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中国イラン同盟は多極化の道筋

2020年9月13日   田中 宇

8月初め、中国とイランが、イランの石油ガス開発、インフラ整備、産業振興、防衛など多分野にわたる包括的な25年間の協定を締結した。この協定は、世界的な「米国離れ」の引き金となり、米中が分離して対立する構図の中での中国側の優勢を引き起こす。イランはこれまで米国に敵視され、経済制裁を受け、政権転覆の画策を米国側から起こされていた。それはイランが中東の強国の一つであり、米政界を牛耳ってきたイスラエルにとって脅威だったからだ。イランは、中国と協定を結んで経済関係を強化することで、米国や同盟諸国から受けてきた経済制裁の穴埋めを中国から受けられる。中国はすでに、米欧が作る製品群のほとんどすべてを自力で作れるので、イランは米欧から永遠に経済制裁を受けても、中国から輸入するのでかまわない状態になる。米国がイランを敵視するほど、イランは中国の傘下に入って延命する。 (China Inks Military Deal With Iran Under Secretive 25-Year Plan) (米欧日の儲けを中国に移転するトランプの米中分離

この経済関係よりもさらに大きいのは安全保障の分野だ(経済分野は、以前から中国が各種のものをイランに輸出しており、今回の中イラン協定はそれを拡大するだけだ)。安全保障の分野ではたとえば、中国がイランに、1000万台の監視カメラなどで構成される国民監視システムを輸出していく。これによりイランは、米イスラエル側から送り込まれてきたスパイの活動を、以前よりもうまく監視して排除できるようになる。米イスラエル側のスパイ(MEKなど)は、以前からイランで爆破テロなどを行い、最近はとくにイランの原子力施設などを相次いで爆破する破壊活動をやっている。以前からの、クルド人やアラブ系などのイランでの分離独立運動や反政府運動の中にも、米イスラエルからの支援が入っている疑いがある。これらを放置するとイランの政権転覆につながる。イランでのスパイ活動は、米イスラエルからの攻撃だ。それを防ぐために、中国製の監視システムが役に立つ。 (China Looks To Build Espionage Hub In Iran Under 25-Year Deal) (Iran’s Pact With China Is Bad News for the West

中国はコロナ対策を利用して国内の監視システムを大幅に強化した。その結果、米英側から中国に入り込んでいたスパイや記者などへの監視も強まり、中共が政権転覆される可能性が大きく低下した。監視強化によって中国国内の犯罪組織の力が弱まり、中共党内に対する上からの監視も強化され、習近平の独裁が強くなった。中国は、コロナ対策を利用して監視システムのノウハウをかなり身につけた。インターネットに対する監視も前から行われている。これらの監視システムをイランに導入すれば、イランのハメネイ政権は強化され、米イスラエルが送り込んでくるスパイの効率も低下し、政権転覆の可能性が減る。 (中国式とスウェーデン式) (世界経済を米中に2分し中国側を勝たせる

米イスラエルがイランの政権を転覆するには、イランにスパイを送り込んで破壊活動や民主化運動の扇動などをやらせる方法のほか、直接的な軍事攻撃・侵攻によるやり方もある。2003年にイラクがやられた方法だ。こちらもイランはすでにロシアから迎撃ミサイルのS300を得ており、近々最新鋭のS400も売ってもらえそうで、中国が売ってくれる戦闘機などと合わせ、イランは侵攻への迎撃力が大幅に高まっている。米イスラエルがイランを軍事攻撃して転覆するのはすでに不可能だろう。イランは国連安保理など国際政治の場でも中露の後ろ盾を得ており、米イスラエルはイランに手出しできなくなっている。03年のイラク侵攻時、国連安保理が米国の国際法違反の侵攻を黙認したのと対照的だ。最近の、米イスラエルのスパイがやったと思われるイランの核施設などでの爆破は、米イスラエルがどこまでイランに手出しできるか最後に試してみたのでないか。 (U.N. Security Council Rejects U.S. Bid to Extend Conventional Arms Embargo on Iran) (中露イランと対決させられるイスラエル

イランは、中国と協定し、中国との経済関係の強化によって米国からの経済制裁を無効化し、中国製の国民監視システムを導入してスパイによる政権転覆も無効化していく。これを見て、米国から脅されてきた世界の諸国の中には、自国も同様に中国と組むことで米国の脅しを乗り越えたいと考えているところが多いはずだ。表向き米国と関係が良くても、米国のスパイに入り込まれ、政府の秘密を米国側に握られて、スキャンダルの誘発などによって、いつソフトな政権転覆を起こされるかわからない国は世界中にある。ポピュリストや左翼の政治家が政権をとって米国を批判したら、とたんに米国からの嫌がらせが始まる。中東諸国の多くは、米国だけでなくイスラエルのスパイにも入り込まれ、弱みを握られている。 (Russia, China build case at U.N. to protect Iran from U.S. sanctions threat

