米朝と米中の首脳会談の連動2019年2月8日 田中 宇トランプと金正恩の、2度目の米朝首脳会談が2月27-28日にベトナムのダナンで行われることが決まった。開催は、1月中旬の記事「2度目の米朝首脳会談の意味」で予測したとおりだ。この会談の基本的な意味も、1月の記事に書いた。昨年6月の1回目の米朝首脳会談以後、北朝鮮と韓国が急速に和解し、南北の鉄道や道路をつなげる計画や、開城工業団地や金剛山観光を再開する構想が持ち上がっているが、米国政府はこれらの経済交流を「北の核ミサイル開発に必要な資金や物資を供給しかねないので国連の対北制裁違反にあたる」とみなし、実施するなと韓国に命じている。「おあずけ」状態の韓国の文在寅政権は、なんとしても北との経済交流を開始して南北和平を定着させたいと、トランプに泣きついた。覇権放棄・隠れ多極主義のトランプも、軍産の反対をなんとか押しのけて経済制裁を緩和し、南北和解を実現してやろうと考え、今回の米朝首脳会談の実現となった。 (2度目の米朝首脳会談の意味) (South Korea hails new Trump-Kim summit, hopes for ‘specific’ progress this time) 米国が、国連決議に基づく北朝鮮制裁を緩和するには、北が核兵器の廃棄に踏み切ることが必要だ。だが北は、核廃棄を先にやると米国側が見返りの対北制裁・敵視の解除を約束通りにやらず、リビアのカダフィのように米国に騙されて丸裸にされて潰される結果になりかねないと警戒し、米国が不可逆的かつ十分に北と和解しない限り核廃棄に着手しないと表明している。北の核廃棄と米国の対北和平のどちらを先にやるかという、順番をめぐる米朝対立が解けないままだ。今回、トランプが正恩との会談に踏み切ることは、おそらく、この対立を解消できる策略をトランプが持っていることを意味する。トランプは、自分の評価を落とす成果なしの会談をやらない。 (Donald Trump's audacious claims on North Korea are the hardest to reject) トランプの策略について私は1月の記事で、米中貿易交渉と、米朝核交渉を抱き合わせにすることで、トランプは北への譲歩に反対する軍産の容認を得ようとしているのでないかと書いた。この推測はその後、今に至って、私から見て「たぶん間違いない」と思える強さになっている。トランプが、中国に仕掛けた貿易戦争の矛を収めるためには、中国がトランプに貿易面で譲歩し、トランプが勝利宣言できることが必要だ。これはすでに1月31日、中国から習近平の懐刀である劉鶴副首相が訪米してトランプと会い、米国から中国への大豆の大量輸出などを決めたことにより、実現している。 (2度目の米朝首脳会談の意味) トランプとの貿易戦争で中国側が今回どんな譲歩をするのか、まだ大豆以外の全容は明らかになっていない。自慢屋のトランプが大豆の件だけ発表した。中国政府は国営テレビに、劉鶴が1月末にトランプと会って何を話したのか、全く報じなかった。劉鶴がトランプに大きな譲歩をしたので、それを報じると中国の世論が対米譲歩した習近平に批判的になるので報じないのだ、とプロパガ系の分析サイトが書いている。 (China Plays Down Liu He’s Meeting With Trump) (China says it will buy more soybeans, but American farmers see a bleak future) 米中は、これから2月下旬にかけて、トランプの側近たちが中国を訪問するなどして交渉を詰める。合意の素案が明らかでないものの、2月末にトランプが習近平と首脳会談して何らかの貿易合意を締結し、米中貿易戦争の終結が宣言され、トランプが中国に勝ったと宣言するシナリオが流布している。米中が何も合意しないと、3月2日から中国の対米輸出品に対する関税の税率が大幅に引き上げられる。米国のエスタブたちは、2月末までにトランプが中国と合意することを切に望んでいる。 (Trade Hawks Quietly Bristle as Trump’s China Deadline Approaches) (Getting a better outcome from the second Trump-Kim summit) ここに、トランプの仕掛けが潜んでいると私は見ている。トランプは2月27-28日にベトナムで北の金正恩と会い、核問題で何らかの米朝合意を締結する。その直後、もしくはそれと同じ日程で、トランプは習近平とも会い、貿易問題で何らかの米中合意を締結する。これらは連動・連続するかたちで行われる。私が見るところ、これは偶然でない。1月中旬の記事に書いた、トランプが米国内の軍産エスタブに米朝和解を認めさせるため、米中貿易の戦争回避・和解と抱き合わせにしているのだ。トランプは、何らかの米朝和解を実現した後、米中和解を実現し、軍産エスタブを安堵させる。 (What Trump can — and can't — offer Kim will define the success of the upcoming US-North Korea summit) (As US-China Prepare for Next Trade Talks, Trump-Xi Meeting Remains Uncertain) 今回のトランプによる米朝と米中の首脳会談の連動・抱き合せ戦略として、ありうる最も劇的なシナリオは、習近平が2月27-28日にベトナムのダナンでトランプと会談する可能性だ。中国のサウスチャイナ・モーニングポストがそれを報じ、世界の各紙が後追いした。2月27-28日には、北の金正恩もダナンにいる。