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シリア政権転覆の意味

2024年12月9日   田中 宇

12月8日、シリアのアサド政権があっさり転覆された。アルカイダ系の反政府組織HTSは、イスラエルがヒズボラを制圧してレバノンが停戦した翌日の11日28日に今回の決起を開始し、わずか11日で強かったはずのアサド政権を倒し、アサド大統領をモスクワ亡命に追いやった。
この間の戦闘での死者は兵士772人、市民138人にすぎない。激戦でなく、ダマスカスもホムスもほとんど無血開城だった。アサド政権は徹底抗戦して負けたのでなく、あまり戦わずして負けを認めた。
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独裁者のアサドが亡命していなくなる代わりに、その下のジャラリ首相以下、軍や治安組織を含む政府は丸ごと残り、今後の新政権ができるまでの暫定政府として機能することになった。HTS指導者のジャウラニは、1年半の政権移行期を設け、その間は暫定政府を機能させると言っている。
アサドは、負けが見えた段階でHTSやその背後のトルコ政府などと交渉し、自分が辞めて亡命する代わりに政府機能を残して新政権に継承することでシリアの安定を守ろうとしたのだろう。
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アサドがあっさり負けを認めた最大の要因は、これまでアサドのシリアを守ってくれていたイランが、イスラエルにやられた結果、シリアを守れなくなったからだ。今回イランは、アサドを守るためにシリアに派兵すると宣言したが、口だけに終わって実行しなかった。イランはアサドを見捨てた。
アサドは何度もイランに支援を求めたはずだが、何もしてもらえなかった。アサド亡命後、イランの外相は、今回の戦争でシリアは支援を求めてこなかった(だから支援せず傍観した)と発表したが、大ウソである。
イラン政府は同時に、新政権になってもシリアと仲良くしたいと、ヘラヘラして言っている。こうした態度は逆に、イランの苦境を露呈している。格好良かったイランの無惨な姿。
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イラン傘下のイラクのシーア派民兵団は今回の開戦当初、シリアに越境進軍してHTSと戦うと言っていた。だがイランから止められたらしく、翌日には「下手に進軍すると逆にISIS創設期のようにHTSがイラクに攻め込んできて負けかねない」「アサドは(2017年以来)国連に勧められた民主的な憲法案の施行を拒否するなど、非協力的な部分がある(だから協力しない)」などと理由をつけて進軍の撤回を決定した。これらの結果、アサドの負けが確定した。
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イランは2011年からのシリア内戦で、ヒズボラなど、レバノンやイラクのシーア派民兵団を動かしてアサドを守り、米トルコが支援するISアルカイダ系の勢力を制圧していた(ロシアは空軍でアサドを支援、イランは地上軍で支援)。シリア内戦は、アサドと露イランの勝ち、ISカイダとトルコの負けでほぼ決着がついていた。
これを覆したのが今年10月以来のイスラエルによるヒズボラ・イラン系に対する徹底空爆だった。ドナルド・トランプが大胆な親イスラエル姿勢を打ち出して11月の米選挙で勝っていく過程で、米諜報界ではイスラエル(リクード系)の力が支配的になった。
イスラエルは米国の諜報力を無制限に借用できるようになり、ヒズボラなどの兵器庫や指導部の隠れ場所を正確に把握して次々と破壊し、ヒズボラを事実上壊滅させた。
イスラエルの安全確保

イスラエルは自国の安全確保のため、イランからシリア、レバノンにつながるイラン系の補給路も空爆し、イラン本土にも攻撃を仕掛けた。イスラエルはイランと非公式協議し、イラン本土を徹底空爆されたくなければ、シリアとレバノンから手を引けと要求し、イランがそれを受け入れたと考えられる。
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イスラエルとイランの交渉には、ロシアも関与した。ロシアはイランに対し、イスラエルに譲歩したら、見返りに非米側の有力国として処遇し、今後の多極型世界で有利な立場にしてあげると持ちかけた可能性がある(イランはすでにBRICSに加盟し、中露から有利な立場をもらっている)。
多極型世界の形成を主導しているロシアや中国は、諜報や金融の国際ネットワークの形成や運用に長けているユダヤ人やイスラエルを重視している。中露は、イランをなだめて譲歩させることでイスラエルの安全確保に協力し、見返りに世界の多極化や非米化にイスラエルの協力を得ようとしている。
イスラエルは自国強化のため、イラン系を自国から遠ざけるのと同時に、パレスチナ抹消(ガザと西岸の民族浄化)も進めている。中露は表向きパレスチナ国家の建設を支持しているが、実際はパレスチナを抹消するイスラエルをこっそり支持している。中露は、口だけ以上のイスラエル批判をしない。
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イスラエルは中露だけでなくトランプとも組んでいる(トランプの米国優先主義は、裏面が覇権放棄の多極主義であり、中露とトランプは同じ方向性)。
イスラエルに頼まれたトランプがイランに対し、イスラエルに譲歩したら見返りに核開発放棄の交渉(JCPOA)を再開し、米国の対イラン制裁を緩和してやると持ちかけた可能性もある。
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イスラエルは米中露に支持され、思う存分にパレスチナ抹消とイラン系掃討をやり、イランを譲歩させた。ヒズボラが大幅に弱体化し、イランがレバノンとシリアに再進出しないと約束したので、レバノン停戦が11月28日に発効した。
この時点ではまだアサド政権が健在だった。だが、トルコは、アサド政権を軍事的に支えていたイラン系がイスラエルに駆逐されてアサドが大幅に弱体化していること、イランがもうシリアに援軍を出さないこと、今HTSなど傘下の民兵団を進軍させればアサドを転覆できそうなことを知っていた。それで、翌日にトルコがHTSを進軍開始させた。
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HTSなどISカイダ系の民兵団は、少し前まで(イランに支援された)アサド政権の政府軍より弱く、内戦に負けてトルコ国境沿いのイドリブ周辺(非公式に認知された避難地域)に閉じ込められていた。
私は当初、HTSが急に強くなって政府軍を蹴散らしてアレッポなどを占領できたのは、米国の諜報を全取得できるイスラエルが、どこをどう攻撃したら政府軍に勝てるかという軍事諜報を、トルコ経由でHTSに流していたからだろうと考えた。イスラエルは、ヒズボラを潰したように、HTSを使ってアサドを潰させた、という筋だ。
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だが、終わってみると、今回の戦争での死者数が市民も入れて910人と、とても少ない。イスラエルからの諜報提供を受けてHTSが政府軍の拠点を上手に攻撃したのなら、戦死者がもっと増えるはずだ。
今回は、HTSが強くなったのでなく、アサドの政府軍がイランの支援を失って弱くなったから負けたと考えた方が良さそうだ。
アサドは、イランがイスラエルに譲歩した時点で、次は自分がやられると覚悟しており、むしろ国家的な枠組みを残したまま、自分だけ辞めて亡命して円滑な政権転覆を実現した方がシリア国民にとって良いと考えて、早々に軍を退却させたと考えられる。
アサドは亡命の結末を予測していたらしく、妻子を11月末にモスクワに逃避させている。
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イスラエルは昨年秋にガザ戦争(パレスチナ抹消策)を始めた時から、トルコに対し、パレスチナ抹消を黙認してくれたら、見返りにアサド政権を潰してシリアをトルコのものにしていいよ、と持ちかけていたふしがある。
トルコのエルドアン大統領は、表向きイスラエルを猛烈に非難しつつ、裏では石油などの物資をイスラエルに輸出するのを止めずに続け、経済面でイスラエルを支援し続けた。イスラエルとトルコは、今回のアサド転覆を1年以上前から謀議していたと考えられる。
イスラエルはアサド転覆によって、シリアをイランの傘下からトルコの傘下に移し、イラン系が再びシリアに入ってこないようにして自国の安全を確保した。
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中東全体解決の進展