それらの諸国は、中国に頼んで国民監視システムを導入し、うまく構築できれば、国内のスパイの動向を把握して無力化でき、米国から政権転覆の策動を起こされたり、米国側に機密を握られる懸念が低下する。米国から経済制裁するぞと脅されても、中国との経済関係を確保しておけば、あまり制裁を恐れずにすむ。中東や中央アジア、アフリカ、東欧、中南米などの多くの諸国の指導者が、自分と自国を強化し、米国を恐れなくてすむようにするために、イランのように中国と関係を強化したいと考えている。中国が世界各国との関係を強化するほど、世界は米国の支配システムを無効化でき、米国がとってきた政権転覆策や人権外交が終わりになり、米国の覇権が低下していく。 (The complexities of China–Iran strategic balancing

イランが中国と関係を強化して米国からの敵視への抵抗力をつけ、それを見て世界の他の諸国も中国との関係を強化したがっている現状は、トランプが世界を米国側と中国側に分離していこうとする中で起きている。この同時並行は重要だ。トランプは「中国と仲良くする国は、米国の仲間じゃない。敵だ」と決めつける姿勢に向かっている。中国が急速に台頭し、世界の諸国は、中国と仲良くすると米国の支配への抵抗力もつけられるので、中国との関係強化を望んでいる。中国と関係を強化しても、今はまだ米国に敵視されないが、そのうち敵視されるようになる。しかしそのころには、中国と関係を強化した国は、米国から敵視されても大して脅威を感じなくてすむ状況になっている。トランプが世界に向かって「中国と仲良くするな」と叫んでも無視される傾向が強くなる。米国の覇権が低下する。 (米国の多極側に引っ張り上げられた中共の70年) (US knocked over the head by allies as it tries to snap back Iran sanctions

このシナリオに沿って考えてみると、人口77億人の世界のうち、米中分離後に米国側に残る可能性が比較的高いのは、人口3億人の北米、7億人の欧州のうち3億人ぐらい(西欧、北欧)、37億人のアジアのうち15億人ぐらい(印日豪など)の、合計21億人だ。残りの56億人は、中国側に入っていく可能性の方が大きい。玉虫色の姿勢を貫く諸国が多く、この計算のようにはならないだろうが、少なくとも、米中分離によって米国側が世界の少数派に転落しかねないとは言える。米中分離などせず、米国が世界を大事に扱っていたら、ずっと優良な覇権国でいられたのに、馬鹿な話だ。というより、米国は英国に押し付けられた覇権を振り捨てたかったから、自滅的に過激化するネオコンやトランプの戦法を採ったのだ。 (A China-Iran Alliance Against Donald Trump?) (中露に米国覇権を引き倒させるトランプ

米中分離によって中国が優勢になっても、中国が米国のように自分の側の世界を支配することはない。中国は、自国(大陸、香港、台湾)と周辺地域(辺境安定のために影響下に置きたい東南アジア、中央アジア、朝鮮半島、外蒙古)以外の地域での強い影響力行使に対して消極的だ。リスクが高く、儲からないからだ。(日本もかつて大東亜共栄圏の時に、中国と海洋アジアを超える支配を求めなかった) (中国が好む多極・多重型覇権) (600年ぶりの中国の世界覇権

イランは、米中分離の体制下で中国側に入るが、中国の傀儡国になるわけでない。いずれ米国の覇権が崩れたら、イランは中東の大国の一つとしてイラク、シリア、レバノン、カタールなどに影響力を持ち続けたい。イランは、恩人である中国が中東で利権を持つことを支持し続けるだろが、イランは中国の友好国であって傀儡国ではない。米中分離によって米国の覇権が崩れたら、イランやトルコ、EU、ロシア、インドなどが自国の独自の影響圏を持つようになり、中国はそれらを容認する。世界は、米中2極化でなく、多極化していく。米中分離や、中イラン協定は、そこに向かう道筋になる。 (Iran’s Uranium Stockpile Is Not A Nuclear Proliferation Risk

中国にイランとの協定を結ばせたのはトランプだ。トランプの前任者のオバマは、イランと核協定(JCPOA)を結んで米イラン関係を和解方向に進めたのに、トランプはJCPOAを離脱し、米国だけでイランへの経済制裁を8月20日から再開した。JCPOAは、イランと米中露英仏独(国連安保理+独、P5+1)との協定で、米国が抜けた後もイラン中国など残る諸国は協定を守っている。勝手に離脱した米国が悪い。正義の側に立たされた中国は、米国の違法なイラン制裁を穴埋めする道理を得て、米国が対イラン制裁の発動の2週間前に、今回のイランとの協定を結んだ。 (Iranian officials defend deal with China

トランプ以前の米国は、2001-08年のブッシュ政権がイランを敵視して政権転覆を試みたが果たせず、イラクだけ政権転覆して占領の泥沼に陥った。2009-16年のオバマ政権はイランを政権転覆してイラクのように占領の泥沼に陥ることを嫌い、逆にイランを核問題(米イスラエルが世界を率いてイランに核兵器開発の濡れ衣をかけること)から解放してやる核協定JCPOAを2016年にイランと締結し、米国を中東支配の泥沼から離脱させようとした(これに抵抗した軍産はイスラム過激派にISIS=イスラム国を作らせて決起させ、シリア内戦を起こしてオバマの中東撤退を潰した)。 (軍産複合体と闘うオバマ

