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イラン危機が多極化を加速する

2012年2月24日   田中 宇

 米国が世界各国に要求しているイランからの原油輸入停止の制裁策について、2つの正反対の構図が報じられている。一つは、各国が米国の要請や圧力に応じる形でイランからの原油輸入を減らしている構図だ。もう一つは、各国が米国の圧力を無視してイランからの原油輸入を継続・増加しつつある構図である。その最たるものは、中国とインドをめぐるものだ。ある報道では、中国とインドと日本が、イランからの原油を減らしつつあるという。 (China, India and Japan to Reduce Iranian Oil Imports

 だが、インドの新聞による別の報道によると、インド政府は米国の圧力をはねのけて、イランからの原油輸入を続けている。インドは今後、イランからパキスタンを通ってインドに至る天然ガスパイプラインの建設など、イランとの戦略的関係をさらに進展させる予定だという。 (India faces a challenge on Iran ties

 米国のタカ派新聞ウォールストリート・ジャーナルは、インドのせいでイラン制裁の効果が落ちていると批判している。米当局がドルの国際流通を監視しているため、インドは、イランからの原油輸入代金のうち45%をインドの通貨ルピーで支払い、残りは物々交換のバーター決済をしているという。 (Iran's Indian Enablers

 国際エネルギー機関(IEA)は少し前まで、中国がイランからの原油輸入を減らすと予測していた。だが最近になってIEAは、中国がイランからの原油輸入を日産20万バレル増やしたと指摘し、以前の減少予測を塗り替えた。インドがイラン原油の代金をルピーで決済しているのと同様、中国は人民元で決済している。 (IEA: China buys more oil from Iran

 日本や韓国は、中国やインドに比べて対米従属の傾向が強いので、米国の圧力を無視できない。しかし、イランからの原油輸入を停止して代わりを探すとなると、原油輸入の費用が高くなり、日韓企業は国際市場で中国やインドとの競争に勝ちにくくなる。日韓は、中国やインドが事実上イラン制裁に参加しない以上、イラン原油の輸入を大きく減らせないと考えている。日本政府は、イラン原油の輸入を20%減らすから、それ以上の減少をしなくてもイラン制裁に参加していることにしてほしいと米国に頼んでいる。韓国も、条件は不明だが、米国と交渉中だ。交渉している間、日韓ともにイランからの原油輸入を制裁目的で停止しない姿勢だ。 (Japan may cut Iran oil imports by over 20 percent

 米政府がイラン原油の輸入停止を世界に求めた当初、サウジアラビアが原油を増産するのでイランの代わりにサウジから原油を買えると米当局は指摘していた。だが実際のところ、サウジは昨年12月から原油の生産と輸出を減らしていることがわかった。しかもサウジの原油の大半を産出する東部地域は、バーレーンやイラクに触発されたシーア派の決起で、政情が不安定になりつつある。各国とも、イラン原油の輸入を簡単に減らせなくなっている。 (Saudi Arabia Cuts Oil Output, Export: Industry Report

▼イラン原油を中印が買う限りホルムズ海峡封鎖はない

 米政府は以前「イランは核兵器を開発している」と主張していた。だがその後「イランは核兵器を開発していないが、そのうちしそうだ」に代わった。今や米政府内に、イランが大した脅威でないことを認めて和解交渉を始めても良いという考え方が出てきている。強硬派はイスラエルに「米国がイラン敵視をやめる前に早くイランを空爆して戦争にしてしまえ」とけしかけている。 (US, Iran inching toward talks

 こんな事態なので、中国政府は米国主導のイラン制裁に参加しないことを表明している。中国は、表面的にイラン原油の輸入を減らすかのような姿勢をとりつつ、親米諸国がイラン原油の輸入を減らした分を自国に輸入し、親米諸国が放棄したインフラ整備や物品輸出などイランでの事業を中国企業が漁夫の利的に獲得する戦略をとっている。中国をライバル視するインドは、イランの利権の空白を中国がどんどん埋めていくのを見過ごせない。インド勢は、米国の圧力を無視してイラン原油を輸入し、イランの港湾や鉄道の建設事業を、中国企業と競って積極的に受注している。 (India to step up ties with Tehran; unfazed by US sanctions

