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同盟諸国を難渋させるトランプの中東覇権放棄

2019年2月22日   田中 宇

トランプは、シリアやアフガニスタンからの米軍撤退を進める一方で、イランやシリア(アサド)を敵視する策を加速し、イスラエルやサウジアラビア、EUなどの同盟諸国に対し、イランなどを敵視しろとけしかけている。米国は中東から撤退するのだから、同盟諸国は、米国に頼れない状態でイランなどを敵視することを強要されている。もともと同盟諸国のイラン敵視は、米国を中東に引っ張り込んで牛耳るための策略だった。米国が撤兵するなら、同盟諸国は自国を危険にするイラン敵視などやりたくない。中東では、撤兵する米国の穴を埋めてロシアや中国の影響が拡大している。イスラエルやサウジは、目立たないように露中との関係を強化している。同盟諸国を難渋させるトランプの戦略は、米国の覇権縮小と多極化を加速している。執筆前の予定的な要約ここまで。 (Iran says Warsaw meeting will only escalate Mideast crises) (Top Commander: US Troops in Syria Likely to Start Withdrawal Within Weeks

米トランプ政権は2月14日、ポーランドのワルシャワで、中東や欧州の米同盟諸国をけしかけてイラン敵視を強化して政権転覆するための「中東平和会議」を開いた。「平和会議」と銘打ってイランと戦争する方向の会議を開くとは、まるで「戦争こそ平和」という軍産プロパガンダ戦略の基本を戦後早々と暴露していたジョージ・オーウェルの小説「1984年」だ。主催者のポンペオ米国務長官は「イランの脅威がある限り中東は平和にならない。中東の平和はイランと戦うことなしに成し遂げられない」と言って「戦争こそ平和」を正当化した。(日本に何発も原爆を落とすことこそ世界平和の実現策だった。勝てば官軍。アメリカ万歳。ディズニーと放射能が大好きな日本人ステキ❤) (Warsaw summit was a failure for Trump - but a win for Netanyahu

中東平和会議の実態はイラン戦争会議。やっぱりトランプは軍産的な戦争屋だ、けしからん。という展開を言う人が世の中には多そうだが、私が見るところ、この会議の本質はもう一段深い。トランプは、イランを敵視する一方で、今やイランの傘下に入った内戦後のシリアから撤兵しようとしている。米国は、同盟諸国に対し「米国と一緒にイランと戦おう」と言っているように見せながら、実のところ「オレたちは撤兵するので、残されたお前たちだけでイランと戦え」と言っている。イスラエルやサウジは、米国抜きでイランと戦うことなどまっぴらだ。イスラエルやサウジは、米国に自国の防衛を引き受けてもらう目的で、米国主導のイラン敵視体制を扇動・参加してきた。米国がいなくなるのなら、イスラエルやサウジはイランとの対立をむしろ回避していく。EUは、すでにイランとの対立をやめている。ドルでなくユーロを対イラン決済に使う新システムINSTEXが最近稼働した。実のところ、中東平和会議の実態はイラン戦争会議でない。 (Israel attempts to walk back Netanyahu’s ‘war with Iran’ gaffe) (Revolutionary Guard Threatens To "Raze Tel Aviv And Haifa To The Ground" If US Attacks Iran

ワルシャワの会議には、シリアやイラクで米国を助ける役割を果たし続けたクルド人の組織や、イランの政権転覆の試みに協力してきた反体制組織が、一つも呼ばれていなかった。イラクのクルド人の組織が、ワルシャワ会議に招待してくれと地元の米国領事館に申し入れたが何の返答もなく無視された。米政府からは「イランの反政府勢力は無力なので呼ぶ必要ない」といったコメントが流された。無茶苦茶な会議だった。 (Iranian opposition unwelcome at Pompeo’s anti-Iran bash

イラン敵視には、イランの隣国であるイラクを米国の側につけておくことが必須だが、トランプは昨年末、シリア撤兵を決める際にイラクの米軍基地を電撃訪問した際、面会を求めてきたイラク首相らに対し、治外法権の場所である米軍基地の中まで入ってこないと会わないという侮蔑的な態度をとったのを皮切りに、イラクの政府や議会の反米感情を扇動して激怒させることばかりやっている。イラク政界は、この2か月ほどの間にすっかり反米になった。トランプの隠れ多極主義策の、見事な成功例だ。(対照的に、こうした策が世界で最も通用しないのが日本だ。日本人は「良い意味でのナショナリズム的な尊厳」が、世界で最も欠如している人々) (Trump's Vow To Stay In Iraq "To Watch Iran" Has Unleashed A Political Storm In Baghdad) (Will Iraq ask US troops to leave the country?

