マスコミを無力化するトランプ2016年11月29日 田中 宇1月20日から米大統領になるドナルド・トランプは、11月8日の選挙で当選した後も、ツイッターやユーチューブで、政策の発表や、政敵への攻撃を続けている。加えてトランプは、当選以来、正式な記者会見を一度も開いていない。トランプは選挙戦で、マスコミから誹謗中傷や歪曲的な報道の扱いを受け続け、トランプが抗議しても報道や世論調査の歪曲は止まらなかった。 (Donald J. Trump @realDonaldTrump | Twitter) (Trump makes announcements only on social networks, bypassing media) 当然ながら、トランプはマスコミを信用しなくなり、大統領になる自分の政策や主張をマスコミ報道を通じて世の中に伝えるのでなく、マスコミを迂回し、ツイッターやユーチューブで伝えている。トランプのフォロワーは1600万人以上おり、マスコミを通じなくても広報ができる。11月21日には、これまで歴代の大統領がマスコミを通じて発表していた「就任後の百日間に実施する予定の政策」を、マスコミを経由せず、ユーチューブで発表した。 (A Message from President-Erect Donald J. Trump) (Donald Trump Calls for List of Day-One Executive Actions, Outlines First 100 Days) この記事を書いている現時点での最新のトランプのツイートは、再開票騒ぎに関してトランプを批判(中傷)報道したCNNを標的に「CNNは大統領選挙で100%クリントンを支持していた。彼女が惨敗して途方に暮れ、血迷っている」というものだ。トランプは、間もなく大統領になるというのに、マスコミやリベラル陣営から売られた喧嘩をさかんに買い続け、ツイッターで反論や逆中傷し続けている。トランプは、大統領としての広報活動を、マスコミを迂回したままやろうとしているかのようだ。 (CNN is so embarrassed by their total support of Hillary Clinton) (ツイッターは経営難だ。10月にグーグルなどに買収される噂が出て一時株価がやや持ち直したが、その後また株価が下がっている。トランプがツイッターを重視し続けると、潰れかけたツイッターが蘇生できるかもしれないと、冗談半分に指摘されている) (Can Trump save Twitter? Maybe) 米大統領など、政治指導者は、自分の政策や主張、行動実績について、国民に伝える義務を負っている。大統領が政策や主張をどのような形で国民に伝えるべきかを定めているのは、義務的な法令でなく、記者クラブ的な慣行(プロトコル)でしかない。インターネットが広く普及している米国において、大統領になったトランプが、マスコミ経由でなく、ツイッターやユーチューブで広報活動することは、型破りであるが、違法でない。 (Trump Bypasses Media With Direct YouTube/Twitter Distribution As Feud With Mainstream Outlets Rages) トランプは当選以来、大統領就任予定者が守るべきプロトコルを破り続けている。トランプが行く先々にマスコミの記者団(番記者)が同行しているが、トランプは自分の飛行機に記者団を乗せることを拒否している。政権準備の執務室があるトランプタワーにも番記者群がはりつき、外出時は記者団に伝えることが求められているが、トランプは記者団に伝えず家族と食事に出かけ、騒動になった。かつてトルーマン大統領は、常に記者団に監視されているホワイトハウスを「白い監獄」と呼んでプロトコルを批判した。トランプは、監獄プロトコルをかなり拒否している。 (Trump Flouts Traditions Heading Into an Office Defined by Them) マスコミからすれば、短期的には「トランプはひどいやつだ」と報じていればいいが、長期的には、記者会見や側近からの意図的な情報リークなどを得られず、トランプ周辺にマスコミが近づけない状態が続くと、マスコミの方が情報源を絶たれて行き詰まる。批判をやめて、トランプに擦り寄る必要がある。擦り寄る時にまずマスコミが言ってくるのは「マスコミと良い関係を結んでうまく使った方が、支持率が上がるし良いですよ」ということだ。