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イスラエルの拡大

2025年3月26日   田中 宇

イスラエルが、ガザからパレスチナ人を追い出す民族浄化の戦争を再開している。
イスラエルは、トランプが米大統領に返り咲いて諜報界の英国系を潰して多極化を進める動きに協力する見返りに、建国時からの念願だったパレスチナ抹消を進めることをトランプから支持され、トランプが再選への動きを開始した後の2023年秋にハマスを引っ掛け、ガザ市民を追い出す民族浄化の戦争を開始した。
White House: Trump ‘Fully Supports’ Israel’s Gaza Slaughter

パレスチナ問題(1947年の国連の分割決議など)は、諜報力が強いイスラエルを脅威とみなした英国系が、イスラエルの建国戦争の完遂を阻止する策として用意した。
トランプが英国系を潰すと、イスラエルは英国系のくびきから解放され、パレスチナを抹消しやすくなる。
イスラエルの虐殺戦略

ガザ開戦以来、イスラエルはガザ市街を徹底的に破壊して居住不能にして、市民がガザでの居住をあきらめ、米国やUAE(アラブの親イスラエル派)などが提案する移住先に集団で出ていく流れを作ろうとしてきた。
ガザ市街はほとんど破壊された。イスラエル軍は、ガザとエジプトの国境線(フィラデルファイ回廊)を管理者のエジプトから奪って抜け穴を作ってガザ市民がエジプトに密出国できるようにしたと推測される。
だが、大半の市民は集団意識としてのパレスチナ建国の大義にこだわり、避難民としてガザに住み続けて出ていかず、パレスチナ抹消は進まなかった。
US still searching for state to accept Palestinians from Gaza, Israeli cabinet told

トランプはイスラエルに対し、自分の大統領就任時までに戦争(市街破壊)によるガザ市民の追い出しが進まない場合、いったん停戦して外交策に切り替えることを求めていた。
この線に沿ってハマスとイスラエルは今年1月にいったん停戦し、トランプやUAE、サウジなどが動いて外交的にガザ市民の集団移住を進めようとした。
パレスチナ抹消に協力するトランプ

だが、アラブ諸国や欧州などに残る英国系勢力は、パレスチナの大義を放棄したがらず、集団移住を拒否し、国際資金を集めてガザ市街を5-10年かけて再建していくエジプト案が、トランプに対抗するかたちでまとめられた。
外交策ではパレスチナ抹消を進められないとみたネタニヤフのイスラエルは、3月19日にハマスとの停戦を打ち切ってガザへの軍事攻撃を再開した。これから数か月は戦闘が続くと指摘されている。
Israel Planning More Aggressive Invasion of Gaza

イスラエルはトランプと組むことで、パレスチナ抹消(建国戦争の完遂)だけでなく、近隣のレバノンとシリアからのイラン系勢力の駆逐、それからアラブ諸国(特にサウジ)との和解・国交正常化という3つの大戦略を同時に進めている。
これは無謀な策に見える。パレスチナ抹消を試みたら、アラブ諸国と和解できるはずがない。イランもイスラエルを全力で敵視して引かない。みんなそう思うだろう。だが実際は、大戦略が3つとも意外に進んでいる。
イスラエル5正面戦争の意図

イラン系の駆逐は、レバノンでもシリアでも成功し、おおむね完了した。イスラエルは昨年11月、レバノンでヒズボラの幹部たちの隠れ家を割り出して次々に暗殺し、ヒズボラの戦闘能力を大幅に落とした。
その後に形成されたレバノン政府は親米(米傀儡)でイスラエルを敵視しない。イランはレバノンでの影響力が大幅に落ち、代わりに昔イラン系に追い出されたサウジがレバノンの支援者として戻ってきた。
厚顔無恥なイスラエルの成功
A US stranglehold on Lebanon: Scorched earth policy aimed at total surrender

シリアでは昨年12月、アサド政権との内戦に負けてトルコ国境のイドリブに蟄居させられていたアルカイダ系の諸勢力の一つであるHTS(レバント解放機構)が決起し、わずか11日間の戦闘でアサド大統領を追い出して政権を奪取した。
突然出てきたHTSが政権を取れたのは、長年の諜報活動でシリアの内情や軍事状況を把握していたイスラエルに支援されていたからだ。イスラエルは、それ以前にレバノンであっさりヒズボラを潰し、ヒズボラを支援していたイランを驚愕させて撤退させた。
‘Syria can be Israel’s best friend in the region,’ says Syrian scholar in exile

イスラエルはイランに対し、次はイスラエル傀儡のHTSがアサド政権を倒すが、その際にアサドを支援するなと加圧し、了承させた。アサド政権はイランの支援を得られないままHTSに攻められて降参しモスクワに亡命した(プーチンは多分こうなると知っていた)。
シリア新政権はイスラエルの傀儡