トランプは、中国、北朝鮮と個別に首脳会談するだけの話になっているが、それだけの話だろうか??。米国、北朝鮮、中国の3首脳が一堂に会すると「朝鮮戦争の終結」を決定・署名できる。 (Xi Jinping and Donald Trump ‘may meet in Da Nang, Vietnam’ at the end of February) トランプの北朝鮮担当特使であるスティーブン・ビーガンは1月31日の講演で「トランプは、朝鮮半島の戦争状態をこれ以上続ける必要などないと確信している。戦争状態は、とっくに終わっている。米国は北を侵略しない。米国は、北の政権を転覆しようとしていない。朝鮮戦争を終結し、半島に新たな動きを起こすべきときに来ていると、トランプは考えている」という趣旨の発言を放っている。これはトランプ政権の正式な態度であると考えられる。朝鮮戦争の終結は、米朝和解、南北和解、在韓米軍の撤退とその見返りとしての北の核廃棄など、いくつもの画期的な動きを引き起こす。 (Donald Trump ready to end Korean War: US envoy) そして、朝鮮戦争を終結させるには、米国、北朝鮮、中国の3首脳が集まっている場所で、トランプが「戦争終結を望む」と提案するだけで良い。北と中国は、前からそれに賛成しているので、じゃあ今すぐここで終結を宣言しよう、という話にできる。朝鮮戦争は1953年に米国、北朝鮮、中国の3か国で休戦を調印している。休戦を終戦に切り替える署名を3か国が行えば、朝鮮戦争は終わる。米議会の条約批准が必要だろうが、最近の民主党は左傾化しているので多分通る。習近平が2月27-28日に本当にダナンまで来るのなら、そこで朝鮮戦争の終結が宣言される可能性が非常に高い。米国との貿易戦争を終わらせるためだけなら、習近平はわざわざダナンに来ない。 (Preparations intensify for Trump-Kim, Trump-Xi summits) 中国側は、トランプがダナンから米国に帰る途中で中国の海南島に立ち寄り、そこで習近平と会い、貿易戦争を終わらせる米中会談を行うシナリオを米国側に提案している。もし、トランプが米軍産の強い反対を押し切れず、今回もまた朝鮮戦争の終結が見送られるのであれば、習近平はダナンに来ず、貿易問題の米中首脳会談は2月28日か3月1日に海南島もしくは北京で行われるだろう。米政府は「敵陣地」である中国国内での首脳会談の実施を渋るという口実的な姿勢をとりつつ、習近平をダナンまで来させることにこだわっている。トランプが朝鮮戦争の終結までやる可能性がまだ残っているということだ。 (China and US discussing Trump-Xi trade meeting, but optics among sticking points) (Trump could make a stop in Beijing to seal a trade deal with Xi Jinping after his North Korean nuclear summit) 昨年6月のシンガポールでの初回の米朝首脳会談でも、習近平がシンガポまでやって来るという話が事前に流布されたが、そんなことは起こらなかった。当時は、頓珍漢なガセネタだったかと疑われたが、今回また習近平の同席話が流布されている。この繰り返しは、トランプが軍産の妨害を乗り越えて朝鮮戦争を終結させたいともがき続けていることを感じさせる。トランプは、朝鮮戦争終結の先にある在韓米軍も、願望として何度も表明している。トランプのしぶとさから考えて、これらはいずれ実現する。 (朝鮮戦争が終わる(2)) (Second Summit: Here’s What Doug Bandow Thinks Will Happen) 今回も、そこまでいかないかもしれない。その場合でも、中国の貿易譲歩、北朝鮮の象徴的な廃棄行為(核兵器自体でなく、プルトニウム製造施設やミサイル発射施設の廃棄)との交換でとして、トランプは今回の首脳会談で、北朝鮮への経済制裁の緩和を了承する。南北の鉄道や道路が結節し、開城工業団地が再開される。これらが、劇的でない現実的なシナリオだ。習近平が毎回の米朝会談の事前報道でガセネタ的に引っ張り出され続けるのは、このガセネタをリークする米国側が「最終的に北朝鮮の面倒を見るのは米国でなく中国だぞ」という多極主義的なメッセージを中国側に送りたいからだ、という背景もある。 (Donald Trump Sees 'Good Chance' Of Deals With North Korea, China) 北朝鮮が核兵器自体を放棄のために出してくる可能性は、現時点で低い。北が保有核兵器のリストを出してくることすら可能性は低い。トランプ政権が北に、核兵器を出せと無理強いしていないからだ。トランプは、北と対立してしまうことを恐れている。金正恩がトランプを信用しなくなり、米朝が再び対立するのは軍産の思う壺だ。トランプが最重視しているのは、金正恩と「ずっと友達」でいるという「ズッ友作戦」だ(だからシンガポでもダナンでも2人の友情を象徴するような画像をマスコミにどんどん撮らせる)。2人が「ズッ友」である限り、軍産は手出しできない。トランプに甘やかされている北は、今後もしばらく核を何も出してこない。北が核兵器の一部を出してくるとしたら、それは在韓米軍の不可逆的な撤退との交換だろう。 (Second Summit: Here’s What Soo Kim Thinks Will Happen) (Second Summit: Here’s What Harry Kazianis Thinks Will Happen)
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