戦争するふりを続けるトランプとイラン2019年5月12日 田中 宇シリア内戦がアサド・ロシア・イラン・ヒズボラ連合の勝利(ISアルカイダ米イスラエルサウジ連合の敗北)で終結し、それと同時にトランプ米大統領が昨年末からシリアからの米軍撤退を言い出した。地上軍的にシリアをおさえるイランは、自国からイラク・シリア・レバノン・地中海岸にいたる広大な「中東の三日月地帯」を影響圏として持つようになった。イランは、ロシアや中国と組み、中東の覇権を米国から奪う流れを加速している。 (イランの自信増大と変化) トランプは、イランの台頭が加速するのを見計らったかのように、イランへの敵視を強める戦略を4月から進めている。トランプの米政府は、4月9日にイランの軍部である革命防衛隊を初めて「テロ支援組織」に指定した。同時に、好戦的な言動の演技をする担当者としてトランプの近くにいるボルトン戦略担当補佐官が、イランとの戦争も辞さずという態度を強めた。4月22日には、それまで米国が同盟諸国などに「制裁除外」として認めていたイランからの石油輸入をもう認めないという態度をトランプがとり始めた。 (John Bolton's Middle East War Plans) トランプはちょうど1年前の昨年5月上旬、オバマ前政権が2015年に作ったイランと米欧との核協定(JCPOA)を離脱した。このとき米国は、イランの石油輸出に対する経済制裁を再開すると同時に、世界の諸国に対してイランからの石油輸入をやめるよう求め、この要求に応じない国もイランと同罪で、米国の経済制裁の対象になると表明した。トランプは、このような厳しい制裁体制を敷く一方で、石油高騰を防ぐため、中国、日本、韓国、インドなどの諸国を「制裁除外」に指定し、これらの諸国がイランから石油を輸入し続けることを認めてきた。トランプのイラン制裁はこの1年、部分的にしか発動されてこなかった。だが今回トランプは4月22日に、この制裁除外の指定をすべて解除し、イランから石油を輸出し続ける国を容赦しない方針を打ち出した。 (土壇場でイラン制裁の大半を免除したトランプ) トランプから脅されて、日韓はいやいやながらイランからの石油輸入をやめるかもしれない。だが対照的に中国は、米国の脅しを無視してイランからの輸入を続ける可能性が高くなっている。中国は以前なら米国との協調性を重視していたが、トランプが馬鹿みたいな貿易戦争を中国に仕掛け続けるので、もともと前任者たちより対米自立性(地域覇権国化・一帯一路の追求)が強い習近平は煽られて、米国と張り合う傾向を強めている。トランプは、イランが中国やロシアに頼り、中露がイランの後ろ盾になって米国の制裁に対抗してくる流れを作っている。米中貿易戦争と、米イラン対立、北朝鮮問題が同時に激化している点が重要だ(北問題も中露主導に転換中)。この同期性はトランプの意図的な戦略だろう。 (トランプがイラン核協定を離脱する意味) イランは、ウラン濃縮の保有制限など、米欧との核協定を順守し続けてきた。それはIAEAも認めている。いったん結んだ核協定を、合理的な理由なく離脱してイランへの新制裁を再開し、世界各国にも新制裁への参加を強要するという、不合理な身勝手を続けているのはトランプの米国だ。悪いのはイランでなく米国だ。これまでの1年間は、トランプが制裁除外を設け、イランが世界に石油を輸出し続けることを許容してきたが、トランプは今回その許容を外し、制裁を再開した。 (US Officials Talk Up Using Military Force Against Iran) (Iran to unveil countermeasures to US withdrawal from JCPOA) 核協定は、イランが核開発を制限する見返りに、イランの石油輸出やドル決済を認めてきた。今回トランプが勝手にイランの石油輸出を禁じたことは、核協定違反(すでに離脱しているのだから違反というより協定破壊行為)であり、イランはその報復として、原子炉で生成された濃縮ウランを海外に輸出して国内保有量を制限してきた協定順守行為を一部停止し、濃縮ウランを国内で備蓄すると発表した。濃縮ウランを貯め込むほど核兵器保有に近づくが、イランの目的は核兵器保有でなく、米国の制裁再開に世界が追随していかないよう警告する意味がある。 (Aircraft Carrier Abraham Lincoln Passes Through Suez Canal On Route To Iran As Tensions Soar) (After 'year of patience' Iran suspends some nuclear commitments) EUは、トランプの核協定離脱を批判し、昨年来、EUとイランが米ドルでなくユーロで貿易決済する新たな機構(SPV)を作り、米国がイランにドル決済を禁じる制裁を科しても、欧州とイランが貿易できるように計画してきた。だが、米国は裏でEUに「そんなことをしたらEUの対米貿易やドル決済を制裁するぞ」と脅し、EUはビビってイランとのユーロ決済機構の稼働を大幅に遅らせている。イランは、米国だけでなく、対米自立したがらないEUにも苛立っている。イランが、濃縮ウランや重水の備蓄を増加して核協定への抵触を意図的に進めているのは、EUに対する苛立ちの表明でもある。 (Zarif: US bullies Europe, EU only expresses regret) (Germany says work on Iran special purpose vehicle taking time) イランは05年ごろから、核兵器を持つためでなく、米欧との交渉の道具として使うために、ウラン濃縮の増強など、米欧がやるなと言っている領域の核開発をわざと拡大してきた。