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放置される米国のインフレ

2021年6月28日  田中 宇

米商務省が6月26日に発表した個人消費のインフレ率であるPCE価格指数の5月分は、前年同月比3.4%の上昇となり、3か月連続で30年ぶりの高いインフレを示した。米国では6月15日に発表された5月分の卸売物価指数PPIも前年同月比6.6%の上昇で、比較可能な10年前の統計開始以来最大のインフレ率となった。6月に入っても、各種商品のインフレは全体的に悪化する傾向が続いている。太平洋航路のコンテナ運賃も上がり続けている。インフレは今後も続く。米国のインフレはQEの継続を困難にしていき、金融バブル崩壊や、ドル基軸性・米覇権の低下につながる。 (Key inflation indicator posts biggest year-over-year gain in nearly three decades) (Inflation in Wholesale Prices Increases to 6.6% – The Largest Increase Since the Measurement Was First Compiled

米国がひどいインフレになっていくと予測され始めたのは昨年末のことだ。私は昨年末に半信半疑だと考える記事を書いた(当時出ていたのは米国以外の世界中がインフレになるという予測だった。今の現実として、米国のほか、中国など新興諸国もインフレだが、日本などの先進諸国はインフレになっていない)。インフレになるという予測が最初に出回ってから半年が過ぎ、この間、米国のインフレは悪化する一方だ。 (世界的な超インフレになる?ならない??) (強まるインフレ、行き詰まるQE

米連銀FRBは、金利や通貨供給を調整してインフレを抑えることが任務だが、今のインフレは無害な一時的な現象であり何も対策をとる必要がないと表明している。この判断は明らかに間違っている。米国のインフレは半年前からずっと続いてきた現象で、今後もかなり長いこと続く。バンカメの分析者は、米国がこれから「超インフレ」になってそれが最長で4年間続き、連銀は物価に対する統制力を失うと予測している。今のような年率3-6%のインフレから、今後は年率10%以上の超インフレになっていくという予測だ。日々の米経済の動きを(プロパカンダと化したマスコミを鵜呑みにせず、オルトメディアも参考にしつつ)見ていると、バンカメの予測の方が正しいと感じる。 (BofA Crashes The "Transitory" Party: Sees Up To 4 Years Of "Hyperinflation") (Kyle Bass Slams Fed, Sees Inflation Everywhere He Looks

重要なことは、インフレ期間の長短でなく、インフレになっているのに米連銀がそれを抑制できず、抑制できないことを隠すために「一時的なインフレなので抑制しなくて良い」と一時しのぎのウソを言っている点だ。米連銀はインフレが始まった当初の今年4月ぐらいまで、米政府のインフレ統計の歪曲性を利用して、インフレになんかなっていないと言っていた。その後、歪曲された統計ですらインフレになっていることが表出し始めたため、インフレになってきたが一時的なものなので対策は必要ないと言い出した。(政府のインフレ統計であるPCEやPPIは、数値が低めに出るよう歪曲が入っていると考えると、実際の米国のインフレ率はすでに年率10%以上の超インフレの域に入っているとも考えられる) (US Is Already Grappling With Real Inflation Rates Above 10% Kyle Bass Warns) (インフレ隠しの悪化

米連銀のごまかしや言い逃れから読み取れるのは、米連銀がインフレを抑止する能力を現時点で持っていないことだ。米国のインフレは今後さらにひどくなるが、連銀はインフレを抑止できない。インフレは放置され、悪化していく。米連銀がインフレを抑止できない理由は、究極の金融緩和であるQE(ドル増刷による債券の買い支え)をやめられないからだ。インフレを抑止するには、QEの減額(テパリング)や金利の引き上げといった緊縮策が必要だが、それをやるとリーマン危機以来12年間(もしくはビッグバン以来35年間)積み上がって大膨張してきた米国(や欧日)の金融バブルが崩壊し、株や債券の暴落から米国債金利の高騰、ドル崩壊(ドルの国際信用の失墜)につながる。連銀はQEをやめられない。縮小=減額すらできない。 (What Does the Fed Know About the Future?) (インフレで金利上昇してQEバブル崩壊へ

