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金暴落はドル崩壊の前兆

2015年7月25日   田中 宇

 7月20日、国際金相場が暴落した。国際的な金地金市場は、毎日時間とともに主導的な取引市場が移動していく(各市場とも夜に市場が開いていても取引が減るので)。7月20日、中国の上海金市場が午前9時半(中国時間)に開いて主導的な市場が米ニューヨーク(グローベックス)から上海(香港)に移動する1分前の午前9時29分、先物市場で地金5トン分(13億ドル分)の先物が売られた。金相場は、瞬時に4%暴落し、数年来の下値線である1オンス=1080ドルまで落ちた。金だけでなく、銀やプラチナなど、貴金属相場の全体が急落した。 (Midnight witness tracks Gold crash

 金先物市場は匿名で取り引きされるため、売り手が誰だったかわからない。当初「中国勢が上海市場で売った」とロイターなどが報じたが、売りが出たのが上海市場が開く前だったと判明すると、米国勢が中国勢のふりをしてNYで売ったという説が大勢になった。米金融界は以前から、ドルや米国債の延命のため、ドルの対極に位置する金地金の相場を先物を使って大幅に下落させ、人々がドルや米国債を見捨てて金地金に資金を移すのを阻止する策を続けてきた。 (The Hunt For The "Mystery" Gold "Bear Raid" Leader Begins) (操作される金相場) (通貨戦争としての金の暴落

 米欧マスコミでは7月に入り、地金相場の下落傾向を受けて、人々に金投資をやめさせる方向の、地金に投資してもダメだと読者を説得する記事を出すようになっていた。今回の暴落の3日前の7月17日にはWSJ紙が「地金投資は、1970年代に米国で流行った『ペットロック』(幸せをもたらす石)に対する信仰と同様、無根拠な迷信だ」とする記事を出した。7月20日の暴落以後、金相場は二度と上がらないと言いたげな記事が目立っている。 (What Happened The Last Time The Mainstream Media Unleashed The Anti-Gold Artillery) (Let's Get Real About Gold: It's a Pet Rock) (Why gold is falling and won't get up again

 金相場の急落を受け、中国やインド、米国などで、安値感が出た金地金の現物に対する需要が急増した。豪州の金貨の需要は4割増になった。今回の下落は、これで終わりなのか?。価格が下がり、需要が急増すると、一般の商品の場合、また価格が上昇傾向になる。しかし金市場は、現物の需要がいくら増えても、米金融界が債券発行で作った資金を金先物市場に売り浴びせることで、現物の価格を含む相場が、簡単に急落する。金融界がその気になるだけで、金相場は底割れして下がる。7月20日以来の数日、金相場は、以前の1100ドル台に戻そうとする買い勢力と、1080ドル以下に落とそうとする売り勢力がもみ合っている。 (Gold Smash Leads to Surge in Demand For Coins, Bars Around World

 ゴールドマンサックスは、1オンス=千ドルを割ると予測している。マスコミでは、今後の下値について950ドル、850ドル、800ドルなど、いくつもの悪い「予測」が飛び交っている。 (Gold: Flight from safety) (The Price Of Gold Gets "Curiouser And Curiouser!"

 これらを「ドル延命のための金融界のプロパガンダ」と見なせないこともない。だが、以前からドル崩壊と金地金の復権を予測してきた、リバタリアンの精神的指導者、ロン・ポール米元下院議員は、今回の暴落の10日前の7月9日に「金地金が輝くのは、ドルが不換紙幣であることが完全に露呈した後だ」と述べている。今後、米国の株価や債券バブルが再崩壊し、ドルと米国債の基軸性が失われた後にならないと、金相場は上昇しないという予測だ。米国のバブル崩壊の兆候はまだない。金相場の再上昇はかなり先の話で、それまではドル延命策としての金下落傾向が続きそうだ。 (Ron Paul: First the dollar goes the way of all fiat. Only then Gold will shine) (Ron Paul warns of coming stock market chaos as bottom falls out of market

 金地金を擁護する投資家のピーター・シフも「ドルが、円やユーロよりひどい状態になり、人々が地金以外の投資先を失った時に、金地金が再び輝き出す」と、ロンポールと同様のことを述べている。 (Gold: Flight from safety

