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イスラエルの安全確保
2024年11月29日
田中 宇
11月27日、イスラエルがヒズボラとの停戦に同意した。イスラエルは9月からの戦闘で、ヒズボラの軍幹部のほとんどを攻撃で殺し、兵器庫など軍事拠点の多くも潰したと考えられるので、米国やロシアに仲裁させて停戦した。
(Report: Lebanon Ceasefire To Be Announced, To Begin Wednesday at 3:00 AM EST)
ヒズボラは、イスラエル国境からリタニ川北岸まで撤兵し、その地域に代わりにレバノン政府軍が入って治安維持する。この交代の過程を監視するためにイスラエル軍がレバノンに入る。
交代過程は2か月で終わり、トランプ就任の前後には停戦態勢が確立し、イスラエル軍がレバノンから撤退する。これはネタニヤフからトランプへの「贈り物」の一つ(トランプが戦争を終わらせたという功績の付与)であり、そのため今の時期に駆け込みで停戦過程に入った。
(Significant efforts to end fighting in Lebanon underway with both Trump and Biden support)
イスラエルは今回の戦争で、ヒズボラの軍幹部たちの居場所を把握して次々と攻撃して殺すなど、諜報能力の高さを示した。だがヒズボラが今後、イスラエルが知らなかった兵器庫から撃ってくる可能性はあるので、イスラエルはいつでも停戦を破棄して攻撃再開して良いことになっている。
停戦発効の翌日、11月28日には早速イスラエル軍が停戦を破ってレバノン南部を攻撃している。停戦は、トランプが「オレは、バイデンやオバマが起こした世界各地の戦争を終わらせたぞ」ど言えるようにするための形式だけの話だ、ともいえる。
(Lebanon Accuses Israel Of Already Violating Ceasefire Several Times)
(Dermer to discuss Lebanon ceasefire in US after reported secret Russia visit)
トランプが国防長官に指名したピート・ヘグセスは「米国を愛する者は、イスラエルも愛さねばならない」と表明し、国連やNATOを非難し、戦争における人道行為を義務化したジュネーブ条約を重視しないと宣言した。
ヘグセスの姿勢は、イスラエルのリクード政権の姿勢とほぼ同じだ。やはり、来年から4年間の米国は「トランプとリクードの連立政権」である。
ヘグセスは事実上、トランプ政権下の米軍が人道を無視するとも宣言した。米軍はNATOの主導役なのに、米軍を率いるヘグセスがNATOを非難した。これらも驚きだ。
米国のお墨付きを得ているのだから、イスラエルは人道犯罪をやり放題だ。対米従属は対イスラエル従属。日本や西欧はイスラエルの人道犯罪を絶賛支持せねばならない。
(Israeli government sanctions Haaretz, severs all ties)
(Trump Pentagon pick attacks UN and Nato and urges US to ignore Geneva conventions)
イスラエルの入植者や軍隊は、パレスチナの市民を面白半分に狙い撃ちして殺し続けている。イスラエルは、人道重視でリベラルの「国際社会(英国系覇権下の世界)」を怒らせたり困らせるために、殺戮や民族浄化の人道犯罪をこれみよがしに誇張してリークして、リベラル派やジャーナリストといった「うっかり英傀儡」たちに喧伝させる。
日欧など対米従属な諸国は、そんなイスラエルへの絶賛を義務づけられている。
(Israeli snipers ‘shoot Palestinians for sport’)
ヒズボラはイラン傘下のシーア派民兵団だ。イランは、2011年からのシリア内戦でシリア政府(アサド政権)を支援し、影響圏をシリアとレバノンに拡大して、イスラエルにとって大きな脅威となってきた。
イスラエル(リクード)は今回トランプと組み、米諜報界(DS)のリクード系が米民主党にハリスへの候補交代など自滅策をやらせることでトランプを当選させる見返りに、イスラエルが米国の諜報力や軍事力を自由に使ってイラン系をへこましたり、パレスチナを抹消して良いことになった。
(MAGA Takeover Or Adelson's Proxy Regime? Highlights From Blumenthal, Beattie At Last Night's ZH Debate)
