TNN(田中宇の国際ニュース解説) 他の記事を読む

オーストリア「ネオ・ナチ」騒ぎの裏にあるもの

2000年2月7日  田中 宇

 記事の無料メール配信

 私は毎日、国際ニュース解説の記事を書くために、インターネット上にある、海外の報道機関のサイトを30カ所ほど見ている。(そのリストはこちら にあります) 各新聞を同時に読むので、各社の報道姿勢の違いを、自分なりに感じられるようになる。

 米英のメディアの場合、ウォールストリート・ジャーナルやイギリスのエコノミストは「右派」「自由競争推進派」で、労働組合や市民運動のことになると、皮肉を交えた批判を展開することが多い。半面、ワシントンポストなどは、どちらかというと「左派」的な感じがする。その間に、左から順に、ニューヨークタイムス、ロサンゼルスタイムスなどが並んでいるという感じだ。

 上に掲げた「右派」メディア2紙は、イスラエル支持が強いのも特徴と感じられるが、その点で最近、意外に感じたことがあった。オーストリアで「ネオ・ナチ」といわれる政党「自由党」が政権に入ることになり、EU各国がオーストリアを強く非難した問題で、この2紙はいずれも自由党を養護する姿勢を示唆していたのである。

 私が意外だと思った記事は、ウォールストリート・ジャーナル2月4日の「The EU, Not Haider, Threatens Austrian Democracy」、エコノミスト2月5日号の「Austria’s rancid choice」などだ。(いずれの記事も有料の会員登録をしないと読むことができない)

 それらの記事は、問題の焦点となっている、自由党のハイダー党首について、「ネオ・ナチではないし、民主主義にとって脅威となる存在でもない」といった論調を展開している。オーストリアはかつて、ナチスに協力したにもかかわらず、戦後、ドイツに比べて戦争責任を感じずにすんできたという歴史を踏まえつつも、問題なのは自由党ではなく、むしろ冷戦後も政治改革を行えなかった連立与党政権の方だ、という趣旨のことを書いている。

▼ネオナチ狩りの権威も「安全宣言」

 他のメディア、たとえばイギリスのフィナシンャルタイムスも2月5日に、ナチス支持者潰しで世界的に有名なオーストリア在住のユダヤ人の人権活動家、サイモン・ウィゼンタール氏(Simon Wiesenthal)が「ハイダー党首はネオ・ナチではなく、彼は誇張されて危険視されている」という趣旨のことを述べたと報じた。

 彼の名前を冠した「サイモン・ウィゼンタール・センター」は1995年、ホロコーストの存在を疑問視する記事を載せた文芸春秋の雑誌「マルコポーロ」を、簡単に廃刊に追い込んでいる。それほどの力を持った人の発言であるから、ハイダー氏はネオ・ナチではないというお墨付きを得たと考えていいだろう。

 とはいえ、ハイダー氏は「灰色」ではある。自由党はナチズムへの支持を表明したことはないが、党首のハイダー氏はこれまで、ナチス擁護の発言を何回か行ってきた。

 1991年には「完全雇用を実現した第三帝国(ナチス政権)の労働政策は、今の社民党の政策よりも良かった」と述べ、当時就いていたケルンテン州知事の座を追われている。(再選され、今はまた知事になっている) その後95年には「ナチス親衛隊(SS)には人格者が多かった」と発言している。後で撤回・陳謝しているが、「確信犯」であるとみなされている。

 ハイダー氏がナチズム擁護の発言を繰り返し、それが人気取りになった背景には、オーストリアの人々が戦前、ナチスに荷担したにもかかわらず、戦後は「自分たちはナチスの最初の被害者だ」と考えることで、戦争責任の苦渋からかなり逃れることができたという歴史がある。戦後、罪の意識を持たされ続けたドイツより、オーストリアの方が、国民に占めるナチス党員の割合は多かったにもかかわらず、である。

 オーストリアのこの傾向は1986年、元国連事務総長のワルトハイム氏が、かつてナチス軍で強制収容所の管轄部隊にいたことを隠していたとして国際的に非難されたにもかかわらず、大統領に選出され、1992年までの大統領任期の間、オーストリアが国際社会から締め出されるという事態も生んだ。

 こうした事情にもかかわらず、ウォールストリート・ジャーナルなどが自由党のハイダー党首を擁護するのは、なぜなのか。いくつかの報道を通して読むと、国家を超えて統合に向かうヨーロッパには、旧左派系勢力と、旧右派系勢力とのせめぎ合いがあることが感じられる。

 オーストリアという一地域をめぐり、左派主導の従来政権を支援したいドイツやフランスの左派系と、ハイダー氏を「ネオ・ナチではなく右派政治家にすぎない」と考えて支援する右派系が、全ヨーロッパからアメリカまでを巻き込んで、陣取り合戦を展開しているように見える。

▼外国人労働者に対する国民の懸念

 オーストリアはこれまで13年間、第1党の社会社民党と、第2党の国民党とによる連立政権が続いていた。だが昨年10月の選挙で、数年前まで中小政党だった自由党が、国民党をわずか400票だけ抜いて、第2党となった。(得票率は社民党33%、自由党27%、国民党27%)