 米連銀の元議長のアラン・グリーンスパンは昨年末、5年以内にドルが崩壊して金地金の価値が上昇するという予測を発した。この予測の後、金相場はあまり上がらず、最近になってむしろ急落している。グリスパの予測は間違いだったのか?。いや、そうではない。債券金融システムや米経済をめぐる状況は最近、悪化の傾向が加速している。5年以内のドル崩壊や金地金の高騰は、十分にあり得る。グリスパが予測を発してから、まだ半年しか過ぎていない。 (陰謀論者になったグリーンスパン) (金融危機を予測するざわめき

 米欧日のマスコミは、中国の経済が悪化して、その分、米国の覇権が存続すると喜んでいるが、実のところ、中国経済の悪化は世界経済の悪化だ。経済が悪化しているのは中国だけでなく、世界的な傾向だ。世界的な建設事業の動向が業績に反映される米建機メーカーのキャタピラー社は最近、世界経済が急速に減速し、世界不況といえる事態に近づいていると指摘した。世界の貿易額は、08年のリーマン危機後の大不況以来の、ひどい落ち込み(約2%減)になっている。 (Capital exodus from China reaches $800bn as crisis deepens) (Forget Recession: According To Caterpillar There Is A Full-Blown Global Depression Caterpillar) (World Trade Drops Most Since Financial Crisis

 統計上、米国の雇用は回復していることになっているが、これは統計上「失業」の範疇に入る人を意図的に減らした結果であり、実際の雇用市場の大きさを示す労働参加率は非常に低い水準が続いている。実際の雇用が改善していないので、米国の中産階級やそれ以下の人々は貧困がひどくなり、米国の消費は前年比マイナスの状態が続いている。消費は米経済の7割を占めるので、米国のGDPも、粉飾を取り除いた実質はゼロかマイナスだ。平均的な米国民の生活はこの数年、悪化し続けている。実体経済の悪化を無視した株や債券のバブル膨張が続かなくなると、金融崩壊が起きる。 (Summer Slump: Americans Aren't Spending) (Shock of Slow Decline: "Economic Conditions Substantially Worse Than During Last Crisis") (米雇用統計の粉飾

 米国のIT株はアップルだけに支えられてきた。業界全体では減益傾向だ。アップルも業績が投資家の予測を下回っており、アップル株がコケるとIT株バブルの再崩壊が起こりうる。しだいに多くの「専門家」が、株価が経済の実態とかけ離れて高いことを認めている。 (Apple feels $30bn pinch from investors' ever-rising expectations) (SocGen Admits Markets Are Completely Manipulated

 米国では、シェール石油産業の債券破綻の懸念も増している。核開発の濡れ衣を解かれ制裁解除されるイランからの石油ガスの供給増や、サウジアラビアのさらなる原油増産により、石油ガスの国際価格の安値がまだまだ続きそうだ。先進諸国機関のIEAは、イランが予想以上に早く産油量を増やすだろうと警告している。また、イランがこれまでの制裁期に輸出できなかった5千万バレルの原油を無数の巨大タンカーに入れてペルシャ湾に浮かべて秘密裏に備蓄しているとの指摘も、イスラエルから出ている。 (History Shows Iran Could Surprise the Oil Market) (Iran is hiding 51 million oil barrels at sea, Israeli startup says

 昨秋から原油安攻勢をかけているサウジの目的は、米国のシェール石油産業を経営破綻させ、サウジ不要論を豪語する米国に報復することだ。今のような原油安値がさらに続くと、産油コストが高い米シェール産業は赤字が増大して連鎖倒産する。米シェール最大手のチェサピーク・エナジーは最近、減益分を穴埋めするため、今年の株式配当をやめて資金を節約することを決めた。 (Chesapeake Energy Scraps Dividend Amid Oil And Gas Plunge) ("Far Worse Than 1986": The Oil Downturn Has No Parallel In Recorded History, Morgan Stanley Says) (米サウジ戦争としての原油安の長期化) (米シェール革命を潰すOPECサウジ

 米国のシェール革命は、石油ガス業界でなく金融業界の発案だった。米金融界がゼロ金利状態を利用してシェール業界の債券を低利で発行し、資金コストが安いので、採掘コストが高くて薄利なシェール採掘でも儲かるというのが、米金融界のシェール革命のシナリオだった。しかしここ数カ月、米連銀の「利上げ」喧伝で債券全体の金利が上昇傾向にある上、原油安の長期化で投資家がシェール産業の経営破綻を懸念して高い利回りを要求するようになった。石油ガス産業は、毎年4月と10月に金融界から利回りを再査定されるが、今年10月の再査定でシェール産業の調達金利のさらなる上昇が必至だ。米当局は銀行界に対し、シェール産業を無理に延命させず、リスクを正しく評価するよう求めている。 (Wall Street Lenders Growing Impatient With U.S. Shale Revolution) (シェールガスの国際詐欺

