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インターネットの世界管理を狙うBRICS

2012年5月28日   田中 宇

 米欧を押しのけて国連で強い力を持ちつつあるBRICS(ロシア、中国、インド、ブラジル、南アフリカ)が、国連機関である国際電気通信連合(ITU)に、インターネットを管理する世界的な権限を持たせようと動いている。ITUはこれまで、国際電話や人工衛星通信、電波の周波数割り当てなどを担当してきた。昨年6月、ロシアのプーチン首相(現大統領)が、ITUにネットの管理を担当する新たな権限を持たせることを提唱した。 (Deadline Approaches for Russia and China led UN Internet Takeover

 中国やウズベキスタン、タジキスタンといった「上海協力機構」の国々がプーチン提案に賛同し、昨年9月に「情報の安全に関する国際行動規範」(International Code of Conduct for Information Security)として、国連総会に提案した。中露以外に、BRICSを構成するインド、ブラジル、南アフリカも提案に賛同している。 (House to examine plan for United Nations to regulate the Internet

 インターネットは、米国の国防総省や研究機関が初期の開発を行った後、建前的に非政府化され、米国の民間組織がDNSなど技術面の管理を担当し、その背後で米当局が隠然と影響力を行使してきた。これに対し、米覇権くずしを狙うプーチンらBRICS+上海機構という「多極化勢力」が、自分らの支配下に入りつつある国連の権限を使い、ネットの隠然米覇権体制を解体し、国連傘下のITUにネットの世界的な管理権限を移行させようとしているのが、今回の動きの本質である。ITUは今年12月にドバイでサミットを開く予定で、BRICSはサミットの場で、ネットの世界的な管理権をITUが持つよう決議することを狙っている。 (Africa: New Threat to Internet Freedom

 これまで米当局は、ツイッターやフェイスブック、グーグルなど米国企業のサイトを活用し、中露やイランなどの反政府的な市民運動を支援・扇動して政権転覆を試みている。中露やイランなど発展途上諸国の政府は、これらのネットを使った政権転覆の動きを嫌い、ネットの国内利用に関して言論規制を行ってきたが、これに対し米欧など先進諸国は、ネットを規制する中露や途上諸国を「言論の自由を弾圧している」と批判してきた。 (グーグルと中国

 このような対立構造がある中で、今後、中露が主導するBRICSがITUにネット管理をやらせたら、ITUは先進諸国でなく中露や途上諸国に味方するだろう。ITUは、途上諸国の政府が、ネットの言論統制をしたり、ツイッターやフェイスブック、グーグルなどを規制したり、中国の「長城防火」に象徴される国家ファイアウォールを築いたりするのを容認するだろう。ITUは、ネットの匿名性を終わらせる策を行ったり、国連がDNSのサービスを行う新体制を作ったりする予定だと報じられている。 (The 'ITUnet' Folly: Why The UN Will Never Control The Internet

 BRICSの動きに対し、ネットの言論の自由を守りたい米欧の市民運動や、言論の自由を掲げて中国政府と対立してきたグーグルなどは、国連がネットを管理することに強く反対する国際政治運動を始めている。12月のITUサミットを前に、米議会下院が、国連でのBRICS提案にどう応えるかについて、今週から議論を開始した。この議論開始を機に、米国の市民運動界が、国連のネット管理に反対せよという運動を始めた。 (United Nations' Proposal To Regulate Internet Going Before House This Week

 グーグルの幹部は「ITU(国連)では、ネット利用を規制して人権侵害している国でも1票の投票権を持っている半面、(人権問題に熱心に取り組んできた)国際NGOなど非政府組織に、議論に参加する権利が与えられていない。国連では、市民社会の参加を拒んだまま、人権侵害する途上諸国が多数派を形成し、ネットを管理しようとしている」という趣旨のことを、ニューヨークタイムスに載せた。これは「グーグル対中国」の戦いの、新しいラウンドでもある。 (Keep the Internet Open

▼地球温暖化問題と同様の展開に?