HTSとイスラエルは、アサド政権が残した軍事施設や軍事技術者、アラウィ派などの治安関係者の多くを破壊・殺害し、シリアを二度とイスラエルに対抗できない弱い国にした。イランとアサドが排除され、HTSのシリアは今後ずっとイスラエルの傀儡国になる。
このように、イスラエルの3つの大戦略の一つである「シリアとレバノンからイラン系を排除してイスラエルの傀儡国にする」という目標は、トランプ就任前にすでに達成されている。
Over 8,000 Syrian Alawites Flee To Russian Base Amid Jihadist Killings: 'We Need Russian Protection'
今後のシリアとイスラエル

イスラエルの大戦略のもう一つ、サウジを筆頭とするアラブ諸国との和解は、トランプ政権1期目の2020年に「アブラハム合意」としてすでに始まっている。
アラブ人の多くはまだ反イスラエルなので、全体の合意を重んじるアラブ盟主のサウジは、パレスチナ国家の建設が先だと言って、まだイスラエルと国交正常化していない。だがサウジの子分として自由に動けるUAEは、アブラハム合意でイスラエルと国交正常化し、ガザ市民を集団移住させるパレスチナ抹消策を支持している。
Israel slams Arab summit adoption of Egyptian alternative to Trump's Gaza plan

UAEの親イスラエル姿勢は、サウジ(権力者のMbS皇太子)の本音部分の意に沿ったものと推測できる。MbSが最重視しているのはパレスチナの大義や人権でなく、サウジ王政の権力維持だ。
イスラエルは強烈な諜報力を持っている。イスラエルの意にそぐわないと、アサドやヒズボラのように、サウジも政権転覆ないし軍事的に潰されかねない。イランはイスラエルの諜報力を恐れ、レバノンとシリアから撤退した。
Egypt’s Gaza Plan impeded by Arab pettiness

これから米国の覇権が低下すると、もう米国はサウジを守ってくれない。だからMbSはイスラエルと仲良くしたい。
「仲良くしたいけど、アラブ人の多くはパレスチナにこだわって反イスラエルなので、簡単に国交正常化できない。事情を理解してほしい」と、MbSは米イスラエルに伝えているはずだ。
サウジだけでなく、エジプトもヨルダンも似た状況だ。エジプトとヨルダンは、サウジからの資金援助がないと経済破綻する。しかも両国とも、かなり前からイスラエルの傀儡だ。
UAE Lobbying Trump White House To Reject Arab League Gaza Plan

これまで英国系の覇権(善悪決定権も)が強かったので、イスラエルのリクード自身が、英国系が求めるパレスチナ国家の建設を建前だけ受け入れてきた。アラブ諸国もパレスチナ支援を正義として掲げてきた。
だが911以降、英国系が自滅していき、トランプが今とどめを刺している。英国系覇権の消滅を見越して、イスラエルは3つの大戦略を推進し、多極型世界における中東の覇権国を目指している。サウジなどアラブ諸国やイランは「逆らったら潰すぞ」とイスラエルに脅され、イスラエルの覇権拡大やパレスチナ抹消を黙認していく。
US and Israel look to Africa for resettling Palestinians uprooted from Gaza

今はまだアラブ諸国の上層部だけがイスラエルに追従しているが、いずれ民衆やイスラム主義者たちも現実を受け入れていく。それまでの間、イスラエルは民族浄化の戦争と停戦を繰り返し、新たな現実を定着させていく。
ひどい人道犯罪・人権侵害だ。イスラエルを許すべきでない。そう思う人が多いだろうが、そのような気持ち自体がイスラエルの圧倒的な軍事諜報力によって押し潰されていく。
覇権の暗闘とイスラエル

トルコでは、独裁・権威主義的なエルドアン大統領が、次の選挙で自分を打ち負かしそうな野党候補であるイスタンブール市長のイマモールに濡れ衣をかけて逮捕し、政争と反政府運動が激化している。イスラエルがエルドアンを好めば、エルドアンは野党を蹴散らして権力を守れるが、イスラエルがエルドアンを脅威と感じたら敗北させられ、トルコは混乱して自滅させられる。
Turkiye’s breaking point: Erdogan moves to crush his biggest electoral threat

トルコの北にあるコーカサスでは、イスラエルが支援する先をアルメニアからアゼルバイジャンに石油が理由で鞍替えしたので、アルメニアは占領していたナゴルノカラバフを放棄してアゼルバイジャンに渡さねばならなくなった。
アルメニアを捨てアゼルバイジャンと組んだイスラエル

それほどに、国際政治におけるイスラエルの力は強い。諜報界出身のプーチンは、もちろんイスラエルを大事にしている。
これまでイスラエルに「びんのふた」をしていた英国系の消失で、いろいろすごいことになっている。
トランプとプーチンで中東を良くする

トランプがイランに原子力開発をやめさせて和解しようとしていることと、米軍のイエメン空爆と、バンス副大統領の戦争反対を宣伝するためにシグナルアプリでネオコンに意図的に情報漏洩したことの連動性も書こうと思ったが、書ききれない。あらためて書くか、書かずに流してしまうことになる。
Was This 'Leak' Accidental Or Is It Pro-War Psyops?
White House Demands Iran Give Up Entire Nuclear Program, Including Civilian Enrichment



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