 石油ガス産業の債券は、米国の高利回り債の市場全体の4分の1を占める。原油安で赤字のシェール産業が次々と債券を償還できなくなると、07年夏のサブプライム住宅ローン債券の連鎖破綻と似た債券危機が起きる。いったんその手の危機が起きると、リーマン危機の規模に急拡大する可能性が高い。サウジは、そうなるまで減産しないし、ロシアやイランも、米国を潰せるなら喜んでサウジの原油安に協力する。 (Shell Warns, Oil Price Recovery To Take 5 Years) (Oil price could fall further, warns International Energy Agency) (世界金融危機のおそれ

 米国では、州や市町など、地方財政の危機もひどくなっている。特にひどいのが公的年金の赤字増だ。IMFは最近、米国の(公的)年金基金がこれまでの運用損を挽回しようと高リスクの投資を増やして金融バブルをさらに膨張させ、バブル崩壊を早めそうだと警告している。米国の年金基金は、リーマン危機後の不況で、保有する株式の配当減などから運用利回りが低下している。 (IMF warns pension funds could pose systemic risks to the US

 米国の公的年金基金は、運用利回りの悪化で、今後支払うべき年金の総額が、基金の総額を恒常的に超え、債務超過になるところが増えている。公的年金が債務超過になった場合、年金加入者の母体である州や市町が、公的資金(税金)を使って穴埋めすることになっているが、州や市町の多くは財政難で、税金による補填は政治的にも不人気なため、多くの場合、債務超過が放置され、悪化している。調査機関(Pew Charitable Trusts)によると、全米各州の公的年金の債務超過の総額は約1兆ドルだ。イリノイ、ケンタッキー、コネチカットの各州では、債務超過額が資産総額を超えている(将来的に支払うべき年金総額の半分以下の資産しか持っていない)。 (The U.S. is facing a $1 trillion pension shortfall) (Pew report: US unfunded public pension liabilities hit $1 trillion

 債券格付け機関ムーディーズの試算では、各州の公的年金の債務超過の総額が、1兆でなく2兆ドルだ。各州は、公的年金の赤字を問題にしたくないので、年金基金に、損失がを少なく見せる粉飾決算をさせている。ムーディーズは公債の格付け機関として各州の公的年金を含めた財政状態を正しく把握する必要があるとして、粉飾決算を是正して概算しなおしたところ、赤字総額が2倍になった。全米各州はムーディーズの指摘を無視し、年金の決算方法を変えることを拒否している。 (Plans Face $2 Trillion Shortfall, Moody's Says

 米国では準州(自治連邦区)のプエルトリコが財政破綻しており、その影響で米地方債の金利が全体的に上昇傾向にある。地方債の悪化は、シェール石油債券の悪化とともに、米国の債券金融システムの痛みを拡大している。 (Why The Puerto Rico Debt Crisis Is Such A Huge Threat To The U.S. Financial System

 州や市町の公的年金の欠損は、州や市町自身が穴埋めできない場合、米連邦政府に最終的な穴埋めの責任がある。しかし、連邦政府も財政難だ。政府や連邦議会は「連邦に頼らず、年金の運用利回りを何とか引き上げろ」に各州などに圧力をかけている。この圧力が、公的年金に高リスクの投資をさせることにつながり、米国のバブルの膨張と破綻の早まりにつながるとIMFが警告している。公的年金、官制健康保険の赤字など、最終的に連邦政府に穴埋め責任がある負債を、顕在的な財政赤字と合算すると、米政府の赤字総額はGDPの5倍(66兆ドル)になると、著名な経済学者のコトリコフが以前から指摘している(1-2兆ドルと66兆ドルでは桁が違うが)。 (アメリカは破産する?) (When It Comes To Total Debt, Greece Is Not That Much Worse Than France (Or The USA)

