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終わりゆく原子力発電

2013年3月14日   田中 宇

 日本で大震災や福島原発事故から2周年の行事や報道が盛大に行われた3月11日、米国では、政府の原子力規制委員会(NRC)が、メリーランド州のカルバートクリフス原発3号機について、建設許可を出さないことを決定した。NRCは以前、米国内のウラン濃縮工場の建設申請を安全面から却下したことがあるが、原子力発電所の建設申請を却下したのは初めてだ。 (NRC upholds denial of 3rd Calvert Cliffs reactor

 カルバートクリフス3号機は、ユニスター・ニュークリアという会社が建設を計画している。同社は以前、米国の電力会社コンステレーションエナジー社と、フランスの政府系の電力公社の合弁会社だったが、2010年にコンステ社が原発の採算見通しの悪さを懸念して合弁から撤退し、仏公社単独の子会社となっていた。米国は、原子力エネルギー法で、外国人が単独で原発を保有することを禁じている。仏公社は、米国内の新たな合弁相手を探したが、原発のコスト高を乗り越えて出資に応じる会社が現れていない。 (NRC Commissioners uphold denial of license for controversial Calvert Cliffs-3 nuclear reactor

 昨年8月、NRCの免許担当の委員会がユニスターの申請を却下した。その後ユニスター社は、原発稼働までに米国側の出資者を見つけて51%以上の株を持ってもらうので、先に建設許可を出してくれと主張して抗告的な申請をしたが、NRCは今回、この申請も却下した。 (Regulator rejects Calvert Cliffs challenge

 米国では原子力が総発電量の2割を占めるが、1979年のスリーマイル原発事故以来、新規の原発建設が30年間凍結されていた。ブッシュ前政権の時に「地球温暖化問題」の国際騒動を追い風に「原子力ルネサンス」が提唱され、原発建設の再開が模索された。カルバートクリフス3号機は、この原子力ルネサンスのモデルとなる事案として注目されてきた。米国の原発推進策を受け、世界中で原発建設を受注したいフランスの原子力産業(原発メーカーのアレバや電力公社)は、米国で10機以上の原発を建てる野心的な戦略を立てた。その皮切りであるカルバートクリフス3号機は、米国の原子力ルネサンスや、フランスの原子力産業の期待を背負い、30年ぶりの米国の原発建設申請として、2007年に申請された。 (U.S. denies reactor license - Only 2nd time in history

 ユニスター社が、51%以上の株を買ってくれる米国の出資者を60日以内に見つければ、今回の着工却下が見直される。だが、これまで2年以上、米国内で出資者を必死に探したのに、米連銀の量的緩和が作り出す前代未聞の金あまりの追い風があったにもかかわらず、ユニスターは米国の出資者を見つけられない。カルバートクリフス3号機の計画は、これで終わりだろう。

 米国では、シェールガスの採掘や、海底油田を含む米国内の油田開発の進展による産油増で、発電のコストが下がり、費用面からみて原発が不利になっている。加えて2年前の福島原発事故で、事故の際に電力会社が負担せねばならない巨額のコストが注目され、電力会社の株主が原発に対する消極性を倍加した。

 福島原発事故後、NRCが米国内の原発の安全基準を強化し、原発の採算性は悪化する一方だ。ウィスコンシン州とフロリダ州では、原発を所有する電力会社が、採算性の悪化を理由に、まだ寿命がかなり残っている原発を廃止することを決定している。米国の原子力ルネサンスは、以前から風前の灯火だったが、今回のカルバートクリフス3号機の新設却下で、完全に消された観がある。 (In U.S., nuclear energy loses momentum amid economic head winds, safety issues

 仏原子力産業は米国だけでなく、フィンランドや英国、フランス本国などで、新たな原発建設を計画している。だが、福島原発事故による各国の安全基準強化もあり、フィンランドや仏本国の計画は5年以上の遅れを出している。311で日本の原発推進が衰退した後、フランスは世界で唯一、原発推進で突っ張っているが、突っ張りもいつまで続くかわからない。フランスが原発推進をあきらめると、世界的に原発廃止の機運となる。