 中国やインドと並び、イランの西隣のトルコも、米国の圧力を無視してイランとの戦略的経済関係を強化している。トルコは欧州との貿易関係が強く、イランから輸入したものを欧州に輸出する中継ぎの役割を果たしている。トルコの銀行は、中国の銀行と並んで、イランとの貿易代金の決済機能を果たしている。米国主導のイラン制裁は中国、インド、トルコといった、米国の圧力を無視して非米的な傾向を強める新興諸国によって骨抜きにされ、日韓などが馬鹿正直に制裁に参加する意味が薄れている。 (Turkey, China help Iran evade sanctions: Report

 日米などのマスコミは、イランが今にもホルムズ海峡を封鎖して戦争が始まるかのような報道をしてきたが、それらは誇張されている。イラン政府は「制裁によって原油輸出ができない状態になったら、報復としてホルムズ海峡の封鎖も辞さない」と言っていた。欧州日韓など親米諸国がイランの原油を買わなくなっても、その分を中国やインドが買ってくれるのだから、イランは原油輸出を続けられ、ホルムズ海峡を封鎖する必要がない。(米イスラエルの右派が事件を起こして大戦争を始める懸念は残っている) (Iran's Hormuz Threat

 米国とイランが激しく対立し、欧州が米国を真似て怒りの表情をしてみせ、イスラエルが空爆も辞さずと言い、日韓が右往左往し、中国やトルコが静かに制裁を拒絶し、インドが中国に引っ張られて制裁を拒否する中で、ロシアはお得意のお茶らけた態度をとっている。ロシアの政府系石油会社ルコイルは「イランとほとんど同じ油質の原油が出るので、イラン原油を買えずに困っている世界の石油会社に(少し高く)お売りできますよ」と営業をかけている。ロシア勢はイランに武器を売って儲け、制裁に参加する国に原油を売ってさらに儲けようとしている。 (An Embargo and a Boon

▼濡れ衣の裏で広がる制裁の抜け穴

 国連のIAEA(国際原子力機関)の査察団がイランを訪問した。IAEAは、衛星写真の分析によって核兵器開発が行われている疑いがあると言ってパーチン軍事基地の査察を求めたが、イラン政府が査察を拒絶したので「イランはパーチンで核兵器開発しているに違いない」という報道になっている。 (UN atomic agency team 'denied access' to suspected Iran nuclear site

 しかし実のところ、イラン政府はすでに05年にパーチン基地をIAEAに査察させている。IAEAは「衛星写真の分析では核兵器開発の疑惑が出たが、実際に現地に行ってみると、基地内の問題の施設で核兵器開発ができる状況でないことがわかった。周辺の土壌からも核物質は検出されなかった」とする結論を出した。核拡散防止条約によると、イランは軍事基地の査察に応じなくとも良いことになっている。イラン政府はIAEAとの協調関係を大事にするため、05年にパーチン基地を査察させて無実の認定を得たのに、今回また同じ容疑でIAEAから査察を求められたので、当然ながら査察を断ったところ「イランはパーチンで核兵器開発しているに違いない」と報道された。 (Parchin From Wikipedia

 この手の濡れ衣戦略は、イラク侵攻時にも行われた米国の常套手段だ。この件は、マスコミが何者であるかも示している。IAEAは、先代のエルバラダイ事務局長(エジプト人)の任期末に米国の傀儡であることをいったんやめたが、その後、日本外務省の天野之弥が事務局長になった後、再び米国の言いなりでイランに濡れ衣をかけている。属国は悲しい。その一方で、米国の国防長官や諜報長官は「イランは核兵器を開発していない」と認める発言をしている。イラン核問題は、しだいに茶番の度合いを増している。 (Panetta: Iran is Not Developing Nuclear Weapons