しかしトランプの場合、マスコミを含む米国の支配層(軍産複合体、エスタブリッシュメント)の支配体制を壊すために大統領になっている。トランプとマスコミは簡単に和解できない。 (米大統領選挙の異様さ) トランプは11月中旬、CNN、ABC、フォックス、NBCなど、米国の大手テレビ局の経営者や著名アンカーを30人ほどトランプタワーに呼び集め、非公式オフレコの懇談会をを開いた。テレビ各社は、トランプがマスコミと仲直りしたくなったと思い、喜んで集まった。だが、この会合でトランプは延々と激しいマスコミ批判を展開し、マスコミ側はトランプと仲直りすることも、新たな取材ルートの開拓もできず、叱られて嫌な思いをしただけだった。トランプは新聞のNYタイムズとの間でも、非公式オフレコ会談をいったん設定した後、NYタイムス側が会談の条件を変更してきたと言ってキャンセルし、その後さらに翻意して会談を了承することをやっている。 (Donald Trump’s media summit was a ‘f−−−ing firing squad’) (Trump cancels, then uncancels meeting with New York Times) トランプは、マスコミとの喧嘩を続けつつ、非公式に「会う。会わない。会っても批判するだけ」を繰り返すことで、トランプの言いなりになるマスコミを1社2社と作り、残りのマスコミをさらに冷遇して屈服・転向する社を増やそうとしている(フィリピンのドゥテルテが同じやり方で国内マスコミを屈服させている)。トランプはマスコミとの関係において、既存のプロトコルを破壊して、彼が満足できる新たなプロトコルを作ろうとしている。 (Trump "Exploded" At Media Execs During Off-The-Record Meeting: "It Was A F--king Firing Squad") (After Threatening Journalists, Filipino President-Elect Bans Them from Inauguration) ツイッターやユーチューブは、トランプが言いたいことを一方的に国民に伝えるだけで、トランプに答えたくないことを質問して答えさせる機能がない。マスコミの記者会見には、その機能があり、それがマスコミの「健全さ」であるとされる。だが今年の大統領選でマスコミはクリントンを支援してトランプを誹謗中傷し、不健全そのものだった。米マスコミは911以来、イラクやイラン、ロシアへの濡れ衣な非難報道、経済が改善していないのに改善したかのように報じるなど、不健全なことばかりやってきた。 (ひどくなる経済粉飾) (米大統領選と濡れ衣戦争) 米国やその傀儡である日欧のマスコミに健全性を期待するのは無理だ。これらのマスコミは、早く潰れて消失した方がいい。マスコミの従業員たちは「俺たちがいなくなって困るのは君たちだ」と国民に向かって言うが、それは大ウソだ。マスコミの「偽ニュース」などない方が、人々がウソを軽信せずにすむ。困るのは、失業するマスコミ従業員たち自身だけだ。トランプがやっているマスコミ叩きは良いことだ。 (Donald Trump, America's first independent president) 今回の米大統領選挙との絡みで見ると、米国で新聞を読む人の多くは、都会の比較的教育の高い人で、彼らの多くはクリントン支持だった。マスコミ自身、多くはリベラルで、クリントン支持(もしくはトランプ当選に反対)の勢力だ。共和党主流派を含め、米国の支配層はマスコミとの親和性が強く、トランプを敵視してきた。トランプとマスコミの喧嘩は、大統領選の延長線上にある。選挙に勝って最高権力者になったトランプが、往生際の悪い軍産マスコミ勢力を、成敗ないし屈服させようとするのが今の動きだ。 (Private dinners with Clinton campaign show MSM are Hillary's whores) (The Long War Of The Trump Presidency Has Only Just Begun) ▼好戦やくざメディアを雇ってマスコミに消耗戦を強いて屈服させる トランプの対マスコミ戦法は、トランプ自身のツイートやユーチューブ利用以外にもある。