ハノイ米朝会談を故意に破談させたトランプ2019年3月2日 田中 宇2月末にベトナムのハノイで行われた北朝鮮核問題をめぐる2度目の米朝首脳会談は、2日目の後半の昼食会や会議や調印式がキャンセルされ、何の合意も結ばないまま破談して終わった。破談は「北がもっと譲歩すると勘違いしていたトランプの失敗」と報じられる一方、米国の議会・政界は、北敵視・冷戦構造の維持を渇望する軍産複合体を中心に、超党派で「北に譲歩しなかったトランプ」を称賛した。トランプと金正恩は、ハノイ会談で、北の核関連施設(の一部)廃棄・核実験恒久停止の約束などと、北への制裁(の一部)解除とのバーターによる、和解的な(もしくは朝鮮戦争の終戦の)合意の締結をやろうとしたが、最後のバーター交渉が破談して失敗に終わった、というのが報じられている筋書きだ。米朝首脳は2人とも合意締結を本気で望んだがうまくいかなかったと報じられている。 (Understanding What Happened at the US-North Korea Summit in Hanoi) (Donald Trump’s diplomatic Vietnam) 今回の記事の題名からわかるように、私は、この見方をしていない。私は、トランプが意図的にハノイ会談を破談させたと考えている。そう考える最大の理由は、決裂した2日目の閣僚をまじえた米朝交渉において、トランプが、米朝関係の好転に尽力してきたスティーブン・ビーガン北朝鮮担当特別代表でなく、トランプ側近群の中で北を敵視する代表格であるジョン・ボルトン安保担当補佐官を、交渉のテーブルに座る面々の一人に選んだことだ。ビーガンはテーブルでなく、後ろの列に座らされた。韓国の丁世鉉・元統一相は、米朝会談が破談した理由について、首脳閣僚会議のテーブルについたボルトンが、北が拒否せざるを得ない新たな条件を突然出してきたからだと語っている。 (Donald Trump's North Korea Deal Fell Apart Because of John 'Bomb-'Em' Bolton, Experts Say) (The Real North Korea Summit Is Inside the Trump Administration) ボルトンがどんな提案を出そうが、トランプがその場で却下すれば、それは米国としての提案にならない。ボルトンが出した過激な新提案が何であれ、トランプがそれに同意して金正恩に強要したから破談したのだ。好戦的なボルトンが交渉のテーブルに座っている状況が世界に放映された時点で、多くの分析者たちが、異様な事態だと感じている。トランプは、米朝会談を破談させる意図を持って、ボルトンを交渉の前面に座らせ、北が断らざるを得ない過激な要求を出させ、その場でそれに同意した。トランプは、ボルトンを使ってハノイ会談を意図的に失敗させたと考えられる。(ボルトンは、生物化学兵器も全廃しろと要求したというのが一説。もしくは、先に核廃絶を完了することが経済制裁の条件だと言い出したのかも) (After Trump-Kim Summit Ends in Failure, Conflicting Accounts of What Went Wrong) (Former SK unification minister Chong Se-hyun suggests that summit was derailed by last minute attendance of Bolton) トランプは破談後の記者会見で、北朝鮮側が核施設の一部破壊の見返りに国連の対北制裁を全廃しろという無理な要求をしてきたので破談したのだと説明した。だが、これは事実に反する説明だったようだ。トランプの記者会見の後、北の外相が一部の外国人記者たちを集め、トランプの説明が間違いであり、核の全廃棄の見返りに対北制裁の一部を解除してくれというしごく現実的な要求をしただけだと発表した。北が会談直後にこのような発表をするのは異例であり、トランプが破談の責任を北に押し付けるため、記者会見で意図的に間違った説明をした可能性が高い。 (North Korea disputes Trump account of summit collapse) (N Korea says will fully denuclearize in exchange for partial US sanctions relief) 北の国営マスコミは、金正恩が平壌からハノイまで行く過程を詳細に報道しており、ハノイ会談が成功して北に有利な米朝協定が結べると北の当局が予測していたことをうかがわせる。会談を失敗させてもかまわないと正恩が思っていたのなら、国営マスコミに詳報させない。金正恩がトランプを出し抜いたから破談になったのでなく、トランプが金正恩を出し抜いて破談に至らせた。 (Trump, Kim May Declare End to Korean War at Summit) トランプはハノイ会談を意図的に破談させたが、同時にトランプは、北朝鮮との関係を再び対立状態に戻すのでなく、トランプと金正恩の間の個人的な親密関係は維持する意図があると感じられる。破談後の記者会見でトランプは、米朝関係は今後も悪化しないという趣旨の発言を繰り返した。2日目の交渉は破談したが、その前の1日目の2人だけの首脳会談とその後の夕食会はなごやかな雰囲気で、トランプが金正恩に対し、ずっと友達だという親愛の情を見せつづけたことがうかがえる。トランプはハノイでの1日目に、金正恩と「甘美な夜」をすごし、2人がこれからも仲良しでいようという誓いを交わしたあと、一夜明けた2日目にボルトンを登場させ、交渉を破談させた。 (Hanoi Summit: Trump Hit a Bump On a Long Road) (North Korea Contradicts Trump: Kim Asked For "Partial" Sanctions Relief In Exchange For Shuttering Facilities) 以前の記事に書いたように、トランプは昨年7月の1回目のシンガポールでの米朝会談以来、金正恩と「ずっと友だち」であり続けることで、米朝を対立関係に戻したい軍産の反撃を防止する「ズッ友作戦」を続けている。2人がズッ友であり続ける限り、米朝関係の中心は2人の首脳会談であり、北敵視の軍産は出る幕がない。トランプは今回、北敵視のボルトン(軍産のふりをした軍産潰し屋であるネオコンの出身)を使って破談を演出する一方で、金正恩との友情をはぐくんで米朝関係自体の良好さを維持した。 (米朝と米中の首脳会談の連動) ▼北問題の解決を寸止めし、米国主導から多極型の流れに転換したいトランプ トランプは、なぜこのようなことをしたのか。まず「常識的(=軽信的)」な考え方として存在するのは「トランプは、再び北と対立することにしたのだ」というものだが、それは間違っている。ハノイ会談後、トランプの米国が韓国と話し合い、米国主導の北敵視策の大黒柱の一つである米韓合同軍事演習の縮小を今後も続けることを決めそうだと報じられている。これは、トランプが北との和解姿勢をやめていないことを示している。 (US to end large-scale military drills with South Korea: Official) 次に思いつくのは「レイキャビクの再来」だ。1980年代後半、トランプの「隠れ多極主義」の先輩であるレーガン米大統領が、ゴルバチョフのソ連との和解をめざした時、冷戦の継続を望む軍産主導の米政界・議会は、米ソ和解に猛然と反対した。この反対に対抗するため、レーガンは一直線に米ソ和解に進まず、86年10月のレイキャビクでの米ソ首脳会談を破談に終わらせ、いったん軍産のガス抜きをした後、ゴルバチョフ訪米などを経て、89年のマルタ会談(米国側はパパブッシュ)で冷戦終結にこぎつけた。トランプはレーガンにならい、軍産のガス抜き、今後の米政界内での根回しの基盤を作るために、いったんハノイ会談を破談させたのでないかという読みだ。 (ニクソン、レーガン、そしてトランプ) (Vietnam summit was Trump's Reykjavik -- He's just put North Korea's Kim and China's Xi on notice) レーガンのあとを継ぐトランプの最終目的が覇権構造の多極化(米単独覇権体制の解体)であると考えると、もっと深い読みもできる。それは、金正恩が米国だけに頼って世界に敵視を解かせようとする今の米国中心の流れを、もっと多極型のものに変えるため、トランプはハノイ会談を破談させ、米国に頼れないので中国や韓国、ロシアなどに頼らざるを得ない状況に金正恩を追い込んだのでないかという考え方だ。 (North Korea Talks Breakdown - Trump Keeps The Empire Happy) 米国主導の世界が北朝鮮を敵視し、米朝や南北が対立し続けるという軍産好みの「北朝鮮問題」は、解決まであと一歩のところまできている。軍産マスコミとその軽信者たち(日本人の大半など)は「北の核が全廃されない限り北朝鮮問題は解決しない」と叫んでいるが、これは今や空論的な「あるべきだ論」でしかなく、現実は全く違う(私でなく、日本人の大半の方が間違っている)。シンガポール米朝会談後、北朝鮮が核兵器を保有した状態のまま、南北が急速に和解し、38度線の軍事対立はすでに解消されてしまっている。 あとは、国連安保理で決議されている北制裁の一部が解除されれば、韓国や中国などから北朝鮮への投資や経済支援が再開され、北の経済発展が始まり、南北の和解が定着し、在韓米軍の駐留が不要になる。今回のハノイ会談は、北が寧辺などの核施設を破壊する見返りに、対北制裁の一部解除を米国が約束する、というシナリオだった。だがそれをトランプが破談にした。 ハノイの破談によって南北和解の構図がすべて潰れたかといえば、全くそうではない。