米国と肩を並べていく中国2013年6月6日 田中 宇排他的経済水域(EEZ)は、世界各国が、自国の海岸から200海里(370キロ)以内の海上に設定し、資源開発や漁業などを排他的に行える経済面の主権水域だ。米国は、EEZの権利には他国の軍艦の航行を禁じる排他的な権利が含まれず、米軍は他国のEEZの領海外を自由に航行できると主張している。EEZは世界の海域の3割以上を占め、世界中に展開する米海軍は、他国のEEZを航行しないと活動に支障をきたすというのが、その主張の根拠だ。 (China and US Views on Military Vessel Rights in the EEZ is More Than a Legal Matter?) 近年とくに話題になっているのが、米軍の艦船が中国のEEZ内で探査活動を行い、中国から中止を求められても応じないことだ。中国は、他国のEEZに勝手に軍艦を入れるべきでないと主張してきた。だが中国は今年に入って態度を変え、むしろ中国軍の艦船を、ためしにハワイやグアムなどの沖合いの米国のEEZに入れてみて、米国の反応をうかがう挙に出ている。5月31日からシンガポールで行われた、年次のアジア安全保障会議(シャングリラ会議)に際して行われた米中の軍事高官対話で、中国側が、中国海軍を実験的に米国のEEZ内の海域に入れていると米国側に伝えた。 (Is China 'reciprocating' US maritime surveillance?) 中国の理屈は「米国は、各国のEEZに他国の軍艦が勝手に入って良いと言っているが、これは米軍だけでなく世界各国の海軍に適用されるはずだ。米国の軍艦が中国のEEZに入って良いのなら、中国の軍艦が米国のEEZに入っても良いはず」というものだ。中国海軍は、まだ米海軍より行動範囲がずっと狭く、グアム沖に軍艦を恒常的に遊弋させる余力がないので、ためしに入っただけだと言っている。米軍のロックリア太平洋司令官は、中国がEEZに入ることについて、米軍が中国のEEZに入ったことに対する「返礼(reciprocating)」だと述べ「米国は、中国が他国のEEZ内を航行できるぐらいの能力を持つことを応援する("we encourage their ability to do that")」とまで表明した。 (Chinese navy begins US economic zone patrols) 米国が「アジア重視策」で中国を敵視していると思っている人には、ロックリアの発言が意外だろう。だが米国はブッシュ政権もオバマ政権も、米中が安全保障や軍事分野で協調を強めることを戦略にしている。シャングリア会議に出席したヘーゲル米国防長官は演説で、米中の軍事協調の拡大を提唱し、対話の継続と相互信頼の情勢が大事だと発言した。演説後の質疑応答で、中国軍の研究者(少将。女性)が「アジア重視策は中国敵視でないか」とヘーゲルに疑問を呈したところ、ヘーゲルは「米国は、アジアの安全に責任を持てる強い中国ができることを歓迎する」という趣旨の返答をしている。 (Chuck Hagel rebuked by Chinese general over US buildup in Asia) 6月7日にカリフォルニアでオバマ大統領と習近平主席が首脳会談を行うが、そこでも軍事対話の拡大が議題の一つだ。今年のシャングリラ会議は、米中にとって首脳会談の前哨戦だった。米国の対中戦略は、ニクソン訪中のころから煙幕に満ちた、どっちつかずの目くらましの多いものだが、ニクソン以来の40年の歴史を長期的に見ると、米国は中国の台頭に協力し続けてきた。今回のシャングリラ会議でも、ヘーゲルが東南アジア諸国(ASEAN)の国防相をハワイに集めて米国主導の国防相会議を来年ハワイで初めて行うと提唱するなど、中国包囲網の強化策とみなせる動きがあった。 (Hagel offers U.S. to host ASEAN nations in Hawaii next year) (世界多極化:ニクソン戦略の完成) (米国が誘導する中国包囲網の虚実) しかしその一方で、米国は中国軍がグアム沖の米国EEZまで出てくることを歓迎している。