トランプはイランとも首脳会談するかも2018年7月29日 田中 宇7月24日、トランプ大統領が演説の中で「イランは以前と違う感じの国になった。われわれはイランと(オバマ前政権が結んだ良くない核協定に代わる)本物の協定を結ぶ準備ができた」と表明した。トランプはその2日前、イランのロウハニ大統領からイラン敵視政策を批判されたため反撃し「イランが再び米国を脅したら、イランを、歴史上かつてないようなひどい目にあわせてやる」と好戦的なツイートを発し、米マスコミが「いよいよイランに戦争を仕掛けるか」と騒いだばかりだった。 (Trump says U.S. ready to make 'real deal' with Iran) (Trump, the Great Disruptor by Justin Raimondo) トランプはそれより前、7月12日のNATOサミットの記者会見で「イランは多くの問題を抱え、(米国主導の経済制裁によって)経済も崩壊して困っている。イランは(制裁に困った挙句)以前よりはるかに米国を尊重する態度をとっている。いずれイランの方から電話があり、協定を結ぼうと持ちかけてくるはずだ」と述べている。トランプは最近イランに対し、交渉して和解する方向の発言と、敵視して攻撃・戦争する方向の発言との間を行ったり来たりしている。 (Trump Says Tehran Now Treating U.S. With 'More Respect') ('Do not play with lion's tail': Rouhani warns Trump) 7月26日には、豪州のABC放送が、豪州軍の高官の話として「米国が、早ければ来月にもイランの核施設を空爆する。豪政府はすでに、米国のイランへの先制攻撃に協力することを決めた」と報じた。米国のマティス防衛長官は、この報道を「つくり話だ」と強く否定した。だが、米大統領府では同日、ボルトン安保補佐官がイラン問題に関する閣僚会議を招集している。そこで何が話されたか不明だが、イランへの軍事行動に反対するマティス(やその配下の米軍全体)と、イラン攻撃すべきだと主張するボルトンやポンペオ国務長官が対立した可能性がある。トランプが今春、北朝鮮を攻撃すべきだと言った時も、同様の対立があった。当時は、安保補佐官だったマクマスターが(軍産無力化の一環として)辞めさせられた。今回はマティスが辞めさせられるかもしれない。 (Donald Trump could be ready to order a strike against Iran, Australian Government figures say) (After Trading Threats, White House Convenes Policy Meeting on Iran) (中東大戦争を演じるボルトン) こうしたイランに対する、過激な敵対姿勢と対話示唆が繰り返される渦巻き型の展開は、トランプ政権が6月に北朝鮮のキムジョンウンと首脳会談する前にやったことと似ている。トランプは、ロシアのプーチンと首脳会談する前にも、ロシアと和解を進めたい姿勢と、ロシアに厳しい態度をとる姿勢を混在させる策をやっている。 (軍産の世界支配を壊すトランプ) (シリアで「北朝鮮方式」を試みるトランプ) トランプは、北やロシアと首脳どうしの和解的な関係を築くに際し、軍産複合体(諜報界、議会、軍部、マスコミなど)による敵視策の恒久化をめざす策を無効化するため、今にも先制攻撃を挙行しそうな、軍産が望まないほどの強さの敵対策をやった。軍産(マティスら)が先制攻撃や敵視策に反対したら、「それなら」という感じで今度は一転して対話姿勢に大転換して首脳会談を実現した(米朝の場合)。米露の場合、敵視策と融和策を両方発する目くらましを続け、軍産がトランプを一定以上批判できないようにしつつ、首脳会談を実現した。 (Mattis: US Not Seeking Regime Change in Iran) トランプはこれまでイラン敵視一辺倒だったが、今回初めて、イランとの対話の可能性に言及し始め、敵視と対話の両方が交互に出てくる渦巻き型の姿勢に変化した。この変化は画期的だ。トランプはもしかすると、北朝鮮、ロシアに続き、イランとも首脳会談をやって首脳間の信頼関係を築き、軍産が長年続けてきたイラン敵視策を破壊する和解への転換をやるつもりかもしれない。これまでの経緯を見ると、トランプがいったん口にしたことは、その後立ち消えたように見えても、実際には消えておらず、何か月もたってから再浮上し、最終的に実現されることが多い。トランプの政策は短期的に見ると朝令暮改だが、中長期的に見ると覇権放棄・多極化の方向で一貫している。トランプの今回の転換からは、すぐに実現しなくても、イランとの対話がいずれ実現する可能性が高まったことが感じられる。 (Trump Says Ready to Make ‘A Real Deal’ With Iran) (Trump: I could make a ‘real deal’ with Iran) トランプがイランに対する姿勢を敵視から対話に変えても不思議でないと思えるもうひとつの理由は、シリア内戦終結にともなうイスラエルの変化だ。