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パレスチナ抹消に協力するトランプ
2025年1月30日
田中 宇
ドナルド・トランプ米大統領が、ガザの瓦礫の山の間に住んでいるパレスチナ人の住環境を懸念(する演技を)して、人道救済策としてガザ住民をエジプトやヨルダンに移住させるべきだと繰り返し発言し、エジプトとヨルダンに協力を要請した。
トランプの提案は、停戦したガザを再建していく計画(建前論)と連動して発せられ、ガザが再建されるまでの間、市民を瓦礫の中でなくまともな住環境のエジプトなどに住まわせたいという趣旨(建前)になっている。トランプは、同じ趣旨の発言を1月25日と27日に発し、繰り返すことで本気さを強調した。
(US President Trump reiterates wish to move Gazans to Egypt, Jordan)
エジプトやヨルダンなどアラブ諸国は、イスラエルの台頭を防ぐ策として英国系(英米覇権)が考案したパレスチナ国家の創設案(2国式、パレスチナ分割案)を、イスラエルとの中東戦争で惨敗した後で支持し、この目標のために、イスラエルがガザを破壊して住環境を悪化させてもガザ市民がエジプトに越境することをかたくなに拒否してきた。(パレスチナ人はアラブ人だが)
米英もアラブの態度を支持してきた。今回も、エジプトとヨルダンはトランプの要請を明確に断った。ガザ市民をいったん外に出したら、戻すのは難しい。
(Why Egypt and other Arab countries are unwilling to take in Palestinian refugees from Gaza)
イスラエルでは、かつて労働党系が、英米覇権の要求に素直に従って2国式のオスロ合意を結ぶことで問題解決しようとした。だが、2国式で作られるパレスチナ国家はイスラエルを攻撃するイスラム主義勢力を強め、イスラエルを恒久内戦に引きずり込んで潰す英国系の新たな謀略になりかねないとわかった。
そのためネタニヤフら右派のリクード系がラビンを暗殺し、労働党系を追い出して政権を握り、米国をゆすって協力させ、ガザ西岸からの市民追い出しや市街の破壊など、パレスチナの抹消を試みる今の流れになった。
(Israel tasks UAE with governing post-war Gaza: Report)
トランプは、米中枢(諜報界、DS)を支配して覇権運営してきた英国系(民主党、マスコミ権威筋リベラル)を潰すために政界に入った。トランプは、英国系に対抗して1970年代から米諜報界に入り込んで暗闘・席巻してきたイスラエル(リクード)系と組んで大統領になった。
トランプは米国を英国系の支配から解放し、イスラエルはパレスチナ問題のくびきから解放するのが目標、というウィンウィンな結束になっている。
トランプは、イスラエルをパレスチナのくびきから解放するだけでなく、イスラエルとアラブやイランとの間を緊張緩和して中東を安定させようとしており、ガザ市民のエジプト移住を今後もしつこく求め続ける。
(Trump would like Gazans to live in places without ‘revolution and violence’)
トランプからガザ市民の受け入れを要請されたヨルダン国王は「ガザ市民の受け入れは、短期的なものか、それとも長期か」と尋ね返した。長期だとパレスチナ抹消への協力になるので拒否するが、期限を明確に定めた短期なら考えても良いという意味だ。トランプは「どちらにもなり得る」と曖昧に返答した。
(Trump proposes Jordan, Egypt take in Gazans so decimated Strip can be ‘cleaned out’)
イスラエルは、ガザを破壊して市民をエジプトに追い出すために、2023年10月にハマスを引っ掛けて攻撃を誘発してガザ戦争を開始した。そして今回、トランプが大統領に返り咲くとともに停戦した。
開戦と停戦の時期から考えて、イスラエルはトランプと協議してガザ戦争を起こしている。トランプが2023年夏に選挙活動を再開するとともに、イスラエルはトランプの了承を得て開戦の準備を始めた。
(Israel launches ‘counterterrorist operation’ in West Bank)
トランプはイスラエルに、戦争するなら自分が大統領になる前に終わらせろ、と言ったはずだ。ガザ市民を追い出すには時間がかかるのでイスラエルはすぐ準備を開始し、2か月後に開戦した。
イスラエルはガザを北部と南部に分断し、南部に避難した市民が北部に戻ることを許さなかった。ガザ北部の人口は、150万から50万以下に減ったと推定される。市街地は完全に壊された。イスラエルはガザ北部の抹消・民族浄化を達成したかに見えた。