米英と同じアングロサクソンのオーストラリアは、米国の中国包囲網(アジア重視策)に賛同しつつも、その一方で豪政府は中国を敵視していないことを宣言し、米軍への協力費を財政支出することも渋り、権威ある(笑)WSJ紙に「豪州はケチだ」と非難される栄誉を与えられている。実はWSJ自身「中国は世界の紛争解決にもっと乗り出すべきだ」とする記事を出している。中国包囲網ばかり見て、それが煙幕かもしれないとすら思わない今の日本は、悲しくなるほど間抜けだ。 (Australia, America's Too-Frugal Ally) (The World Needs a More Active China) 安全保障の分野で、中国が米国に「返礼」を試みていることは、ほかにもある。それはハッカーなどサイバーセキュリティについてだ。米国側は最近、中国軍の「61398部隊」など中国当局筋の勢力が、米国の政府や企業のサーバーに侵入して機密情報を盗み出していると非難している。中国政府は、そうした事実はないと否定している。サイバー攻撃の件は、6月7日の米中首脳会談でも話し合われる。 (The Great Cyber-Warfare Scam, China-bashing made easy) 首脳会談を前に、中国側は「米国が中国から受けたと言っているサイバー攻撃よりももっと深刻なサイバー攻撃を、中国は米国から受けている」とする主張を、人民日報が掲載している。米国が「中国からサイバー攻撃された証拠がこんなにある」と見せるなら、中国は、米国からサイバー攻撃されたもっと多くの証拠を見せてやる、というのが中国側の姿勢だ。米国の国防総省は、中国を含む敵性国のサーバーを攻撃する部隊を用意していることを認めている。すでに米国側は、中国の非難を半ば認めてしまっている。 (Despite Lack of Proof, US to Attack Chinese Hackers in Retaliation) 中国からやり返された米国は、切れて激昂すると思いきや、逆に、中国を「そこまで強くなったのは良いことだ」と評価する。米国は、EEZ侵犯に関してそうだし、サイバーセキュリティに関してもそうだ。サイバーセキュリティに関して米国は、中国と定期的に高官協議を行い、米中で世界的なインターネット管理について取り決めをしていく構想を打ち出している。米中で世界のネット管理を行う構想は、6月7日の米中首脳会談で話し合われる。 (U.S. and China Agree to Hold Regular Talks on Hacking By DAVID E. SANGER) (U.S. And China To Hold Talks On Controlling Internet) 米国と中国は、世界的なインターネットの分野で、対照的な2つの世界を代表する2カ国だ。米国が代表するネットの世界は、国境の垣根がない世界市場でグーグルやアップル、アマゾン、フェイスブックなどの米国企業が席巻して儲ける米国覇権体制だ。対照的に、中国が代表するネットの世界は、各国の政府が自国内のネット利用を管理し、フェイスブックやツイッターを使った米欧式の政権転覆の試みを阻止し、ネットビジネスの国内利権を米国に奪われることを避ける発展途上国の体制だ。対米従属の日本では、米国型のネットしか想像できないが、途上諸国の政府の中には、中国からネットの「万里の長城防火壁」(ファイアーウォール)を買って使っているところが多い。 (覇権とインターネット) (グーグルと中国) (米ネット著作権法の阻止とメディアの主役交代) ロシアは、中国と組んで米国から世界的なネット管理権を奪うことを狙っている。米国が中国に「米中で世界のネット管理について話し合おう」と持ちかけることは、ロシアの思う壺で、プーチンのほくそ笑みが見えるようだ。米政府の「隠れ多極主義性」が見え隠れする。 (インターネットの世界管理を狙うBRICS) 米中首脳会談でオバマが習近平に頼むもう一つのことは、北朝鮮問題だ。