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イラク戦争の濡れ衣劇をイランで再演するトランプ

2019年5月16日   田中 宇

この記事は「戦争するふりを続けるトランプとイラン」の続きです

2003年のイラク戦争は、当時のブッシュ政権の上層部にいた好戦的なネオコンたちが「イラクが大量破壊兵器を開発している」という誇張・捏造の情報を、ウソと知りながら開戦事由として使い、イラクに濡れ衣をかけて本格侵攻して政権転覆した戦争だ。事後に、侵攻前のイラクが大量破壊兵器を開発していなかったことが確認され、開戦事由がウソだったと判明した。イラク戦争は、米国の国際信用(覇権)を失墜させた。米国はその後、リビアやシリアなどに侵攻するかどうか判断を迫られるたびに、本格侵攻しない(空爆と特殊部隊の派遣でごまかす)方を選択し続けている。イラク戦争は、米国上層部の安保担当者たち(軍産複合体)にとってトラウマとなり、米国は「戦争できない国」になった。 (The Media’s Shameful Handling of Bolton’s Iran Threat Claims Recalls the Run-up to the Iraq War

しかし今回、米国は16年ぶりに、今度はイランに対して、開戦事由をでっち上げて戦争を仕掛ける演技を開始している。16年前、ブッシュ政権の国務次官補としてイラク侵攻の開戦事由のでっち上げに奔走したネオコン系のジョン・ボルトンが、今回はトランプ大統領の最重要側近の一人(安保担当補佐官)になり、イランと戦争する方向に事態をどんどん動かしている。5月5日、米政府が「イランが中東の米軍施設などを攻撃してきそうなので、イラン前面のペルシャ湾に空母部隊を派遣する」と発表したが、これを発表したのは最高司令官のトランプでなく、トランプから「戦争担当」を任されたボルトンだった。 (Trump's Hired Hands Want a War in Iran) (U.S. Deployment Triggered by Intelligence Warning of Iranian Attack Plans

ボルトンは、イランが米軍施設を攻撃しそうだと言いつつ、その根拠となる諜報界の情報を何も示さなかった。だが5月12日、ペルシャ湾の入り口の要衝であるイラン前面のホルムズ海峡に近いUAEのフジャイラ港の沖合で、サウジアラビアの大型タンカーなど4隻が、何者かによって攻撃される事件が起きた。死傷者がおらず原油流出もなく、攻撃の内容すら報じられないままで、UAEやサウジの当局は犯人を名指ししていないが、マスコミや「専門家」たちは、すぐに「タイミングから見てイランが犯人だ」と喧伝し始めた。 (Probe underway after Saudi oil tankers came under 'sabotage attack' off Fujairah) (Iran warns of ‘conspiracy’ over sabotaged vessels near Fujairah port

フジャイラはホルムズ海峡を迂回するパイプラインからタンカーに石油を積み替える港であり、それを理由に「米軍がこれからホルムズ海峡を閉鎖するので、それに先んじてイランが迂回ルートを潰そうと攻撃事件を起こしたに違いない」という見方が出ており、イランの革命防衛隊系のメディアの中にさえ、そのような見方をしてイラン犯人説を半ば認める動きもある。しかし、今のタイミングでイランがこの手の攻撃を行ったのなら、米イスラエル側の思う壺になってしまうので、それは考えにくい。 (Iran warns of ‘conspiracy’ over sabotaged vessels near Fujairah port

イランは近年、中国ロシアやトルコなどからの関係強化や支援を受け、米国の制裁を乗り越える力をつけている。EUも、トランプの米国の同盟国無視のやり方に怒り、核協定を守ってイランと仲良くする傾向だ。今後、時間が経つほどイランが有利、米国が不利になっていく。イランとサウジの対立でも、イランの優勢が増している。それを知りながら、イランが米サウジ側を攻撃するはずがない。むしろ米諜報界傘下のテロリスト系勢力(アルカイダIS)が、イラン系の犯行のふりをして挙行した濡れ衣攻撃(偽旗攻撃)である可能性の方が強い。空母派遣の口実を、あとからでっち上げた感じだ。 (イランの自信増大と変化) (Saudi Oil Tanker 'Sabotage' Is a Dangerous Moment in US-Iran Tensions

