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シリアに化学兵器の濡れ衣をかけて侵攻する?

2012年12月11日   田中 宇

 アフガニスタンのカルザイ大統領が、2年後に米軍などNATOが撤退していくのに備え、パキスタンに仲裁を頼み、タリバンと和解しようとしている。アフガンの東部と南部の行政権をタリバンに割譲し、閣僚ポストも一部渡すつもりだという。カルザイはこれまで米国にタリバンとの仲裁を頼んでいたが、米軍自身がタリバンとの敵対を解けないのに加え、米政府とカルザイの仲が悪いままだ。 (Afghanistan peace plan would increase Pakistan's role

 タリバンはもともとパキスタン軍の諜報機関がアフガン統一を狙って作った組織で、仲裁役は米国よりパキスタンが適任だ。パキスタンの背後には中国がいる。パキスタンは以前、米国の傀儡国だったが、米国が無人戦闘機でパキスタンの兵士や市民を殺し続けたので、今では米国と仲違いしたまま、中国への依存を強めている。米国はパキスタンが怒って閉鎖したアフガンへの最重要補給路であるカイバル峠を、パキスタンに頼んで今年7月に再開したことになっているが、実はほとんど輸送が再開されていない。 (敗走に向かうアフガニスタンの米欧軍) (Pakistan war supply routes still not fully open

 NATOが撤退し、カルザイが米国依存をやめてパキスタンと関係強化していくことは、地政学的に、アフガンが米国の影響圏から中国(中露、上海協力機構)の影響圏に移りつつあることを象徴している。 (インドとパキスタンを仲裁する中国

 中国は、周辺国に対して隠然と影響力を行使している。たとえば今年米国が敵対を解いたミャンマーは、中国の傘下から米国の傘下に鞍替えしたと報じられたが、中国政府は自信ありげに「ミャンマーとの関係は良好だ」と言っている。ミャンマーが国際的に許されて経済成長することで最も得をする国は、ミャンマー国民が消費する商品を売る中国かもしれない。同様に、パキスタンやアフガンと中国の関係も、目立たないかたちで続いている。中国は、アフガンで世界最大級の銅山を運営しているし、撤退する米軍をしり目に、アフガン政府との間で警察を訓練する協定も結んでいる。 (Myanmar to deepen relations with China) (Beginning of a new `Great Game' in Afghanistan

 NATOはアフガン撤退後、米国と欧州の関係が疎遠になりそうだ。EUは、米国との同盟関係を維持したい英国を排除したかたちで、軍事統合を進めている。独仏伊西ポーランドの5カ国が、軍の組織と武器調達、海外遠征部隊の統合を進める枠組みを作っている。マスコミや金融関係者が「ユーロは間もなく潰れる」と煽り続けているが、実際のところユーロは潰れず、EUは危機を利用して政治経済や軍事の統合をどんどん進め、むしろ自らを強化することに成功している。 (Five EU countries call for new military 'structure') (Spurred by crisis, euro zone is shaping up: study) (Turning Point? Light Seen at End of Euro-Crisis Tunnel

 欧州はバラバラでソ連と敵対していたからNATOを通じて米国に頼る必要があったのであり、EUが軍事統合し欧露関係も悪くない中、NATOは不要になりつつある。財政緊縮が必要な米国側は一昨年から「EUが米国に協力しないなら、米国はEUを守らない」と言っている。 (ぼやける欧米同盟) (アフガンで潰れゆくNATO) (Shrinking NATO By Doug Bandow

 欧米間が疎遠になるのを見て、地政学的にちゃっかりなロシアが「EUとロシアの統合が必要だ」とぶち上げている。しかもプーチン大統領は、12月21日に行われる欧露サミットに「ユーラシア同盟の代表者」として出席する予定だ。ユーラシア同盟は、ロシアと中央アジアやベラルーシとの国家統合体で、プーチンの目標は「ソ連の復活」である。ロシアは東方で、中国と上海協力機構を作り、同機構は印パやイラン、トルコとも協調しようとしている。対米従属のNATOを離れて自立するEUとロシアが接近し、ロシアと中国など上海機構の連携が重なると、巨大なユーラシアの米国抜きの共同体ができる。 (Convergence: Globalists Push Russia-EU Merger) (Putin to visit Brussels as 'Eurasian Union' leader