 今回の米NRCの決定で、私が驚いたのは、このように米国と世界の原発の将来に大きな影響を与えそうなカルバートクリフス3号機の建設却下の決定を、世界中が「フクシマの2周年だ」「原発は危ないよな」と思い出している3月11日のタイミングに、わざわざ選んで行ったことだ。建設申請に対するNRCの検討は、何年にもわたって行われてきた。決定を出すのを1−2週間ずらすことは簡単だった。オバマ政権の公式な姿勢は原発推進だが、それが政権の本音でもあるなら、NRCが311の日取りを選んで30年ぶりの原発建設申請を却下するはずがない。オバマ政権の本音的な戦略は、原発廃止だろう。 (◆いよいよ出てくるオバマの世界核廃絶

 NRCの今回の却下は理由が「安全性」でなく資本の国籍性だが、米国の反原発派は以前から、カルバートクリフス3号機を止めるには安全性より資本の国籍の問題を突いた方が確実だと言っている。却下の理由が安全性でないので、この件に関する日本などでの報道は小さめだが、今回の決定は世界的に重要だ。NRCが、わざわざ311を選んで30年ぶりの米国の原発新設を却下したことは、米大統領直属の組織であるNRCが、オバマの核廃絶構想の一環として、米国と世界から原発をなくすことを推進しようとしていることを、改めて示している。NRCは福島原発直後、フランスと並ぶ世界的な原発大国だった日本を、原発の全廃に誘導したいかのような事故報告書を出している。 (日本は原子力を捨てさせられた?) (オバマの核軍縮

 日本ではその後、福島と炉型が異なる大飯原発の再稼働があったものの、その一方で、原子力規制委員会が、建設・休止中の東通原発や敦賀原発の敷地内に活断層があるので危険だとして、建設計画や稼動の再開に消極的な姿勢を見せる「活断層狩り」に熱心であるなど、日本政府の上層部に、原発を再稼動したがらない態度が見え隠れしている。安部政権は、民主党政権よりもさらに対米従属色が濃いので、オバマ政権が日本の原発再開を望まない以上、日本国内の原子力村やプロパガンダ機関がいくら騒いでも、政府としては再稼動したくないのだろう。 (「活断層狩り」) (日本の脱原発の意味) (日本の原発は再稼働しない

 オバマは、世界的な核廃絶の構想を打ち出してロシアと核削減の交渉をし、09年にノーベル平和賞を受賞した。だがオバマは、その一方で米共和党との齟齬を回避して挙国一致的な政治を目指した結果、ブッシュ前政権が進めたロシア近傍(ポーランド、チェコなど)への、対イランミサイル防衛の名目での短距離ミサイル配備を継承した。 (世界の転換を止める北朝鮮

 そのため対露関係が改善せず、米露の核廃絶は進んでいない。最近は北朝鮮が核実験を重ね、状況は世界核廃絶から遠ざかっている。ノーベル賞委員会のヤグランド委員長が「オバマはノーベル平和賞を返上することを考えた方が良い」と言い出したと伝えられている(マスコミが報じたことではないので、事実性が不確定だが)。 (Nobel Committee Asks Obama "Nicely" To Return Peace Prize

 オバマの核廃絶の構想の中で、原発のうち軽水炉やプルトニウムの核燃料サイクルは全廃の方向だろうが、代わりに軽水炉や核燃料サイクルの副産物として出た、処理に困る劣化ウランやプルトニウムを燃料とする「進行波炉」など「第4世代」の原発は、これから推進しれそうだ。最近FT紙があらためて、進行波炉について宣伝的な記事を出している。 (Nuclear reactors: from waste to fuel

 進行波炉はマイクロソフトのビルゲイツが作った会社「テラパワー」が推進している。2023年までに世界初の実験炉を作る構想だが、技術的な信頼性が確立していないで、米欧の民間企業が進行波炉に金を出すとは思えないとの理由から、テラパワーは進行波炉を中国や韓国の政府に売り込んでいる。進行波炉も廃棄物を出すはずだし、事故の危険性もあるはずだが、それらの点は軽視されたり不明確だ。 (◆トリウム原発の政治的意味



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