イスラエルはサウジアラビアに対しても、同様の持ちかけをしていると思われる。レバノンは、シリアの影響力が強くなる前、サウジの影響力が強かった。イスラエルがヒズボラを潰し、その余波でトルコがアサドを潰せば、レバノンは再びサウジの影響下に戻っていく。
だからパレスチナ抹消を黙認してくれとイスラエルが持ちかけ、サウジはおおむね了解しているように見える。サウジなどアラブ諸国は(ヘラヘラと)アサド転覆を歓迎している。アラブ諸国は、パレスチナ支持も口だけになっている。
Saudi Arabia says it is satisfied with steps taken to ensure safety of Syrian people

トルコもサウジも、中露も米国も、イスラエルがパレスチナとイラン系を潰すのを黙認ないし支持してきた。イスラエルに譲歩しなよと諸大国から説得されたイランは、多極型世界の大国として認められることと引き換えに譲歩に同意した。この流れの犠牲になって、アサドは転覆された。
The End of Pluralism in the Middle East

シリアは今後どうなるのか。うまくいけば、多様な国内諸勢力が連立する新政権ができて安定する。クルド人に対する自治の付与は必須だ。沿岸部のアラウィ派にも自治が必要かもしれない。
うまくいかない場合、HTSが独裁的にイスラム主義(サラフィ)の政権運営をして、以前のタリバン政権のアフガニスタンみたいになる。もしくは、サラフィ化したダマスカスに地方勢力が反逆し、再び内戦になる。
Change of power in Syria may lead to its split, breakup
Here’s What Has To Happen To Prevent Post-Assad Syria From Collapsing

トランプ就任のころには、今後のシリアがどうなるか見えてくる。アサド転覆が、イスラエルからトランプへの贈り物・当選のご祝儀だとしたら「オレがシリアを良くしたんだ」とトランプが言えるよう、新政権をうまく行かせる流れが作られるかもしれない。
トランプは今回「シリアは米国に関係ないので介入すべきでない」と発言した。今後のシリアがうまくいきそうなら、自分の手柄にしたいトランプはこんな風に言わない。
トランプの言い方から推測すると、今後のシリアは再び内戦になり、リビアみたいに出口が見えない失敗国家になる。
'Not Our Fight!': Trump Weighs In On Syria's Unraveling

イスラエルは、シリアとの国境線のシリア側に緩衝地帯を作り、軍を配備した。イスラエルは、シリアが内戦に戻ることを考えて対策をしている。
アサドが亡命した直後、イスラエルはダマスカスや南部一帯にあるシリア軍の弾薬庫をミサイル攻撃して破壊した。イスラエルは、HTSなどが、この弾薬を使ってイスラエルを攻撃してくるのを警戒している。
Israel deploys troops to buffer zone with Syria

イスラエルのメディアの取材に対し、イドリブのHTSなどのメンバーたちが、イスラエルのおかげでアサド政権を潰せるので、イスラエルは敵でなく友達だ、と言っている。
やっぱりISカイダはイスラエルの傀儡なんだ、という話になるが、それならHTSなど今後のシリアの政権がイスラエルと国交を結んで仲良くするかといえば、それは疑問だ。そんなことをしたら、他のイスラム主義勢力から非難・攻撃されかねない。
Syria rebels appear to credit Israeli strikes on Hezbollah with aiding shock advance

いやしかし、国家としては、サウジもUAEもエジプトもトルコも、公式・非公式にイスラエルとの友好関係を保っている。HTSなどがシリア国家になれば、公式もしくは非公式に、イスラエルと仲良くしてもおかしくない。
これらの不確定なことがどうなるか、今後しだいに見えてくる。



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