▼意図的に静観する米国

 中東では、パレスチナに関しても米国の影響力が低下している。先日国連総会でパレスチナが国家として承認され、その報復としてイスラエルがパレスチナ国家の首都になるはずの東エルサレムをわたすまいと、東エルサレムを取り囲む不法入植地(E1)の建設を開始したり、イスラエルの銀行にあるパレスチナ政府の税収金を差し押さえたりした(国連総会の承認を受け、パレスチナ自治政府は、パレスチナ政府と名称を変えた)。 (円をドルと無理心中させる

 だが、米国は静観したままだ。E1入植建設に最も反対しているのはEUだ。アラブ諸国は、収入を絶たれたパレスチナ政府に毎年1億ドルを支援することにした。これにより、これまで何回もイスラエルがパレスチナ人に言うことを聞かせるためにやってきた税収金差し押さえの効力が大きく下がる。先日の国連総会では、イスラエルに対し、秘密裏にやってきた核兵器開発の関連施設を査察させよとの決議も行われた。来年はイランよりイスラエルの核兵器が問題になりそうで、中東における善悪が逆転しつつある。 (Arab states to provide PA with $100 million monthly) (UN calls on Israel to open nuclear facilities) (善悪が逆転するイラン核問題

 米国の静観は意図的なものだという指摘がある。オバマ大統領は、米国に横柄に要求するイスラエルのネタニヤフ首相と仲が悪いが、オバマは今後、イスラエルの横暴を非難するのでなく、静観の姿勢をとり、EUやアラブ諸国、中露などがイスラエルを非難するままに任せる方針をとるという。イスラエルの言いなりになりつつイスラエルを窮地に追い込む戦略は、米政府の10年がかりの戦法だ。2期目のオバマは、その戦法の仕上げをやる感じだ。 (Why Obama Will Ignore Israel) (足抜けを許されないイスラエル) (北朝鮮と並ばされるイスラエル

 先進諸国のエネルギー機関IEAは最近「米国は、国内の石油ガス採掘が増え、2017年に中東から石油ガスを輸入する必要がなくなる」との予測を出した。シェールガスの開発や、環境保護を理由に禁じられていた米国太平洋沖での海底油田開発が許可され、米国内の石油ガス産出量が増えそうなためだ。 (U.S. to Overtake Saudi Arabia as Top Oil Producer, Agency Forecasts

 私が見るところ、この手の予測の意味は、米国が中東から軍事外交的に撤退することを正当化することにある。これまで米国が中東に巨額の軍事費をかけて政治介入してきた理由は、本当のところイスラエルが米政界を牛耳っていたからなのだが、その真相を見えにくくするために「米国は中東から石油ガスを輸入せねばならないから」という理由が喧伝されてきた(実のところ米国は、中東よりベネズエラから多く石油を輸入してきたが)。米国が石油ガスを自給できるようになるというIEAの予測は、オバマ政権がイスラエルに冷淡なことと関係した政治的な策略かもしれない。

▼イラク侵攻時と同じ構図

 米国が中東から撤退し、イスラエルが窮地に陥ったまま取り残されることに対する、在米イスラエル右派と軍産複合体からの反撃かもしれないと思えるのが、最近「シリア政府が反政府派の市民を化学兵器で虐殺しそうなので、国際社会は軍事力を使っても、それを止めねばならない」という話が流されていることだ。シリア政府は、かつて東京でまかれた化学兵器「サリン」を持っているという。米英仏、トルコ、イスラエル、ヨルダンの連合軍がシリアに侵攻する準備を進めているとか、NATOがトルコの対シリア国境近くに地対空迎撃ミサイル(パトリオット)を配備するとか、NATOがトルコに地上軍の司令部を新設したといった、戦争が近い感じの報道が出ている。 (US-led Coalition Including Jordan, Turkey and Israel Will Attack Syria By Land) (NATO activates Allied Land Command in Turkey

