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中露を強化し続ける米国の反中露策

2015年10月13日   田中 宇

 9月29日、米国と中国の金融システムに大転換を引き起こしかねない決定を、米国ニューヨークの連邦地裁が行った。高級かばんメーカーのグッチが、中国のニセブランド品製造会社を相手にNYで起こした裁判で、ニセブランド品を米国で売った代金が中国の大手国有銀行「中国銀行」(世界第5位の資本時価総額)の在米支店の口座を経由して中国に送金されているとのグッチの主張に基づき、NYの地裁が中国銀行に対し、該当の銀行口座に関する資金の動きを地裁に開示するよう命じた。 (Bank of China ordered to release counterfeiters' records

 中国側が問題の口座情報をすんなり出すなら、この件は政治的に小さな話だ。しかし、中国銀行の所有者である中国政府は、要求に応じると、政府自身がこの裁判に巻き込まれるため、主権侵害の懸念を理由に応じないと予測されている。以前、同様のニセブランド裁判を中国の業者を相手に起こしたティファニーは勝訴したが、被告の業者が中国にいて米国の裁判所の出頭命令や支払い命令に応じないため、ティファニーは判決に書かれた損害賠償金を全く獲得できなかった。ティファニーの裁判は中国政府と無関係に進んだが、もしグッチの裁判で、中国政府が銀行情報を開示した上でグッチが勝訴したら、次は米裁判所が中国政府に、中国銀行の該当口座の資金を差し押さえてグッチにわたせと命じかねない。こうなると国家間の政治問題になってしまう。 (Bank of China ordered to release counterfeiters' records

 中国銀行は、口座情報の開示を拒否し、この件を米国の上級審に抗告した。もし上級審も地裁の肩を持ち、中国銀行が開示を拒否し続けると、NYの地裁が中国銀行を法令違反とみなし、米国での銀行免許を無効にする決定を下すかもしれない。米政界は中国敵視派が多いので、米議会などで「やっちまえ」という主張が席巻するだろう。ドルの国際決済はすべてNY連銀を経由するので、米国での銀行業務を禁じられると、中国銀行はドル建て決済が非常にやりにくくなる(同行はかつて中国唯一の外国為替専門銀行で、外貨取引を得意としてきた)。 (The US Government Just Crossed The Rubicon

 米政府は2005年、北朝鮮のニセドル札事業や資金洗浄に協力したとして(米国が濡れ衣をかけていた)中国政府の管轄下にあるマカオのデルタ銀行に米国との金融取引を禁じ、中国銀行にも同じ容疑がかけられた。この時、中国政府はデルタ銀行の濡れ衣を解き、中国銀行への嫌疑を晴らすため、2年近く低姿勢で米国と交渉せねばならなかった。 (北朝鮮制裁・デルタ銀行問題の謎

 しかし、それから10年たった今、ドル建て決済に対する中国の姿勢はかなり変わってきている。05年は、まだ中国の貿易決済はドル建てが圧倒的に多く、ドル建て取引を禁じられることは中国の銀行にとって死活問題だった。だが今、中国は人民元建ての貿易決済を増やすことに力を入れ、BRICSでは決済の非ドル化が進んでいる。先日は全世界に占める決済の比率で、人民元が円を抜いて、ドル、英ポンドに次ぐ第3の決済通貨になった(まだ2・8%にすぎないが)。来年には、元がIMF公認の基軸通貨(SDR構成通貨)になるだろう。 (Renminbi overtakes Japanese yen as global payments currency) (China's renminbi creeps closer to global reserve status) (人民元のドル離れ

 中国は先日、中国の38の銀行と140の外国銀行を網羅して元建ての国際決済システム(CIPS)を立ち上げ、ドルでなく元で決済する国際体制を強化した。まさに、それと同期するかのように、米国の裁判所が中国銀行を米国から追い出すかもしれない開示命令を下した。中国政府は、元建て決済を早く増やし、中国の方からドル建て決済が要らないと言える状態を作る必要性をあらためて感じているはずだ。そもそも中国政府に、早く元建て決済を増やしてドル離れしなければならないと思わせたきっかけの一つは、10年前のデルタ銀行事件だった。 (China Launches Yuan-Based International Payment System