(State Department issues immediate, widespread pause on foreign aid)
だが今回イスラエルは停戦開始後、ガザ南部に避難していた市民が北部に戻ることを許した。南部と北部を分断していたネツァリム回廊の検問所が通行自由に開放され、60万-100万人の市民が徒歩で北部に戻り、瓦礫の山の間にテントを張るなどして生活を再開しつつある。
これは何を意味するか。イスラエルは、1年以上かけてガザ北部を無人化・民族浄化したのに、今回市民の自由帰還を許してしまった。いったん北部に戻った市民を、再び南部に追い出すのは大変だ。
ガザ停戦は3月1日までだが、その後もイスラエルはガザ北部を攻撃しないのでないか、そのつもりでないと北部への市民帰還を許さないはずだとエルサレムポストが分析している。
(Can Israel return to war with Gaza’s north repopulated? - analysis)
イスラエルはなぜ、南部に避難していたガザ市民の北部帰還を許したのか。ガザ市民をエジプトに追いやり、北部の市民を南部に追いやってパレスチナを抹消するのがイスラエルの目標
だった。イスラエルはこの目標を達成できず失敗し、あきらめて北部への帰還を認めたのか??。いやいや。トランプが返り咲いたばかりなのに、イスラエルがあきらめるはずがはない。
トランプは、イスラエルが望むことを実現するために、任期末まで最大限に努力する。イスラエルはやりたい放題の状態だ。ガザ市民の北部帰還は、イスラエルが望むことだから具現化した。
ガザ市民の北部帰還がイスラエルのためになるとしたら、それはどんな状況か。可能性は一つだ。
これからサウジアラビアがイスラエルと公式和解・国交正常化する「アブラハム合意の第2弾」が実現しそうなので、イスラエルは、サウジが喜びそうなガザの停戦や、市民の北部帰還を具現化している。
ガザ北部市民を帰還させて瓦礫の山となった市街を見せ、再定住や再建は無理だと実感させることも目的かもしれない。
(Israel downplays PA role in postwar Gaza, denies promising Saudis a Palestinian state)
イスラエルは数日前から、西岸のパレスチナ自治政府(PA)に、ガザとエジプトの国境にあるラファ検問所の管理を任せている。
これも、ガザでパレスチナ国家が機能しているかのように見せることで、パレスチナ国家の設立・健在をイスラエルとの和解の条件にしているサウジを満足させることを目的とした策だろう。ガザを統治してきたハマスはイスラエルの敵だが、PAはイスラエル傀儡の色彩が強い。
(Israel, Egypt agree on PA management of Rafah Crossing)
ガザが停戦し、市民が北部に帰還し、PAがラファを管理する。この程度のちんけな見世物で、サウジ王政がパレスチナ国家の健在を認めて満足するのか??。従来の状況下なら、サウジは満足しない。だが、中東の現状は以前と違う。
昨秋来、イスラエルはイラン系を倒し、シリアを転覆して傀儡化し、中東最強の勢力になった。トランプもプーチンも、強いイスラエルを応援している。
この状況は今後何年も続く。パレスチナ問題を作ってイスラエルに加圧してきた英国系やリベラル派は、トランプやプーチンなど右派・非米側に負けて急速に弱体化している。サウジなどアラブ諸国が、抹消されつつあるパレスチナに固執しても、得るものがない。
アラブ人は現実主義で、教条的な大義・善悪に拘泥しない。良い理由があれば、大義から離れていく。
(Trump signals he may defy hardliners and talk to Iran)
サウジの背後にあるイエメンは、これまでイラン系のフーシ派が支配していたが、最近イスラエルがフーシ派を猛攻撃しており、シリアのようにイスラエル傀儡国に転換していく可能性がある。
イスラエルからイエメンまで2千キロあるが、イスラエルは最近、UAEがソマリランドに作った空港の一部を借りて、イスラエルの空軍基地にしている(だからトランプはソマリランドを国家承認したがっている)。ソマリランドからイエメンまで2百キロしかなく、イスラエル軍機はすぐに空爆しに行ける。
もし今後イエメンが転覆されてイスラエルの傀儡国になると、サウジは、北と南の両方からイスラエルにはさまれる。サウジは安全保障上も、イスラエルと和解した方が良くなる。
(Sowing chaos: Israel's influence in the Horn of Africa)
