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世界は台湾を助けない

2021年10月8日   田中 宇

米国が9月中旬に豪州と英国を誘って中国包囲網のための新たな軍事同盟AUKUSを結成し、豪州に原子力潜水艦を持たせて中国の様子を探らせる計画を発表して以来、中国が多数の軍用機を台湾の近くに飛ばす威嚇行為を激化している。中国軍は以前から、台湾の周辺(台湾軍が戦闘機を緊急発進して対応せざるを得ない防空識別圏内)に戦闘機や爆撃機を飛ばすことを繰り返してきた。最近は侵入が増え、10月4日には過去最多の56機が侵入した。米国がトランプ政権以来中国敵視を強め、その一環として中国と敵対する台湾への軍事外交面の支援を強めているため、中国は対抗策として台湾への威圧を激化している。 (Why is China increasing its military pressure on Taiwan?) (豪州に原潜もたせ中国と敵対させる

トランプは台湾への支援を強める一方で習近平との個人的な対話を重視していたので米中関係が意外に悪化しなかった。だがバイデン政権は、就任後に中国との関係改善が期待されていたのに対話を回避して中国を失望させた。その一方で米国は、アフガニスタン撤退失敗や米国内の政治経済の混乱などで覇権の低下が加速し、アフガンやイランなどユーラシアの覇権がごっそり中国側に移動し、米国から中国への覇権の移転が顕著になっている。こんな状態なのに、バイデン政権は、アフガン撤退失敗で米国の覇権低下に拍車がかかった直後のタイミングをわざわざ選んでAUKUSを新設し、中国敵視の姿勢を強めた。中国から見れば、米国が張子の虎になっているのは明らかだ(日本のマスコミ軽信筋は気づかないだろうけど)。習近平は、米国と豪日など同盟諸国を試すために、これみよがしに台湾周辺に戦闘機などを飛ばしている。 (米覇権ゆらぎの加速) (アフガニスタンを中露側に押しやる米国

米日などのマスコミは「独裁体制=悪の中国が『隣国』である民主主義=善の台湾に不正に侵攻して占領しようとしている」という筋書きで報じているが、中国側は「台湾(中華民国)との対立は1946年からの中国国内の国共内戦であり、中国が強くなり台湾が弱くなれば、中国が台湾に侵攻して中華民国を滅ぼし、中共の版図を台湾に広げて内戦を終結し、中国の統一を完遂することが正義だ」と言っている。民主とか独裁とかいった話は、中国(中共)を敵視するために台湾に味方する米国側が後から勝手に言っているだけで、それ以前にこれは国共内戦なのだから中共が武力で台湾を併合して良いんだ、もし逆に台湾が強くなって中国が弱くなれば台湾が武力で中国(大陸)を併合して良いんだ、それが正義・正統性だと中共は言っている。 (自立したい台湾、追いすがる中国

米欧豪日は、口でこそ「民主主義の台湾を守れ」みたいなことを言うが、実のところ、中国側の内戦の理屈を「一つの中国」の原則として十分に認めている。「一つの中国」とは、中国と台湾という2つの国、2つの中国があるという立場を決して取らず、中国(中華人民共和国、共産党政権)か台湾(中華民国、国民党もしくは民進党などの政権)か、どちらか内戦で勝った方(もしはく中台の協議で作られる統一中国)だけを中国として認めます、という立場だ。世界のほとんどの国が「一つの中国」の原則を堅持することを表明し、米欧豪日のすべてが中国だけと国交を持ち、台湾(中華民国)とだけ国交を持つ国は一部の途上諸国だけで、しかもしだいに減っている。 (White House On Defensive Over Chinese Reports That US Prepared To 'Abandon' Taiwan Too

米欧豪日は「民主主義が何より大事だ」みたいなことを言うが、それなら民主主義を達成している台湾といっせいに国交を結ぶべきだ。「一つの中国や国共内戦はもう関係ない。民主主義が何より重要だ」と誇り高く声高に宣言すれば良いのだ。それで中国が激怒して米欧豪日と国交断絶するというなら、それこそ「やってみろや独裁者。孤立して潰れろクソ中共」と罵ってやれば良いのだ。米欧豪日がいっぺんに台湾と国交を樹立したら、中共が米欧豪日のすべてと国交断絶できるか大きな疑問だ。この時点で米欧豪日と台湾と民主主義の勝利、中共と独裁者と「一つの中国の原則」の敗北になる。万歳。 (Washington Keeps Poking the Panda Regarding Taiwan