 米国が中国を困らせようとして、中国の銀行によるドル建て決済を制限するほど、中国は元建て決済に力を入れ、ドル離れに向けて努力する。米政府は、中国ががんばって元を強化することを後押ししているかのようだ。ドルの決済が以前のように便利なままだったなら、中国は、人民元の国際化を急がず、貿易決済がドルのままでかまわないと考えただろう。米国が中国に意地悪してドル決済をやりにくくするので、中国は元の国際化、基軸通貨化を急がざるを得ない。米国自身の戦略が、ドルの潜在的な地位低下と、基軸通貨の多極化を引き起こしている。 (世界に試練を与える米国

 昨年夏には、フランスのBNPパリバ銀行が、イランやキューバの経済制裁を迂回したドル資金調達に協力した疑いを米政府に持たれ、史上最大級の罰金を支払った。イランやキューバとの資金取引は、米国で違法だがEUでは合法だ。フランスは米国のやり方に怒り、財務相がドルでなくユーロ建ての貿易決済を増やさねばならないと発言した。その後、米国はイランともキューバとも和解している。パリバ事件はフランスに対する嫌がらせだった。EU諸国は、米国を信用できない覇権国と感じ、ドル建ての国際決済をできるだけ減らしてユーロや人民元で決済しようとしているが、これは米国自身が引き起こした問題だ。 (米国自身を危うくする経済制裁策) (茶番な好戦策で欧露を結束させる米国

 軍事の面でも、米国が中国に嫌がらせをするほど、中国は米国の覇権を崩す多極化を推進し、中国敵視が米国の覇権の寿命を不必要に縮める効果を生んでいる。米軍は最近、中国が埋め立てた南シナ海の南沙群島の岩礁(人工島)から12海里以内に軍艦を派遣すると発表した。国際法上、岩礁は領土でないので12海里以内を「領海」とする国際法が適用されない。米国はこの規定を使い、中国が埋め立てた岩礁のすぐ近くに軍艦を派遣しても領海侵犯にならないと言っている。中国は、埋め立てたのは岩礁でなく「島」なので領海が存在し、米国は違法行為をしようとしていると非難している。同様の件で、今夏には米軍機が中国の人工島近くの「領空」を意図的に侵犯している。米軍艦が中国の人工島の近くまで行って何をするわけでもないので(撮影するぐらい)これは中国に対する嫌がらせ、敵意を誇示する行為だ。 (In Major Escalation, US To Sail Warships Around China's Man-Made Islands In South Pacific) (南シナ海の米中対決の行方

 最近の記事に書いたように、ロシア軍がシリアに進出してISIS(イスラム国)などテロ組織を空爆して短期間に成果を上げ、米国がこれまで意図的にシリアでのテロ退治を怠ってきた疑いが強まったことを機に、ロシアや中国、イランなど非米諸国の国際的な威信が強まり、米国の威信が低下している。その中で、中国はロシアやイランよりも対米敵視が弱く、しかも中国は経済面からロシアやイランの手綱を握っている。米国は、中国と協調する姿勢をとれば、中国に、イランやロシアをある程度抑止してもらえる。 (負けるためにやる露中イランとの新冷戦

 ところが実際に米国がやっていることは正反対で、中国の主席が米国を訪問して米中協調の雰囲気が作られてから2週間もたたないうちに、米国は南シナ海の問題を蒸し返し、敵意を誇示するために中国の人工島に軍艦を派遣しようとしている。こうした行為は、中国をロシアやイランの方に押しやり、米国の覇権の寿命を自ら縮めている。 (プーチンを怒らせ大胆にする) (プーチンに押しかけられて多極化に動く中国