リクード系は1990年代後半、イスラエルをオスロ合意体制から離脱させるため、冷戦終結後に冷や飯を食わされていた米諜報界の米軍産複合体に「居抜き」で入り込み、911事件とその後のテロ戦争を誘発して米国の覇権運営を握った。
だがネオコンなど、リクード系の担当者の中に隠れ多極派(ロックフェラー系)がいてテロ戦争を過激に稚拙にやって失敗させ、イスラエルを守ってくれるはずの米覇権の自滅が加速した。
テロ戦争はアラブの春につながり、シリア内戦はイスラエルの近傍にイラン系やロシアがやってくる結果になった。
(Israeli Cabinet Has Approved A Ceasefire In Lebanon)
テロ戦争は失敗し、リクードはイスラエル内政においても、覇権運営の旧来の主流派だった英国系(リベラル派、イスラエル労働党・米民主党系)から嫌がらせされ、ネタニヤフは常にぎりぎりの政権運営が続いた。
そこにドナルド・トランプがあらわれた。リクード系は当初トランプを警戒し(米ネオコンは反トランプ)、トランプからすり寄られても冷たくあしらい、2020年に米民主党が選挙不正をやってトランプを蹴落とすのを黙認した。
だが、コロナや温暖化対策やウクライナ戦争など、隠れ多極派の策で米覇権は自滅するばかり。昨年は非米側のBRICsが拡大し、米覇権が崩壊して世界が多極型に転換する流れが確定した。
リクード系は多極派やトランプと積極的に合流する方向に転換し、見返りに、英国系から強要されてきたパレスチナ国家を抹消し、イスラエル国内の労働党系も潰し、ヒズボラなどイラン系をへこまして良いことになった。
(Lebanon, Hezbollah Agree To US-Proposed Ceasefire With Israel After Especially Bloody 24 Hours)
米国の諜報力を存分に使えるイスラエルは、イラン系の軍事拠点を正確に破壊し続けている。イランやシリア(アサド政権)は、イスラエルに反攻する気力を失っている。
戦うより、イスラエルが望む周辺地域からのイラン系撤退を受け入れ、冷たい和平関係を結んだ方が良い。イランやシリアはそう考えている(と推測される)。レバノンの停戦は意外にうまくいくのでないか。
イランが影響圏の縮小を我慢するなら、トランプは自分がかつて潰したイラン核協議(JCPOA)を復活し、米イラン関係を回復しても良いと示唆している。
(Talks on Iran Nuclear Deal to resume soon, Iranian foreign minister says)
イスラエルはシリアからゴラン高原を奪って占領している。イスラエルは従来、いずれシリアと交渉してゴラン高原を返す姿勢だったが、今回それを転換し、もうゴラン高原は返さないことにした。イスラエルが最近、ゴラン高原とシリア本土との間に隔離壁を建設していることから、その転換がうかがえる。イスラエルは前より強気だ。
(Is Israel expanding territorial control toward Syria?)
(Separation or provocation? Israel resurrects the ‘Golan Wall’ project)
セイモア・ハーシュによると、イスラエルは、トランプ就任前の今年中に、ヨルダン川西岸地域をイスラエル本体に併合することを宣言し、西岸からヨルダンへのパレスチナ人の追放を加速する。すでに民族浄化をかなり進めたガザと合わせ、イスラエルはパレスチナを抹消していく。
(Israel to annex West Bank - Seymour Hersh)
パレスチナ抹消と、自国周辺(レバノン、シリア)からのイラン系の駆逐は、米国覇権が失われる今後の中東で、イスラエルが国家の安全を確保するために必要な策として昨秋から遂行されている。
イスラエルがこれらの策を進めて大体メドが立ってきた(イスラエルが人道犯罪を犯し終わった後の今さら的な)最近の段階で「国際社会」の側が動き出し、ICC(国際刑事裁判所)がネタニヤフらを人道上の罪で訴追し、逮捕状を発行した。
(ICC warrants are binding, EU cannot pick and choose: Borrell)
「国際社会」におけるイスラエルの信用が失墜した、とマスコミ(英傀儡)が喧伝した。だが実のところ、失墜してしまったのは「国際社会」や英米覇権体制下のリベラル世界の方だった。イスラエルはかなり前に、国際社会やリベラル世界に見切りをつけている。
