政権は存続が容認されようとしている。米国は、この事態を黙認するしかない。 (Syria 'terrorist' list to be drawn up at Vienna talks: Britain) (ロシア主導の国連軍が米国製テロ組織を退治する?) 11月14日の会議では、ISISが戦費調達のため、シリアやイラクの油田から石油を採掘して海外に売っているのを阻止することも議論される。イラクやトルコの27人の商人がISISから石油を買い、トルコの積出港からタンカーで海外に輸出していることが、すでにトルコの野党CHPなどの調査で明らかになっている。これまでISISの石油販売は、アサドを打倒したい米国やトルコが黙認していたため、国際的に問題にされてこなかった。今回初めて、ISISは石油販売を阻止され、戦費を失っていく見通しになった。 (Turkish, Iraqi businessmen fund Daesh by buying oil: Turkish politician) ISIS退治が米国の主導(するふり)だった従来、曖昧にされてきたこれらのことが、主導役が露イランに替わったとたん、正しく問題にされるようになり、シリアの安定化とISIS退治がきちんと進むようになった。米国やサウジは、露イランの提案に反対しているが、現場での戦闘に勝っている露イランの言うことを聞かざるを得なくなっている。 (ロシアのシリア空爆の意味) シリア内戦の戦闘も、ロシアの優勢が増している。9月末に露軍が空爆を開始してから1カ月がすぎ、反政府武装勢力の中に、露軍に対する態度を敵視から協力に変えて、ISISの動向を露軍に教えてくれる勢力が出てきている。露軍の支援を受け、シリア政府軍の士気も上がっている。 (Russia: Rival Syrian Rebels Giving Details on ISIS Targets) (Too Weak, Too Strong) シリア内戦の勝敗の分かれ目になりそうな、10月からの北部の主要都市アレッポをめぐる戦いでも、ISISやアルカイダからアレッポの奪還をめざすシリア露イラン軍の側が優勢で、アレッポの西側の郊外を奪還している。露イランは、シリアでの戦闘で優勢になるほど、和平会議でも優勢になる。 (Syrian Army Takes Control of Huge Area in Aleppo Province) (Syrian army regains control of Aleppo supply route) (勝ちが見えてきたロシアのシリア進出) 今回のシリア和平会議に関して興味深いもう一つの点は、米オバマ政権が、この会議の開催を強く希望したことだ。オバマはケリー国務長官をロシアに派遣し、プーチンに、シリア和平会議を早く開いてくれと要請した。ロシア主導で和平会議をやったら米国に不利な展開になることが明白だったのに、オバマはそれを望んだ。米国務省の高官(Tom Shannon)は議会に対し「ケリーは、アサドに辞任を迫るよう、露イランを説得するためにウィーンで会議を開くのだと説明したそうだが、これは露イランの姿勢を大きく見誤っており、馬鹿げた説明だ。 (Kerry seeks to test willingness of Russia, Iran to nudge Assad out) (Putin Makes Obama an Offer He Can't Refuse) (ロシアに野望をくじかれたトルコ) 米国は、ロシアに和平会議の開催を勧めて自国を不利にするのでなく、逆に、トルコやサウジといった親米諸国を欠席させて和平会議を頓挫させ、ISISやアルカイダへのテコ入れを強めてシリア内戦を長引かせ、シリア露イランの軍勢を疲弊させ、シリアをロシアにとっての泥沼の「第2のアフガン」にすることも可能だった。米国が、それを試みて失敗しても、自国への被害は少なかった。だが実際のところ米国は、全く逆に、ロシアに和平会議の主催を勧め、トルコやサウジに会議出席の圧力をかけた。 (Vienna-2 Talks on Syrian Reconciliation 'Real Breakthrough' - Moscow) (Moscow needs an exit strategy for its Syrian quagmire) しかも米国は、同盟国であるトルコのエルドアン政権を怒らせたいかのように、トルコが仇敵とみなすシリアのクルド軍(YPG)に50億ドル相当の巨額な軍事支援を行い、50人の米特殊部隊を顧問団としてYGPに派遣した。YPGは、シリアでISISを打破できる数少ない勢力の一つで、ISISの「首都」であるラッカの攻略を予定している。「米国は、ISISとの戦いの功績をすべて露イランにもっていかれることを防ぐため、露イランの傘下の外にいるYPGを支援することにした」という説明が出ている。だが、そもそもISISは米国(軍産)に支援されて強くなったのであり、この説明も馬鹿げている。米国は実質的に「親ISIS、親トルコ」から「反ISIS、反トルコ」に転じている。選挙に勝ったエルドアンは今後たぶん、目立たないように米国から距離を置き、ロシアに接近するだろう。 (With Anti-ISIS US Troops In Syria, What Is The Strategy To Win Back Raqqa From The Islamic State?) (U.S. troops in Syria expected to have little impact on fight against IS) 米国がアサド政権を転覆する構想は、完全に崩れた。対照的に、国際社会でのロシアの威信は大幅に上がった。今後、国際社会の意志決定において、ロシアや、その事実上の同盟国である中国が反対した案件は、たとえ米国が強く推進しても実現しないだろう。これは米国が、冷戦後ずっと保持してきた「米国に楯突く国々はすべて、軍事を背景とした力で政権転覆する」という方針(ウォルフォウィッツ・ドクトリン、単独覇権主義)を継続できなくなったことを示している。地政学に詳しいウィリアム・エングダールがそのように分析している。 (Russia's Awesome Responsibility - F. William Engdahl) (Putin Has Just Put An End to the Wolfowitz Doctrine) (Wolfowitz Doctrine From Wikipedia) ブッシュ前大統領が、02年の年頭教書演説で政権転覆を予告した「悪の枢軸」のうち、イランはすでに米国に許され、今回シリア内戦でロシアと組んで成功し、国際影響力を大きく蘇生させている。イラクは政権転覆されたが、逆にそれがゆえに(国民の大半を占めるシーア派の国に転じて)イランの傘下に入り、イランに漁夫の利を与えている(米国はイラクの石油利権を全く得られなかった)。北朝鮮は、中国が最も影響を持つ国になり、米国が転覆できる国でなくなっている(これも米国が6カ国協議の主導役を中国に押しつけたからだが)。 (対米協調を画策したのに対露協調させられるイラン) (北朝鮮問題で始まる東アジアの再編) 先日、パパ・ブッシュが、次期大統領選挙で息子の一人であるジェブ・ブッシュを有利にするためか、時点執筆を機に、ジェブの兄のジョージWが宣言してブッシュ家の汚名の一つになった悪の枢軸を批判する発言を放っている(息子でなく、チェイニー副大統領らのせいにした)。パパは、イラク侵攻にも反対を表明していた。単独覇権主義は次々と「失敗」の烙印を押されている。 (George H.W. Bush criticizes son's `axis of evil' policy speech) (Papa Bush blames Cheney and Rumsfeld to help son win White House: US journalist) そのほか、米国に敵視されていたアフガニスタンのタリバンは、パキスタンや中国の仲裁で、アフガン政府との和解交渉に入っている。昨今のアフガニスタンで最大の「悪者」は、タリバンでなく、国境なき医師団の病院をわざと空爆し、逃げる人々を空から撃ち殺した米国である。もう一つ米国に嫌われていたミャンマーの軍事政権は、米国より中国の影響力がはるかに強くなり、中国の無言の監督のもと、総選挙で平和理に政権交代しようとしている。 (MSF says some Afghan hospital staff were gunned down by US planes) (ミャンマーの開放) (中国の傘下に入るミャンマー) おそらく今後、米国がどこかの国の政権を、武力や反政府扇動によって転覆させることは、もうないだろう。米国は今後も反米政権の転覆を試みるだろうが、露中などの抑止によって成功しなくなる。露中の動き(と、露中を押し上げたオバマらの動き)により、世界は、少しましな状態になりつつある。対米従属の日本政府は、集団的自衛権の拡大によって、自衛隊が米国の政権転覆戦争(戦争犯罪)に参加できる新態勢を作ったが、米国がもう政権転覆をしないなら、日本が新たな戦争犯罪を犯すことも避けられる。日本は(大嫌いな)露中によって救われている。日本万歳。 (露中主導になるシリア問題の解決) (中露の大国化、世界の多極化) (多極化への捨て駒にされる日本) 米欧日のマスコミ(軍産傘下)は、ISISが仕掛けた爆弾で、ロシアの旅客機がエジプト上空で爆破されたテロを、ロシアがISISに負けているかのような印象を醸し出す目的で喧伝している。またNATOは「史上最大級」の軍事演習をロシア国境近くで実施している。いずれも、米国覇権の低下とロシアの台頭を隠すための目くらましだ。軍産の側は、プロパガンダをまき散らすぐらいしか、反攻する手段がない。 (Prepping for "Hybrid War" with Russia: NATO Holds Biggest Military Exercise in 13 Years) (NATO Begins Dress Rehearsal for Europe-wide War) 米国は露中を倒せず、逆に露中の言うことをある程度聞かねばならなくなっている。国際社会で米国が弱くなり、露中が強くなる中で、世界の多くの国が、対米従属を弱め、露中との関係を強める傾向になる。この傾向がどの程度の速さで進むか、今後まず注目されるのは、インドと欧州の動きだろう。BRICSの一角であるインドは、中露同盟体の上海協力機構に入ることになったが、いまだに中国と関係改善していない。 (インドとパキスタンを仲裁する中国) 欧州(EU)の盟主であるドイツのメルケル首相は、先日米国のフォーブス誌から「世界で2番目に強い指導者」に選ばれた(1番はプーチン、3番がオバマ)。難民問題やユーロ危機でいつまでも米国勢に揺さぶられるEUのドイツが、米国より強いというのは、どうもピンとこないが、今後の展開を見越しての選定なのだろう。フォーブス誌の目利きが正しいなら、今後、米国より強くなって国際的な行動の自由を得たドイツが、戦後の対米従属から離れてロシアと再同盟する展開があり得る。 (Forbes: Merkel now more powerful than Obama) (Russia's Putin most powerful man in the world: Forbes) 中東では、サウジアラビア国王が年内にロシアを訪問する見通しが強まっている。サウジはしずかに米国から離れ、ロシアに接近している。イスラエルの学者(アラビア語専門、元モサド)は、サウジがロシアと同盟を組む気だと分析している。イスラエル自身、米国からカネをふんだくり続けながらロシアと組むにはどうしたら良いか、考えているところだろう。このあたりについてはあらためて書きたい。 (Op-Ed: The Russian Bear has joined the cardgame in the Middle East) (米国を見限ったサウジアラビア) (Netanyahu's Demands for More US Aid Grow Ahead of White House Talks)
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