 米国の議会やマスコミではロシア敵視が席巻している。だが米政府はシリア問題で、ロシアを敵視しているように見えて、実は敵視していない。オバマ大統領は、米国が敵視するアサドをロシアが支援してシリアを空爆していることを黙認し、ロシアとことを構えない「戦略的忍耐」の姿勢だ。オバマの側近の間からは、アサドを倒すのはもう無理なので、シリアから米軍を撤退し、ロシアやイランに後始末を任せるのが良いという提案すら出ている。これは米国が、シリア、レバノン、イラク、イランなどに対する支配権を露イランに渡してしまう「覇権の譲渡」を意味している。 (Obama avoids a showdown in Syria) (Obama Advisors Recommend US Military Withdrawal From Syria

 シリア空爆以来、イラクでもプーチンの人気が高騰し、精密誘導ミサイルをシリアに飛ばせるロシアの軍艦がペルシャ湾に入ったが、これと前後して米国の空母が「整備のため」と称してペルシャ湾から出ていき、イラン核問題が激化し始めた07年以来8年ぶりに、米軍の空母がペルシャ湾内に一隻もいない状態になった。 (US pulls aircraft carrier out of Persian Gulf as Russian ships enter) (Popularity of 'Putin the Shiite' sky high in Iraq

 米国がイランやロシアに譲歩するので、サウジアラビアなど湾岸アラブ諸国やイスラエルなど中東の親米諸国は、米国に対する懸念や不安を強めている。こんな時こそ、米軍がペルシャ湾に空母を配備し続けていることが、サウジなどにとって心強い支えになる。しかし、まさにそうした正念場に、米国は空母をペルシャ湾から引き上げてしまった。馬鹿じゃないの?、という感じだ。 (Why did US Navy pull US Aircraft Carrier out of Persian Gulf?

 シリア国営通信SANAによると、10月10日に米軍機がシリアを領空侵犯し、北部の大都市アレッポの2つの発電所を空爆した。アレッポ市民は今後ずっと、電気のない生活を強いられることになる。ロシア軍がアサド政権に依頼されて合法的にテロ組織の拠点を空爆して成果をあげている時に、米軍は違法に(アサド政権の了承を得ず)シリアの発電所を空爆し、市民生活に大打撃を与えている。シリアから欧州への難民の流れは、米国の戦略によって作られている。これでも米国が「善」でロシアが「悪」であると、日本の対米従属派たちは言うのだろうか。 (Two US led Coalition F16 Aircrafts Violate Syrian Airspace, Target Electric Power Plants in Aleppo) (As Russia Bombs ISIS, US Bombs Syrian Civilian Power Stations) (多極化の申し子プーチン

 米国防総省は、ISISが新品のトヨタ製のトラックを大量に持っているので、ISISがそれらをどこから得たのか不審に思い、日本のトヨタ自動車に、心当たりがないかどうか尋ねた。テロ支援者の濡れ衣をかけられかねないトヨタは「全く心当たりがない」と急いで答え、この件は「迷宮入り」しそうになった。その後、実は、米国の国務省がアサド政権打倒策として昨年「穏健派」のシリア反政府勢力(FSA)に公費で買い与えてシリアに送り込んだ大量のトヨタ車が、そっくりISISにわたっていたことが明らかになった。そもそもFSAは、シリア国内に勢力をほとんど持っていない亡命組織だ。大量のトラックがシリア国内に届いた瞬間にISISかアルカイダの手に落ちることは事前にわかっていたはずだ。 (The Mystery of ISIS' Toyota Army Solved) (シリア内戦を仲裁する露イラン