マスコミ(軍産傘下)は、イランの核開発を交渉術として報じず、今にもイランが核弾頭を作って米イスラエル側を攻撃してくるかのような報道に終始してきた。今回も同様だ。 (On The Brink Of An Apocalyptic War With Iran, And Most Americans Don't Seem To Care) 5月に入り、イスラエル諜報界から米国に「イランが中東の米軍基地などを攻撃しそうだ」という情報が入り、それに対応する形で、米軍の空母がイラン前面のペルシャ湾に派遣されることになった。イラン側は、米軍が攻撃してきたらホルムズ海峡を閉鎖すると表明し、一触即発の事態が演出されている。しかし実際は、米イランが戦争になることはない。4月初め、米国がイランの軍部(革命防衛隊)をテロ支援組織に指定した時も、一触即発の事態が喧伝されたが、ホルムズ海峡の現場では、米海軍とイラン防衛隊の艦船どうしの無線連絡が途切れず、現場の部隊が相互に敵と認識することはなかった。この手の、メディア上だけで誇張された事態(ジャーナリズムの仮想現実化・歪曲化)は911以来ずっと繰り返され、もはや茶番劇となっている。 (Iran to Stop Complying With Some Nuclear Deal Commitments) 今回の米空母派遣は「イスラエルの情報」に基づくと報じられているが、これが事実かどうかも怪しい。「イスラエルの誇張された情報に基づき、米軍がお門違いで好戦的な行動を中東で展開する」というのが、かなり前からの茶番劇の十八番となっている。イスラエルは周りが敵ばかりで、米国が唯一の後ろ盾だ。かつては、米軍が中東で好戦的な行動をすることが、米軍を衛兵として中東に配備しておくイスラエルの国家戦略に合っていた。だが今や、トランプの無茶苦茶のせいで、米軍が好戦的な行動をするほど、米国の中東覇権が失われ、イスラエルにとってマイナスの事態になっている。 (U.S. Deployment Triggered by Intelligence Warning of Iranian Attack Plans) (Israeli Intelligence Warned White House Of "Iran Plot" To Strike US Troops) トランプが覇権放棄を進め、隣接するシリアとレバノンが露イラン側のものになる中で、イスラエルは、露イラン側と和解(冷たい和平)せねばならない状態だ。イラン敵視の誇張情報を、それとわかるように米国に流すことは、もはやイスラエルの国益に反する。イスラエル発とまことしやかに言われる近年の誇張情報は、イスラエル自身でなく、米諜報界のネオコンなど「親イスラエルのふりをした反イスラエル勢力(資本家、CFR、ロスチャイルド系)」が捏造し発信しているのでないかと疑われる。02-03年、イラク侵攻の開戦事由となった捏造誇張された諜報情報を「イスラエル発」として作ったのも、彼らネオコンだった。 (ネオコンと多極化の本質) 03年のイラク侵攻が大失敗した泥沼の軍事占領になって以来、米国は、中東でどこかの国を軍事侵攻して政権転覆することができなくなっている。軍産は、米軍をリビアやシリアの内戦に介入させる軍事侵攻をやろうとしたが、泥沼の軍事占領に陥ることをいやがったオバマは侵攻を回避し、リビアは今も無秩序で、シリアは露イラン側のものになった。その後出てきたトランプは覇権放棄屋なので、好戦的な言動を世界の反米感情を扇動して覇権放棄を進めるために使うだけで、本物の戦争をしない。もう米国は戦争をしない。 (US Aircraft Carrier Strike Group Deployment Near Iran is a Bluff) 米国はイランに戦争を仕掛けないが、イランへの制裁は続ける。イランは、経済制裁されても潰れない。イランは1979年のイスラム革命以降40年間、ずっと米国に制裁されており、いまさらトランプが制裁を強めても潰れない。今後はむしろ、トランプにけしかけられて対米自立・地域覇権国化を強める中国が、イランとの経済関係を強化し続ける。トルコなどイランの周辺諸国も、イランとの経済関係を強化しているし、これから復興していくシリアやイラクも、イランとの経済関係を強める。 (China 'firmly' opposes US sanctions on Iran: Foreign Ministry) (同盟諸国を難渋させるトランプの中東覇権放棄) イランは米国に制裁されたまま、制裁で失う分より多くのものを、中国や周辺諸国との関係強化によって得るようになっていく。中国のほか、インドも非米的な傾向を強めているので、米国の脅迫を無視してイランから石油を輸入し続けるかもしれない。今後、米国の覇権が低下していくほど、米国の脅迫を無視してイランから石油を輸入する国が増える。輸入していない国々が損する形になり、米国によるイラン制裁が有名無実化し、それがまた米国の覇権低下を加速する。いずれ、米国の金融バブルが崩壊すると、米国の覇権低下が一気に進み、対照的にイランや中露の国際影響力が強まり、覇権の多極化が進む。 (多極化の目的は世界の安定化と経済成長) (世界経済を米中に2分し中国側を勝たせる) トランプもイランも、今後このような流れになることを把握した上で、好戦的な演技を相互に続けている。トランプは、イランを潰す気がないどころか、イランを中露とくっつけて台頭させるという隠れた目的のためにイランへの制裁を強めている。 (The World To America: "You're Fired!")
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