・・・もちろん、そんなことはできない。中国が世界最大の市場になることがニクソン訪中から予定されていたからだ。実のところ「悪」なのは中共よりも、偽善がはなはだしい米欧豪日(とその軽信的な人々、つまりわれわれ)の方である。中台間の真の道理は今も「独裁vs民主」でなく国共内戦である。国共内戦の道理を認める限り、後ろ盾としての米国の覇権低下によって台湾が弱くなり、相対的に強くなった中国が台湾を武力で併合しても、米欧豪日は傍観し、結果を容認するしかない。 (China Says US Must Correct Its 'Cognitive Problems' After Tense Military-To-Military Talks) (China Tells NATO to Stay Out of Asia-Pacific

台湾を支援したいなら、武器輸出や議員団派遣でなく国交を樹立すれば良いのだが、そんな展開にはならない。なれない。米欧豪日のこの体たらくを見ている習近平は、自信満々で戦闘機をどんどん台湾の近くに飛ばしている。それでも米欧豪日側はみんな偉そうに口で中国を非難するだけで、誰も台湾と国交樹立しようとしない。台湾と国交を結ぶことのタブー性、中共を口で敵視して実は応援せねばならないことは、この四半世紀(李登輝以降)の国際政治の大きな偽善・矛盾・裏の真実・隠れ多極主義性だ。 (ドル崩壊の前に多極化が進む) (Report Confirms US Patriot Missile Experts Have Been Sent to Taiwan

10月3日、台湾の呉釗燮外相が豪州のテレビに出演し「中国が台湾に侵攻してくる可能性が高まったので抗戦の準備を始めるばならない。豪州に協力してほしい」という趣旨を述べた。台湾政府がこの手のことを公式に表明するのは初めてだ。台湾が外国に対して中国と戦う準備への協力を初めて要請した相手が、米国でなく豪州だったことも重要だ。中国軍はこれからすぐに台湾に攻めてくるのでなく、侵攻は来年から2025年ぐらいまでの時期でないかと米豪側の権威筋が言っている。台湾はなぜ、初めての公式な抗戦支援の要請を、米国でなく豪州に対して行ったのか??。 (Taiwanese Foreign Minister warns his country is preparing for war with China, asks Australia for help) (Beijing ‘fully able’ to invade Taiwan by 2025, island’s defence minister says

その理由として考えられることは2つある。一つは、他の米同盟諸国と同様、台湾も、米国に対する不信感、いざという時に守ってくれなくなるのでないかという不安が増しており、米国でなく豪州に持ち掛けたという考え方。2つ目は、台湾の自立的な選択でなく米国の差し金である可能性だ。米国は豪州にことわりなく、台湾に対して「AUKUSを作ったので、これから台湾の安全保障は米国より豪州の担当だ」と伝えてあるのでないか。米国が事前に豪州に対して「これから台湾防衛は貴国の担当にしたい」と伝えたら豪州は拒否する。豪州は、米英から誘われて原潜も作れるのでAUKUSに入ったものの、最大の貿易相手国である中国との敵対を激化したくない。米国はそれを知りつつ、豪州に無断で台湾をけしかけて豪州にすがりつかせた可能性がある。背景はどうあれ、台湾にすり寄られて豪州は困っている。 (Australia Urged to Boost Military Cooperation with Taiwan) (Taiwan is preparing for Chinese invasion, and whether the US fights alongside it will determine Australia's fate

AUKUSができた直後、中国と台湾が相次いでTPPに加盟申請した。これに対して豪州は台湾の加盟を支持して中国の加盟を拒否するどころか逆に、豪州が中国とだけ国交を結んでいる「一つの中国の原則」を持ち出して、この原則に沿って中台の加盟申請への支持を決めると表明した。つまり、中国の申請を認め、台湾の申請は認めないということだ。軍事でなく、もっと柔らかな経済の問題であるTPPの加盟問題ですら、豪州は台湾でなく中国を支持している。せざるを得ない。中国は、豪州の最大の貿易相手なのだから。経済でさえこうなのだから、軍事の面で、豪州が台湾に対して突出して公然と支援することは不可能だ。豪州は台湾を失望させることになる。 (中国TPP加盟申請の意図) (Escobar: The Living Dead Pax Americana

