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多極化への寸止め続く北朝鮮問題

2019年5月6日   田中 宇

5月4日、北朝鮮が1年半ぶりに短距離ミサイル(らしき飛翔体)を試射した。2月末のハノイでの米朝首脳会談が破談に終わった後、北朝鮮は、米国と国連が自国に対する経済制裁を早く解かない場合、軍事拡大の動きを再開するぞという姿勢をとり始めた。北は、いったん解体しかけた西海のミサイル発射場を復旧したりしている。今回のミサイル試射は、そうした軍事拡大再開の脅しの一つだ。米日などのマスコミは、これで米朝関係が悪化し、北朝鮮問題が解決不能になるかもしれないという論調で報道している。 (The North-South Dialogue: RIP or Can It Be Resuscitated?

だが、この見方は間違いだ。北朝鮮側は、脅しを発しつつも、米朝関係を悪化させない程度の敵対性の強さに抑えつつやっている。トランプは、北が敵対的な態度を再開してもそれを問題にせず「金正恩は(核廃絶との交換で)自国の経済発展を実現できるという信念を保っている(だから米朝は今後も仲良くできる)」と表明している。北は、怒りを表明して見せつつも、その一方で、米国側が外交を放棄して「軍事的解決」に頼る傾向を強めざるを得なくなるほどの関係悪化が怒らないよう、脅しの強さを一定量以下にとどめてきた。 (North Korea’s New Strategy: Be Passive-Aggressive) (Trump voices confidence in North Korea deal, 'great' Russia ties

3月末には、南北の国境線の北側の開城工業団地に作られた南北間の連絡事務所で、米朝交渉が進まないことに怒った北朝鮮の代表団がいっせいに引き揚げ、南北関係の断絶かと騒がれた。だが、北の代表団は1週間後に、何事もなかったかのように連絡事務所に戻ってきている。 (Pyongyang officials return to inter-Korean liaison office just days after unilateral pullout

北は、トランプが米朝首脳会談を再開し、北が核開発施設などを段階的に破壊していく見返りに、北への制裁を解除する道筋を実現してくれることを望んでいる。北は4月末、トランプに向けて「今年じゅうにその道に戻れ。さもないと敵対関係に戻るぞ」との要求を発している。3月以来の北の苛立った言動は、この要求と連動している。 (North Korean leader warns of return to tension; Trump thanks Putin) (Kim Jong Un Gives Trump Until Year-End To Become More Flexible

だが北の期待と裏腹に、今回の私の分析では、トランプが米朝首脳会談を再開する可能性は低い。トランプが2月末のハノイ米朝首脳会談を寸止め的に破談にしたのは、覇権放棄・多極化策の一環として、中国やロシア(と中露に協力する形で韓国)に北朝鮮問題の解決を主導させたいからだった。トランプは、金正恩とずっと仲良くする「ズッ友作戦」を続けることで、北が米国の脅威を理由に好戦的な姿勢をとってきた状態を終わらせた。だが、トランプはそれ以上のことをやりたくない。トランプが北朝鮮問題を解決(北が少しずつ核廃棄していく見返りに対北経済制裁をやめて北が発展)してしまうと、朝鮮半島などグアム以西の極東が米国の覇権下に残り、日韓や豪州などが永遠に対米従属国であり続けてしまう。トランプ(や他の多極主義者たち)は、こうした事態を好まない。 (ハノイ米朝会談を故意に破談させたトランプ) (How Donald Trump Can Reach a Peace Deal with North Korea

トランプは4月中旬、米朝首脳会談を再開したいと言って北をぬか喜びさせた後、前言を撤回した。その一方でトランプは3月下旬、米財務省がいったん決めた対北制裁を数日後に「北はすでに十分制裁されている。これ以上の制裁は必要ない」と言って撤回させている。トランプは、硬軟取り混ぜての寸止め演技を続けている。 (Trump's Remarkable Diplomatic Efforts in North Korea) (Trump Says North Korea Suffering, Doesn’t Need New Sanctions

きたるべき多極型世界において、朝鮮半島は中国の影響下になり、日本や豪州も米国(北米地域)の覇権下から出て行ってもらう(中国の傘下に入るか、独自の影響圏を持って自立する)必要がある。米国の影響圏はグアム以東になる必要がある。私がこれまで推察してきた、多極型世界を作ろうとしている米国中枢の人々の計画は多分そうなっている。トランプは自分の役割を、ズッ友作戦によって北の脅威を下げるところまでに限定し、そこから先の、北の核問題を何らかの「解決」の形に持っていく主導役は、多極型世界における北の覇権国である中国(やその補佐役であるロシア)にやらせたい。だからトランプはハノイ米朝首脳会談を寸止め的に破談させた。 (2度目の米朝首脳会談の意味