 米国の雇用統計が粉飾であることも、米国の中産階級が崩壊しつつあることも、シェール産業の債券の危険性も、米国の地方財政の危険性も、すべて以前から指摘されていた。少なくとも私の読者にとって、目新しいテーマではないだろう(世界不況が再発しそうなのは新しい話だ)。しかし、これらのすべてが悪化の傾向を続けている。大きな崩壊は、まだ発生していないだけで、発生の可能性自体は増している。崩壊の可能性が増しているので、何が起きてもドルや米国債から他のところに資金が逃避しないよう、まず究極の逃避先である金地金の相場を先物で潰す努力が、ドルの番人である米金融界によって続けられている。金相場の暴落が大きいほど、ドルに対する懸念が強まっていることを意味している。

 ドルには、まだ余力がある。米連銀は、利上げをめざしている。ゼロ金利やQEは、通貨の過剰発行を意味し、長く続けるほど通貨と中央銀行に対する信用が失われていき、最終的に高インフレや高金利への転換が起きて破綻する。米連銀と金融界は、ドルが信用を失っても他の通貨や金地金に人々が逃避しないよう、金相場を暴落させ、円やユーロをQEで弱体化させてきた。しかし、ドル以外の通貨や地金をへこましても、ドル自体の状況が改善されないと、米国は延命できない。そのため米連銀は今年に入り、円やユーロや金地金をへこませた余力を使ってドルのゼロ金利を離脱し、比較的健全な水準である1-2%の利回りをドル(短期米国債)に付与することで、ドルを強い通貨に戻し、米国の覇権を延命させようとしている。

 米国の実体経済が好転しているというのは粉飾であり、現実の経済は不況の状態だ。利上げすると米国の実体経済はますます悪化し、中産以下の米国民の生活がさらに破壊される。しかし、米国民の貧困化は、ドルや債券の崩壊に比べると、大したものでない。米金融界は、そう考えている。リーマン危機を思い出すと、ドルや債券の崩壊が全世界に大きな悪影響をもたらすことが想起できる。

 しかし、米連銀の利上げは、できるかどうか、うまくいくかどうか、非常に怪しい。米金融界やマスコミは、昨年からずっと、もうすぐ米連銀が利上げすると喧伝し、利上げによる悪影響を事前に相場に織り込んで、実際の利上げの後の悪い展開を防ごうとしてきた。しかしその一方で、この間、地方債や石油関連債券の悪化が起きている。連銀が利上げしたら、これらの債券市場の崩壊が一気に進むかもしれない。

 また、景気が悪いのに好転していると粉飾し続けることも限界にきている。米政府が粉飾できるのは、米国内の景気だけだ。中国など新興諸国の成長が鈍化し、世界経済が不況に入ると、米国内の景気を粉飾しても、米連銀が利上げすることはできなくなる。世界不況は、バブルと化した株価の大幅下落を引き起こしかねない。事態は、かなり行き詰まっている。だから、ドル延命のために金地金の暴落が必要になった。

 今後、経済や金融の崩壊感が増すと、米連銀は利上げをあきらめ、逆に、金融をテコ入れするためQEを再開するかもしれない。米連銀がQEを再開すると、しばらくは金融が延命する。QEの資金が金相場を売り先物の増加につながり、金相場がさらに下落する。このことも、金相場の下落がまだ続きそうな要素になっている。1オンス=1000ドル以下とか850ドルの予測をプロパガンダと排除できない理由がここにある。

 その一方でQEの再開は、連銀がドルの蘇生をあきらめざるを得なくなったことを意味する。長期的に見ると、QEの再開は、ドルの基軸性喪失と、金地金の最終的な復権を早める。ロンポールやシフの指摘どおり、金相場はもう一段か二段か三段、下がった後、ドルの崩壊を経て、再上昇する。それがいつになるか、どこまで下がるか、予測が難しい。

 WSJ紙が「金地金がいずれ高い価値を持つと考えるのは、石ころが持ち主を幸せにするという70年代の米国で流行ったペットロック信仰と同じだ。株や債券に投資した方が良い」と書いたのに反論して、シフは「金地金は確かに石ころだが、石(貴金属)としての価値があり、大昔から(1971年のニクソンショックまで)広く認められていた通貨だ。金地金と対比すべきは、株や債券でなく、ドルなどの通貨だ。ドルの価値は、米政府が健全で強力だという『信仰』に基づいている。信仰に頼っているのは、物質的価値がある金地金でなく、物質的価値がない(紙切れでしかない)ドルの方だ」と書いている。 (Peter Schiff: Currencies Depend On Faith, Gold Doesn't