連銀は6月16日の政策会議FOMCで、インフレ対策として利上げやQE縮小の緊縮策をやっていくことを検討した。緊縮策の実施を決めたのでなく、インフレなのに連銀は何もしないのかという批判(米政界のQEやめろコール)に応えるため、緊縮実施を検討する素振りを見せた。しかし、その素振りだけでも米国など世界の株価が下落しかねない様相を見せたため、緊縮実施の可能性が引っ込められ、株価を元に戻した。このドタバタ劇は、連銀がQEを減額できないことを示した。緊縮したらバブルが大崩壊する。緊縮策=インフレ抑止策は行われない。連銀はもう「アメとムチ(緩和策と緊縮策)」のうちの「アメ(緩和策)」しか持っていない。米国のインフレは放置される。 (The Fed Is Running a “No Stick” Monetary Policy) (Last Week's Volatility Is A Sign That Fed Tightening Could Be Over Before It Even Began

従来の仕組みだと、インフレがひどくなるほどインフレ率が長期金利に上乗せされて金利が高騰し、金利に反比例する債券相場が下落し、最終的に米国債の下落=ドルの信用失墜(ドル崩壊)になる。だが今は、無尽蔵のQE資金を注入して金利を低いままにしておける。QEを減額しない限り、物価が超インフレになっても長期金利が上がらない。QEが十分な巨額で続く限り、インフレが直接にドル崩壊を引き起こすことはない。だが、超インフレが続くと、中産階級と貧困層(=庶民)の生活苦がひどくなる。最低限の生活に必要な食料や日用品の物価高騰は、庶民を直撃する半面、所得・支出に占める食費などの割合が低いお金持ちの生活には影響が少ない。インフレは貧富格差をひどくする。 (The Worst-Kept Secret in America: High Inflation Is Back) ('Poorest' Americans Hit Hardest By Post-Pandemic 'K-Shaped' Inflation Surge

庶民は、インフレを起こした連銀など米政府への不満をつのらせる。民意の不満を受けた政治家(議員)たちが、連銀に対してQEを減額せよ、金利を上げろと圧力をかける。インフレがひどくなるほど、QEやめろコールが米政界で強くなる。QEをやめたら株価が暴落するぞと連銀側が本音の反論をしても、株を持ってるのは金持ちだけだと庶民側から再反論される。ポピュリズムに圧された連銀がQEを減額すると、それはバブルの大崩壊につながる。QEは金融の動きでなく、政治の動きによって終わりにさせられる。政治圧力がなければ、QEは今後も何年も続けられるかもしれないが、そうはならない。 (What Will You Do When Inflation Forces US Households To Spend 40% Of Their Incomes On Food?) (Forget 'The Great Reset', Here Comes 'The Great Reject'

政治は、QEの終わり方だけでなく、インフレの原因としても入り込んでいる。米国のインフレの原因は、流通システムのボトルネックや、木材などの犯人不明の買い占めだ。正体不明のハッカーが、米国の食肉加工流通の大手企業のサーバーを攻撃して食肉流通を混乱させ、肉を値上がりさせたりしている。世界的に見ると、生産設備は過剰気味だ。生産設備の全般的な稼働率が85%を超えると供給不足とされるが、インドやロシアが60%台で設備過剰、中国も78%で生産設備に十分な余裕がある。世界の生産設備としては物不足でなく物余り、インフレでなくデフレを生む傾向だ。米国などで起きているインフレの原因は、世界的な供給不足でなく、世界から米国への輸入路と、米国内の流通網における物流の詰まり・ボトルネックだ。コロナ危機の長期化で、世界と米国内で流通が混乱したのは確かだ。しかし、全世界がインフレになっているわけではない。米国では、流通路の詰まりが是正されず、詰まりが意図的に放置されている。インフレは、何者かによって意図的に長期化・悪化させられている。容疑者として考えられる勢力の一つは、米諜報界でニクソン以来覇権システムの転換を目論んできた隠れ多極主義者たちだ。 (All of JBS’s U.S. Beef Plants Were Forced Shut by Cyberattack) ("Supply Bottlenecks" as an Excuse for Inflation