イランの傘下にいるレバノンのシーア派民兵団のヒズボラは、今回の組閣でレバノンのハリリ連立政権に3人の主要閣僚を送り込み、レバノンの権力を握った。イランは、自国からイラク、シリア、レバノンへの回廊を掌握している。米国に代わって中東覇権を拡大しているロシアは、レバノンの政権を握ったヒズボラへの支持を表明した。レバノンの隣はイスラエルだ。もうイスラエルはレバノンともイランとも戦争できない。そんな中で米国は「中東平和会議」を開き、イスラエルに「イランと戦え」とけしかける。イスラエルは表向き、米国に付き従ってイランへの敵視姿勢を維持しているが、本心はもう違うだろう。トランプ政権主催の中東平和会議は、イラン戦争会議のふりをした、米覇権放棄策、同盟諸国を振り落とす策、イランの台頭を隠然と扇動する多極化策である。 (Moscow backs Hizballah ahead of Netanyahu visit, eyes Lebanon’s gas) (Why did Netanyahu confirm Israeli attack in Syria? - Ben Caspit

中東平和会議は多様な面で隠れ多極主義的だった。まずタイミング的に、米軍シリア撤退が正式決定した直後の開催であるだけでなく、米国がイラン核協定から離脱し、協定内に残されたEUが、米国の反対を押し切って、イランとのユーロ建ての貿易体制を確立した直後に開催された。しかも開催地が、EU内の米国傀儡国の(米国のロシア敵視策の尖兵に使われている)ポーランドの首都ワルシャワだ。トランプ政権は先月、EUに対する事前の正式な連絡なしに、この会議の開催を発表している。多くの点で、独仏とEU政府の神経を逆なでしている。当然ながら、開催地のポーランド以外のEU諸国は怒り心頭で、外相すら派遣しなかった。この会議は、欧米間の関係を意図的に悪化させるために開かれた観がある。 (EU Ignoring Mideast Summit Shows Brussels Anger Over US Stance on Iran) (Europe moves forward with new trade mechanism to skirt US sanctions on Iran

2月14日のワルシャワでのイラン敵視会議の後、翌15日からはドイツのミュンヘンで、米欧露などの安保系の閣僚や幹部が集まる年次的な国際安保会議が開かれた。これらの会議で、米国を代表して演説したペンス副大統領は、ワルシャワで、EU諸国がイラン核協定を放棄せずイランと敵視していないことを酷評し、ミュンヘンでは、EU諸国が軍事費を十分に計上せずNATOにタダ乗りしていると批判、ロシア敵視が必要だとぶちあげた。これに対して最も明確な対抗批判をかましたのはドイツのメルケル首相で、21年に首相を辞めることが決まっているためか、従来の対米慎重姿勢を捨て、堂々と米国批判を展開した。「米国は口だけ露イランを敵視するくせに、行動ではシリア撤兵によって露イランを強化している」「米国は露中に軍縮を要求するが、露中だけでなく米国も軍縮が必要だ」「INF離脱で不必要なロシア敵視を拡大する米国には追随できない。欧州にはロシアとの良い関係が必要だ」などと反論した。 (Pence Lashes Out at Europeans, Demands End to Iran Nuclear Deal) (Europe to Mike Pence: No, Thank You

トランプは、EUが迷いを振り切ってイランとの良い関係を対米自立的に構築したとたんにイラン敵視会議をEUの領域内で開催した。ドイツなどがロシアからガスを運ぶ新たな海底パイプラインを完工したとたんにトランプはロシア敵視を強め、EUが対米自立的に軍事統合を加速したとたんにINFを離脱して米露対立を激化した。欧米関係が悪化すると、傷口に塩を塗るかのように、欧州の対米自動車輸出に懲罰関税をかけることを検討し始めた。これらはすべて、EUが米国に愛想をつかして対米自立していくように仕向ける誘導策だ。メルケルは、もう対米批判の矛を収めないだろう。 (トランプの米露軍縮INF破棄の作用) (Cold-shouldering of US-planned anti-Iran meeting shows European anger: Report) (安倍がトランプをノーベル平和賞に推挙した理由

ワルシャワやミュンヘンの安保会議には、米国からバイデン元副大統領など軍産系の人々も来ていた。民主党のバイデンは演説で、かつて米覇権を支えていた国際協調主義の論調を展開し「次の大統領選でトランプの共和党を打ち負かし、米国は覇権国として必ず戻ってくる」とぶちあげた。だが、2つの会議自体は、米国の覇権国としてのカムバックどころか、米国の覇権衰退を顕在化する会議に終わった。国際協調主義の論調は、トランプ側近のネオコン路線に蹂躙され、かき消された。 (Munich Conference Exposes the Decline of the West) (Trump allies hijack Warsaw summit with calls for Iran war, regime change