JCPOAなどオバマの世界戦略は、米国を単独覇権国の地位にとどめたまま、イラク侵攻やイラン敵視など、米国の覇権を浪費する政策を終わりにする覇権維持策だった。オバマのイラン政策が成功していたら、イランは米国と和解して親米的な国に戻っていき、イラン国内では欧米流の民主主義を好む改革派が力を増し、イスラム主義で反米な保守派が押しのけられていくはずだった。当時の中国(習近平政権の初期)は米国の単独覇権体制の継続を支持しており、イランを欧米側に戻すJCPOAに賛成で、その枠内で、中国とイランの経済協定を結ぼうと16年に交渉を開始した。その後、17年にトランプが大統領になってJCPOAを勝手に離脱すると、中国はいったんイランとの協定交渉を停止した。だが、19年にトランプが中国敵視と覇権放棄の姿勢を鮮明にする中で、習近平は「イラン敵視を再開する米国の間違った策を無効にするためのイランと協定する」「イランが米国に政権転覆されないよう支援する」という今の姿勢に転換し、今回の中国イラン協定を結んだ。中イラン協定は、トランプが習近平の背中を押して締結させた、米覇権放棄・多極化への筋道となっている。 (America Has Created a “China-Iran Collaboration” Monster

イラン政界の改革派の中には中国との協定に反対する声が多く、中国との協定はイランを中国の傀儡国にしてしまう、との批判が出ている。すでに書いたように、中国と協定してもイランは中国の傀儡にならない。トランプが習近平を押してやらせた中イラン協定は、現在イランの権力を握っている保守派の力を増し、保守派と対立する改革派を弱めてしまう。だからイランの改革派は中国との協定に反対している。オバマのJCPOAが、改革派を強化するものだったのと対照的だ。 (Iran looks to China as US sanctions bite) (Defying U.S., China and Iran Near Trade and Military Partnership

そもそも、イランは以前から核兵器開発などやっていなかった。米イスラエル(軍産複合体)がイランに濡れ衣をかけ、マスコミやシンクタンク(いずれも軍産傘下の業態)も動員してイランが核兵器を開発している話を延々とでっち上げてきた(イランが中東の大国で、イスラエルにとって脅威なので)。日本でも、外務省やマスコミ、外交専門家などの権威筋は、全員が「イランは核兵器開発している」と言い、誰も濡れ衣の話だと言わなかった。日本外務省出身の天野氏がトップをつとめていた国連のIAEAが頻繁に出していた文書にはイランが核兵器開発しているとは書いておらず、少し考えれば濡れ衣とわかるのに、である。権威筋はイラクの大量破壊兵器の濡れ衣も鵜呑みにしたし、シリアのアサドの化学兵器使用の濡れ衣も鵜呑みにした。 (シリア空爆騒動:イラク侵攻の下手な繰り返し) (シリア政府は内戦で化学兵器を全く使っていない?

権威筋=マスコミは、世界の本当の姿を全く教えてくれない。ジャーナリズムはとっくに死んでいる。そもそも米ジャーナリズムが権威を急増したのは中国と和解した隠れ多極主義のニクソンを潰すために軍産が起こしたウォーターゲート事件によってだった。彼らは今また、多極主義者としてニクソンの後輩であるトランプを執拗に中傷し攻撃している。ジャーナリズムは最初から軍産のプロパガンダ装置だった。私も以前は騙されていた。 (大統領の冤罪) (マスコミを無力化するトランプ

オバマは、イランに着せられた濡れ衣の構造を解消するため、濡れ衣であることを認めるのでなく、濡れ衣をそのままにして、イランに核兵器開発をやめる協定を結ばせて国際政治的に解決を演じる策をとった。イランと中露英仏独は、米国と一緒に演技をすることに同意し、JCPOAが締結された。大統領のオバマですら、軍産が作った濡れ衣やウソの構図を打破できなかった。当時の軍産の支配はそれほど強固だった。ロシアゲート(トランプに対する濡れ衣)などを逆手に取って軍産と戦って勝っているトランプはすごいと思う。トランプは最近、ノルウェーの議員たちから相次いでノーベル平和賞に推挙されたが、世界的に恒久戦争をやってきた軍産を退治したトランプはノーベル平和賞にふさわしい。 (Donald Trump gets second Nobel prize nomination) (歪曲続くイラン核問題

軍産に支配された米国側が覇権を持つ限り、世界は安定せず、平和にならない。トランプは今のところ軍産に勝っているが、軍産は諜報組織で蘇生力が強いので、トランプ政権が終わったら復活する可能性が高い。軍産を弱体化させるだけではダメで、米国の覇権ごと葬り去る必要がある。だからトランプは米中分離を強行し、そこから世界を多極型体制に転換させ、米国の覇権体制を不可逆的に潰したいのだと考えられる。



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