ICCの逮捕状に沿ってネタニヤフらが自国に来たら逮捕すると言っているのは、世界の中で英国ぐらいだった。リクード系の消極傀儡である米バイデン政権はICC逮捕状を拒否し、米傀儡である独仏も、ネタニヤフを逮捕しないと表明した。
(London confirms Netanyahu faces arrest in UK, Germany defies ICC warrants citing 'Nazi history')
EU内で、リベラルや英国系を嫌ってトランプを絶賛支持してきたハンガリーのオルバン首相に至っては、ICC逮捕状にわざと逆らい、ネタニヤフを自国に招待した。
そもそも、イスラエルの人道犯罪を止めるには遅すぎる今回のタイミングで執行されたICCの逮捕状は、イスラエルを罰するためでなく、国際社会や英国系の瓦解を露呈するために、リクード系や隠れ多極派がICCにやらせたのでないかと勘ぐれる。ネタニヤフらに対するICCの有罪判決自体は今年5月に出ていた。
(Viktor Orban Invites Netanyahu To Visit Hungary, Flouting ICC Arrest Warrant)
こんな状態の中で、独自の良い味を出しているのがトルコのエルドアンだ。彼は最近、カタールを追放されたハマスの幹部たちを引き取って自国に住まわせた。
カタールやサウジなどアラブ諸国の上層部は、リクードと一体化したトランプが米国を握ったのを見て、イスラエルと対立する気力がかなり低下している。アラブ上層部のパレスチナ支持・支援は口だけになっており、ハマスは見捨てられた。
そのハマスを、トルコが拾った。エルドアンは、イスラエルと対立する位置に自国を置いた。トルコは今後もイスラエルの敵を演じ、表向きイスラエルを非難しつつ、裏ではイスラエルとの貿易関係を維持して経済面で救済してやり、国際・国内政治と経済の全面で、得られるものを最大限に得ていこうとしている。
(Turkey Accused Of Hosting Hamas Political Office After Relocated From Qatar)
(Is Turkey's big break with Israel for real?)
エルドアンは欧州(欧米)敵視の傾向が強いが、欧米の権化であるNATOを辞めずに居座り、むしろ内側からNATOを壊している。
トランプが国防長官に指名したリクード系のヘグセスは、エルドアン敵視だ。トルコが加盟しているからNATOはダメなんだとヘグセスは言っている。
エルドアンとヘグセスというNATO嫌いの2人が、NATOの中で喧嘩し続け、ますますNATOを機能不全に陥れて内側から壊していく謀略を展開している。
(On Middle East, will Trump follow his instincts or hawkish advisors?)
シリア内戦においてエルドアンは、米諜報界(軍産・リクード系)が作ったアルカイダIS系テロ組織の反政府勢力を支援してきた。ヒズボラなどイラン系とロシアに支援されたアサド政権が勝っていく中で、ISカイダとトルコは負け組になり、ISカイダはトルコ国境に近いシリア北部のイドリブに押し込められていた。
だが、イスラエルがレバノンとシリアのヒズボラの軍事拠点を空爆してかなり壊滅させ、それが一段落して停戦が11月27日に発効した直後の11月28日、トルコ傘下のISカイダがイドリブからアレッポ周辺へと侵攻し、シリア政府軍に対する反撃を開始した。
イスラエルがヒズボラを潰してシリア政府軍側が弱体化したことに乗じて、トルコが反攻を開始し、シリア内戦を再燃させ始めた。
(The Terrorist Offensive In Aleppo Is Meant To Deliver A Coup De Grace To Syria)
トルコ当局は、ISカイダの反攻は防衛的・限定的なものであり内戦の再燃でないと言っている。本当にそうなのかはわからない。アレッポが陥落したら、次はダマスカスだ。イスラエルに防衛力を削がれたアサド政権が倒される懸念がある。
もしアサド政権が潰れても、シリアがイラン傘下からトルコ傘下に移るのであれば、イスラエルにとって大した問題でないので米国も黙認する。
イスラエルの安全確保は進みつつあるが、まだ中東情勢は流動的だ。
(Turkey says Syrian rebel assault near Aleppo is a 'limited operation')
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