フジャイラ沖のタンカーへの攻撃は、イラン系がやった証拠がなく、イラン系が犯人である可能性がないのに、トランプの米政府は、イランが犯人だと濡れ衣的に決めつけ、空母をペルシャ湾に差し向けて今にもイランを軍事攻撃しそうなそぶりを示している。16年前に濡れ衣のイラク戦争を引き起こしたボルトンが、今またイランとの濡れ衣戦争を起こそうとしている。トランプが、好戦的なボルトンに引っ張られ、泥沼のイラン戦争に突入しようとしている。ゴリゴリ軍産プロパガンダ雑誌の英エコノミストから、ゴリゴリ反軍産分析者のポール・クレイグロバーツまでが、そのように言っている。 (Paul Craig Roberts: Trump Being Set-Up For War With Iran) (Strange things are afoot in the Strait of Hormuz

だが実際には、米国はイランと交戦しない。ペルシャ湾の現場の米軍は、イランとの戦争に反対している。米軍はペルシャ湾で革命防衛隊などイラン側と毎日対峙しているが、特に変わったことは起きていないと平静を強調している。現場の米軍は、ボルトンの好戦的な態度と一線を画している。米軍(軍産)傘下の分析者たちは、米マスコミに「フジャイラのタンカー攻撃の犯人がイランだと言い切れる証拠はまだない」と言い、米イラン開戦を止めようとしている。 (A widening gulf: US provides scant evidence to back up Iran threat claims

03年のイラクは、国連などから10年以上の経済・軍事の制裁を受けて武装解除を強いられ続け、ろくな兵器を持っておらず、米軍がイラクに侵攻してフセイン政権を転覆するのは簡単だった。だが今のイランは、ロシアや中国などから大量の兵器を買い込んで武装しており、戦争すると米軍側にも大きな被害が出る。イラン長期に制裁して軍事力を低下させてから侵攻するのが以前からの軍産(米イスラエル)の戦略だったが、イランは制裁を乗り越えて露中などから兵器を買っており、軍産の戦略は失敗している。軍産は、こんな状態でイランと戦争したくない。軍産を敵視するトランプは、それを知った上でボルトンを戦争担当に据え、今にもイランと戦争しそうな演技を展開している。軍産は迷惑している。 (Bernie Sanders says war with Iran would be "many times worse than the Iraq War"

ボルトン側(?)は「イラン系の軍事勢力が、ペルシャ湾でよく使われる小型の木造帆船(ダウ船)にミサイルを積んで米軍艦などに接近して攻撃することを計画している」と米マスコミにリークし報道させた。これに対して米軍系の分析者(軍産)たちは「不安定なダウ船からミサイルを発射して命中させるのは至難の業だ。イラン側が過去にダウ船で攻撃を仕掛けてきたこともない。ダウ船攻撃の話は信憑性が低い」という趣旨のコメントを発している。軍産が、ボルトンたちの好戦的な濡れ衣攻撃をやめさせたがっているのが見て取れる。 (A widening gulf: US provides scant evidence to back up Iran threat claims

米軍と一緒にいる英国軍はさらに露骨で、イラクシリア担当の司令官が5月15日に「イラン系の軍事勢力は、米英側に攻撃を仕掛けてきそうな兆候は何もない」と明言した。英国は、米国に引きずられてイランと戦争したくないと示唆している感じだ。 (‘No increased threat from Iran,’ says British general in remarks he refuses to restate

サウジアラビアも、トランプと一緒にイランを敵視してきたが、よく見るとサウジもイランとの戦争を嫌がっている。駐サウジ米大使のアビザイドは5月14日に「フジャイラのタンカー攻撃事件は、捜査によって解決すべきだ。戦争で解決すべきでない」と表明した。この表明はおそらくサウジ王政(MbS)の意思を反映したものだ。 (U.S. Ambassador to Saudi Arabia Urges Response ‘Short of War’ to Gulf Tankers Attack

イランの最高指導者ハメネイ自身「トランプの米国は好戦的な言動を仕掛けてくるだけだ。イランと戦争することはない」と言っている。16年前に米軍に濡れ衣で侵攻されたイラクも「今の状況が16年前と似ている部分もあるが、今回米国とイランが戦争することはない」と言っている。 (Ayatollah Khamenei rules out possibility of war with US despite tensions) (Despite Troubling Echoes of 2003, Iraqis Think U.S.-Iran War Is Unlikely

トランプが好戦的なボルトンにイランと戦争する演技をさせていることに対し、米軍や、英サウジといった同盟国(これら全体が軍産)は、隠然と猛反対している観がある。軍産側からは「トランプは、ボルトンが本気でイランと戦争しようとするので不満をつのらせている。トランプはボルトンと対立し、間もなくボルトンを辞めさせるだろう」といった推測の指摘が軍産から出ている。これに対しトランプは「対立なんかない。側近たちの中にいろんな意見があるが、最終的に決めるのは私だ。簡単な構造だ」と言っている。 (Trump considering replacing John Bolton: Report) (‘No infighting whatsoever’ in White House over Iran, Trump claims