 イランにかけられた核兵器開発の濡れ衣は解かれず、マスコミはホルムズ海峡封鎖やイスラエルのイラン空爆など「大戦争前夜」的な報道を繰り返している。しかし、この危機の裏で、イランに対する制裁に参加する国が減っていき、制裁は抜け穴だらけの不完全なものになり、米国に気兼ねする必要がない反米非米諸国から順番に、イランとの経済関係を強めている。

 政治・軍事的にも、ロシアと中国は、米欧とイランの対立の中でイランに味方する傾向を強めており、イランが軍事侵攻される可能性が減ってきている。米国のタカ派はイスラエルにイランを空爆させたいが、私が見るところ、イスラエルはそれに乗るほど間抜けでない。だが同時にイスラエルは、自国に対する脅威が強まるので米国とイランの和解を許すわけにいかず、米国は抜け穴だらけのイラン制裁を続けざるを得ない。

▼BRICの多極型覇権

 イラン制裁が続くほど、イランと、その周辺の中東や中央アジア、コーカサス、北アフリカにおいて、中国、ロシア、インドなどのBRIC諸国やトルコ、イラン自身が、米国の覇権体制を無視して政治経済の活動を行う覇権多極化の度合いが強まる。米国の影響力が弱まり、EUなどより多くの国々が、米国の覇権下にいることの愚かさを感じるようになり、多極化に拍車がかかる。 (イラン救援に乗り出す非米同盟

 アフリカ諸国からイスラエルまでが、中国との戦略的な経済関係を構築し始めていることは、最近の記事に書いたとおりだ。イスラエルは、海底ガス田で稼いだ資金を運用する政府投資機関を作ることにした。このやり方は、先進国でなく新興諸国を真似たものだ。ネタニヤフ首相の言葉を借りるまでもなく、イスラエルはアジアの新興諸国を重視する戦略に切り替え始めている感じだ。 (◆中国とアフリカ) (Israel to establish sovereign wealth fund

 米軍撤退後のイラクはイランの傘下に入り、シリアの混乱は中露主導で安定化が試みられている。サウジやカタールが後押しするシリア反政府派の反乱が政権転覆につながらないままだと、アラブ諸国やトルコ、EUなどの中から、アサド政権の存続を容認する声が強まるだろう。地中海岸のシリアの軍港には、ロシアとイランの軍艦が滞在し、欧米軍が攻めてきたら反撃する構えだ。欧米軍がシリアに侵攻するリビア型展開の可能性は減った。 (Iran, Russia naval presence in Syrian waters a `Serious message to US'

 スーダンでは、南アフリカのムベキ元大統領が仲裁役となって、スーダンと南スーダンの和解交渉がまとまった。南スーダンの石油利権は中国主導で開発されている。以前は中国が南北スーダン間の仲裁をするかと思われたが、中国は自国でなくアフリカ代表としてBRICに参加している南アフリカに仲裁を頼んだ。 (Sudan and South Sudan sign peace pact, says Thabo Mbeki

 この展開を見ると、中国が米国衰退後にどのような覇権体制を望んでいるかが感じられる。中国は、自国が世界を支配するのでなく、中国はアジア東部から中央アジアまでを担当し、他の地域はロシアや南アフリカ、ブラジル、EUそして米国などが地域的な覇権国として振る舞い、それらの大国間の談合で世界の安定を維持する多極型の覇権体制を望んでいることがうかがえる。

 これは、たとえば中央アジアの覇権を中国とロシアが奪い合う体制でなく、中央アジアの覇権を中国とロシアが共有する体制だ。地政学をかじった人は「覇権は争奪されるものであり、共有されることなどあり得ない」と思うかもしれない。だが実際のところ、すでに中央アジアの覇権は、中露が共同運営する上海協力機構が持っている。すでに中露は覇権を共有している。

「覇権は争奪されるものであり、自然と一国支配に向かう」という認識は、英国による歴史的な地政学上の演出に毒されており、時代遅れだ。英国の地政学的な演出の舞台上のみを鵜呑みにせず、裏側まで読み解こうとすべきだ。米国が戦時中に、戦後の世界体制として描いた「国連安保理5カ国体制」(P5)も、5大国が覇権を共有して談合する体制だった(共有体制は、英国が演出した冷戦によって壊された)。