米国のインフレを扇動しているもう一つの容疑者は中国だ。太平洋航路などのコンテナと貨物船の業界は中国が席巻している。中国が自国の流通業界を動かして米国のインフレを扇動している可能性がある。中国は今年に入って米国との対立を強め、ロシアなどと組んでドルの基軸性を低下させる(米国覇権の低下と多極化を引き起こす)ことを世界戦略として公言し始めている。中国は経済を覇権的な闘争の武器として使う傾向を強めていると、英国の議員団が警告している。 (China and Russia announced a joint pledge to push back against dollar hegemony) (‘We’re seeing the rise of an extremely assertive and aggressive Chinese state’

中共はもともと慎重で、米国覇権に立ち向かって潰すという超大胆なことを、よっぽどの確信がない限りやりたくない。かつて日本がドイツに誘われて米英覇権潰しを軽率に試みて惨敗し、民族のたましいを抜かれて英米の永久傀儡にさせられているのを中共はよく見ている(日本人は、民族のたましいを抜かれたことを自覚していない)。中国が今年、ドルと米国の覇権を潰す策を公言し始めたのは、自国の勝利、米国の敗北についてよっぽどの確信を得たからだ。中国に確信を与えられるのは、米諜報界ぐらいしかない。米諜報界が習近平に、確実に米覇権を潰せるやり方として流通網を詰まらせるインフレ激化策を指南し、中国と米諜報界多極派が組んでインフレを起こしている可能性がある。 (中露の非ドル化) (G7=ドルと、中国=金地金の暗闘

米国のインフレは国際政治のたたかいの一つとして進行している観がある。もしそうでなく、政治に関係ない「自然」な動きであるとしても、米国のインフレの長期化はドル崩壊や多極化を引き起こし、中国の台頭と多極化につながることには違いない。そのような帰結点が見えているだけに、インフレ激化が政治謀略に見えてくる。 (The US And China Can No Longer Both Blow Bubbles At The Same Time) (インフレで金利上昇してQEバブル崩壊へ

QE自体も隠れ多極主義的だ。QEを巨額にやりだしたらやめられなくなると、QE開始の当初からわかっていた。日米金融界の何人かの権威者たちがQEに反対したが無視され、黙らされた。米国覇権の自滅につながるとわかっていながらQEをどんどん拡大し、やめられなくなって行き詰まっている。まったく隠れ多極主義的だ。米諜報界のその筋が、当時のバーナンキ連銀議長をそそのかし、抜けられない形でQEをやらせたのだろう。 (出口なきQEで金融破綻に向かう日米) (QEやめたらバブル大崩壊

QEの行き詰まりは、日欧など同盟諸国の行き詰まりにもなる。米連銀はリーマン危機後、初め自分たちだけでQEをやっていたが、不健全な策であるQEを日欧の同盟諸国の中央銀行群にも一部肩代わりさせることを途中で思いつき、2015年から日欧など同盟諸国の中銀群が米国のためにQEを開始・増額した。日独など同盟諸国の中銀群は、自分たちの希望でQEを続けているのでなく、従属先の米国がQEの一部を肩代わりしてくれと求めてきたので仕方なく続けてきた。日銀など同盟諸国の中銀群は、不健全なQEをやめたくてもやめられない。きたるべきドル基軸性の低下は、米国だけでなく日欧をも金融破綻させる。中国を筆頭とする非米諸国と、米国を筆頭とする先進諸国の力量が逆転していく。新型コロナや地球温暖化をめぐる歪曲・捏造された危機も先進諸国を自滅させ、力量の転換を加速する。 (日銀QE破綻への道) (中露と米覇権の逆転

米国のインフレは、いつQEを行き詰まらせるのか。半年後の年末にはインフレがもっと深刻になっているのは確実だが、それが崩壊時期になるのか?。わからない。時期的なところは不明確なままだ。金融バブルが異様に膨張して崩壊寸前の感じだが、コロナ前からずっとこの感じだ。崩壊寸前だが崩壊しない状態が続いている。世界の多くの中央銀行が金地金を買いあさっている。ドルの崩壊は、金地金の高騰を引き起こす。ドルを延命するQEをやっている中銀群自身が、ドル崩壊後に備蓄対象となる金地金を買いあさっている。このことから考えても、ドルがいずれ崩壊する感じは強い。それがいつになるのか。分析を続けていく。 (Central Banks to Keep Buying Gold



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