トランプは大統領になる前「お前はクビだ!」と彼自身が言うのが決まり文句のテレビドラマを作っており、大統領になってからもどんどん側近のクビを切ってきた。トランプがボルトンを辞めさせたければ、いつでもクビを切れる。軍産が迷惑するような好戦的な演技をボルトンにやらせ、自分は離れたところにいるのがトランプの今のイラン(やベネズエラ)に対する戦略だ。 (Trump Slams "Fake News" NY Times 120K Troops To Iran Report) (Are we watching John Bolton's last stand?

トランプはボルトンを使って、今にもイランと戦争しそうな演技をしているが、実際の戦争はしない。そして、その一方でトランプはこれまでに何度もイランに対し「交渉しよう。いつでも電話してこい」と言って、イラン側に自分の電話番号を教えている。イランは「交渉すると言いつつ、こちら側が飲めない条件を出してくるに違いない」と言って、トランプの交渉提案を本気にしていない。 (Why Iranians doubt the seriousness of Trump's latest offer of talks

これらの全体と良く似たものを、以前に見たことがある。それは、トランプの北朝鮮との関係だ。トランプは以前、今にも北朝鮮と戦争しそうなそぶりを見せつつ軍産をビビらせ「戦争反対」と言わせた後、一転して米朝首脳会談を繰り返して金正恩と「ずっと友だち(ずっ友)」を宣言してしまい、挙句の果てに北朝鮮問題の解決を中国ロシア韓国に任せる流れを作ってきた。これと同様に、トランプはイランとの関係も、今回軍産をビビらせて「戦争反対」と言わせつつ、イランに「オレと交渉しろ」と言い続けている。 (◆多極化への寸止め続く北朝鮮問題) (トランプのイランと北朝鮮への戦略は同根

とはいえ、トランプが今後イランと仲良くする可能性は低い。トランプがイランと仲良くしてしまうとイスラエルがトランプを支持できなくなり、トランプが来年の大統領選で再選できる可能性が減るからだ。そもそもトランプが金正恩と仲良くしたのは、そうやって米韓と北朝鮮の間の緊張を緩和させないと、韓国と北朝鮮が仲良くできず、北朝鮮問題を中韓露に押し付けられないからだ。トランプは、自分がイランと仲良くするのでなく、露中トルコなどの非米諸国がイラン問題の解決を主導するように仕向けたい。 (China 'firmly' opposes US sanctions on Iran: Foreign Ministry) (北朝鮮・イランと世界の多極化

おりしも習近平の中国は、貿易戦争でトランプから攻撃され、共産党内の反米感情や、中国覇権の拡大要求が強まっている。この勢いに乗って中国が、米国覇権に対する従来の尊重を捨て、ロシアと協力して、これまで踏み込まなかった強さでイランの味方をするようになると、米国はイランに対して口で敵視するばかりで手出しできなくなる傾向が強まり、中露など非米諸国によるイラン問題解決主導の流れになる。 (China Calls For "People's War" Against The US, Vows To "Fight For A New World") (Will China play a role in lessening US pressure on Iran?

トランプは、イラク戦争の濡れ衣劇を、イランを相手に再演している。それは、米国の従来の戦争戦略・好戦的な覇権戦略を動かしてきた、勝てる戦争しかやりたがらない軍産複合体(英イスラエル・サウジ)を無茶な戦争に追い込むことでビビらせて「戦争反対」に追いやり、米国自身はイラン問題から実質的に手を引いていき、イラン問題の解決を露中などに押し付けるためだ。 (Iranian nuclear program peaceful in nature: Russia’s Lavrov

イラク戦争は、やるべきでない戦争をやってしまった「悲劇」だった。対照的に、今回のトランプのイランとの戦争劇は、やるべきでない戦争をやろうとしてやらないで終わり、軍産を巻き込んだ政治的なドタバタ劇にするトランプ流の隠れ多極主義の「喜劇」として演じられている。「歴史は繰り返す。最初は悲劇として、2回目は喜劇として」とマルクスが書いたそうだが、トランプはまさに「2回目の喜劇」を担当している。トランプは、ベネズエラに対しても同様のことをやっており、喜劇としての好戦的な歴史劇をあちこちで繰り返そうとしている。 (Strange things are afoot in the Strait of Hormuz



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