シリア虐殺の嘘2012年6月13日 田中 宇5月25日、シリア中部の町ホムスの近郊にあるホウラ地区で、村人ら108人が殺される虐殺事件が起きた。シリア政府は、反政府武装勢力の仕業と発表したが、対照的に欧米日アラブの政府とマスコミの多くは、虐殺の犯人がシリア政府軍であると断定し、日本や米英独豪などが、自国に駐在するシリア大使を追放した。国連安保理は、シリア政府軍と反政府勢力が交戦をしている間に108人が殺されたとして、戦車や迫撃砲を使ったシリア政府を非難した。 (Syrian government denies involvement in Houla massacre) ホウラ地区は、以前から反政府勢力が占拠していた。そこの村人が虐殺されたとなれば、犯人は政府軍だと考えたくなる。欧米では、この虐殺事件を機に「反政府勢力が占拠する地域を政府軍が攻撃して虐殺を起こす事態が繰り返されぬよう、政府軍と反政府勢力の地域の間に緩衝地帯を設けるべきで、緩衝地帯の設定のため、国連軍もしくはNATO軍が、シリアに侵攻する必要がある」という「人道上の軍事介入」を主張する声が強まった。 (Houla massacre From Wikipedia) 国連のシリア問題特使のアナン元事務総長は、ホウラ虐殺を「(シリア問題の緊急性を一気に高める)転換点」と呼んだ。米国のライス国連大使は「国連が動かないなら(米軍が)国連外で動かざるを得なくなる」と警告した。もはや、欧米やアラブの軍勢が国連軍もしくは国際軍としてシリアに軍事介入するのは時間の問題であるようにも見える。シリアのアサド大統領も、リビアのカダフィのように政権転覆され、葬り去られるかに見える。 ▼虐殺の犯人は政府軍でなく反政府勢力 とはいえ、事態をよく見ると、実はホウラで村人らを虐殺したのはシリア政府軍でなく、反政府勢力の方である可能性が高い。虐殺で殺された村人の多くは、アサド政権と同じアラウィ派イスラム教徒だった。シリア軍の幹部の多くはアラウィ派であり、政府傘下の民兵組織のシャビーハも上層部はアラウィ派である。欧米日マスコミは、シャビーハやシリア軍がホウラの村人を殺したのだろうと書き立てたが、内部の団結が強いアラウィ派が、同じアラウィ派を殺すはずがない。 (THE HOULA MASSACRE: Opposition Terrorists "Killed Families Loyal to the Government") 半面、反政府勢力は、サウジアラビアに支援されたスンニ派イスラム主義の過激派(いわゆるアルカイダ)で、アラウィ派やシーア派を敵視し、宗教上異端なので殺しても良いと考える傾向が強い。殺された村人の中にはシーア派もいた。虐殺の動機は、政府軍より反政府勢力の方に強い。政府軍が殺したなら、戦車砲や迫撃砲で家ごと破壊される形になっているはずだが、殺された村人は至近距離から撃たれたり、のどをナイフで掻き切られたりしている。これは、アルカイダなどサウジ系イスラム過激派が異端者を殺すときの典型的なやり方だ。 (Syria: Massacre Likely By Al Qaeda) アラウィ派はシリアの人口の約1割しかいない少数派で、シリア人の7割を占めるスンニ派イスラム教徒から宗教的に異端視されてきた。20世紀初頭にシリアを植民地支配したフランスは、アラウィとスンニの対立を利用し、アラウィを警察官など治安担当の職務に優先的に就かせ、アラウィがスンニを監視し、その上にフランスの統治が乗る構造を作った。独立後も、シリアの軍や治安担当部門はアラウィ派が握り、アサド家はこの構図を利用して独裁政治を敷いた。こうした歴史があるので、シリア軍やシャビーハの指導部はアラウィ派で占められている。 ホウラ地区の人口の9割はスンニ派で、地区内の一部の地域にアラウィ派やシーア派がかたまって住んでいる。反政府勢力は、ホウラ地区の中でもスンニ派の地域を占拠していた。反政府勢力の地域と、アラウィやシーアの居住地域をつなぐ道路には、反政府勢力が入ってこないよう検問所とバリケードが設けられ、政府軍が検問所を守っていた。 ドイツの主力新聞フランクフルト・アルゲマイネ・ツァイトンク紙によると、5月25日、ホウラのスンニ派地域を占領していた反政府勢力が検問所を襲撃し、政府軍と銃撃戦になった。反政府勢力は、一時的に検問所を制圧し、アラウィ派が住む地域に流入した。その後、政府軍の戦車部隊がやってきて加勢し、90分後に反政府勢力は退散したが、この間に反政府勢力がアラウィ派の家を一つずつ襲撃し、中にいた家族を、女性や子供にいたるまで、至近距離から銃殺したり、のどをナイフで掻き切って殺した。 (Implosion of The Houla Massacre Story - Is Anyone Paying Attention?) この地域には、スンニ派からシーア派に宗旨替えした人々が一家族住んでいたが、彼らも異端者とみなされて皆殺しにされた。スンニ派でも一家族が皆殺しにされたが、彼らはシリアの国会議員の親戚の一族で、政府に協力する人々とみなされたようだ。