 世の中には、米国を中心に、金地金の信奉者が存在する(日本にはほとんどいない)。彼らは「石ころ信者」的なところがあるが、それをいうなら株や債券やドルの価値を信じて疑わない人々も「紙切れ信者」だ。世の中のほとんどの人は紙切れ信者なので、人数的に少ない石ころ信者が嘲笑・罵倒され、その嘲笑・罵倒が、紙切れ信仰の強化に使われている。

 今回始まった金の下落は「多極化」にとって必須のプロセスともいえる。相場の下落とともに、中国やロシア、インドなど、BRICS諸国の中央銀行が、外貨備蓄の一環として、金地金の買いあさりを強めている。BRICSは7月初めの年次サミット後の共同声明で「先進国の不正常な通貨政策が、世界に悪影響をもたらしかねない」と、米国のドル延命策や日欧のQEによる悪影響について言及している。BRICSは、ドル基軸体制が崩壊しつつあることを知覚し、ドルに代わる備蓄通貨の一つとして、金地金を貯め込んでいる。 (BRICS adopts Ufa Declaration

 BRICSの中央銀行が、これからの地金安を活用して金地金を十分に備蓄した後、ドルと米国覇権の破綻が起こり、地金の価値が蘇生し、BRICS+EU+米国という感じに覇権が多極化する。多極化が円滑に進むとしたら、そのようなシナリオになる。 (Russians Buy Gold Again In June

 今回の暴落が、上海金市場が開く時間帯を選んで実行され、当初中国勢の仕業と喧伝されたことも象徴的だ。上海金市場は、米国勢による先物による金相場引き下げ策がドル崩壊によっていずれ終わった後の、現物主導で金地金が蘇生していく時代に、世界の中心的な金地金市場になることをめざしている。米国勢が、中国勢のふりをして金相場を暴落させたこと自体、金地金市場における中国の地位の上昇を示している。 (人民元、金地金と多極化

 歴史的に、世界の金地金取引の中心はロンドン金市場だが、そこではすでに中国の銀行が主要な勢力として値決め会員の中に入っている。米国勢がNYで地金相場を引き下げるのに対抗し、中国勢が上海とロンドンで相場を引き上げるられる体制がすでにあるが、中国はあえてその手を使わず、地金相場の下落を放置している。その方が、中国人民銀行や中国の市民が安く金地金を買いあさり、金備蓄を増やせるからだろう。 (中国株暴落の意味

 中国人民銀行の金備蓄は、09年時点の発表で約千トンで、中国の資産量に比べて極小だった。その後の中国の地金の輸入と生産量から概算して、人民銀行は昨年時点で3千トンの地金を備蓄していると、米欧勢が推定していたが、7月17日、7年ぶりに人民銀行が発表した現時点の備蓄量は1650トンで、米欧勢の推定をはるかに下回っていた。その失望感が20日の金暴落につながったと米欧マスコミが書いている。これも歪曲的な解説だ。 (China Announces 57% Increase in Official Gold Reserves

 たぶん人民銀行は、地金の備蓄量を実際より低く発表している。中国政府肝いりの金地金協会の会長(Song Xin)は、米国と同量の8500トンの金地金を備蓄することが中国の最終目標だと以前に語っている。この目標からうかがえるのは、中国が人民元を、ドルショック以前のドルのような金本位制の基軸通貨にしたがっていることだ。中国が金本位制を意識していることは、以前から知られている。 (The Death of Gold... Or Not!) (金本位制の基軸通貨をめざす中国) (Peter Schiff: Here's Why China is Hoarding Gold and Silver

 人民銀行が7年ぶりに地金備蓄量を発表したのは、中国政府が人民元をIMFが定める国際基軸通貨の一つに加えてほしいので、人民銀行としての健全性を金備蓄の量で示したものだ。中国は、米欧日から脅威と見られたくないので、自国の力をできるだけ弱く見せている。IMFが満足する最小限の金備蓄量が1650トンだったのかもしれない。 (China Increases Gold Holdings By 57% "In One Month" In First Official Update Since 2009

 中国は、金備蓄を増やす過程にある。この過程にある限り、中国は金相場の高騰を望まず、むしろ下落を望む。金相場が下落しすぎると、中国市民の購買意欲が削がれるかもしれないので、その範囲内での下落が誘導されると推定できる。先日の中国株の暴落について、市民の資金が株投資でなく金地金購入に向かうよう仕向けるためのものだった、との見方すらある。



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