次にまたトランプが金正恩と会談するとなると、何らかの具体的な北核問題の解決策を米朝間で合意しないわけにいかない。米朝は、1回目のシンガポール会談で具体策の薄い共同声明を締結し、2回目のハノイ会談では破談して何の共同声明も出さなかった。3回目の首脳会談をやるなら、1回目や2回目の繰り返しではダメだ。金正恩がトランプを信用しなくなる。すでに述べたように、トランプは覇権放棄屋なので、米国主導で北核問題を解決したくない。それらを総合すると、3回目の会談は開かれにくいというのが私の今回の見立てだ。(私は以前、トランプが金正恩と何度も会談するのでないかと思ったが、今回は違う分析になった) (米朝と米中の首脳会談の連動

トランプになって、北朝鮮に対する米国の態度は大幅に緩和した。その一方で、韓国に対する米国の態度は強硬になっている。トランプは韓国に対し、在韓米軍の駐留費の全額プラス50%(コストプラス50、費用プラス50)を払えと要求し、韓国側を了承させている。韓国にとって、北朝鮮の脅威はかなり低下したのに、在韓米軍にかかる費用負担はかなり増えた。トランプは、在韓米軍を韓国にとって割に合わないものにして、韓国の世論を在韓米軍撤退要求の方向に押しやろうとしている。 (South Korea pays for vast U.S. Army base expansion, but Trump wants it to pay more) (世界からの撤兵に拍車をかけるトランプの米国

▼貿易戦争で中国を怒らせて北朝鮮問題解決の主導役をやらせてしまう??

トランプは、北核問題の解決の主導役を中国(やロシア)にやらせたいが、中国は、米国から北の面倒を見る役目を押し付けられたくない。うっかり北の面倒を見たら、米朝関係が悪化した時、中国は北の後見役として米国から敵視されかねない。軍産の罠かもしれないと中国は懸念する。米国は先々代のブッシュ政権の時から、北問題の解決を中国に主導させようとし続けたが、中国は一貫して消極的だ。そもそも、北に核兵器開発の情報や材料を提供したのは、朝鮮半島の冷戦体制の恒久化を望む米国の諜報界(軍産複合体)だろう。中国としては「米国が北を核武装させたのだから、北を核廃絶させるのは米国の責務だ」と考えて当然だ。北朝鮮問題は「覇権のババ抜き」の一例だ。 (行き詰まる覇権のババ抜き

ブッシュ政権から今に至るまで、米国は中国に北核問題の主導役をやらせたがるが、中国はそれに消極的という事態が続き、問題解決の主導役が不在のまま、北はどんどん核兵器の開発を進め、17年秋に完成を宣言した(使い物になる核兵器を本当に持っているかどうかは不明)。金正恩は「核兵器を放棄するから、敵視をやめて経済制裁を解除しろ」と米国に提案し、米朝首脳会談が開かれた。だが、トランプは寸止めの策略だった。 (北朝鮮が核を持ったまま恒久和平

金正恩はハノイの米朝会談でトランプと何らかの合意を結べると期待したがそうならず、中国も消極的なので、4月下旬にプーチンと会ったが、ロシアも今ひとつ明確な姿勢をとらなかった。プーチンは「北が核廃絶するには、北の国家安全を保障してやる必要がある」と言ったが、その実現への道筋は言わなかった。米中露のいずれもが消極的なので、金正恩は短距離ミサイルを1年半ぶりに試射して苛立ちを表明してみせた。 (Putin: Kim Jong Un needs international security guarantees to give up nuclear arsenal) (From Russia, Not Much Love: Kim-Putin Meeting Proves Light on Substance

米国と中国の両方が北問題解決の主導役になりたがらない中、北問題を何とか解決したい韓国の文在寅政権は、独自に北との和解を進めている。すでに南北の国境である38度線は、相互の武装解除が進み、昨年末から非武装状態になっている。南北の鉄道と道路をつないで直通列車などを走らせる計画や、開城工業団地の再開も計画されている。 (Trump's Remarkable Diplomatic Efforts in North Korea