 シリア政府が化学兵器を使う準備をしているという指摘は根拠が薄い。シリアの兵器類をウォッチしている欧米の関係者によると、シリア政府は化学兵器を持っており、最近それを移動したことも確認されたが、移動の理由は化学兵器が反政府派に奪われぬよう保管場所を変えただけで、兵器の使用を準備しているとは考えにくいという。 (Experts skeptical Syria is preparing to use its chemical arsenal

 シリア政府は「化学兵器を使おうとしているのは我々でなく、反政府勢力の方だ。米欧は反政府勢力に化学兵器を渡し、シリア国内で使わせて、それをシリア政府がやったように見せようとしている」と主張している。シリア政府の味方をしてきたロシアも、化学兵器の話は米国による誇張だと言っている。 (Syria: Chemical weapons reports part of Western conspiracy) (Russia Accuses US of Exaggerating Syrian Chemical Weapons Threat

 トルコの新聞は、アルカイダがトルコ国内(Gaziantep)で化学兵器を作り、シリアに持ち込んで使おうとしていると報じている。シリア反政府勢力の中には、アルカイダが多く入り込んでいる。 (Yurt: Al Qaeda Mambers Manufacuring Poison Gas Near Gaziantep for Use Against Syrians) (シリア虐殺の嘘

 トルコ政府は以前、かつてのオスマントルコ帝国のようにアラブ圏など中東全域に影響力を持つ国になることを目標に、シリア内政に介入し、シリア反政府勢力がトルコに拠点を持つことを許し、シリアからの難民を積極的に受け入れた。だがシリアのアサド政権はしぶとく、反政府勢力の方が不利になると、NATOの一員であるトルコは、米国などに対し、シリアに軍事侵攻してほしいという態度を見せ始めた。 (近現代の終わりとトルコの転換

 中東ではこの百年、米欧の傀儡になる勢力が多かったが、米国の影響力が減じる中、傀儡が嫌われる傾向が強まっている。トルコがこのまま米国に頼ってアサド政権を転覆する画策に協力し、米英諜報機関の別働隊ともいえるアルカイダが多く入り込むシリア反政府勢力を支持し続けると、中東でのトルコの信用崩壊が進む。トルコは国際政治的に行き詰まっている。

 財政難の中、オバマ政権は、これ以上戦争をしない方針を採っている。オバマ政権は、ブッシュ前政権が大失敗として残したイラク占領からようやく抜け出し、来年は13年間も無駄に続けたアフガンからも撤退していこうとしている。米政府が、これからシリアに侵攻して内戦に首を突っ込みたいと思うはずがない。米軍をシリアに侵攻させたいのは、米国に中東から出ていってほしくないイスラエルと、軍事費を削られたくない米軍産複合体である。

 今後、米軍がシリアに侵攻するとしたら、それはオバマ政権がイスラエルや軍産複合体の仕掛けたわなにはまった場合だ。大量破壊兵器をめぐるウソの開戦事由をでっち上げて米軍を中東での戦争に引きずり込むやり方は、ブッシュ前政権がイラク侵攻に引っ張り込まれた時と同じだ。開戦前から大量破壊兵器のウソが半ばばれている点も同じだ。

 賢そうなオバマが、見るからに間抜けだったブッシュと同じ過ちを繰り返すとは思えない。だが逆に、米政府が今のように中途半端にシリアに関与し続けると、ロシア、中国、イランが結束し、そこにアラブ諸国も譲歩して、アサド政権を維持するかたちで、米国の助けを借りずにシリア内戦を終わらせる努力を強めるだろう。それは中東での米国の影響力をさらに低下させ、イスラエルの孤立に拍車をかける。



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