それは、トランプが主席戦略官に右派ニュースサイト「ブライトバート breitbart.com 」の経営者であるスティーブ・バノンを任命したことだ。ブライトバートは、右派の中でも反主流派(オルトライト)で、米国のイスラエル極右系の著述家アンドリュー・ブライトバート(故人)が07年に創設した。トランプは、選挙戦中からバノンをメディア戦略などの顧問として使い、バノンのブライトバートはトランプ人気に乗って読者(ユニークユーザー)が4500万人に急増し、月刊3億ページビューという大手マスコミ並みのニュースサイトになった。 (Breitbart now has 45 million users, is the mainstream media. CNN/NY Times should be called Alt-Media from now on) トランプの戦略は、ブライトバートという反エスタブ・反リベラルな右派ニュースサイトを、NYタイムスやCNNを筆頭とするエスタブ・リベラルなマスコミに噛みつかせ、戦わせる策だ。マスコミは、バノンを「差別主義者」「危険人物」と酷評しているが、バノンは権力を背にしており、いずれマスコミは沈黙・黙従する。エリートなマスコミは、これまで軽蔑してきたやくざなブライトバート(やその他の反主流な言論サイト)と戦わされて消耗した挙句、トランプに媚を売って屈服せざるを得なくなる。ユダヤ人の世界として見ても、左派リベラルなユダヤ人が経営する米マスコミが、好戦的で草の根の右派(極右)の入植者ユダヤ人に攻撃・侵入され、イスラエル右派のロビイ団体であるAIPACが米政界を恫喝・席巻し、議員やマスコミ経営者にお追従を言わせてきた構図と重なっている(古くは英国の、エリートなロスチャイルドvs草の根で好戦的なシオニストとの戦いに起因する)。 (世界を揺るがすイスラエル入植者) (Andrew Breitbart - Wikipedia) (イスラエルとロスチャイルドの百年戦争) 極右の入植者はイスラエル上層部をも支配し、首相のネタニヤフがその筆頭だが、ネタニヤフは以前からトランプと親しい(ネタニヤフの最有力な支持者である米国のカジノ王シェルドン・アデルソンがトランプを強く支持した)。同時にネタニヤフは近年、プーチンのロシアに擦り寄っており、トランプ・プーチン・ネタニヤフの同盟が形成されている。オバマの時代まで、米国の上層部は左派ユダヤ人が支配し、右派ユダヤ人の侵入と戦うと同時に、冷戦的な米露対立が続いてきた。だがトランプは、この全体像を解体再編し、トランプの米政府が右派ユダヤ人、ロシアの両方と結託し、既存エリート層の(ユダヤと非ユダヤの)左派リベラルを無力化しようとしている。 (トランプ・プーチン・エルドアン枢軸) (トランプ台頭と軍産イスラエル瓦解) トランプは、反主流な右派のバノンを首席戦略官に任命すると同時に、それと並ぶ首席補佐官に、共和党の全国委員長という主流派の右派の地位にあるラインス・プリーバスを任命している。トランプは、選挙戦で共和党の主流派から敵視されつつ、草の根の支持を圧倒的に集め、主流派から嫌々ながら支持された経緯がある。トランプは大統領になるにあたり、連邦議会上下院の多数派を制覇した共和党の主流派を取り込むため、プリーバスを首席補佐官に任命した。だが同時に、プリーバスのライバルとなる首席戦略官に反主流派のバノンを任命し、2人がトランプの傘下で戦い続ける構図を作った。 (Trump's pick of right-wing firebrand for White House job sparks outrage) トランプは、これまでの会社経営でも、異なる意見の2人の部下をライバル的な2つの職位につけて戦わせ、その論争や紛争の中から出てくる色々な意見の中から、自分がこれと思うものを採用して経営に役立ててきた。紛争の存在は、外部に対する目くらましとしても機能する。トランプは同じやり方を、米政府の中枢で展開しようとしている。草の根好戦派出身のバノンは、民主党系のリベラル左派(やマスコミ)と、共和党主流右派の両方にかみつく役回りを負わされている。トランプの側近選びはちぐはぐで混乱していると指摘されているが、それは意図的、戦略的なものだ。 (Donald Trump fills two more spots in his administration) トランプの主要な閣僚人事でいま残っているのは国務長官だ。