米国は2003年から中国に6カ国協議の主役を押しつけ、中国に北朝鮮の問題を解決させようとしてきた。10年後の今、米国は、これまでの中国に対する隠然とした押しつけから、明示的に中国に北朝鮮問題の解決を依頼する姿勢に転換しようとしている。中国は、日本が拉致問題を口実に北朝鮮を敵視し続けていることを非協力的と考えており、米中首脳会談を前に、中国が米国に、日本を何とかしてくれと頼み、米国から圧力をかけられた安倍政権が飯島特使を平壌に派遣したと考えられる。 (米中協調で朝鮮半島和平の試み再び) (中国の影響力拡大) これまでの中国は、米国からの非難に対して沈黙しがちだったが、習近平になってからの中国は、米国からの非難に黙らず「返礼」するようになっている。これは、昨年までの中国の権力者だった胡錦涛と、今の習近平との違いを象徴している。米国は、ブッシュ政権時代に「米中G2で世界を管理していこう」と、中国にG2構想を持ちかけたが、胡錦涛に断られている。しかし今、習近平は米中関係を「新たな大国間の関係」と位置づけ、G2を容認する姿勢を採っている。 (Global Insight: China's `great power' call to the US could stir friction) 中国の転換について、胡錦涛が慎重すぎる性格だったことに、習近平との違いの理由を見いだす解説をよく見る。だが私はむしろ、中国共産党が自国の発展段階として、トウ小平が定めた「米欧に刃向かわず、挑発されても無視して、国内の経済発展と社会安定に集中せよ」(24字箴言)という段階を抜けて、国際台頭を国家戦略に追加する新段階に入ることを決めた結果だと考える。トウ小平の国家訓が有効な時期を脱したかどうか、中国の上層部で議論が続いているようだが、だからこそ習近平政権は、米国からの非難や挑発にあえて「返礼」し、次の発展段階に中国を持っていこうとしているように見える。 (尖閣問題と日中米の利害) (多極化の進展と中国) かつてG2構想を胡錦涛に断られた米国は、習近平の「返礼」を喜んでいる。G2構想の発案者であるブッシュ政権の国務副長官だったロバート・ゼーリックは、6月7日の米中首脳会談を前に「祝辞」的な論文をFTに出している。米中首脳会談は、現覇権国の米国と、全く異質な新覇権国である中国が協調する、世界史上前例のない新たな国際モデルを象徴していると、米政府は言っているという。国内市場を開発して世界経済の牽引役にすることを考えている中国は、米国のサービス産業の中国進出を積極的に認め、中国にサービス産業のノウハウを植えつけてもらうのがよいとゼーリックは書いている。 (The great powers' relationship hinges on the Pacific By Robert Zoellick) (米国の運命を握らされる中国) (アメリカが中国を覇権国に仕立てる) 仕返しするようになった中国が、米国から協調的な対応だけを受けるとは限らない。中国よりずっと前に米国に「返礼」するようになったロシア(ソ連)は、米国から冷戦という敵視を何十年も受けた。米議会は全体として、冷戦時代よりもさらに強硬なタカ派になっている。しかし同時に、米国の経済力はリーマン危機から急速に落ちており、経済力が急進した中国と協調せざるを得ないのが、冷戦時代と大きく異なる点だ。世界一の米国債保有国である中国は、財政面から米国の生殺与奪を握っている。 (中国の次の戦略) (米中関係をどう見るか) 中国経済が崩壊しない限り、もしくは米経済が予想外に蘇生しない限り、習近平政権の今後10年間で、中国は姿勢も実態も、米国と肩を並べる大国になるだろう。次の10年間で、世界の多極化が進むことになる。日本では「中国は経済崩壊する」との予測が多いが、米英の中国分析を見ていると中国が経済崩壊する可能性は低い。日本での中国予測は、先の大戦の「神風が吹いて日本が勝つ」という予測と同様に、過剰に楽観的だ。
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