安倍イラン訪問を狙って日系タンカーを攻撃した意図2019年6月15日 田中 宇6月13日、日本の安倍首相がイランを訪問して「米国とイランを仲裁(笑)」しようとしていた最中に、イラン沖のホルムズ海峡近くのオマーン湾を航行中の、日本企業などが所有するタンカー2隻が、相次いで何者かにミサイルもしくは機雷で攻撃されて損傷する事件が起きた。米政府は事件後すぐに「これはイランの仕業だ。イランの革命防衛隊(国軍より強い軍隊)がタンカーに機雷を仕掛けて爆破させた」と断言した。だが、タンカーの1隻を保有する東京の国華産業の社長は、タンカーの船員が飛来物で攻撃されたと証言しており、航行中のタンカーに機雷を仕掛けることが難しいことからも、機雷でなく砲撃である可能性が高いと発表している。 (US gov narrative blaming Iran for oil tanker attacks falls apart in hours) (Japanese Ship Owner Contradicts US Officials on Tanker Attack) 米軍は、事件直後にイランの防衛隊が小舟でタンカーに近づき、自分たちがタンカーの船腹に仕掛けた機雷のうち不発に終わった機雷を取り外しているところと称する動画を発表した。だが、動画に写っている小船がイラン防衛隊のものだと判断できないし、小船の上で動いている人影が不発の機雷を撤去する作業をしているという説得性もない。ドイツの外相は、この動画だけでは証拠として不十分だと言っている。トランプ政権が米軍に命じて無関係な動画を「動かぬ証拠」として発表させた可能性が高い。 (US video not enough to blame Iran for tanker attacks: Germany) (Gulf of Oman attacks: Only those who want escalation will benefit) ホルムズ海峡の近くでは、5月にも4隻のタンカーなどが相次いで攻撃され損傷する事件が起きている。この時もトランプ政権は、事件直後に根拠を示さず「イランの仕業だ」と断定的に発表してイランを非難している。結局、事件から1か月たっても誰の仕業かわからないままだ。「イスラエルの諜報機関モサドが、イランの仕業だとする情報をトランプ政権に吹き込んだ」といった「イラン敵視の歪曲情報はすべてイスラエルから」的な、最近よくあるまことしやかな説も流布している(この説自体、半分事実だが半分誇張。すべてイスラエルのせいにするため、親イスラエルのふりした反イスラエル=ネオコン的なトランプ側が流した観も)。 (イラク戦争の濡れ衣劇をイランで再演するトランプ) (Zarif: Mossad fabricating intel to blame Iran for Fujairah false flag) 5月の攻撃も今回の攻撃も、誰の仕業であるかは、永久に未確定だろう。未確定ということは、イラン(防衛隊やその傘下の勢力)の仕業でないということだ。イランの仕業なら、米国は、確定的な証拠を示せるはずだ。米政府は、今回だけでなく何年も前から、イランに核兵器開発やその他の無根拠な各種の濡れ衣をかけ続けている。ポンペオやボルトンといったイラン敵視担当のトランプ側近は、10年以上前から米国上層部による濡れ衣のイラン攻撃に参加してきた。今回のタンカー攻撃は、イランの仕業でなく、米国(米軍自身か、米軍が育てたアルカイダ系などの地元民兵勢力)の仕業であろう。 (同盟諸国を難渋させるトランプの中東覇権放棄) (Mike Pompeo Blames Iran for Tanker Attack Without Single Shred of Evidence) イランは、米国から無根拠に「テロ支援国」扱いされて大変迷惑している。米国の軍部や諜報界が育成してきたスンニ派テロ組織であるISやアルカイダは、シーア派のイランを敵視してきた。実態は、米政府やマスコミの喧伝と正反対に、イランがテロリストと戦う国である一方、米国がテロリスト支援国だ。最近は、トランプの米国がイランを敵視するほど、無根拠な濡れ衣であることがバレて、米国自身の信用失墜・覇権低下・弱体化になっている。イラン敵視は、トランプの覇権放棄・多極化策の一つだ。 (US-Iran: Inverted Reality, Real War. America’s Al Qaeda Mercenaries. Iran is Fighting the Largest State Sponsor of Terror) 今回の日本系タンカーへの攻撃が、イランの仕業だと濡れ衣的に叫ぶための米国(トランプもしくは軍産?)の仕業であるとしたら、米国側はなぜそれをやったのだろう。