反政府勢力は、殺された人々を携帯電話などで動画撮影し「政府軍に殺された人々の画像」としてインターネットにアップロードした。彼らが犯人であるなら、非常に周到で巧妙な自作自演の犯行ということになる。 (Report: Rebels Responsible for Houla Massacre) 事件から何日か経って、反アサド的なアラブ諸国の出身者が多い国連の視察団がホウラ地区にやってきて現場検証した。国連視察団は、虐殺現場の近くで政府軍の砲弾の残骸を発見し、政府軍が発砲したのだから、虐殺の犯人は政府軍である可能性が高いと結論づけた。実際は、戦車砲や迫撃砲で殺されたのは、今回死んだ108人のうち、反政府勢力の兵士など20人だけで、残りは銃殺やナイフで殺されている。すでに書いたように、実際には、政府軍が反政府勢力と戦闘している間に、反政府勢力がアラウィ派やシーア派の家を回って虐殺をしていたという証言があるのだから、政府軍の砲弾の残骸があっても、それで政府軍が犯人ということにならない。国連査察団は、アサド政権を転覆したい米国やサウジなどの影響を強く受けている。 (Syrian Rebels Responsible For Houla Massacre?) ▼イラク戦争並みの巨大な国際犯罪 ホウラの事件より前にも、反政府勢力は、アラウィ派やキリスト教徒といった、スンニ派のイスラム主義者から見ると敵視すべき異端者である人々を虐殺した上で、犯人はシリア政府軍だと主張しつつ、殺された人々の映像をネットで世界に流すことをやっていたという証言がある。シリアのキリスト教会の修道女(Mother Agnes-Mariam de la Croix)が、ホムス近郊のハリディア地区(Khalidiya)で今年2月に行われた虐殺について、反政府勢力が地区に住むアラウィ派とキリスト教徒を一つの建物の中に集めて閉じこめた上で、建物にダイナマイトを仕掛けて爆発して殺したものであり、報じられているようなシリア政府軍やその傘下の勢力の犯行ではないと証言している。 (Report: Rebels Responsible for Houla Massacre) シリアのキリスト教徒は人口の13%で、アラウィ派やシーア派と同様、サウジ系のスンニ派イスラム原理主義者から敵視される傾向が強い。 ホウラの虐殺後、6月6日に、シリア中部の町ハマの近郊にあるクベイル地区(Mazraat al-Qubair)で再び虐殺が起こり、78人の村人が殺された。欧米日などのマスコミは、この事件もシリア政府軍の仕業に違いないと書いている。だが、クベイルにはホウラと同様、地区の中にアラウィ派が集まって住んでいる地域があり、そこを守っていた政府系勢力(ホウラは政府軍、クベイルは民兵)と、反政府勢力との間で戦闘が起こり、その間に村人が殺されている。 (Second Syrian massacre: Qubair's killing fields ) クベイルでの殺害方法もホウラと同様、多くはナイフで刺殺され、いくつかの家族が皆殺しにされている。また、犠牲者の遺体の映像が即座にネットに流され、政府軍の仕業であると事件直後から反政府勢力が主張し、それを米欧日のマスコミが鵜呑みにして報じている。クベイルで殺されたのがアラウィ派なのかスンニ派なのか現時点で不明だが、全体的な状況から見て、ホウラと同様の手口で、反政府勢力が殺害して政府に濡れ衣をかけた疑いがある。 (Hama Massacre: Qubair, Syria, Site Of Fresh Violence, According To Unconfirmed Reports ) 6月12日には、米政府の国務省が、シリア沿岸部のラタキア州のハファ地区(al-Haffa)や首都ダマスカスの近郊など、いくつもの地域で「ホウラ型の虐殺」が行われそうだと発表した。以前に政府軍と反政府勢力の熾烈な戦闘が行われ、いったん反政府勢力が撤退していたホムスの中心街でも、再び戦闘が起きている。 (US predicts another Houla-style massacre in Syria) 国連の平和維持軍の司令官は6月12日、シリアの状況について、国連として初めて「内戦」という言葉で表現した。反政府勢力は、早く国際軍がシリアに軍事介入して政府軍と反政府勢力の勢力圏の間に緩衝地域を設けて兵力引き離しをしないと虐殺が広がるばかりだと主張している。米国やEU諸国は、アサド大統領に退陣を求めている。 (Syria now in full-scale civil war: UN) もし、度重なる虐殺を挙行しているのがシリア政府軍や政府系民兵であるとしたら、国際軍の早期介入やアサドの退陣を求める米欧やシリア反政府勢力の主張は妥当だ。だが逆に、虐殺を挙行しているのがシリア反政府勢力であるとしたら、反政府勢力が自分で殺した村人たちの映像を撮ってネットで世界に流して「政府軍の犯行だ」と騒ぎ、それに呼応して米欧政府がアサドに退陣を求め、国際軍をシリアに侵攻してアサド政権の転覆を狙うという、巨大な国際犯罪になる。 