だが米国政府は、直通列車の運行や開城工業団地の再開は、北に核兵器開発のための資金を与えてしまうので経済制裁違反になると言って、これらを認めない状態が続いている。南北の鉄道をつなぐ工事の起工式が昨年末に行われたが、実際の工事を進められないでいる。トランプは、一方で北朝鮮の経済成長に協力すると言いながら、他方で直通列車や工業団地の再開を阻止している。北はすでに核兵器開発施設の取り壊しを少しやったのだから、それに見合う制裁の一部解除が行われるべきだが、トランプの米政府はそれを拒否している。北が苛立つのは当然だ。 (North and South Korea celebrate a new rail line they can't construct

すでに書いたように、開城工業団地にある南北連絡事務所で、北の代表団の引き揚げは1週間で解決したが、毎週予定されている南北の連絡事務所長どうしの会談は、今に至るまで10週間にわたり、北側の欠席によって開かれていない状態が続いている。北は韓国を「米国の傀儡」とみなしており、米国が北との問題解決を拒否している状況下で、韓国と仲良くしても無意味もしくはマイナスだと考えている。南北和解は頓挫したままになっている。 (Koreas skip weekly liaison office meeting for 10th straight week

現実的に考えて、北問題の解決には、国連安保理が、中国とロシアの主導により、直通列車や工業団地再開に必要な対北経済制裁の一部解除を決議するとともに、米国にも国内法で規定している北制裁の一部解除を求めることが必要だ。イランなど他のケースでのトランプの覇権放棄的なやり方からして、米国は、国内法による北制裁を一部解除することを拒否するだろう。トランプが解除を望んでも、議会が拒否する。米国は、国連安保理の北制裁一部解除には反対しない(棄権する)だろう。その結果、国連は米国を無視する形で南北間の直通列車や開城工業団地の再開に道を開く。南北の経済協力が再開される。直通列車の運行開始が、南北和解と北朝鮮問題解決の始まりの象徴となる。 (韓国は米国の制止を乗り越えて北に列車を走らせるか

問題は、こうした米国に楯突く多極型の北問題解決に、中国がいつ踏み出すかだ。中国は今のところ、この一歩を踏み出していない。踏み出すと、北問題の解決を中国が主導することになるからだ。従来の中国は、米国に刃向かうべきでないというトウ小平の遺訓にしたがい、米国が押し付けてきた北問題の解決主導を罠とみなして拒否してきた。だが、習近平(とそれ以降)の中国は、米国と肩を並べる世界の極の一つだ。近いうちに、中国は北問題解決の主導役を担うようになる。その一歩は、国連を米英主導から中露(など非米・途上諸国)の主導体制に切り替えていく多極化への国連改革の始まりにもなる。 (国民国家制の超越としての一帯一路やEU

これを書いている間に、トランプが、中国との貿易交渉がうまくいっていないことをツイッターで暴露し、中国からの輸入品に予定通り高関税をかけるぞと脅しのツイートを発した。米中貿易交渉は米国と世界の株価に密接につながっているので、これまで米国などのマスコミや大統領府は「交渉はうまくいっている」「妥結直前の状態だ」など、楽観的な方向ばかり喧伝されてきた。そのため、実は交渉がそんなにうまくいってないのでないかという見方が、裏読み筋から出されていた。トランプのツイートは、中国側に対する交渉の一つとしての脅しにすぎないかもしれないが、裏読み筋の読みと合致しているのも事実だ。 (Trade Deal Dead: Trump Says 10% China Tariff Rising To 25% On Friday, Another $325BN In Goods To Be Taxed

もし本当に、トランプが今週末に中国との貿易交渉の破談を宣言し、高関税をかけた場合、それは米中関係の悪化、中国から米国への報復、そして中国の対米自立の加速につながる。そうなると、中国が米国に楯突いて国連安保理で対北制裁の一部解除を主導することがあり得る自体になる。米中貿易交渉の破談は、米国や中国などの株価に大きな打撃を与え、金融危機の引き金になりかねないが、その場合、米連銀(FRB)が利下げやQE(造幣による債券買い支え)の再開を行わざるを得なくなり、トランプが米連銀にやらせたかったことが実現するので好都合だ。その代わり、最終的な金融崩壊や米国の覇権喪失が早まる。 (Trump’s China threats could cause his North Korea policy to ‘blow up in his face’) (米中貿易戦争の行方

トランプが米中貿易交渉を破談にしてしまうかどうかは、まだわからない。常識的に考えると、継続協議にして結論を延期し、株価を保持して来年の大統領選での再選につなげたいだろう。1週間後には、どうなるかわかる。



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