共和党主流派で大統領戦のライバルだったミット・ロムニーや、オバマ政権でCIA長官だった米元軍大将のデビッド・ペトラウスらの名前が出ている。以前は共和党ネオコンの元国連大使ジョン・ボルトンも取りざたされた。これらの軍産系の主流派を国務長官にすることに、草の根反主流なトランプ側近から反対論が出ている。国務省は、内部が軍産・好戦的な「外交専門家」ばかりで、国務長官が軍産主流系だと、トランプの意に反する外交を展開しかねない。 (Trump Allies Raise Doubts About Mitt Romney Leading State Department) だが、そうした懸念が現実化するのは「もしトランプが国務省に外交を任せた場合」だけだ。トランプは大統領当選後の2日間で32カ国の首脳たちから電話で祝辞をもらい、会話しているが、それらはすべて国務省に何の連絡もなく行われた。安倍首相との会談も、準備を仕切ったのはトランプ陣営で、国務省は全く外されていた。トランプは、国務省を無視している。選挙戦中から、トランプの外交顧問の中には主流派の著名人がいない。トランプは、いわゆる「外交専門家」を外している。大統領に就任した後も、外交を国務省に担当させずホワイトハウスが仕切り、国務省は外され続ける可能性がある。この場合、国務長官が誰であろうが「おかざり」にすぎない。共和党主流派は「国務長官をもらった」と喜んでいると、あとで失望することになる。 (Top Trump National Security Picks Accept as First Landing Team Launches) (Japan's Abe calls Trump `a leader I can trust') 国務省は、他の諸国でいうと外務省だ。国務省や外務省抜きで外交ができるはずがない、と思う人は洗脳されている。トランプが親しくしているネタニヤフ政権のイスラエルでは、数年前から外務省が事実上、機能停止され、外務大臣も置かれずネタニヤフが兼務している。外務省内の最高位である外務次官には、極右な入植者が任命され、省内の外交官たちが外交活動をやらないよう監視している。イスラエル外務省は、米欧の外交官と結託してパレスチナ国家を創設する「2国式中東和平」の推進勢力だったので、徹底的に無力化されている。外務省がなくても、イスラエルはロシアに擦り寄り、トルコと和解し、サウジに接近し、エジプトやヨルダンを傀儡化する巧妙な外交を展開している。外務省など廃止した方が、うまい外交ができる(日本も)。トランプの米国において国務省が無力化される可能性は十分にある(安倍もトランプに続け。まずは対露和解、いずれ対中朝韓も)。 (国家と戦争、軍産イスラエル) (イスラエルのパレスチナ解体計画) 国務省の外交専門家(=軍産)を一人ずつ改心させるより、まるごと無視して全体を事実上の失職に追い込んだ方が早い。これは、トランプがツイッターで直接発信したりブライトバート経営者を戦略官に任命したりして、外交官と並んで軍産の一部であるマスコミを迂回・消耗させて事実上の失職に追い込もうとしているのと同じ構図だ。軍産のもうひとつの部門であるCIAなど諜報界に対しては、前回の記事に書いたように、毎日の諜報ブリーフィングにトランプがほとんど出席しないというかたちで無力化している。トランプは徹底して軍産を無力化しようとしている。 (トランプ・プーチン・エルドアン枢軸) トランプのツイッター利用には、おちゃらけた部分もある。トランプは大統領選出馬前、テレビタレントであると同時に、テレビドラマの監督や役者もやっていた。その技能を生かし、今回は、自分の政権の閣僚選考をツイッターで逐一実況中継し「誰が入閣するか落選するかワクワクドキドキ。最終結果を決めるのは俺様トランプだぁ」的なテレビドラマ風に仕立てている。トランプは、閣僚候補の誰かに会うといちいちツイートし、彼はすばらしいとかイマイチだとか書き込む。落選者は1600万人のフォロワーに告知され屈辱を味わう。トランプは、シリアスな超大国の閣僚人事を、おふざけなエンタメにしている。とんでもないやつである。今後が楽しみだ。 (Donald Trump stars in all the drama of The Appointee) (Just met with General Petraeus--was very impressed!)
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