シリアの反政府勢力は、米欧やサウジに支援されている。米欧やサウジが、アサド政権を転覆するため、反政府勢力を使って虐殺し、アサドに濡れ衣をかけている構図になる。米国は、イラクに大量破壊兵器の濡れ衣をかけて侵攻した。その後はイランに核兵器開発の濡れ衣をかけて経済制裁している。そして今、シリアに虐殺の濡れ衣をかけて政権転覆しようとしている。 ▼ロシアが戦争をくい止めている しかし、米欧やサウジが国際軍によるシリア介入を望んでも、それは簡単に実現しない。国連軍を編成して介入するには、国連安保理の決議が必要だが、安保理ではロシアと中国という2つの常任理事国が、シリアへの軍事介入に強く反対している。拒否権を持つ露中が反対する限り、国連軍を出せない。ホウラやその他の虐殺が、シリア政府軍でなく反政府勢力の仕業である疑いが残る限り、露中は軍事介入に反対するだろう。 虐殺が反政府勢力の仕業であったとしても、虐殺が各地で頻発すると、シリアは内戦状態がひどくなり、誰が虐殺の犯人かを問わず、外部からの何らかの軍事介入が必要だという話になる。昨年春、リビアが内戦状態になった時、米英仏がリビア東部の反カダフィ勢力を支援して反乱させ、内戦を拡大したのだが、米英仏が「内戦だから国際的な軍事介入が必要だ」と、自作自演的に主張したとき、露中は国連軍のリビア派兵に反対したものの、NATOがリビアに侵攻することに反対しなかった。 その結果、NATOがリビアに侵攻してカダフィ政権を倒したが、その後のリビアは分裂したまま、いずれ内戦が再発しそうな不安定な状態で、リビア介入は国際的な失敗となった。ロシアや中国は、このリビアの教訓があるので、シリアで事態が内戦に近づいても、あらゆる軍事介入に反対し続け、外交で事態を打開することを主張している。 リビアの反カダフィ勢力は、スンニ派イスラム主義の過激派、いわゆるアルカイダに主導されていた。彼らはカダフィを倒した後、シリアに来て反政府勢力をテコ入れしている。米国は、仇敵であるはずのアルカイダを傭兵として使い、リビアやシリアの政権転覆をやっている。アルカイダは、70年代のアフガン時代からCIAの傭兵と言われてきた。 (リビアで反米イスラム主義を支援する欧米) 英国外務省は「シリアにはアルカイダがいるので(テロ戦争の一環として)軍事介入が必要だ」と主張している。米欧が、アルカイダを含むシリア反政府勢力を支援して虐殺をやらせ、シリアを内戦に陥らせていることを踏まえると、この自作自演的な発言は、英国のこの200年あまりの世界戦略を象徴していると感じられる。 (US Fears 'Massacre' While Britain Talks Up War) これらの現状を見る限り、今の中東の国際政治においては、米欧よりも露中の方がまともであり、正義である。「露中のせいでシリアの問題が解決しない」と米政府は言うが、これは放火魔が「消防士がいるので家がよく燃えない」と言っているのと同じだ。米欧は、マスコミを使って濡れ衣を「事実」として人々に信じ込ませ、善悪を歪曲している。日本や米国では、米欧より露中の方が正しいと言うと、それだけで袋叩きにされるが、袋叩きにする側は、プロパガンダを軽信するうかつな人々である。 ロシアは、シリア問題に関連する諸国の代表を集めて和平会議を開くことを提唱しており、来週メキシコで開かれるG20サミットで正式提案し、会議の開催につなげようとしてきた。会議は、1995年にボスニア紛争を米露主導で解決した「デイトン合意」と似た構図を持たせ、アサド政権を転覆したい米欧やサウジ、トルコなどが反政府勢力を引っぱり出し、アサド政権を擁護する露中やイランなどがアサド政権を引っぱり出して、両者が対等な立場で話し合う構想だ。 (Russia insists on Iranian role in Syria peace plan) ロシア主導の和平への動きが強まる中で、それを阻止するかのようにシリア国内で虐殺が連続して起こり、和平会議に持ち込むのが難しい状況になった。また米国は、イランが和平会議に参加することに強く反対している。露中の反対を無視して、米欧軍(NATO)がシリアに軍事介入する可能性もある。 しかし、NATOがシリアに侵攻したら、リビアの時のように中途半端に撤退するのでない限り、長期にわたる占領の泥沼に陥る。アフガニスタン占領に失敗して窮地の中で撤退し始めたNATOは、占領の泥沼を繰り返したくないはずだ。米国もオバマ政権が軍事費の削減に迫られ、今後は大規模な地上軍の戦争をしないと宣言している。米欧はシリアに侵攻しないだろう。結局のところ、シリア問題の解決は、ロシアが提唱するデイトン合意型の和平交渉に頼るしかない。そこに至るまでに、あと何回シリアで虐殺が行われるのかという問題になっている。
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