同盟国の怒りを扇動するトランプの隠れ多極主義策に対し、欧州はトランプの意図どおりの対米自立的な怒りの反応を見せているが、イスラエルやアラブ諸国はそこまでいっていない。ワルシャワでペンス米副大統領が展開したイラン敵視の演説に、クシュナーら米国人以外、ほとんど誰も喝采しなかった。イスラエルやアラブ諸国は、米国の過激なイラン敵視に、内心かなり迷惑している。だが、イスラエルもアラブも、国の安全保障の根幹である軍事諜報の分野が米国と一心同体の状態(アラブは米国の傀儡、イスラエルは米国牛耳り)で、安保的に対米自立できない。米国を振り切って自立を試みると、米諜報界から仕返しされて国家自滅しうる(日本も同様)。冷戦後30年間のEU統合によるゆるやかな対米自立の期間を経ている独仏EUと、この点が異なる。 (Arab world outraged by humiliation at Warsaw Conference) (Europe to Mike Pence: No, Thank You

だがイスラエルや、サウジなどアラブ諸国が、今後もずっと今のような中途半端な姿勢を続けられるかというと、そうではない。トランプがそうさせてくれない。開催地ポーランド以外の国家首脳でワルシャワ会議に出席したのはネタニヤフだけだったが、ネタニヤフの出席はトランプの強い要請によるものだろう。ネタニヤフは会議で、イエメン外相の横に座らされ、あたかも米軍がイエメン戦争への支援をやめた後をイスラエル軍が埋めるかのような印象を世界に振りまくことを強要された。 (At Warsaw parley, Israel’s anti-Iran front is stretched to Yemen, Iraq

イエメン戦争は、オバマの時代に米諜報界(軍産)がサウジ王政(就任前のMbS皇太子)をだまして開戦させた侵略戦争だ。サウジは、米軍の支援がないとイエメンを占領し続けられない。サウジと戦うイエメンのフーシ派はイランに支援されている。軍産は、対米自立の傾向を見せ始めたサウジを軍事的に対米依存させ続けるため、イエメンとの泥沼の戦争に陥らせた。 (米国に相談せずイエメンを空爆したサウジ) (Congress puts heat on Saudis as Trump shields crown prince

だがトランプがMbSとの関係を強く親密化し、トランプを敵視する軍産系の米議会やマスコミがサウジ批判を強める中で、昨年10月にタイミング良くカショギ殺害事件が起こり、議会やマスコミが一気にサウジ敵視を強めた。米議会では「米国は、サウジによる残虐なイエメンへの侵略戦争に加担すべきでない。米軍のサウジ支援をやめさせるべき」との決議が、すでに議会下院を通過し、上院も通りそうな勢いだ。トランプはまだMbSのサウジを強く支持し、議会のイエメン戦争加担阻止の法律が可決したら拒否権を発動する構えだが、それもどこまで持つかわからない。おそらく今年じゅうに米国はイエメン戦争への加担をやめる。米国は、サウジを傘下に入れておくためにイエメンで泥沼の戦争を起こした後、今になって自分たちだけ軍事支援を打ち切って撤退しようとしている。米国の支援が途切れると、サウジはイエメン戦争を続けられない。MbSは権威を失墜する。 (サウジを対米自立させるカショギ殺害事件) (Will Yemen Be Trump’s First Veto?) (Trump administration threatens to veto any anti-Saudi resolution by Congress

ワルシャワの会議でネタニヤフが、トランプ政権の采配により、イエメン外相(サウジ傀儡政権の代表)の隣に座らされたことは「米国はイエメンから出て行くので、代わりにイスラエルがサウジに協力してイエメン戦争の泥沼にはまる、ということで良いよね」と、トランプから言われているようなものだ。イスラエル側は、そんなのゴメンだろう。だが、安保・諜報的に米国と一心同体であるイスラエルは、国家の自滅にながりうるトランプからの強要を断れない。4月の選挙が近いこともある。ネタニヤフは、表向きトランプとの親密さを維持しつつ、裏で、中東の新たな覇権国になりつつあるロシアに接近し、ロシア経由でイランと冷たい和平を維持するしかない。これは、MbSのサウジも同様だ。 (House Dems Defy Trump, Advance Bill to End US Role in Yemen War

米国が去り、ロシアや中国がその空白を埋める。同盟諸国は米国を頼れなくなり、静かに露中との関係を強めている。中東だけでなく世界的に、そのような動きが目立たない形で続いている。安倍の日本もこの動きの中にいる。 (‘Like It or Not, We Have Lost’: Retired US General Concedes Afghan Defeat



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