 この運動は、日本の市民運動界をも巻き込むだろう。日本では、対米従属の国是の裏側として、中国やロシアを敵視する風潮(マスコミのプロパガンダ)が強いこともあり、米国の団体がネットを管理する米覇権体制と、中露がネットを管理する多極型体制とどちらを望むかと問われれば、大多数の日本人が「米国管理が望ましい」「中露に任せるのは絶対反対」と答えるだろう。政府から反政府市民運動までが、国連のネット管理に反対するであろう日本の常識からすれば、中露主導のネット管理など、とんでもない話である。

 しかし、対米従属のひねりが強い日本の常識から目を離し、途上諸国を含む世界的な視野で見ると、従来の米国中心のネットのあり方が良いのかどうか疑問が湧いてくる。今のネット関連業界は、フェイスブック、ツイッター、グーグル、ヤフー、アップル、マイクロソフトなど、米国の企業だけが席巻している。スマートフォンが個人情報をごっそり取っていく事態(そして、ほとんどの人々、特にiphone利用者がそのことに無頓着であること)に象徴されるように、米国勢だけが世界の人々の個人情報を諜報機関的に集めている。 (米ネット著作権法の阻止とメディアの主役交代

 1990年のIT株バブルや、投資家をさんざん煽って法外な高値で上場した直後に株価が急落した、先日のフェイスブックの株式上場に象徴されるように、ネットは米金融界の騙しの錬金術にも利用され、潜在的に世界の経済状況をゆがめている。 (How Facebook could destroy the U.S. economy) (In-depth analysis puts proper value of Facebook stock lower than $10 a share

 加えて米国(米英イスラエル)は、ソーシャルメディアなどのネットを使い、各地の諸国の政権を転覆する策動(カラー革命)を中露や中東、東欧などで展開してきた。「独裁政権を倒すのは、どんな手段であれ良いことだ」と考える人が多いかもしれないが、それは間違いだ。独裁政権を倒したり制裁したりする権限は、人類の中で唯一、国連安保理が持っている。政権転覆はネット活用の扇動策でなく、安保理の議論でやるべきことである。 (ソーシャルメディア革命の裏側

 インターネットは米国が開発し、今や人類全体の財産となっているが、ネットを使って策動をやる手綱を握るのは、いまだに米国の軍産複合体(諜報界)と金融界である。「ネットは、米国が作ったのだから、米国が好き勝手に謀略に使ってかまわない」という考え方もありうる一方で、中露に主導されたBRICSや途上諸国がネットの支配権を米国から乗っ取ろうとする動きを「国家間民主主義」として容認する考え方もありうる。国連という機関自体、かつては米英が世界を支配する道具として機能していたが、今ではBRICSや途上諸国が国連総会を乗っ取り、IMFや世界銀行、WTOなどの機関をも席巻している。 (国連を乗っ取る反米諸国

 国連などの国際社会で、先進国の力が衰え、BRICSや途上諸国が台頭している状況を踏まえると、12月のITUサミットで、世界のネットの管理がITUに任されることになりそうだ。この事態は、地球温暖化対策に関する世界的な権限が、09年のコペンハーゲンのCOP15サミットで、先進国の代表たる米国と、途上国の代表たる中国との交渉を経て、米欧から途上諸国に移転した時と似たものになると予想される。 (新興諸国に乗っ取られた地球温暖化問題

 ネットの管理権をめぐる国際論争は、12月のITUサミットで決まらず、むしろ12月のサミットは議論の決着点でなく出発点になり、その後ずっと議論が続く可能性も高い。米国が簡単にネットの権限を手放すとは思えない。しかし、最近の数年間のように、国際社会における先進国の力が弱まり、途上国の力が強まる傾向が今後も続くなら、いずれネットの管理権は途上国主導の国連組織であるITUに移管されていくだろう。



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