 刑法の用語で「未必の故意」というのがある。プロは、自分の仕事の基本的な部分について長年の訓練を重ねており、プロがあまりに基本的な失敗をすることは、絶対失敗したくないのに失敗したのでなく、失敗するかもしれないとうすうす感じていたのにそのままにして失敗した「うすうすの故意」だという見方だ。未必の故意は「故意」に近い罪が適用される。米国が、テロリストにわたる可能性が高いのに大量のトヨタ車をシリアに送り込んだのは、未必の故意(もしくは故意)のテロ支援である。米国は少なくとも「未必のテロ支援国家」である。サウジなど湾岸アラブ諸国の対米不信が強まることが明らかなのにペルシャ湾から空母を撤退したのも、未必の故意の戦略失敗だ。米国の軍事外交(や経済)戦略は、この手の未必の故意的な失策に満ちている。失策は01年の911事件後に増え、最近さらに急増している。 (わざとイスラム国に負ける米軍) (露呈するISISのインチキさ

 トルコは、NATOを通じて米国の大切な同盟国だが、ロシアのシリア空爆で急速に不利になっている。露軍のシリア進出は、シリアやイラクのクルド人を有利にし、トルコからの分離独立をめざすクルド人を強化し、トルコの与党の窮地と国家的な混乱、内戦の危機を生んでいる。トルコは軍隊をシリアに侵攻させせることを企図し、クルド人を攻撃してシリアのクルド人が準独立国家を作ることを妨害しようとした。そこに露軍の戦闘機が10月5日に飛んできてトルコの領空を侵犯することで、トルコ政府に「シリアに侵攻すると、おれたちと戦うことになるぜ」と警告し、トルコに侵攻を思いとどまらせた。 (Putin's "Endgame" in Syria) (クルドの独立、トルコの窮地) (多極化とTPP

 トルコは、シリアでクルド人が準国家を創設し、トルコのクルド人の独立心が扇動されるのを看過せざるを得なくなった。そんなトルコの傷口に、米国が、さらに塩を擦り込んでいる。オバマ政権の国防総省は先日、穏健派シリア勢力を訓練支援する策が破綻したので中止し、今後は代わりにシリアのクルド人組織を軍事支援すると発表した。トルコは米国に対し、大きな失望を感じている。同盟国のトルコがクルド人の伸張で困っているときに、クルド人への軍事支援を発表する米国は、軍事外交のプロとしての基本を欠いた失策をしている。同盟国に対する未必の故意的な敵対策である。 (Ashton Carter: U.S. to end Syrian rebel training program, instead will work with Kurds

 ロシアのプーチンは、露軍がシリアに地上軍侵攻することはないと断言している(地上軍はシリア政府軍と、イランやヒズボラなどシーア派が担当する)。露軍シリア進出の「アフガン化」の懸念はなくなった。プーチンは、露軍のシリア進出は、今春から夏にかけてISISなどに負けて崩壊しかけていたアサド政権を軍事支援して蘇生させ、アサドをシリア国内で有利な立場に戻したうえで、アサドと反政府各勢力の間で、内戦終結と国内安定に向けた政治交渉を再開するのが目的だと言っている。シリアを安定させるには、プーチンが提案した方法が最も早道だ。ロシアは世界平和に貢献し、米国は世界平和を壊している。国際マスコミは、善悪を歪曲している。BRICSや欧州の多くの人々が、すでにそれに気づいている。米国の人々も、いずれ気づくだろう。対米従属の官僚独裁に洗脳されてきた日本人の大多数は、最後まで気づかないかもしれない。 (Putin: Russia has no intention of mounting Syria ground operation, wants to see political compromise) (ロシア主導の国連軍が米国製テロ組織を退治する?) (ロシアのシリア空爆の意味

 今後、米国の覇権の崩壊を決定的にするであろう分野は、軍事や外交でなく、金融、財政、通貨などの経済面である。中東で米国に代わって露中イランなどの影響力が増す軍事外交面の転換は、ゼロ金利策やQE(量的緩和策)による米国中心の債券金融システムの延命が行き詰まっている経済面の転換と並行して起きている。この並行性が重要だ。経済面の行き詰まりについては少し前に書いたが、また次回に書くつもりだ。 (米金融財政の延命と行き詰まり) (不透明が増す金融システム



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