米国がアフガン撤退に失敗し、同盟諸国の要員をカブールに置き去りにして米軍だけ逃げて以来、欧豪日など同盟諸国は、安保面でバイデンの米国を信用できなくなっている。もし豪州が今回、本気で台湾の要請に応えて中国との敵対の激化をいとわずに台湾防衛に協力したら、いずれ来る「いざという時」に豪州は米国からはしごを外され、米国の後ろ盾も日本の協力もなしに、豪州と台湾だけで中国の軍事威嚇に対応しなければならなくなる。すでにバイデンは「年内の習近平とのビデオ会談」や「米中の貿易協議の再開」などを計画しており、中国と敵対したいのか仲直りしたいのかわからない迷走状態だ。豪州は、米国を信用できないので、台湾の要請に応えられない。しかもこの機を狙って習近平は、止めていた豪州からの石炭の輸入を再開して「敵視をやめるならまた儲けさせてやるよ」とやんわり豪州に持ちかけている。どうする豪州? (China Folds, Unloads Australian Coal Despite Import Ban Amid Power Crunch) (US Trade Chief To Give Major Speech Monday Belatedly Unveiling Biden's China Trade Strategy

豪州が陥っているこの件は2016年、トランプの米国が安倍晋三に対して持ちかけた、日豪で安保的なつながりを深めて東南アジアも誘う「日豪亜」の構想と同じものだ。米日豪印のクワッドの中国包囲網も、その流れで作られた(安倍の発案ということになっている)。あのとき安倍の日本は結局、日豪亜の構想に乗らず、わざと豪州の潜水艦の入札で失敗した(日本政府による売り込みがあまりに下手だったと言われている)。そして中国に対して「日本は中国と仲良くしたいです。日豪亜やTPPは中国を敵視するものでなく、中国と強調するためのものです」と宣言してすり寄り、今に続く「隠れ親中国の日本」「米中両属の日本」ができあがった。安倍の隠れ親中路線は菅義偉に受け継がれ、そして今、岸田文雄に受け継がれている。岸田は閣僚人事など外交安保の方針として「継続」を掲げたが、これは茂木や岸を再任することだけでなく、中共に向けた「安倍や菅の隠れ親中路線を継承しますよ」という信号でもある。 (中国と和解して日豪亜を進める安倍の日本) (台湾に接近し日豪亜同盟を指向する日本

もし2016年に安倍晋三が日豪亜を中国敵視のものとして乗っていたら、今ごろ米国は日本に無断で台湾に対して「台湾の安保を担当するのは米国でなく日本だ」とけしかけていただろう。豪州は毛並みの良いアングロサクソン・覇権側の一員だが、それでも中国に対してすでに負けている。敗戦国で憲法上の制約もあり、戦後は対米従属しか経験せず、台湾の旧宗主国という不名誉で弱い立場の日本は、意図的な国民の能力低下策もあり、米国にハシゴを外されて心中覚悟で台湾と中国の戦争に巻き込まれることなど耐えられない。中国は強く、日本は弱っちい。安倍の隠れ親中国・米中両属は現実的な策だ。日本は最近、野党の方が無知・無鉄砲に中国敵視の傾向なので、しばらく自民党政権のままの方が良い。 (潜水艦とともに消えた日豪亜同盟) (日豪は太平洋の第3極になるか

隠れ親中国の日本に意地悪するかのように、バイデンが岸田に電話してきて「おめでとう。中国が攻めてきたら尖閣を守ってやるぞ(だから日本はもっと中国を敵視しろ。台湾と仲良くして中共を挑発しろ)」と伝えた。それに対して日本政府(外相)は「中台問題の平和的な解決を望む(中国との敵対や戦争は望まず、中国を敵視しません)」と発表し、隠れ親中国の姿勢を貫いている。日本は台湾を無視する傾向だ。 (Biden Tells Japan’s New PM That the US Will Defend Senkaku Islands from China) (Taiwan President Sends Dire Warning To China That Could Send The World Into War

日本も豪州も、欧州も米国も、台湾を助けない。みんな偽善だ。それどころか逆に米国は、台湾に武器を売ったりして上っ面な支援の演技だけさかんにやることで、中国が台湾への威嚇を強めるよう挑発し、台湾を危険に追いやっている。台湾は希望が失われている。「外交ってそんなもんさ」という話ではない。 (台湾人のアイデンティティ



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