「心の統一」が進まない東西ドイツ
1999年10月27日 田中 宇
旧東ドイツで「オスタルジー」(Ostalgie)という造語が生まれている。「ノスタルジー」(懐古主義)と、東ドイツの人を意味する「オッシー」(Ossi)とをかけ合わせた言葉だ。その意味するところは「何でも東ドイツ時代の方が良かったと言う人」である。ドイツが統一して10年近くが過ぎようとしているが、旧東ドイツの人々の、旧西ドイツの人々に対する心情は「統一」に程遠い状態だ。西ドイツの人々に対する違和感と反感、劣等感などから、仕事の事情などで旧東ドイツに引っ越した旧西ドイツの人々が、周囲の人々から仲間はずれにされるケースも起きている。
1989年にベルリンの壁が崩壊する間際、東ドイツの人々は、社会主義政権の崩壊と、西ドイツとの統一を、大きな希望を持って迎えた。だがその後、人々の仕事場だった国営企業が潰れて失業が20%前後まで増え、無料だった病院は有料になり、お金がなくてもバカンスに行ける環境も失われた。そんな、社会主義の失われた過去を懐かしみ、資本主義を押し付けてきた西ドイツを嫌悪する人々が、旧東ドイツ地域で増えている。
東西ドイツは対等に統一したのではなく、西が東を併合したため、東の人々は、急に資本主義システムの中に投げ込まれることになった。上手に対応できない人が多く出てくるのは、当然とも言える。先日、ノーベル文学賞を受賞したドイツの作家ギュンター・グラスは、ドイツ統一に伴うマイナス面について、1938年にナチスドイツがオーストリアを併合した時の状況に似ている、とまで指摘している。
最近ドイツで出版された「Neuland」("新しい土地")という本は、東西ドイツの「心の対立」を象徴している。ガブリエラ・メンドリング(Gabriela Mendling)という女性が書いた、この体験記には、西ドイツのルール地方から、東ドイツのポーランド国境の町へ、4年前に引っ越してきた著者が、就職差別や、近所の人々からのいじめを受け続けた経緯が書かれている。
初版1500部のこの本は出版当初、大して注目されなかったが、地元の作家が地元紙の紙上などで、この本に対する強い攻撃を開始し、抗議行動を人々に呼びかけてから、状況が変わった。
それ以来、著者の家には脅迫電話がかかり、駐車中の自家用車にスプレーが吹き付けられたりした。著者は、鬱屈した心のはけ口を求めていた地元の人々にとって、格好の敵になったといえる。本はドイツの全国的な話題となり、第5版まで増刷するに至った。
この本に対して、この本の攻撃をした地元作家は、筆者のメンドリングが、東ドイツより西ドイツの人々の方が優れているという視点に立ち、東ドイツの人々を見下した筆致になっていることが許せない、と述べている。また、東ドイツでユダヤ人やトルコ人に対する排斥運動が盛んになっているのも、メンドリングに対する攻撃と、同じ根を持っている、という。
こうした状況をみると、たとえば今後、韓国と北朝鮮が統一したら、似たような状況が起きるだろうと予測できる。10年前、ベルリンの壁が崩壊するのをテレビで見ながら、思わず涙が込み上げた、という経験を持つ人は多いと思うが、その後のドイツの状況は、人間の「業苦」のようなものを感じさせずにはおかない。
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