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今後のシリアとイスラエル
2024年12月12日
田中 宇
アルカイダ系のHTS(レバント解放機構)がアサド政権を転覆した直後のシリアを、イスラエル軍が空爆・地上侵攻した。イスラエルは350発のミサイルを撃ち込み、シリア各地にあったアサド政権の軍事基地、兵器庫などを破壊した。シリア政府軍の軍備のほとんどが破壊された。ラタキアの海軍基地もミサイル攻撃し、シリア海軍の装備をすべて破壊した。
(Israel’s frenzied reality: When destroying an enemy navy isn’t the top news story - analysis)
(Israel conducts more than 300 air strikes across Syria)
イスラエルは、1960年代にシリアから奪って占領しているゴラン高原から、シリア内部に10キロ侵攻し、クナイトラまで幅10キロの地域を緩衝地帯として半永久的に占領する。イスラエル軍は一時、緩衝地帯からさらに内部のダマスカス近郊まで侵攻し、シリア側の軍事拠点などを破壊した。イスラエルは、これまでいずれ返すと言っていたゴラン高原の不返還・併合も宣言した。
(IDF Tanks Reach Just 25km From Damascus As Netanyahu Declares Golan Is 'Ours Forever')
(Syrians say Israeli army within 25km of capital Damascus)
イスラエルは、シリアの新政権がアルカイダ系のテロ組織(の出身)なので今後イスラエルを攻撃してくる可能性があり、その対策としてシリア国内の兵器類を徹底破壊する安全確保策をやったと言っている。
イランやトルコやカタールは、イスラエルの侵攻は安全確保策でなくシリアの不法占領が目的だと非難している。
(Israel Incursion in Syria Not a Protective Move, But Full-Blown Offensive)
(Why are Iran and Turkey moving to condemn Israel’s role in Syria?)
ゴラン高原やクナイトラの占領は、国際法上の不法行為だが、同時に、今後のシリアがイスラエルの敵味方どちらになるのか不透明な状況下で、シリアの兵器類をできるだけ破壊しておくのがイスラエルの安全確保になるのも事実だ。
('Any sane country would do this': Bennett denies IDF advance on Damascus, outlines defensive needs)
とはいえ、さらに考えると、今後のシリアが敵味方どちらになるのか、イスラエルの上層部は知っているのでないかとも思える。
今回のイスラエルのシリア大規模空爆と侵攻に対し、シリアの新政権になったHTSは、何の反応もしていない。侵攻を黙認している。
アサド政権はイスラエルと敵対していた。HTSもアルカイダ系なので(もともと)イスラエル敵視なはずだ。
(Operation 'Bashan Arrow': IDF destroys over 350 Syrian Military targets)
ふつうに考えれば、HTSのシリア暫定政府は、イスラエルの侵攻や空爆、ゴラン高原不返還の宣言に対し、即座に非難する声明を出すはずだ。ダマスカス近郊でHTSとイスラエル軍が交戦、などという展開がむしろ当然だった。だが実際には、HTSはイスラエルの侵攻を黙認した。
HTSは、かつてのイスラエル敵視をこっそり捨て去り、今はもうイスラエル敵視でないと考えられる。HTSは、イスラエルを敵視しないだけでなく、イスラエルと事前に密通し、軍備や諜報の面で支援してもらって今回の政権転覆を実現した可能性がある。
(Iranian ambassador to Syria blames Israel for Assad's fall)
HTSは元アルカイダだが、アルカイダの発祥は、1980年代のアフガニスタンでソ連の占領軍と戦うイスラム主義のパキスタンやアラブの民兵団(聖戦士)で、彼らは最初からCIAなど米諜報界によって組織され、支援されていた。
