シリア空爆騒動:イラク侵攻の下手な繰り返し2013年8月30日 田中 宇この記事は「無実のシリアを空爆する」の続きです。 一昨日(8月28日)、米英仏がシリアを空爆しようとしているという記事を配信してから、さらに事態が動いている。首相が議会の了承を得ずにシリア空爆に踏み切ろうとした英国では、当初、空爆に賛意を示していた、二大政党の野党側である労働党が「シリアで化学兵器を使ったのが本当に政府軍だったのかどうか、国連の調査団が結論を出すまでシリア空爆に賛成できない」と態度を転換した。 (Cameron's volte-face robs Syria vote of purpose) 保守党や、連立与党である自由民主党の議員からも同様の懸念が出てきた。与党議員の多くは、03年のイラク侵攻時に労働党のブレア政権が、米国との同盟を重視するあまり、イラクに大量破壊兵器保有の濡れ衣をかけて侵攻した件について、選挙時に労働党を非難して打ち負かし、当選したので、イラクの時の二の舞になる、化学兵器使用の濡れ衣をかけてシリアに侵攻することに反対している。 (Memory of Iraq colours Commons debate) 英議会は、8月29日にシリア問題について議論し、国連の調査の結論が出るまで英国軍によるシリア空爆を許可しないとの票決を13票差で可決した。国連調査団が結論を出しそうな9月3日に、議会でこの件を議論することになり、英国は、少なくともそれまでシリア空爆ができなくなった。シリア侵攻を機に英米同盟を立て直そうとする英政府の謀略は失敗している。 (Britain's Cameron loses symbolic vote on military action in Syria) 議会からの圧力を受けた英政府は8月28日、国連安保理で「(空爆を含む)あらゆる手段を使って、シリア市民を化学兵器から守るべきだ」とする、シリア空爆につながる決議を提案した。しかし、常任理事国のロシアと中国が「この提案について議論するのは、シリアに行った調査団が来週戻ってきて報告してからにすべきだ」と主張して議論を拒否し、決議できなかった。 (Syria crisis: UK puts forward UN proposal) 安保理では、ロシア代表が議論拒否の主張をした後、米国代表が「今すぐシリアを空爆すべきだ」とする反論を展開し始めたところ、ロシアと中国の代表が退席してしまった。露中の代表は、安保理内の別の部屋で行われているカリブ海のハイチの問題に関する国際会議に出席せねばならないという名目で退席した。 (Russia and China Walk Out of UN Security Council meeting on Syria) シリアにいる国連の化学兵器調査団は来週、米国の国連本部に戻る予定で、その後、安保理でさらに議論が行われるだろうが、そこでも米英の空爆提案に露中が強く反対することが予想される。国連では露中の力がかなり強くなっており、バン・キムン事務総長は米英から圧力をかけられてもなかなか方針転換しなくなっている。 シリアの首都ダマスカスにいる国連調査団は、26日に化学兵器が使われた現場に行こうとしたが、途中で反政府勢力に狙撃されて引き返した。米国はバンキムンに「危険だから、もう調査団を現場に行かせるな」と圧力をかけた。だがバンキムンは拒否し、逆に米国に、最低限の現地調査が終わるまで、空爆を4日間待ってくれと依頼した。国連は、シリア政府に頼んで現場に行く沿道の状況を改善してもらい、調査団は28日に再び現場に向かい、今度は現場まで行って土壌の採取や現場検証、被害者らへの事情聴取を行った。 (US and UK face fight to keep attack plan on track) 調査団がダマスカスにいる間に米軍が空爆すると、調査団が空爆の被害を受ける恐れがある。調査団がいつシリアを出国するかをめぐるせめぎ合いが起きている。シリア政府は「反政府勢力は8月21日の大規模攻撃のほか、8月22日、24日、25日にも、シリア軍に対して化学兵器を使った小規模な攻撃を行っている。国連は、21日の現場だけでなく、残る3回の攻撃の現場も調査すべきだ」と国連に提起した。シリア政府は、シリア軍が反政府勢力の拠点のトンネルを捜索して化学兵器が見つけた時の映像も公開した。 (Syria: Three Other Chemical Attacks by Rebels in Same Area) 米国は「シリア政府は、空爆を受けたくないので調査団の日程を長引かせようとしている」と批判し、逆に国連に圧力をかけ、9月1日までの調査団のシリア滞在予定を1日短縮し、8月31日にシリアを出国させることにした。 (UN weapons inspectors to leave Syria a day early) シリア空爆案は当初、米英仏の3カ国が手がけるはずだったが、英国だけでなくフランスも、化学兵器の使用者がシリア政府軍であることが、明確な証拠によって示されない限り、シリアを空爆しない態度に転換した。また、サウジアラビアなどのアラブ連盟も、アサド政権を批判しつつ、空爆には賛成できないとの態度を表明した。 (Parliament Revolts, Brits to Stay Out of Syria) アラブ諸国の人々は、03年の違法なイラク侵攻によって同じアラブ人であるイラク市民がいかにひどい目にあったか良く知っており、シリア市民が米英による濡れ衣で同様の被害を受けることを容認できない。これまで米英軍がシリア反政府勢力を訓練する場所となっていたヨルダンの政府も、今回、シリア空爆の拠点になることを拒否する声明を出した。 (UN Says No: Growing International Opposition to Syria War) 米政府は、国際世論が反対し、英仏が参加しなくても、単独でシリアを空爆する態度を崩していない。オバマ大統領は就任直後、戦争をするには議会の決議が必要だとする憲法の規定を尊重する、テロ戦争の名目で大統領権限だけで戦争を開始した先代のブッシュ政権のようなことをしないと表明していた。しかし今回、議会を無視してシリアを空爆する態度をとっている。