ガザの停戦と同時に、すでにイスラエルと国交を結んで仲良しになっているサウジの弟分のUAEが、ガザの再建に協力する態勢を整えている(という演技をしている)。
UAEは、ガザが停戦して再建されていくかのような幻影を世界に見せ、兄貴分のサウジがイスラエルと国交正常化できる状態を作る策略を始めている。
イスラエルは、パレスチナ抹消策をやめていない。だが、サウジとの国交正常化を実現するため、今だけ停戦し、PAがガザを管理し始めたかのような(おざなりの)構図を作り、UAEもガザ再建に協力する演技を開始した。
(Israel and UAE agree on 'Day After' plan in Gaza)
(Trump-Netanyahu to meet Tuesday as Witkoff heads to Israel)
準備が整ったら、トランプがサウジとイスラエルを仲裁する策を再開する。まず2月始めにネタニヤフが訪米する。
イスラム諸国の盟主であるサウジがイスラエルと和解したら、パキスタン、バングラデシュ、インドネシア、マレーシア、アルジェリア、リビアなどのイスラム諸国が追随してイスラエルと国交正常化する。
トランプは、1期目にすごくイランを敵視したのに、最近はイランと和解すると言い出している。アラブやイスラム諸国がイスラエルと和解したら、イランも追随していく。
その際にトランプがイランと和解して「ご褒美」を与える。プーチンは、先日すでに「前払いのご褒美」のようなイランとの戦略協定を結んでいる。
(Is Trump really ready to negotiate with Iran?)
すべての和解が具現化して一段落したら「頑張ってガザを再建してもなかなか進まない。ガザ市民をエジプトなどに移住させた方が現実的で良い」というトランプの説が蒸し返される。
みんなイスラエルと和解し、パレスチナの大義に固執する勢力は小さくなり、ガザ市民が移住するしかないねという話になる。
ガザが終わると、西岸市民をヨルダンに移住させる話になる。ヨルダンから東エルサレムの神殿の丘に行くための巡礼用道路の周辺だけがパレスチナ(もしくはヨルダン領)になる。
(Abraham Accords-II?)
このようなシナリオは、従来の常識からするととんでもない話で、極右な入植者の妄想とされてきた。トランプとネタニヤフは、この手のシナリオを描いているだろうが、本当に実現するのか。
実現しないとしたら、その最大の理由は、パレスチナ人の多くが、エジプトやヨルダンへの移住を拒否することだ。良い住環境を提示されても断り、ガザや西岸の瓦礫の山の間に住み続けたがる。
(UAE to take responsibility for post-war Gaza to ensure 'no threats to Israel')
イスラエル軍は1年4か月の戦争で、ガザのほとんどを廃墟にした。イスラエル軍は、エジプトが管理していたガザとエジプトの国境線(フィラデルファイ回廊)を奪ってイスラエルの管理下に置き、おそらく何本かの抜け道を作り、ガザ市民がエジプトに避難するように仕向けた。
エジプトは抵抗したが、経済難を緩和する資金援助を米国から受け、黙認した。イスラエルのガザ抹消が成功するかに見えた。
(ガザ停戦、アブラハム合意交渉再開へ)
だが、ガザ市民はあまりエジプトに出ていかなかった。出国者は20万人ぐらいと報じられている。
(パレスチナを報道するマスコミや政治活動家たちは親ハマス・反イスラエルなので、歪曲がありうる。だが、150万人いたガザ北部の住民のうち今回100万人が帰還するなら、ほとんどがガザに残っていたことになる。北部への帰還者数も曖昧だが)
出国を手引する紹介屋が高額を要求するので誰も出ていけなかったと報じられているが、それは多分違う。イスラエルはガザにスパイを入れており、抜け道情報を流布するなどして紹介屋の手数料の相場を引き下げる策をとれたはずだ。
閉鎖されたガザの密集社会は、ハマスやイスラム聖職者の傘下で結束と拘束が非常に強く、市民はパレスチナの大義をまっとうすることを求められ、エジプトに逃げ出すことを許されない。戦時中の日本社会で、戦争への協力が絶対善であり、そこから外れることがとても難しかったのと似ている。
(Gazan Refugees in Egypt Are in a Hellish Limbo)
今後、英国系やリベラル思想が衰退し、アラブ諸国やイランまでもがイスラエル敵視をやめて、パレスチナを見捨てたとしても、パレスチナ人の大半が国外移住を断り続けるなら「抹消による解決」は不可能になる。
そうではなくて、ほぼ全員があっさり移住して「アラブ人」になってしまうかもしれなが。
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