シリア内戦は、ロシアの空軍支援とイランの地上軍支援を受けたアサド政権の政府軍が反政府勢力(ISアルカイダ)を倒して終結した(まだいくつかの小地域にISカイダがいる)。シリア政府軍は内戦で疲弊し、内戦終結後の治安維持のために、ロシアとイランからの支援が不可欠だ。シリアとイスラエルはゴラン高原で国境を接している(イスラエルは1967年以来ゴラン高原の大半をシリアから奪って占領している)。 (Moscow steadily promoting its 'Helsinki agenda' in Syria) これまでの内戦期、シリアのイスラエル国境沿いはISとアルカイダの反政府勢力が占領し、イスラエルが彼らを支援していた。しかし6月以降の内戦の最終段階で、これらのISカイダは駆逐され(降参し、トルコ国境沿いのトルコ監視下のイドリブなどに移動)、イスラエルは、イランに支援されたシリア政府の地上軍と直接に対峙することになった。イスラエルは、ロシアと良い関係だがイランは仇敵だ(イスラエルは今回、現実策をとり、アサドへの敵視をやめたが、イランは強いので敵視をやめられない)。 (Syria moves to retake control over Golan Heights from terrorists) ロシアが仲裁し、イラン系の軍事勢力(イラン革命防衛隊の軍事顧問団、レバノンのヒズボラ、イラクのシーア派民兵団)が、シリアの対イスラエル国境から百キロのところまで退却する(国境に近づかない)ことを決め、イスラエルをなだめようとした。イスラエルはこの仲裁策を受け入れそうだったが、シリア政府軍の部隊の中に、政府軍の制服を着たイラン系の民兵がたくさん入っており(イラン系民兵団の国境地帯への侵入も発覚し)、これではイラン系が退却したことにならないため、イスラエルはロシアの仲裁策を拒否した。イスラエルは依然、シリアのイラン系の軍事拠点を空爆し続けると言っている(これまで何度も空爆してきた)。 (米露首脳会談の最重要議題はシリア) イスラエルは、イランがシリアから軍事的に退却することを強く望んでいる。だが、ロシアはその要望に応えられない。アサド政権は、イラン系からの軍事支援の続行を望んでおり、それを無理やりやめさせることは内政干渉になるのでできない。覇権国である米国は平気で他国に内政干渉し続けてきたが、ロシアはそれをやらない(米国ほど強くない、もしくは米国ほど悪くないので)。イスラエルは、ロシアに仲裁役として一定以上の期待ができない。 ここで出てくるのがトランプだ。もしトランプがイランの指導者と首脳会談して、米国がシリアから完全撤退し、イランとアサドへの敵視もやめるから、代わりにイランもシリアから完全撤退しろと要求すれば、それはイランにとって受け入れられる話になる。イスラエルにとっても、シリアにおけるイランの脅威を減じられる。トランプにとっては、中東の覇権を放棄する策になる(イスラエルは昨年来、米国がシリアにおける影響力を失ったと言っており、米国の中東覇権放棄はすでに織り込み済みだ)。トランプが会う相手は、革命防衛隊と敵対する穏健派のロウハニ大統領でなく、もっと格上の、革命防衛隊の親玉でもある最高指導者で強硬派のハメネイが望ましい。 (イラン・シリア・イスラエル問題の連動) この場合、トランプが5月に離脱したばかりのイラン核協定との関係がどうなるかが疑問だ。トランプは、イラン核協定の主導役を放棄して露中とEUに押しつける覇権放棄策として協定を離脱した。今後あるかもしれない米イラン首脳会談で、米国がイランと和解して核協定に戻ってしまうことは、トランプの覇権放棄策の後退になる。もともとイランは核兵器開発しておらず、軍産がイランに濡れ衣をかけていただけだった。イラン核協定は、軍産の濡れ衣策が戦争につながらないようにするための、オバマなりの策だった。イランは、米国抜きの核協定でかまわない(その方がやりやすい)と考えている。トランプがイランと首脳会談するなら、核協定の議題を避けるかもしれない。 (トランプがイラン核協定を離脱する意味) トランプは先日、サウジアラビアなどGCC諸国やエジプト、ヨルダンといったアラブ諸国に、イランと敵対するための「アラブ版NATO」を作らせる計画を発表した。10月にアラブ諸国を米国に呼んで話し合う。これも一見するとイラン敵視策だが、長期的にはアラブ諸国を安保面で対米自立させる覇権放棄的な話だ。 (Trump seeks to revive 'Arab NATO' to confront Iran) トランプは、北朝鮮やロシア、イランなど「敵国」に指定された国々だけでなく、EUやカナダなど、同盟諸国との間でも、同盟関係を強化する親密化の姿勢と、貿易戦争やNATOの軍事費負担問題で敵視する姿勢の間を行き来する渦巻き型の戦略をとっている。トランプの戦略は、敵国と同盟国の両方に、渦巻き型の戦略を適用し、敵国に接近しつつ同盟国を突き放し、覇権放棄や孤立主義を強める流れになっている。米イラン首脳会談は実現しない可能性も大きいが、トランプがこうした渦巻き型の覇権放棄の策をとっていることは、ほぼ確実になっている。
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