 オーストリアではここ数年、社民党が票を減らし、その分が自由党に回る、という傾向が続いてきた。その一方で、社民党と国民党との連立政権内での対立が増していた。昨年10月の選挙後、社民党と国民党は4カ月間にわたり、もう一度連立を組もうと交渉したがまとまらず、今年1月末に交渉を断念した。

 その直後、国民党は自由党との連立交渉に入った。すぐに話がまとまり、2月2日、国民党のシュッセル党首を首相とする、連立内閣が生まれた。(EU諸国の反発を考慮して、ハイダー党首自身は内閣に入らなかった)

 欧米諸国がオーストリアを非難したのは、連立政権に参加した自由党が、移民を排斥する政策を掲げているためだ。オーストリアでは過去30年間ほど、人手不足を解消するため、トルコや北アフリカから、単純労働をしてもらうための出稼ぎ労働者を受け入れてきた。1990年に冷戦が終わり、東欧の人々に行動の自由が与えられてからは、ハンガリーやチェコ、ユーゴスラビアなどの東欧諸国からの出稼ぎが増えた。

 オーストリアの人口は約800万人だが、登録していない不法滞在者を含めると、120万人以上の外国人が住んでいると概算されている。失業率は4・5%で、ヨーロッパで最も低い国の一つだが、外国人労働者の増加は、人々に「いつか外国人に仕事を奪われるのではないか」という不安を抱かせることなった。

 西欧諸国は今、国家を越えて自らをEUとして統一しようとする途中にあり、それにはオーストリアも参加している。EUは昨年、通貨の統合をスタートさせ、次はEU域内の人々が、EU内のどこの国で働いても良いという、労働市場の統一を進めようとしている。その一方で、ハンガリー、チェコ、ポーランドという東欧の国々をEUに参加させる交渉も進んでいる。

 労働市場の統一されると、今よりもっと多くの外国人労働者が来ることは確実であるため、人々の不安が強まり、「外国人が多すぎる」という主張を展開する自由党のハイダー党首への人気が増し、EUへの積極参加を進める社民党への支持が減る原因となった。

▼抑え込まれる「国家」の力

 EU統合の中核となっているフランスやドイツの指導者は、統合の分野を通貨や市場といった経済から分野から、軍事や政治の分野に広げていきたいと考えている。経済だけを統合して政治を統合しないと、政治的に各国が分裂した場合、経済統合も崩壊してしまうためだ。EU内で「国家」の力を弱めない限り、統合は不完全な状態だといえる。

 1994年には、イタリアでファシストの流れを汲む極右政党が連立政権に参加したが、この時はEUはまだ、通貨統合をするかどうか、という段階であり、政治統合の時期ではなかったので、極右の政権参加は大して批判されなかった。だが昨年、EUの通貨統合を成し遂げた独仏の指導者たちは、政治統合を進めるときがきたと考え始めた。

 そこにまず発生したのが、昨年春のコソボ紛争だった。ドイツはこの戦いで、第二次大戦後初めて「空爆」を行い、軍事面の「戦後」が終わったことを印象づけた。その後EUは、NATOから独立した統一軍を作る話を進めている。

 コソボ紛争が激化した際、NATOを構成する欧米諸国は、セルビアが自国の一部であるコソボに対して何をすべきかという内政問題に干渉していることを認めつつ、「人権は国権よりも重視される」という新たな理論を掲げ、セルビアに対する空爆に入った。これ以後「内政干渉」はタブーではなくなり、「国家」は外堀を埋められた。

 そして、次に起きたのが、今回のオーストリアの「極右」騒動だった。フランスやドイツは、「オーストリアに影響され、ヨーロッパ各国で台頭しつつある極右が力をつけ、醜い人種差別が広がってしまう」という論調を広げ、ハイダー氏と自由党の政権入りを防ごうとした。ハイダー氏は1995年にオーストリアがEUに加盟した際にも猛反対しており、EU事務局にとって迷惑な存在である。

 だが自由党とハイダー氏は、民主的な選挙で支持を集めてきたのも事実だ。ハイダー氏が悪いとしたら、オーストリアの有権者そのものが悪いということになり、民主主義を否定することになってしまう。

 その点について、EUを代表する人々は「これからのヨーロッパでは、一国だけの意志より、EU全体の意志が優先される」という、新しい理論を打ち出している。オーストリア人の多くがハイダー氏を支持しても、フランスやドイツで、より多くの人々がハイダー氏を嫌悪している(はずである)以上、欧州全体の民主主義で考えると、ハイダー氏は政権をとってはならない、という主張である。

 だが、EUがそうした理屈でオーストリアに対する批判を強めるほど、当のオーストリアの人々は、自分たちの選択が実現できないという抑圧感を持ち、それは結局ハイダー氏に対するさらなる支持を誘発することになる。昨年10月の選挙で27%だった自由党の得票率は、最近の世論調査では30%を超え、選挙を今やれば、第1党の社民党を抜く可能性が出ている。