今回の安倍のイラン訪問は、先日トランプが訪日した際、イランと交渉したいんだと言うトランプに対し、安倍が、ならば私がイランを訪問してハメネイ師と話して米イラン首脳会談の実現に向けて動きますよ、と持ちかけ、トランプが大賛成したので決まったとされている。トランプは、イランに核兵器開発の濡れ衣をかけて敵視する一方で、イランと交渉したいとも言い続けてきた。 (トランプはイランとも首脳会談するかも) 日本にとってイランは大事な石油輸入先であり、良い関係を保ちたい。トランプが賛成したら、安倍は自分が米イラン間を仲裁してもうまくいかないとわかっていても、喜んでイランに行く。安倍がトランプの了承を得て米イランを仲裁している限り、日本は対立している米国とイランの両方と良い関係を保てるからだ。安倍はトランプから、イランの石油を日本が輸入し続けて良いと言ってもらえるかもしれない。トランプは、こうした安倍の思惑を把握した上で、安倍に、イランと交渉したいんだけど、と言った。安倍のイラン訪問は、トランプが安倍を誘導してやらせたことだ。 (Tempered hopes for US-Iran breakthrough as Japan’s Abe travels to Iran) (Rouhani tells SCO summit: US poses 'serious threat' to world) トランプは、安倍を誘導してイランに行かせたうえで、安倍がイランに滞在中に、イラン沖を航行中の日本企業などのタンカー(2隻目も、積み荷の最終的な行き先が日本だと報じられている)を、米軍(?)に攻撃させ、濡れ衣的に「イランがタンカーを攻撃したんだ」と言ってみせた。米イラン間の仲裁役を演じる安倍は、トランプの無根拠な「イラン犯人説」に同調できない。被害を受けたのが日本企業の船だということもある。日本は「時間をかけた真相究明」を提唱する。この態度は、ロシアのプーチンと同じだ。時間をかけて真相究明するほど、犯人がイランでなく、米国の主張が無根拠な濡れ衣だったことが確定し、米国の覇権が失墜し、ロシアに有利になる。安保面でイランを支援してきたロシアは、今回の安倍のイラン訪問を事前に高く評価している。 (Russia warns against ‘hasty conclusions’ about tanker incidents in Sea of Oman) トランプは、安倍を誘導してイランに行かせたうえ、安倍のイラン訪問中に起きた日本系タンカーへの攻撃を無根拠にイランのせいにしたことで、日本を従来型の対米従属一本槍から引き剥がし、ロシアやイランや中国がつどう多極型の陣営に押しやったことになる。安倍は、最後までトランプの米国に楯突かないだろうが、それと同時に、ロシアやイランや中国の側とも静かに協調を深めていくことになりそうだ。 (Cui bono? Iran has ‘no reason’ to torpedo oil tankers in Gulf of Oman & ‘go to war’) 今年5月にトランプがイランへの制裁を強化(これまで制裁除外でイランからの石油の輸入を許していた国々への除外を解除)した後、米国とイランの対立が激しくなっている。トランプは同時期に、中国との貿易戦争における対立も激化させた。その結果、中国がこれまで抑えていた米国への対決姿勢を強め、先に米国と対決する姿勢を強めていたロシアと中国が急接近する事態になっている。先日の習近平のロシア訪問で中露が結束を表明し、中露が協力してトランプの過激な覇権運営を抑止していこうと決めた。中露が「米国覇権の抑止」を正式に表明したのは初めてであり、画期的だ。 (米国の覇権を抑止し始める中露) トランプがイランに核兵器開発の濡れ衣をかけ、イランと貿易する国々にドル決済を禁じる経済制裁を課すぞと言っていることは、中露にとって、米国覇権の抑止が必要な最も喫緊のテーマになっている。トランプは、経済面の米国覇権の根幹であるドルの国際基軸通貨の地位を乱用し、イラン敵視の濡れ衣に協力しないやつにはドルを使わせないと言っている。これは覇権運営上の明らかな「不正」なので、中露は米覇権抑止策の第一弾としてイラン問題に取り組むことにした。安倍は、トランプにそそのかされ、この流れの中に飛び込んだ。 (米中百年新冷戦の深意) おりしもイランのロウハニ大統領は、中露主導のユーラシア諸国の共同体である「上海協力機構」がキルギスのビシケクで開いた年次総会に出席し「覇権を乱用して不正をやっている米国を抑止しよう」と呼びかけて中露などの賛同を得ている。イランは中露の後押しを受けて強くなっている。 (SCO Summit Finishes in Bishkek With Iran Unexpectedly Taking Centre Stage) イラン核問題はこの10年ほど、P5+1(米英仏露中+ドイツ)とイランの枠組みで話し合って核協定(JCPOA)を決めており、従来から中露だけでなくEUも重要な参加者だった。昨年トランプの米国が協定を離脱した後、残された中露独仏英とイランは、米国抜きで協定を維持している。トランプがイランにドルの国際決済を禁じたため、EUはユーロ建てでイランと貿易する特別な決済機構(SPV、INSTEX)を創設した。トランプが「イランと取引するなら、EUにもドル決済を禁じ、米国と取引できないようにしてやる」と脅したため、EUは決済機構を棚上げしたが、同時にEU当局は、米国がドルの基軸通貨性を乱用してイラン敵視の濡れ衣への協力を強要する覇権の不正利用を抑止することが必要だと通関した。EUと中露イランは、考え方が一致してきている。 (Iran not happy with Europe on INSTEX as FM Maas visits) (イランの自信増大と変化) EUは米国の同盟諸国なので、中露やイランのように正面切って「米国覇権の抑止」「ドル覇権を崩そう」と宣言することはない。だが方向性としては、すでに中露イランとEUが一致している。ロシアとEUが、貿易取引にドルを使わずユーロやルーブルで決済する新体制を準備することで合意したと報じられている。以前は「イランの核問題をどうするか」という話だったのが、最近は「米国の覇権乱用の問題をどうするか」という話に変わってきた。 (In "New Era" Of Cooperation, Russia And China Form Alliance Against The U.S.) 中東和平問題でも、中露イランEUは「パレスチナ国家の創設」を推進するのと対照的に、米イスラエルサウジは「イスラエルの西岸併合を容認する」姿勢だ。先日サウジのメッカで開かれたイスラム諸国会議(OIC)のサミットでは、イラン敵視を提唱するサウジアラビアよりも、パレスチナ国家の創設への支持を呼びかけるイランの方が高い人気を得る結果となり、イスラム世界の盟主だったはずのサウジの権威が低下する事態になっている。 (OIC breaks with Saudi line on Iran to focus on Palestine) 中露イランEUは、米国の覇権を制限する方向で団結しつつある。トランプの覇権放棄策が奏功しているともいえる。安倍の日本は、EUよりさらに対米協調・従属を重視している。日本の政府や人々は今後もずっと、米国の覇権を抑止すべきだという姿勢をとることなど、想像もつかないだろう。「米国は素晴らしい、永遠に強い」というプロパガンダがいまだに日本を支配している。 (トランプに売られた喧嘩を受け流す日本) だがその一方で、安倍政権は一昨年以降、トランプに隠然と押されるかたちで、協調的・対米従属的な日米関係を保ったまま、中国やロシア、北朝鮮との関係改善を模索し続け、きたるべき多極型の新世界秩序に順応する動きを続けている。トランプは一昨年、中国敵視策として米日豪印の「インド太平洋」の戦略を打ち出し、安倍の日本をその主導役に据える策をやったが、安倍自身は「インド太平洋」や米国抜きのTPPを、中国と対立でなく協調する組織であると宣言して中国にすり寄っている。今回の安倍のイラン訪問は、こうした安倍の「対米従属のふりをした多極型対応・対米自立策」の一環であろう。 (安倍に中国包囲網を主導させ対米自立に導くトランプ) 日本はすでに、中国と対立していない。経済的にみて、今後さらに台頭していく中国に対し、日本は媚を売り続けるしかない。日本の観光地は中国人であふれている。日本は、良いものから順番に、中国人に買収されていく。それなのに日本人は皆、中国人の訪日を歓迎する。日本のウヨクは、米国の軍産と、官僚独裁機構の傀儡であるだけでなく、日本を買収する中国人を容認する一方で、中国の台頭を予測してきた日本人を中傷する売国奴だ。日本人は(日本が米国を抜かさないよう、国民を意図的に劣化させる教育政策の結果)すでに民族的に中国人より劣等で、今後さらに劣化していく。日本人自身が、自分たちの劣化に気づいていない。 (先進諸国は国民の知能を下げている?) 安倍政権は、中国だけでなく、ロシアや北朝鮮とも和解していきそうだ。金正恩が好きなトランプは、安倍にも正恩に会えと勧めているだろう。日本が北朝鮮、ロシア、中国と安定して和解すると、日本に対する軍事的な脅威が大幅に低下し、日本に米軍が駐留している必要がなくなる。在日米軍を撤退させたいトランプは、中露や北との和解へと安倍を誘導している。
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