米諜報界は1990年代後半から、彼らを国際テロリストとして仕立て直し、諜報界が自作自演した911事件をアルカイダの犯行としてでっち上げ、テロ戦争の世界体制を作った。
当時はイスラエルのリクード系が米諜報界を席巻し、中東で米イスラエルとアルカイダが長期に戦うテロ戦争の構図を作り、米国はイスラエルの利益のために恒久戦争を続けることになった。
(リクード系のふりをした隠れ多極派のネオコンやタカ派が自滅的なイラク戦争などを起こし、この策を自滅させたが)
アルカイダが弱まると、米諜報界は新たにISISを作り、テロ戦争の構図を維持した。
こうした経緯を見ると、米諜報界のリクード系が、シリア内戦の負け組としてトルコ当局の傘下・監視下のイドリブで蟄居していたアルカイダ系のHTSを、イスラエルの傀儡勢力として「再雇用」し、イランが引っ込んだ直後のシリアに再侵攻してアサドを倒し、シリアをイスラエル傀儡の国に転換する策をやっても、何の不思議もない。
アサド政権を倒した後、イスラエル軍がシリアに残っている兵器類をすべて破壊するのは、事前に計画されたシナリオだったと考えられる。シリアは軍事的に弱い、イスラエル米トルコの傀儡国として再出発する。
(Israel is reshaping the Middle East as Assad regime crumbles)
ここにおける「米」とは、従来の単独覇権・英国系のリベラルエリートでなく、リクードと連立するドナルド・トランプのことだ。
トランプの中東政策はイスラエルが決めているだろうから、今後のシリアがどうなるかを決めるのはイスラエルだ。
イスラエルとの国際政治力の差を考えると、トルコには拒否権があるぐらいだろう。トルコがイスラエルを非難しているのは、敵味方関係を歪曲するいつものエルドアンの演技だ。
トランプは覇権放棄屋なので、今回のシリア転覆には、プーチンのロシアも負け組のアサドやイランをなだめる役で貢献した。
(Syria’s post-mortem: Terror, occupation, and Palestine)
HTSがイスラエル米トルコの傀儡なら、シリア国内のもう一つの有力な民兵団であるクルド系(SDF)とも、本質的に敵対関係でなく、小競り合いや交渉の後に共存できる間柄だ。クルド系は、トルコ傘下のHTSや、同じくトルコ傘下だがHTSのライバルであるSNAと仲が悪い。だが、クルド系もトルコ系も、米イスラエルからずっと支援されてきた。
アサド転覆後、トルコ国境近くの街マンビジュの支配権をめぐってSNAとSDFが対立したが、交渉の後、SDFが譲歩して和解が成立した。シリアは、内戦に戻りそうな流れになっていない。
(US-backed and Turkish-backed forces sign truce in Syria)
今後のシリアがどうなるかは、基本的にイスラエルが決める。イスラエルは長期的に、中東などの他の諸国から敵視でなく尊重されたい。中東の政治風土では、軍事力や経済力があり、事態を安定させるられる技能もあれば、尊重されていく(欧米のリベラル派やエリートは弱体化し、彼らの意向や政治風土は無視されていく)。
イスラエルが中東で尊重されるには、軍事力でイランを排除した後のこれからのシリアを安定させるのが良い。今後のシリアが安定すれば、トランプもサウジもトルコも中露も満足する。イランやイラクも文句を言いにくくなる。
そう考えると、イスラエル傀儡のHTSは、今後のシリアを、従来のISアルカイダ型の残忍な政治体制にせず、内戦状態を再燃させず、国内諸派が協調して安定していく体制にすると予測される。
(イスラエル敵視の欧米リベラル派のマスコミやオルトメディアは、今後のシリアが混乱すると書きたがるが、それは政治的偏向が入っている。予定通りに進まず、結果的に混乱になる可能性はあるが)
トランプは、米国(を動かす諜報界)を英国系からイスラエル系に切り替えている。イスラエルは返礼として、トランプの大統領就任に間に合うようにアサドを転覆し、シリアを新政権にした。就任式のころにシリアが安定していく流れが見え出すと、トランプは自分の功績にできる。
(私の前回の記事で、トランプが「シリアは米国に関係ないので介入すべきでない」と発言したのでシリアは内戦悪化になるのでないかと書いたが、あの発言は、シリアが内戦になるので関与しないという意味でなく、米軍をシリアに介入させないためのものだったかもしれないと再解釈できる)
(シリア政権転覆の意味)