▼人々の支持を失っていた「55年体制」

 そもそも、ドイツやフランス、アメリカの新聞が大騒ぎしているのに対し、オーストリア国内では、今回の政権交代は、あまり危険なものとは受け止められていない。

 その理由の一つは、崩壊した社民党・国民党の連立政権が、すでに人々の支持を失っていたからだ。この連立政権は、日本の「自民党55年体制」と同様、冷戦下に安定した自由主義体制が続くよう、1955年に英米の連合軍が置いていったシステムで、冷戦が終わって10年たち、すでに時代遅れになっていた。

 このシステムは「比例制度」(Proporz)と呼ばれ、社民党と国民党が、役所や公共企業などの利権ポストを、バランスよく占めあう「談合」的なものだった。戦前のオーストリアは政党間の争いが絶えず、そのことがナチスの台頭を招いてしまったとの教訓から、このシステムが導入された。その点で、戦後日本の政治・官僚システムと同じ歴史的背景を持っている。

 冷戦後、EU統合と、世界的な自由市場化の流れの中で、公共企業は民営化せざるを得なくなったが、連立与党、特に社民党は、新しい時代に合った政治システムを作り直すことができず、政権を明け渡すことになった。

▼警戒すべき点もあるハイダー氏

 とはいえ今後、ハイダー氏らの新政権が上手にオーストリアを運営できるかどうか、懸念もある。オーストリアはこれまで、高福祉国家だったが、それを自由競争重視型の低税率・低福祉国家に変えていくことは、国民の人気を失う可能性があるからだ。

 この難しさは、オーストリアだけでなく、西欧の多くの国が抱えている。西欧では最近まで、高福祉国家の理念が維持され、税金も高い代わりに、老後の心配もない、という体制が維持されてきた。だがEU統合で労働市場が自由化されると、失業者や移民の人々は、社会保障が手厚い高福祉の重税国に集まり、その半面、高給取りは税金を取られたくないので、低福祉・低率税制の国に引っ越すようになる。そのままだと高福祉国家は破綻してしまうので、福祉を切り捨てざるを得なくなる。

 閣内に入らなかったとはいえ、新政権で重要な役割を果たすとみられるハイダー党首が、これまで折に触れてナチス擁護の発言をしてきたのは、ナチス信奉者だったからではなく、自分の人気を高めるためなら、どんなスタンスでも取るという姿勢があったからだ。

 この日和見主義は、自らの人気が下がりそうな時、わざと紛争を起こし、世論を他に向けるという手段をとりがちだと予測され、その点ではハイダー氏は警戒すべき人物といえる。


●英語の関連記事

●日本語の関連ページ

  • 「心の統一」が進まない東西ドイツ
    ドイツ統一から10年近くたったが、旧東ドイツの人々の、旧西ドイツの人々に対する心情は「統一」に程遠い。東ドイツには、資本主義社会に適応できない自分たちが、西ドイツの人から見下されていると感じる人が多く、西から東に引っ越した人が、周囲から仲間はずれにされるケースも起きている。東ドイツでユダヤ人やトルコ人を排斥する運動が盛んになったのも、この劣等感の裏返しといえる。(1999年10月27日)

  • 欧州に密入国移民を送り出す「闇のシルクロード」
    イランやトルコから、バルカン半島を通ってヨーロッパに至る「シルクロード」は、オモテの旅行者や貿易商品だけでなく、麻薬や密入国移民など「ウラ」の商品や人々にも使われている。そのルートには海をわたる「青い道」と、山や森を越える「緑の道」があるのだが、ヨーロッパの当局が、国境管理を厳しくしても、侵入を防ぎ切れない状態だ。(1999年10月19日)

  • 暗い過去からの脱皮を目指すドイツ
    西東の統一から10年、ドイツは今年、50年ぶりに首都をベルリンに戻す作業に追われている。冷戦時代の暗いイメージを脱し、ヨーロッパの中心になることを目指すベルリンだが、首都移転の背景には、ナチス時代の国家的犯罪に対する贖罪の時代を終わりにしたいという、ドイツの人々の意志がうかがえる。(1999年7月5日)

  • 通貨統合で世界最強への復活めざす欧州
    ヨーロッパで通貨統合が現実しつつある。気質が全く違うゲルマン系とラテン系が、喧嘩しつつも統合に向かう姿は感動的ですらある。だがその裏には、福祉国家構想が冷戦時代の遺物となった、大きな時代変化への対応策が秘められている。(1998年5月9日)

  • ユーゴ戦争:アメリカ色に染まる欧州軍
    コソボ空爆はアメリカにとって、NATOに「世界の警察官」としての役割の一翼を担わせるための戦略のひとつだ。冷戦後のNATOを、欧州の自衛のための組織にしようと考える欧州諸国に対して、アメリカは「コソボの人権侵害を放置するのか」と詰め寄り、「内政干渉」という言葉を廃語にしてしまうような、新たな戦争を始めた。アメリカは日本に対しても、北朝鮮の問題をめぐって、似たような要求を突き付けている。(1999年4月5日)

  • Yahoo! Japan トピックス : オーストリア新政権

  • 「ホロコースト」の商業化



田中宇の国際ニュース解説・メインページへ