 昨年は、トルコとブラジルが、核疑惑でのイランと欧米の対立を仲介しようとした。遠くのブラジルが出てきたのは、BRICの中で中東に最も縁遠い国で、公正な仲裁役として期待できたからだろう。

 NATO軍が撤退した後のアフガニスタンの自立には、中露とイランのほか、パキスタンとインドも参加する。パキスタンはかつて米国の傀儡だったが、今や「米国とイランが戦争したら、イランに味方する」と明言している。アフガンの真の復興は、米軍撤退後に始まる。アフガンは、タリバンが政権に舞い戻るだろう。米軍自身がそのように予測している。 (Military `Leak': Taliban Set to Retake Power in Afghanistan, With Pakistan's Help

 インドがアフガン復興に参加するには、タリバンの後ろ盾であるパキスタンとの和解が不可欠だ。印パが和解して上海協力機構に共同加盟するのが、中露が立てたシナリオだ。来年に実施されるはずのNATOのアフガン撤退は、南アジアにおける覇権の多極化につながる。 (◆経済で接近するパキスタンとインド

▼石油利権の移転、ドル崩壊への準備

 米国の圧力を無視してBRICなど新興諸国がイランから原油を輸入する体制が定着すると、イランの石油利権は、欧米日から新興諸国へと移転する。同様の移転は、イラクやスーダンなど、他の産油国でも進んでいる。4年前に書いた「反米諸国に移る石油利権」という記事の内容が具現化している。石油利権が新興諸国に移るほど、米国のWTIと英国の北海ブレントしかない国際相場が示す原油価格は、実態から離れたものとなる。新興諸国の石油取引は、国家(国営企業)間の非公開の相対取引で行われているため、価格が相場として示されない。これは、世界のエネルギー市場の大変動である。 (反米諸国に移る石油利権

 イラクでは、イラク政府の警告を無視してクルド自治政府との間で油田開発契約を結んだ米国のエクソンモービルが、イラク政府からイラク本体での油田開発を禁じられ、イラクから追放されることになった。米国の石油産業は、イラクの石油利権をほとんど得られていない。イラク侵攻は何のためだったのかという話になっている。 (Iraq blocks Exxon Mobil from oil exploration bids

 覇権の多極化が決定的になるのは、米ドルが基軸通貨としての地位を喪失する時だ。新興諸国とイランとの石油ガスなどの貿易で、人民元やルピー、トルコリラなどの通貨や金地金が使われているが、これは決済通貨の多極化である。 (◆イラン制裁はドル覇権を弱める

 ドルの強さの源泉は、国際取引の決済にドルが使われることよりも、米金融界の債券金融システムが紙切れからドル建ての価値を生み出す高利回り性に起因している。債券金融システムの巨額さと比べると、イランと新興諸国との石油取引は大した額でなく、それ自体がドル基軸の崩壊につながるものでない。

 しかし、米政府が進めている「ボルカー規制」に象徴されるように、債券金融システムは巨大なバブルだ。リーマンショック以来、債券金融システムのバブル化が世界経済の不安定要因として問題視され、世界経済の運営方針を決めるG20サミットでは、債券金融システムの縮小と、ドル基軸制の解体、基軸通貨の多極化について、やむを得ないことと考えられている。 (◆米国金融規制の暗雲) (やはり世界は多極化する

 いずれ債券金融システムが崩れるとしたら、それは世界経済の大収縮を招くが、その後も資源や食品、工業製品などの実体的、物質的な世界の貿易は行われる。そこでの決済通貨を何にするかという問題を解決するのが、G20サミットで検討されてきた基軸通貨の多極化であり、その先行的な実践が、イラン制裁の裏側で行われているドル以外の通貨を使った原油取引であるといえる。イランをめぐる危機が長引くほど、この多極化のリハーサルが入念に行われることになる。



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