トランプはシリア以外でも、中東各地の戦争を終わらせて安定させることを自分の功績にしたい。それは、サウジアラビアとイスラエルを正式に和解させて国交を樹立させる「アブラハム合意」の推進や、イランが核兵器開発を放棄する代わりに米欧が対イラン制裁を解除する交渉のやり直し(オバマが開始したJCPOAを廃案にして別の交渉を始める)などだ。
トランプの中東担当の上級顧問になったマサド・ボウロスは最近、仏雑誌(Le Point)のインタビューで、これらのことを語っている。
(Massad Boulos, Trump’s new Middle East adviser, touts roadmap to Palestinian state)
ボウロスは、アブラハム合意を進めてサウジとイスラエルを和解させたいが、それにはサウジが条件とする「パレスチナ国家設立への道筋を示すこと」が必要だと言っている。
サウジは、イスラエルとの正式和解の条件としてパレスチナ国家設立を掲げているが、それは「パレスチナ国家が設立されない限りイスラエルと和解しない」ということでなく、パレスチナ国家設立への道筋を示せばイスラエルと和解するという話だとボウロスは言っている。
これは、いずれパレスチナ国家が設立されるという道筋をイスラエルが提示すれば、サウジは満足するという話に見える。「いずれ」とはいつなのか問わないことを暗黙の了解として。セムハムの人々がやりそうな取引だ。
リクード系が支配するイスラエルは、パレスチナ国家の設立を絶対に認めず、パレスチナをどんどん破壊している。パレスチナ国家が設立されたらイスラエルと和解する、という話では、永久に和解できない。
パレスチナ国家の設立はもともと英米がイスラエル(を弱めるため)に要求したことであり、サウジなど中東諸国の発案でない。パレスチナ人がヨルダンやエジプトで平和に暮らせるなら、独自国家を持たなくても良いと、サウジなどアラブの上層部は考えている。
しかし、パレスチナ国家設立の条件を外してイスラエルと和解すると、それはアラブの民衆にとって、イスラエルの横暴に屈したことになる。アラブの尊厳を守るため、いずれパレスチナ国家を設立することをイスラエルに認めさせれば、和解しても何とか許される。
トランプは、この線でアブラハム合意を進めたいようだ。ガザ戦争とレバノン・シリアの転覆、米国のトランプ化(英国系が潰れ、リクード系が席巻)を経た今、アラブ諸国がパレスチナ問題を盾にイスラエル拒否して包囲し続けるのは得策でない。
中東の現場に住んでいるアラブ諸国は現実主義だ。人道主義(教条主義、善悪固執)の欧米リベラル派(英国系のうっかり傀儡)と違う。すでにリベラル派は無力だ。
イスラエル与党リクードには、トランプ就任前にパレスチナ抹消の公式化となるガザと西岸の併合を宣言してしまう案もあった(それがセイモア・ハーシュにリークされた)。だが、併合宣言は出されそうもない。
リクードはトランプの意向を受け、パレスチナ抹消を公式化せず、表向きだけ「いずれパレスチナ国家を設立する」という2国式の建前を維持し、サウジに最低限の満足・尊厳を与え、アブラハム合意の推進を待つことにした。
サウジがイスラエルと和解したら、他の12のアラブ諸国も追随する。トランプ政権下で、アラブとイスラエルの和解が実現する。トランプのドヤ顔がちらつく。
(イスラエルの安全確保)
トランプは、イランがヒズボラとアサドを見捨ててイスラエルに譲歩して退却したご褒美として、イラン核協議を再開してイラン制裁を解除していく(ライバルのオバマが作ったJCPOAでなく、それを潰して似たようなトランプ式の協議体制を作る)。
イランが制裁を解除されて国際社会に再歓迎され、アラブとイスラエルの和解も実現すれば、次はイランとイスラエルの和解になる。トランプ政権下でそこまで行くのかどうかわからないが、昨秋のガザ開戦から今のアサド転覆までの展開の速さから考えると、今後も意外と早く事態が変わりうる。
全体として、第一次大戦以来中東を分断支配してきた英国系の覇権勢力(リベラル派エリート)がここ数年のコロナ、温暖化対策、ウクライナ、移民政策、覚醒運動などで自滅し、中東分断支配の呪縛が解けたことが大きい。英国系を自滅させたのは米諜報界のリクード系の謀略であり、その果実としてイスラエル(や露中)が強くなった。
トランプがドヤ顔し、プーチンが含み笑いしている。
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