南北和解、北朝鮮問題の解決は、依然として「あと一歩」のところにある。残っている「あと一歩」とは、米国や国連が北制裁の一部解除に応じ、韓国や中国などの世界各国が北への投資や貿易を再開することに道を開くことだ。米韓軍事演習の縮小継続に象徴されるように、トランプは北敵視に逆戻りせず、今後もこの「あと一歩状態」を維持する構えだ。ただトランプは、ハノイ会談で、この「あと一歩」を埋める(北制裁の一部解除を了承する)ことを拒否し、北問題が解決に大きく進むことを意図的に「寸止め」している。 北朝鮮自身と、中国、韓国、ロシアなど、米国以外(米国や日本の軍産以外)の勢力は、何とかして、残ったあと一歩(北の一部制裁解除)を進めたいと考えている。韓国政府はハノイ会談後、米国に対し、米朝首脳会談以外の方法で北の一部制裁解除を選択的に進める方法がないか話し合いたいと申し入れている。 (SKorea's Moon plans to discuss inter-Korean projects with US) 金正恩の北朝鮮は今後、米国に頼れないので中国に頼って北制裁の一部解除を実現しようとする傾向を強める。中国は、北を影響下に置き続けるためにも、トランプに圧力をかけて北制裁の一部解除を認めさせようとするだろう。中国の習近平は3月末、米中貿易紛争を解決するため、訪米してトランプと首脳会談することになっている。中国は、米国との貿易紛争でトランプのメンツを立てて米国を勝利させてやる見返りに、北制裁の一部解除を実現してくれと、トランプに持ちかけるかもしれない。多くのシナリオの可能性があり、実際にどう展開するかわからないが、中国や韓国やロシアは、何とかして北制裁の一部解除を米国に了承させようとする。中国や韓国などががんばるほど、北問題の解決は米国主導から、多極型、とくに中国主導の体制に転換していく。 (Why China Isn't Mourning the Collapse of the Trump-Kim Summit) 米国の中でも、資本家や金融界は、北朝鮮に投資して儲けたいと考える傾向だ。モルガンスタンレーはハノイ会談の直前、会談が成功したら北は毎年90億ドルの国際投資金が必要な状態になるという概算を発表していた。この投資(=儲け)の可能性はトランプによって寸止めされている。資本家や金融界も、多極型の解決を支持するようになり、中国を信奉する傾向になる。中国は、このような全体像を把握しているので、トランプがハノイ会談を破談させたことを、むしろ喜んでいる。 (Trump says Kim 'wants to do something great'; Morgan Stanley says North Korea could attract $9 billion per year) 米国は、国連大使が空席のままになっている。今年の元旦にニッキー・ヘイリーが辞めた後、何人かの女性候補が取りざたされたが、みんな辞退している。そのため国連安保理では米国の影響力が低下し、そのぶん中国やロシアの影響力が拡大している(これもトランプの意図的な覇権放棄・多極化戦略だ)。英国もEU離脱で大混乱なので、軍産(冷戦型)の北朝鮮敵視を推進してきた米英勢力が国連安保理(P5)で弱体化し、中国ロシアの要求が通りやすくなっている。中国がロシアの協力を得ながら北制裁の一部解除を進めていくなら今がチャンスだ。これはトランプが中国のために作ったチャンスである。中国は、北朝鮮や韓国への影響力と、国連での影響力の両方を拡大できる。 (Trump's UN Ambassador Pick Suddenly Withdraws) 全体的に見て、北問題が解決していくのは時間の問題だ。在韓米軍が撤退する話になると、その次は在日米軍の撤退、日本の対米従属の終わりになっていく。日本は、北朝鮮と和解し、韓国やロシアとの関係も好転させる必要がある。安倍首相は、昨夏のシンガポール米朝会談後、訪朝して金正恩と和解することを模索したが、北朝鮮側に拒否された。当時は、対米和解で優勢になった北が、日本との関係改善を後回しにしていた。 (As Next Trump-Kim Summit Nears, Japan Worries U.S. Will Leave It in the Dark) だが今回、ハノイの会談が破談し、北朝鮮は米国以外の国々との関係を重視せざるを得なくなった。金正恩は、中国や韓国、ロシアといったすでに仲が良い国々との関係だけでなく、これまで軽視してきた日本との関係を改善する必要性に迫られている。そのため安倍晋三は、ハノイ会談の破談直後、北朝鮮との関係を改善する用意があると表明した。米国がアジア覇権を放棄・大幅縮小した後のことを考えると、日朝和解は必要不可欠だ。安倍は、トランプとの付き合い方を習近平に伝授したことになっているが(笑)、同様のことを金正恩に対しても行える(笑)。
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