オバマは2011年のリビア空爆も、議会を無視して独断で挙行している。 (Obama and his team contradict past statements on war powers, Syria) 米議会は9月8日まで夏休みだ。しかし議会下院では、休暇中の議員たちがオバマに対し、議会承認なしのシリア空爆を憲法違反だとする書簡を作成し、116人の議員が署名してオバマに提出した。米議会下院の諜報委員会の委員たちは、大統領府(ホワイトハウス)がシリア空爆の予定に関して何も伝えて来ないと不満を表明した。大統領府が諜報委員の議員に電話するときは、一般回線でなく、盗聴困難な安全策をほどこされた特別な回線でかけてくるべきなのだが、大統領府が(意図的に)一般回線で電話してきて報告しようとするので、議員は、盗聴を恐れて何も質問できないと不満を言っている。 (More in Congress Demanding Vote on Syria War) (U.S. intelligence committees say they're not properly consulted on Syria) 米英の諜報界からは、化学兵器を使用したのがシリア政府であると結論できる確たる証拠がないとする意見が漏洩し始めている。英諜報部からは、出所の怪しいユーチューブの映像など公開された情報しか証拠がないと認める報告書も出てきた。オバマ政権は、単独でも空爆を挙行すると言い続ける一方で、空爆をやるかどうか大統領がまだ決断していないとする、やや曖昧な、様子見の態度に転換した。 (UK report on attack fails to produce `smoking gun' evidence) (US prepared to attack Syria alone) (Obama `not yet made a decision' on Syria as UK political rows stall intervention) 9月5日からロシアで開かれるG20サミットに参加するため、オバマは9月4日に米国を出国する。オバマがロシアから帰国すると、夏休みが終わった議会が、シリア空爆を阻止しようと動き出すだろう。オバマがシリア空爆を挙行するとしたら、9月4日までの間になると予測されている。空爆を挙行すれば国際的な非難を受けるし、挙行しない場合は米国がアサド政権に化学兵器使用の濡れ衣をかけていたことが暴露されていき、いずれにしてもオバマは国際的な信用を失いそうだ。 (Intel Sources: Obama Is Stalling On Syria Strike To Make Deals With Putin) 欧州などでは、シリア空爆に反対する市民運動が急拡大している。イラク侵攻前と状況が似てきた。以前から「国際的な政治覚醒により、国際政治体制が転換していくだろう」と言い続けているオバマの(元)顧問のズビクニュー・ブレジンスキーが、今回もうれしそうに「政治覚醒によってシリア空爆が困難になる」と、うわごとのように言っている。 (Brzezinski: `Global Political Awakening' Making Syrian War Difficult) 化学兵器を使ったのがシリア政府軍であるとの主張を支えている根拠の一つとして重視されてものとして、イスラエル軍の諜報部(モサド)の通信傍受機関「8200部隊」が、8月21日に傍受したシリア軍内の通信のやりとりがある。シリア軍の最上層部が、軍の化学兵器担当の責任者に対し、非常に慌てた様子で「誰が化学兵器を使ったのか」「使われた化学兵器はどんなものなのか」と問い合わせている様子を傍受したという。 (Israeli intelligence 'intercepted Syrian regime talk about chemical attack') (Intelligence Suggests Assad Not Behind Chemical Weapons Attack) この交信は、シリア軍の最上層部が、化学兵器の使用について事前に知らなかったことを示している。この情報から推論されることは、ふつうなら「化学兵器を使ったのはシリア軍でない」ということだ。以前の国連の調査で、今年3月にシリアで化学兵器を使ったのが反政府勢力であるとの結論が出ている。モサドは、シリア反政府勢力が自前の化学兵器を持っていることを示す、反政府勢力内の通信も、今年始めに傍受している。今回も、また反政府勢力が犯人と考えるのが自然だ。 (シリアに化学兵器の濡れ衣をかけて侵攻する?) しかし、こうした自然な思考に歪曲が入るのが、イラク侵攻前からの米国の状況だ。イスラエルからこの件で報告を受けた米当局は「シリア軍の最上層部は化学兵器の使用を知らなかったが、化学兵器を管理する担当部局が勝手に使用したに違いない」という推論をひねり出した。それで「アサド自身は化学兵器を使う気がなかったが、部下の軍人が勝手に化学兵器を使った。それでも責任はアサドにあり、シリアは空爆されねばならない」という理屈になっている。諜報にしろ、マスコミを使ったプロパガンダにしろ、巧妙にやれば国益や国際的利益につながるように運営できる。しかし昨今の米国では、諜報やプロパガンダの機能が(意図的に?)下手くそに過激に運営されている。その結果、米国の信用が失墜し、覇権が崩れている。 (US: Assad to Blame for Chemical Attack Even If He Didn't Do It) 今回は、米国が今のタイミングでシリアに化学兵器使用の濡れ衣をかけて空爆しようとしている時期的な理由が、イスラエルがパレスチナとの和平を真剣に進めようとしている(米国に仲裁してもらっているように見せかけて、実は米国を外して交渉している)ことと関係がありそうだという話を書こうと思っていたのだが、英国などでの急展開を先に書いているうちに長くなり、イスラエル関係の分析に入り込めなかった。まだ書いていない件は、できるだけ早く書きたい。
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